ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

58 / 413
♯58 フルスペックモード

 海上を行く巡洋艦のうち、数隻は既にゾル国の海域に入っていた。しかし、警報どころか牽制の一発すらないのは拍子抜けでさえある。

 

 艦内を行き来する軍人のうち、数名が今回の掃討作戦は表向きだという噂を口にしていた。

 

「実際、どうなのか分からないからな。オラクルなんて弱小国家、叩き潰すまでもないはずなのに、ゾル国との緊張状態も加味してでもこの強行採決……、多分お上は戦争をやりたいのさ」

 

 一人の将校が軍服に風を入れながら放った言葉に通信網を笑い声が震わせる。

 

『この策敵警戒だって、意味ないんだろ? こんな型落ち品じゃなく、参式が出回るって話。マジなのかもな』

 

 海面を睨み据えるのは《ナナツー弐式》のキャノピーである。片腕と一体化している巨大な砲塔が即座に現れた敵を迎撃せしめる、という寸法だ。

 

 しかしながら搭乗している操主達はこの砲身の射程距離にゾル国の《バーゴイル》の飛翔高度が勝っていない事を知っている。

 

 知っていながら決め込むこの状況に物申したいのは誰も同じらしい。

 

『《バーゴイル》が相手じゃないだろ?』

 

『それはオラクルだから……例のバーゴイルもどきか』

 

『いんや、案外敵は同じ弐式かも知れん。いずれにせよ、最新設備と整備の整ったC連合の巡洋艦に仕掛けてくる人間なんていないだろ。前哨戦の海上警戒なんて数合わせでしかない感じだ』

 

 C連合巡洋艦は前衛に三隻、後衛に三隻の三角編成を取っている。前衛部隊は既にゾル国領内に立ち入っているはずだ。

 

 だが領内と言っても、コミューンのように外壁があるわけでもない。僻地の基地一つ潰すのに、この編成は少しばかり大げさで、何よりもおっかなびっくりであるのを兵士達は醒めた目線で観察していた。

 

『海上をゆらゆら行くってのはこうも退屈かねぇ』

 

『人機酔いの激しい奴はエチケット袋を用意しておけよ』

 

 その無線内に吐き気を催した兵士の呻き声が聞こえてきて、数人が失笑する。

 

 人機に乗っている上に甲板での警護任務。

 

 前時代的だと嘲るのもさもありなん。しかも装備はただ単に射程が長いだけのデカブツ。このような警戒任務自体が冗談じみている。

 

『飯は? どこで補給するんだったか?』

 

『補給なんてないだろ。お前ら、何もコックピットに持ち込んでいないのか?』

 

 袋の中からスナック菓子を取り出し、兵士はこの憂鬱な時間を紛らわす。映画でも流れれば最高なのだが、と海面を眺めていた兵士は不意に接近注意の警告が耳朶を打ったのを確認する。

 

『どこの馬鹿だ? 海中からだとよ』

 

『ゾル国の監視船じゃないのか? 俺達が火傷しないように見張ってくれているのさ』

 

 そうか、と納得した兵士は警報をミュートモードにしようとしたが、その矢先に目標が加速した。

 

 一直線に艦へと向かってくる標的の速度は監視船のそれではない。

 

『おい、こいつ速いぞ』

 

『じゃあ本国の船だろ? 今さら俺らの尻拭いをするために急いでやってきたんだ。歓迎してやれよ』

 

 兵士の一人はしかし、砲門を海上へと向けさせた。重装備型の《ナナツー弐式》が海中より来る敵を睨み据える。

 

『なに頑張っちゃってるの?』

 

 嘲笑が漏れ聞こえたが、直後には集音器が捉えたモーター駆動音に一斉に色めき立つ。

 

『この駆動音……C連合のじゃない……』

 

 艦内警報が響き渡り、迎撃命令が出たその時には、習い性の身体が引き金を引いていた。

 

