ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯56 悪魔の愉悦

 機体を収容したのは海上に位置する巡洋艦であった。どの国の識別信号でもない、アンノウンの表記にガエルは舌打ちする。

 

 ――ドッペルゲンガーの艦だ。

 

 必要とあれば、ゾル国に偽装し、C連合に偽装し、ブルーガーデンにさえも信号の上では偽装出来る。

 

《バーゴイルシザー》の着艦信号を飛ばすと甲板へとガイドビーコンが出された。

 

 両腕を失った《バーゴイルシザー》は血塊炉の尽きるまで空中を飛翔し続け、ようやく下った指令と共に巡洋艦へと舞い戻ってきたのである。

 

 収容される《バーゴイルシザー》を横目にガエルは気密されたブロックを行き来し、作戦を下した張本人へと面会を果たそうとしていた。

 

 内奥に位置する扉を叩くと、入れ、と声が発せられる。

 

「ご苦労であった、ガエル・ローレンツ」

 

 出迎えたのは《バーゴイルシザー》を手渡した将校だ。ガエルは皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「あんたらの言った通り、識別信号の偽装は完了した。あのテロはモリビトが仕出かした事になったみたいだな。……だが、解せないのは、てめぇら、あのコミューンにモリビトが潜んでいる事を分かっていて、オレにやらせたんじゃねぇだろうな?」

 

 青と銀のモリビトは熟練度が低かったとは言え、脅威としては相当なものであった。痛み分けの形となって撤退をしなければやられていたのはこちらかもしれない。

 

「いや、全くのノーマークだったよ。まさかモリビト連中が張っていたとはね」

 

 どうにも食えない男である。何を考えているのかまるで分からないのだ。ケッと毒づいてガエルはパイロットスーツに風を入れる。

 

「どっちにせよ、めでたくテロは敢行されたわけだ。あんたらの思い通りに、世界は回り始めたってわけかい」

 

「いや、まだだな。まだ一手が足りていない」

 

「これ以上コミューンを襲うって? そりゃいいが、火種起こしも大概にしな。自分達で制御出来ない火は火傷の下になるぜ」

 

「ほう、戦争屋とは思えない忠言だ」

 

 その言葉にガエルは舌打ちする。

 

「戦争屋だからだよ、マヌケ。オレはてめぇらが母親の腹ん中にいる時からずっと戦争をやってきた。そこいらの軍人よりもよっぽど戦地の怖さってのを知ってるぜ。だからこそ、言える。てめぇらの起こした火種は大きくなる。確定事項だ。モリビトに全ての罪を着せて自分達はのうのうと多数派気取れるのも、そう容易くはないって事がな」

 

「重々承知しているとも。ブルブラッドキャリアが無能集団ではないくらい。大体、無能集団ならば今までのモリビトの運用もどこかに察知されていてもおかしくはない」

 

「協力者……そうじゃなくってもどっかの国の支援ありき、だろうな」

 

「ゾル国やC連合が国家単位で裏切っている事はないだろう。個人レベルが総体を成して、ネットワークを形成している、と考えるべきだ。少数派の、ね」

 

 自分達とは違う、と暗に告げているようであった。ガエルはふんと鼻を鳴らす。

 

「あのよぉ、少数派と戦いてぇのはよく分かったぜ。ブルブラッドなんたらと他にもあんたらの喧嘩している連中はいるんだろう。だが、それにしてはよ、根回しの速度とかあまりにも素早いんじゃねぇの? オレが知らないとでも思ったか?」

 

 端末を放り投げる。投射画面に表示されているのは「C連合、正式な報復措置を決議」という情報であった。

 

「耳が早いな」

 

 薄く笑った将校にガエルは言いやる。

 

「オレがコミューン襲っている間に、随分と胡乱な空気が流れてるじゃねぇの。こっちのほうに戦力を割いたほうがいいんじゃねぇかってのがオレの意見だが」

 

「諫言痛み入る。だが、我々の真の目的とはこの実行部隊は異なるのでね。静観が今のところのスタンスだよ」

 

 ガエルは壁に背中を預け、顎をしゃくった。

 