《ナナツー弐式》の片腕と同義の巨大砲身が紺碧の大気を割る砲弾を海中の敵へと着弾させる。

 

 手応えはあった、と兵士が汗を滲ませた瞬間、加速度がさらに強まり、甲板を揺るがす攻撃が襲いかかった。

 

 魚雷か、あるいはそれに類した何かの反撃。それも直撃だったのだろう。

 

 艦内通信を悲鳴と断末魔が一気に染め上げる。甲板の兵士達がそれぞれに統率された動きを取り、海中に潜む標的へと照準した。

 

『四番機! 照準!』

 

『七番機、同じく照準! 敵影を捕捉! モニターに出す!』

 

 熱光学センサーの捉えた標的は異様な姿形をしていた。まるで大昔の海洋生物のようにくねった両腕を有しており、その両腕から先ほど魚雷が放たれたらしい。

 

 腹部に熱源を関知する。あれは、無人兵器ではない、と誰もがその瞬間、息を呑んだ。

 

『海中を行く……人機だって言うのか』

 

 水中用の人機開発には打ち止め命令がかかっている。理由は大別すると二つ。

 

 水上での敵との戦闘など、遭遇率は千分の一未満だからだ。航空輸送が発達した現在において海上を行くメリットがさほどないのも挙げられる。

 

 もう一つは、人機自体、海水には非常に弱い。

 

 精密機械の塊である人機において汚染された海水はただの毒でしかない。その猛毒の中を突っ切る機体など、彼らの中では問い質すまでもなかった。

 

『まさか……モリビト……』

 

 不明人機は真っ直ぐ艦へと向かってくる。

 

『野郎、腹部に抱いた操主ごとぶっ飛ばしてやる』

 

 滑空砲を装備した《ナナツー弐式》の性能面ではたとえ相手が海中に潜んでいても、物理的に破壊する術は心得てある。

 

 照準器は敵影を完全にロックオンした。

 

 引き金に指をかけようとした瞬間、標的の熱源が高まっていく。

 

『浮上する……いや、これは飛ぶつもりだ!』

 

 悲鳴が迸る瞬間、数名が引き金を絞ったらしい。砲弾が海中に潜んでいた人機を炙り出した。

 

 両腕をくねらせた奇形の人機は背面に高出力のスラスターノズルを有しており、それによって急浮上が可能であったようである。

 

 飛翔した、と言っても《ナナツー弐式》の射程圏外に逃れるほどの推力ではない。

 

『馬鹿め。的になるだけだ』

 

 照準は依然として不明人機を捉え続けている。しかし、全員がその指先を躊躇わせたのは、その腹部に抱いていた代物にであった。

 

『コンテナ……?』

 

 不明人機は腹部コンテナを《ナナツー》部隊の前に晒す。コンテナの下部シャッターが開き、その闇の中から何かが空間を引き裂いた。

 

 直後にはその攻撃網に触れた《ナナツー弐式》が二機ほど犠牲になったらしい。

 

 目にも留まらぬ速度で放たれた何かの奇襲に全員が面食らっていた。

 

 腹部コンテナの闇に潜んでいたのは人機である。

 

 いや、人機である、としか分からなかったというべきか。

 

 闇の中にいるはずのその機体には姿形がない。

 

 熱源センサーを用いている操主数名は目視戦闘に切り替えた。

 

『視えない……?』

 

 コンテナの中はどう見ても空なのだ。しかし熱源はその場所から発している。何よりも、今しがた撃墜された二機は何に攻撃されたと言うのだ。

 

『あの奇形の人機の新兵器か?』

 

 戸惑う全員の視線の中心軸にいるコンテナの魔物が解き放たれた。

 

 熱源が大きく飛翔し、《ナナツー》部隊の一部が点在する甲板に降り立ったのである。甲板を軋ませ、その重量と加速度に最新鋭の巡洋艦が悲鳴を上げた。

 

 やはりそこに「在る」のだ。

 

 だが、先ほどから問題なのはそれがそこに「在る」のは分かっていても、全くもって「視えない」という点であった。

 

『視えない人機なんて……』

 

 言いかけたその言葉尻が悲鳴に劈かれた。不可視の存在から射出されたのは扁平な刃であった。

 

 刃はキャノピーに突き刺さり操主を絶命せしめていた。よろめいた《ナナツー弐式》がそのまま海中に没していく。

 

 酔い潰れた人間のように千鳥足で汚染された海に頭から突っ込んだ。

 

 それだけでも常軌を逸している。

 

 だというのに、依然として敵の正体は不明。

 

 サーモグラフィーの捉えた敵の姿もどこか薄ぼんやりとして実体を判別出来ない。

 

 標的に照準を向けたはいいものの、挟み込むように照準した二機は逡巡する。

 

 同士討ちになりかねない、と思案した隙につけ込むように扁平な刃がさらに放たれた。

 

 風を裂く刃の暴風域に二機の《ナナツー弐式》が押し込まれる。兵士達は放心したようにその光景を眺めていた。

 

 何もない空間から射出された刃で《ナナツー》が細切れにされていく。その速度そのものが尋常ではない。

 

 扁平な刃自体に推進剤でもついているのか。機動力は《バーゴイル》のそれを大きく上回っている。

 

《バーゴイル》の格闘戦術よりも素早い敵に旧式の《ナナツー》では成す術もなかった。射程に入れておきながら、その甲板上の《ナナツー》部隊は一機、また一機とキャノピーの頭部を潰されつつ無力化されていく。

 

 最後に残った足元の巡洋艦へと、その機体が刃を振り下ろした。

 

 その時になってようやく、機体の全貌が把握された。

 

 青い機体は太陽光を照り受けて薄く輝きを放っている。先ほどまで目視出来なかった部位には布のようなものが纏い付いていた。

 

『外套だ……』

 

 誰かの無線が耳に届く。外套を纏っている人機なのである。

 

 その外套が光を乱反射させ、操主の目には視えないように仕掛けが施されているのだ。

 

 しかし鋼鉄の塊である人機に外套を着せるなど誰が思いつくだろうか。

 

 R兵装らしき刃が艦内を貫き、巡洋艦の内部を焼き払っていく。灼熱の剣に焼かれ、もがき苦しむ声が通信を震わせた。

 

 犠牲になった艦が火の手を上げる。炎熱の照り輝きが不可視の人機に形状を与えた。

 

『見えた! そこだ!』

 

 別働隊の甲板から一斉砲撃が見舞われる。兵士達の胸中にあったのは同じであった。

 

 ――見えてしまえばなんて事はないはず。

 

 三隻の巡洋艦が見張っている海域からそう容易く一機の人機が逃げ出せるはずもない。

 

 そう思い込んでいた人々は直後に踊り上がったその機体の速度に瞠目した。

 

 直下の巡洋艦に扁平な刃を突き立てて、その刃の推進力を借りて跳躍したのである。

 

 まるで人のような、否――人ですらない動き。

 

 軽業師めいたその挙動は鋼鉄の塊であるはずの人機の常識を覆していた。

 

 砲撃が明後日の方向を射抜き、砲弾が沈みかけていた巡洋艦にとどめを刺す。轟沈の復誦が響いたその時には別の船へとその人機は飛び乗っていた。

 

 巡洋艦同士の間は無論、それほど接近していない。

 

 その距離を埋めて見せた人機は外套から触覚のように刃のついたワイヤーを翻していた。

 

 あの挙動を実現した刃は全てワイヤー一本で繋がれていたのだ。それだけでも驚愕の代物であったが、乗り移った人機は即座に攻撃機動に移る。

 

 こちらに逡巡の暇も、あるいは思考の時間さえも与えてくれない。間断のない刃の応酬に《ナナツー弐式》が同じようにキャノピー部を突き刺されて絶命していく。

 