「分からねぇな。てめぇら本気で世界を変えるつもりがあるのかねぇのか。やる事成す事、全部種蒔きの領域だ。どれが開花するかなんて分かっちゃいねぇ。その種蒔きに随分と金を賭けている様子だ。オレからしてみれば咲くか分からない種を蒔く事自体、あんま賢いとは言えねぇな」

 

「戦争屋にしては詩的な言い回しだな」

 

 その皮肉を無視してガエルは言葉を継ぐ。

 

「意味があるのかないのか分からない作戦。それに加えてイレギュラーの発生。これじゃ、戦争屋稼業を細く長く続けるにゃ、不安だって言ってんだよ。オレは割とリアリストなんでね。雇用主がワケの分からん事をするのは信用出来ねぇ。理由をいちいち説明しろとは言わないが、最終目的くらいはハッキリさせてもらいたいもんだ」

 

「最終目的、か。言わなかったか? 多数派による世界の統治、だと」

 

「その多数派ってのにオレは入っているのかねぇ」

 

「心配には及ばないよ。君はもう同志だ。戦争屋だからと言って容易く切るような真似はしない。《バーゴイルシザー》も万全の態勢に整備しておこう。いつでも出られるようにね」

 

「同志、か。気に食わねぇ言葉を挙げていくとすれば真っ先に挙がるような言葉だぜ。オレは戦力をてめぇらに与えている。しかし、そっちがオレに与えたのは人機一機のみ。これじゃ、釣り合わないって言ってるんだ」

 

「報酬は毎度払っていくつもりだ。君との継続した仕事には旨みがある」

 

「旨み、か。誠意とか言わないだけまだ真っ当だな」

 

「誠意、善意などという言葉は、君の最も嫌うところだろう?」

 

 ガエルは掌に視線を落とす。戦場で幾度となくナイフや銃器を構えてきた掌はまめで固くなっている。まるでそれそのものが人機の冷たい装甲のようだ。

 

「この手を滑り落ちて行った代物が何かと問われれば一番に言える事柄だぜ。引き金を引くとそんなもんは薬きょうと一緒に飛んでっちまう。ミリ単位で人間にこべりついている厄介な感情でありながら、そいつは銃弾よりも軽い。不思議な話だろ?」

 

 笑い話にしようとしたガエルに将校は一笑に付した。

 

「君らしい考え方だ。戦争屋には」

 

「次の任務までは休暇かねぇ」

 

「生憎だが、休暇は与えられそうにない。これを」

 

 投射画面に映し出されたのは作戦指示書のコピーであった。C連合のサインが入っている。どこから入手したのか、などという野暮な事は聞かなかった。

 

「何を指示している?」

 

「ゾル国辺境地への攻撃命令だ。これは不可思議なのだよ」

 

「何がだよ? 戦争を仕掛ける目的が出来たって事じゃねぇのか? 今まで随分と長い事冷戦だったからな」

 

「今回は表立った戦争の発端というわけではない。C連合からしてみれば火消しの意味がある。ゾル国からしてみれば、それの黙認」

 

「……話してみろ」

 

 顎をしゃくったガエルに将校が作戦指示書を拡大させる。

 

「ここに書かれている場所へのアクセスだ。地形、特色、全てを挙げてみた」

 

 投射画面に次いで表示されたのは攻撃目標となっている基地の三次元図である。ガエルは一瞥するなりその特徴を見抜いた。

 

「辺境地、ってのは嘘じゃなさそうだな。コミューンと呼ぶのも憚られるくらいのド田舎だ。基地しかねぇし、大気循環システムもない、ただの前線基地か」

 

「人が棲むのには適さないほどの大気汚染濃度を弾き出している」

 

「こんな辺ぴな場所に何の用で? 攻撃したってゾル国には何のダメージにもならなさそうだが?」

 

「それが黙認の理由でもある。次に、この航空写真を見るといい」

 

 静止衛星が捉えた画像には三つの黒点が写されていた。拡大するとそれが人機である事が窺える。

 

「三機……この形状は《バーゴイル》だな」

 