 これでは繰り返しだ、と誰かが判断したのだろう。通信を震わせたのは一機の《ナナツー》操主の叫びであった。

 

『全員! この情報を同期しろ! 不可視とは言え、全く存在しないわけではない! 熱源光学センサーに切り替え、目視戦闘を避けつつ後退! 敵は速いが、甲板は我々の庭だ!』

 

 その言葉で全員が我に帰った。そうだ。甲板はこちらの領域。どれほど向こうが速くとも、こちらの作戦を完全に凌駕する事は出来ないはず。

 

 照準器が一斉に標的を捉えた。お互いを攻撃しないために副武装である小銃へと切り替える。

 

 一機の勇気ある行動により、視えない人機はようやく実体を伴っていた。

 

 熱光学センサーと目視を併用すればそれほど怖い敵ではない。扁平な刃による烈風域は極めて狭い領域であり、距離さえ取ればその網にかかる事はない。

 

『馬鹿め。俺達の射程に入って、逃げ帰れると思うな!』

 

 一斉掃射の言葉が雷鳴のように轟きかけて通信網を冷たい声が木霊する。

 

『――視えているのか。なら行動を次のフェイズに切り替える』

 

 不明人機が外套を翻させた。今しがたまで完全に機体を覆っていた外套を部分的に解除し、まるでマントのように紺碧の大気に漂わせる。

 

 青と銀の色彩を放った人機のデュアルアイセンサーがこちらを睨み据えた。

 

 ナナツー部隊はその機体のデータを照合させる前にマントから放たれた白銀の輝きに目を奪われていた。

 

 センサーが焼きつき、今まで熱光学の眼に頼っていた人々が次々に呻き声を漏らす。

 

『眼が、眼がァッ!』

 

 目視戦闘をしていた者以外、全員が一時的に失明していた。外套から放たれる白銀が《ナナツー弐式》の眼をことごとく潰していく。

 

 あれは毒だ、と目視戦闘に入っていた兵士達が銃撃を見舞おうとする。

 

 その攻撃速度より速く目標が甲板上を駆け抜けていた。巨大質量の速度に甲板が軋み、粉塵を巻き上げていく。艦上を高速移動する質量に波飛沫が上がった。

 

《ナナツー弐式》の懐へと滑り込むように肉迫した機影は片腕の大剣を薙ぎ払っていた。

 

 その一動作だけで堅牢なはずの《ナナツー》の胴体が断ち割られていく。おっとり刀で近接武装に対応しようとした人々は向こうからまさか射線以上の距離に飛び込んでくるとは思っていない。斬撃を前に《ナナツー》の近接武装ではてんで役に立たなかった。

 

 Rソードが発振しこちらの腕を断ち割っていく。悪夢のような光景に《ナナツー》の操主の数人が精神に異常を来たしたのか、機銃掃射が連鎖した。

 

 敵人機の周囲を辻風が舞い遊ぶ。扁平な刃が防御陣の動きを取って盾となったのだ。その精密動作に呆けている暇もなかった。

 

 すかさず斬り込んできた刃に《ナナツー》部隊は大混乱に陥る。

 

 兵士達は最早統率など取れていなかった。

 

 各々が人機へと突っ込み、命を散らしていく。

 

 退け、と誰かが命じたがそのような言葉を信じている間にも敵の攻撃は止まない。

 

 扁平な刃が《ナナツー》の胴体に入り、直後銃撃を響かせた。

 

 刃の中央部には銃口が開いているのだ。

 

『あの武器……銃でもあるのか』

 

 これでは射程を取る意味などまるでない。下がりきれない《ナナツー》へと青い人機が接近し、その警報が通信網を幾重にも震わせた。

 

 ノイズと悲鳴ばかりになった通信の中で兵士達は考えただろう。

 

 生き延びる方法を。ここで相手を倒す方法論を。

 

 だが、そのような瑣末な考えはまるで意味がないのだ。

 

 ここで生き残るのは、恐らく二束三文の善意や浅慮ではなく、獣のような意地汚さ。

 

 何が何でも生き残るという死狂いじみた発想でなければ死に呑まれるだけであろう。

 

 兵士達は咆哮し、不明人機へと《ナナツー》を飛びかからせた。一斉にかかれば、と一瞬だけ過ぎった勝利の感慨を掻き消すように巻き起こった烈風が《ナナツー》のキャノピーを引き裂き、大剣が胴体を叩き割っていく。

 

 まさしく嵐のような人機の攻撃に今際の際にいる兵士は呟いた。

 

『おのれ……モリビト……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄菜は全兵装がオールグリーンの閾値を示している事に安堵しつつ、《シルヴァリンク》の駆動系に僅かな遅れが生じている事に気づいた。

 

「ジロウ。Rクナイの挙動が僅かに遅い」

 

『仕方ないマジ。急造の部品を四基も動かす身にもなって欲しいマジ』

 

 軽口を叩いてくるAIに鉄菜は嘆息をついた。

 

《モリビトシルヴァリンク》フルスペックモード。

 

 セカンドステージ案と呼ばれるこの装備の事は事前に知らされていたものの実現可能かどうかの議論で止まっていた。

 

《シルヴァリンク》の腹部に装備されているのは巻き取り式のワイヤー武装、Rクナイである。

 

 四基のRクナイがそれぞれ標的を睨み、AIジロウのサポートで敵機を撃墜する。

 

 その一方で、機体を覆うようにして纏った外套はアンシーリーコートの技術を応用した不可視の術であった。

 

 光を内部で乱反射させる事によって一時的な開放状態の時、敵の熱光学センサーを眩惑させる。

 

 アンシーリーコートに使うエネルギーを最小限に留める事の出来る武装だ。なおかつ目視戦闘ではほぼこちらの動きは見えない。

 

「これがフルスペックモードの力……」

 

 これならば勝てるか、と真っ先に思い浮かんだのはコミューンに仕掛けてきた《バーゴイルシザー》であった。

 

 あの機体を墜とすのにはこれでも足りないほどだ。小手先だという事は《ナナツー》部隊の挙動を見ても明らか。

 

 やはりもっと強くならなくては。その感慨にふける時間もなく、最後の巡洋艦から砲撃が見舞われる。

 

 まだ甲板上の《ナナツー》部隊はあと一つ残っている。恐慌に駆られた兵士達の喚きを通信に入れつつ、鉄菜が《シルヴァリンク》を跳躍させようとした、その時であった。

 

『鉄菜! そこから先は、わたくしの《インペルベイン》が引き受けたわ!』

 

 彩芽の声に鉄菜は眉根を寄せる。

 

「随分と遅いご登場だ」

 

『あら? 鉄菜、皮肉が言えるようになったのね』

 

 どこか微笑ましいとでも言うような声音に鉄菜は悪態をつく。

 

「……で? どこから来る?」

 

『今一直線に向かっているところよ』

 

 高速で接近する熱源に《シルヴァリンク》の警報が鳴り響いた。

 

 海上を突っ切ってくるのは《インペルベイン》であるが、その背筋から伸びているのは巨大な両翼であった。

 

 灰色の重装備パーツを背負った《インペルベイン》が以前までを軽く凌駕する速度で迫ってくる。

 

『うろたえるな! 今度の敵は視えている!』

 

 兵士達の統率が一斉に《インペルベイン》へと向いた。

 

『鉄菜、何やったの? 視えているだけで大歓迎みたいだけれど』

 

「知らない。それよりも、そんな速度で突っ込んできてどうする? 敵の的になるだけだ」

 

『ご心配なく。《インペルベイン》、ハイマニューバシステム始動! ファントム!』

 