「正確に言えば《バーゴイル》ではない。純正品ではない、輸出品だ」

 

「バッタもんかよ」

 

「《デミバーゴイル》と呼称する。オラクルが軍事蜂起の際に使用していたとされる代物だ」

 

 オラクル。その言葉はここ数日で何度も国際社会を賑わせている。独立国家の辿った先に待っていたのはモリビトによる介入。ゾル国への亡命が当初よりの目的であったという説もあるが、その計画に大きな遅れが生じたとすれば、ブルブラッドキャリアによる基地への壊滅的な打撃であろう。

 

 モリビトはオラクルを国際社会におけるウィークポイントだと判断し、武力によって鎮静化させた。その事実が皮肉にもオラクル国家の独立宣言がたった三日前後で取り下げられ、C連合からの離脱を早めた結果になったが。

 

「モリビトにやられたってヤツか。《バーゴイル》の頭だけ取り替えた機体だって聞いたぜ。ゾル国が裏で糸を引いて、こいつを第三国へと輸出していたってのもな」

 

「詳しいな」

 

「戦争屋稼業ってのは、いつだって後ろ暗い事に詳しいもんだ」

 

 肩を竦めたガエルに将校は笑みを浮かべる。

 

「第三国への輸出、それによる兵器関連の事業の潤滑。ビジネスになる事を嗅ぎ分けるのに特化している輩は数多い。この《デミバーゴイル》に関しても数人のコミューン市長レベルが関与していたとされている。だが彼らが糾弾されないのはモリビトのお陰か。そもそも《デミバーゴイル》の破損機体が全て回収されたのも大きいかもしれない」

 

「どこの誰かさんなんだろうな。わざわざオラクルにとって不利益な《デミバーゴイル》回収に躍起になるだなんて」

 

 無論、ガエルはそれがこの連中である事は承知だ。でなければゾル国の専売特許である《バーゴイル》のパーツを大量に容易など出来るものか。

 

 彼ら多数派は戦場においてのハイエナ同然。この艦にも数多の損傷人機が納品されているのは整備デッキの充実を見れば明らかである。

 

「さぁ。どこの足長おじさんなのだか。それに関しては追及しないとしても、C連合がゾル国辺境地に仕掛ける理由として、この《デミバーゴイル》を追う、という大義名分がある」

 

「オラクルの打ち漏らしってわけか。ケツを拭く役割があるとすりゃ、ゾル国正規軍かC連合かって話だが、《バーゴイル》の近親機が使用されている以上、ゾル国が動けば自演の疑いが濃くなる。C連合に後始末を任せた形だな」

 

「頭は回るじゃないか。C連合はこの作戦指示書に、ロールアウト間際の新型機に関する事も書いている。つまり体のいいテストになる、と」

 

 拡大された名称には《ナナツーゼクウ》の文字があった。ガエルはケッと毒づく。

 

「《ナナツー》をまた改修しやがるのか。こりゃ戦地で出回っている弐式の値段が紙くず同然になるな」

 

「参式の量産体制も充分に整っているとある。この新型機のラッシュを早めたのは間違いなくモリビトとブルブラッドキャリアの脅威だ」

 

「連中、自分で自分の首を絞めているってわけかい」

 

 笑い話にもならない。ガエルは煙草を取り出しかけて将校に尋ねていた。

 

「禁煙かい?」

 

「艦内は基本、ね。吸うのならば甲板に出てくれ。君にとっては待遇に不満が出るかな?」

 

「いや、正しい判断だろ」

 

 ガエルは煙草を仕舞って作戦指示書に綴られた基地名をそらんじる。

 

「ここに仕掛けろって?」

 

「《バーゴイルシザー》の改修が終われば出て欲しい、と言いたいところでもあるが、気になる情報も仕入れていてね」

 

「てめぇらいつでも、何かしら仕入れてるな」

 

「胡乱に映るかな?」

 

「いんや、退屈しなくっていい」

 

 将校の取り出したメモリーデバイスをガエルは自身の端末に差し込んだ。暗号化された作戦が表示される。

 

 その文頭に表記されているのは驚嘆すべき名前であった。

 

「……これは」

 

「ブルブラッドキャリアの暗号化命令書だ」

 

 何事もないかのように淡々と話す将校にガエルは覚えず追及していた。

 

「どこで……どこでこんなもんを……!」

 

「君はそこまで気にする性質だったかな?」

 

 それを言われてしまえばそこまでだ。自分はただの兵士。与えられた使命を全うするまで。言葉を仕舞ったガエルは代わりのように命令書に書かれている内容を読み取った。

 

「モリビトの強化案……セカンドステージのテストだと?」

 

「どうやらあのモリビト、これ以上強くなるらしい」

 

「おいおい、あいつから逃れるのだけでも精一杯だったんだぜ? あれがこれ以上強くなるってのかよ!」

 

「だが、ある種予定調和でもある」

 

 放った言葉にガエルは眉根を寄せる。

 

「どういうこった?」

 

 将校は端末上に今までのモリビトの戦歴を呼び起こした。記録されている限りのモリビトのデータの羅列にガエルは舌を巻いた。どこからそのような末端情報に近いものでさえも手に入れるのだろう。

 

 あるいはそれが彼らの強みか。多数派であるがゆえに、情報においては事欠かない、という証明か。

 

「モリビトの今までの実戦データを鑑みるに、あれで終わるとは到底思えない。近接戦闘型の青いモリビトを01と呼称した場合、01はあまりにも近接に特化している。射撃武装を観察した限りでは全く装備していない。極端が過ぎる、という事だ。だが、これらの機体のデータが全て、この後に繋がる想定だとすれば?」

 

「……続けろ」

 

「極端な機体バランスは次手に繋げるためにあった。つまり、モリビトとブルブラッドキャリアは戦えば戦うほどに強くなるように、最初から想定していた」

 

「……なるほどね。そいつは、驚きだな。各国の人機開発者に聞かせてやりゃいいんじゃねぇのか?」

 

 その言葉に将校はフッと口元を綻ばせた。

 

「最初から完成していない人機など設計者は造りたくもないだろう。だがブルブラッドキャリアはあえて、その方式を取った。それは彼らの持つ高い技術力と、それに所以するモリビトの性能にあったのだろうが、ここいらが頭打ちだ。最初のモリビト三機の能力ならば、《ナナツー参式》の大量投入やエース級操主との戦闘まで考えられていないだろう。だが、それらのデータを総括した、第二次の改修案があるとすれば」

 

「とんだ隠し玉、ってわけか。あのモリビトが未完成の代物だったってのは、ちょっとした驚きだぜ」

 

 操主は未熟であったが機体性能としては申し分なかった。しかし、あれでもまだ完成していなかったのだとすればモリビトの行き着く先はどれほどのものなのか。想像するだけで背筋が震えた。

 

 恐れではない。これは昂揚だ。

 

 あれ以上と戦える、という戦争屋ならではの昂りである。

 

「モリビトはまだまだその全性能を引き出していない、と見るべきだろう。しかし、逆に言えば今度こそ好機ではある」

 

「スペックの上がったモリビトと一番にやり合えればあちらさんの手の内も知れてくる」

 

 ガエルの先んじた言葉に将校は首肯した。

 

「生き残れれば、の話ではあるがね。引き受けてくれるか?」

 

「引き受けるか、も何も、オレに拒否権はないんだろ?」

 

 部下を殺された。自分の身柄も何もかもも連中の思うがままだ。戦争屋くずれとしてこのままずるずると戦地を飛び回るか。あるいは安定した雇用主がいるか、の違い。だがガエルはだからこそ、戦争屋として相応しい選択を下した。

 

「やってやるよ。どいつをぶっ潰せばいい? オレに必要なのはそのシンプルな選択肢のみだ」

 

「いい答えだ。ガエル・ローレンツ。作戦は《バーゴイルシザー》の改修が終わり次第伝えよう。今は休むといい」

 

 その返答にガエルは口角を吊り上げ、悪魔の愉悦を浮かべた。

 

「せいぜい楽しみにしてな。この世界の移り変わりを、よ」

 

 


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