《インペルベイン》が右足に履いたリバウンドブーツで海面を蹴りつける。その勢いを借りて《インペルベイン》の機体が黄金に照り輝いた。

 

 その輝きは一条の光となって巡洋艦の間を突っ切っていく。

 

 鉄菜はその刹那に確かに目にしていた。

 

《インペルベイン》から放出された膨大な量の爆薬を。

 

 咄嗟に飛び退りリバウンドの盾を使用する。

 

 爆発の光輪が広がり、巡洋艦をたちまち炎の渦に沈めていった。《ナナツー》部隊は恐らく爆薬を使われた事さえも理解出来ないまま撃墜された事だろう。

 

 他人の事は言えないがなかなかにえげつない事をするものだ。

 

 少しでも遅れていれば自分とて犠牲になっていた。

 

「危うい事をする」

 

『でも、鉄菜なら避けられたでしょ?』

 

 モリビトを使う操主ならば、という意味でもあるが。沈み行く巡洋艦三隻を視界に入れつつ、鉄菜はリバウンドブーツで器用に反転してみせた《インペルベイン》に言いやった

 

「桃・リップバーンは? ポセイドンがこちらにあるという事は完全な装備ではないはず」

 

『まずは敵の戦場の視察、って言っていたかしら』

 

 開いた通信ウィンドウの先にいた彩芽はOLの服装のままであった。本当に着の身着のままで来たようだ。

 

「……そんな格好でよくも」

 

『あれ? でも鉄菜だって』

 

 ウィンドウに浮かび上がったのは桃の撮影した自分の制服姿である。いつの間に、と鉄菜は胡乱そうに尋ねていた。

 

「……元データは?」

 

『あの子が持ってるんでしょ? まぁ、わたくしには鉄菜をいじめてもそんなに利益なんてないけれどね』

 

「分からぬ事をする。桃・リップバーンからの続報がない以上、敵の戦力を削ぐ事に尽力すべきか」

 

 その時、不意に通信が開いた。

 

『クロ、アヤ姉。敵の戦力分散ご苦労様。今、モモはロプロスと一緒に高高度から敵の戦力をはかっているわ。前衛部隊はとっくに上陸しているみたいね』

 

 桃は通信を繋ぐなり彩芽がOL服なのを目にして吹き出した。

 

『そんなに変?』

 

『似合い過ぎ、アヤ姉。何で眼鏡してるの?』

 

 先ほどから鉄菜も気になっていた事だ。鉄菜は真面目に言いやる。

 

「視力が落ちたのか?」

 

『プログラマってのは妙な職業でね。眼鏡していると真面目だと思われるのよ』

 

 眼鏡のブリッジを上げた彩芽に鉄菜はそのようなものかと得心する。

 

「ポセイドンを使って追いつくとしても恐らく敵の最前列には間に合わないな。《シルヴァリンク》はフルスペックモードではバード形態になれない」

 

『何か、妙な事になっているみたいよ? ゾル国の基地から今、バーゴイルもどきが出てきて……交戦中、なのかな?』

 

 疑問符を挟んだ桃の言い草にこちらも困惑する。

 

「交戦しているのか、分からないのか?」

 

『うーん、見たところ敵同士なのは間違いないはずなんだけれど、情勢を考えるとおかしいのよね。だってゾル国にオラクルって下ったわけじゃない? それなのにC連合と戦うって事は戦争に持ち込みたい誰かがいるって事になっちゃうし』

 

「オラクル残党軍の掃討作戦、という事で上も黙認しているのじゃないか」

 

『でも、C連合も《バーゴイル》を撃墜するって意味分からないわけじゃないと思うけれどなぁ』

 

 煮え切らない桃の言葉に彩芽が声を差し挟む。

 

『いずれにせよ、戦場には違いないわ。鉄菜、桃、モリビトのフルスペックモードの力、示すわよ』

 

 鉄菜はコックピットで強く頷いた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。