ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯53 罪状、「トウジャ」

「起動しません。やはり、通常の人間では無理のようです」

 

 報告した部下にレミィはふんと鼻を鳴らしていた。

 

 モリビトと担ぎ上げられた英雄でもどうしようもなかったか。しかし、無理もない。自分に及ばなかった人間が禁断の人機を動かせるはずもない。

 

 シーアがその場にへたり込んだ。顔を覆い、咽び泣く。

 

「クサカベ准尉……わたしは君を、助けられなかった……」

 

 レミィはその頭部へと銃口を向けていた。

 

「嘆くな、たわけが。なに、最初の実験では無理な事はデータ上の試算からしてみても分かりきっていた事だ。ハイアルファー起動に人体が耐えられるわけがない。やはり、ブルーガーデンの強化人間でもない限り、ハイアルファーの過負荷には脳が処理し切れないか」

 

「ハイアルファーの事を、知っていて――」

 

「当たり前だろう。調べは尽くした、と言ったはずだ。《プライドトウジャ》はハイアルファー【ライフ・エラーズ】の持ち主。この機体を乗りこなすのには、人間を越えるしかない。だが、モリビトでは不可能であったようだな」

 

「それを、理解したと言うのに、クサカベ准尉を……」

 

「殺した、か? いずれにせよ、先のない人間であったという事だ。なに、本国が察知してこの辺境地に攻撃を仕掛ける準備をするまで最短でも三日はある。操主でなくとも反応するかもしれん。この基地にいる全員が被験者だ。実験だけは有り余るほど出来るのだからな」

 

 レミィの言葉に整備班が目を戦慄かせる。自分達は無関係だと思い込んでいたのだろう。

 

「お、オラクルに下る! それでは駄目なのか?」

 

「下る? 馬鹿を言うな。もう下っている連中にその交渉は無意味だろう。我々オラクルはこの《プライドトウジャ》を旗印に、新たに再建するのだ。ゾル国といえど、百五十年前の《バーゴイル》の先祖とも呼ぶべきこの機体を無下に破壊は出来まい。交渉材料にはなる」

 

「き、貴様っ、それでも人間か!」

 

 銃を隠し持っていた整備班が引き金を引く前に部下が銃弾で粛清した。

 

 額を射抜いた一発の弾丸に整備班が恐慌に駆られたように叫ぶ。

 

「やかましいぞ! 貴様ら! ここで死ぬか、《プライドトウジャ》の適合者になるか、二つに一つだ! 選ばせてやる」

 

 その言葉に誰もが言葉を飲み込んだ。この人機は人を喰えば喰うほどに恐らくは真価を発揮する。文献の資料が正しければ、この基地の全員を生贄に捧げても起動するかは怪しいところだが、それでも実験のし甲斐はある。

 

「悪魔め……! このような機体、本国が黙っているはずもない」

 

「どうかな? 本国は案外、知っていて黙っているのかもしれないぞ。シーア分隊長が今の今まで貴様らに何も言わなかったのがその証だ。悪魔を飼っていて、誰にも知らせなかったのだからな」

 

 シーアは項垂れたまま、子供のように泣き続けている。レミィはその腹を蹴り上げた。

 

「泣いている暇はないぞ、分隊長殿。次の生贄の選定はあなたに任せよう。あなたは部下の信頼も厚い。言えばほいほいとやってくる操主候補くらいはいるだろう?」

 

 突きつけられた銃口と選択肢にシーアは涙で腫れた目を伏せた。

 

 これでオラクルはゾル国の中でも特別な発言権を得るはずだ。一時的な吸収を今は是としていてもそれは政治家の謀。

 

 自分達軍人は、国の信念のために生きるのだ。その礎の人機、《プライドトウジャ》は名に相応しい働きをするだろう。

 

 矜持を失った売国奴を抹殺し、真の国家を建造するのにこの機体ほどの強みはない。

 

 シーアを含めた全員がこれから辿るであろう運命に絶望のまなこを伏せた。

 

 そうだ。未来などない。彼らはオラクルのために死ぬ子羊だ。

 

 口角を吊り上げたレミィはその直後、部下の悲鳴を聞いていた。

 

 突き飛ばされ、レミィはよろめく。振り向くと、自分を突き飛ばした部下が巨人の腕に掴まれていた。

 

 ハッと振り仰いだ視界の中に、《プライドトウジャ》の眼窩が映る。

 

 内蔵されたデュアルアイセンサーが睥睨の輝きを放った。

 

 青く輝いた《プライドトウジャ》の眼光に射竦められる。部下は必死に照準を《プライドトウジャ》の頭部に向けていた。

 

「この、化け物がァッ!」

 

 何発か発射されるも人機の堅牢な装甲をただの銃弾が貫けるはずもない。結晶に侵食された腕が振り掲げられ、部下をその眼差しの先に見据えた。

 

 ヒィッと短い悲鳴と共に一発の弾丸が頭部を叩く。跳ねた弾丸の銃声を最後に、部下が人機の鋼鉄の掌に抱かれた。

 

 磨り潰される人間の断末魔に全員が硬直している。

 

「まさか……生きているのか! 桐哉・クサカベ!」

 

 レミィの叫びに呼応したように《プライドトウジャ》が格納庫で身をよじる。外に出ようとしているのだ。

 

 レミィは牽制の銃撃を浴びせつつ、人々を残して格納庫を飛び出した。

 

 自分の《デミバーゴイル》はアイドリング状態で待機させている。だが、まさかこのような事態になるなど思いも寄らない。

 

 地下格納庫に残された人々は全滅しただろう。

 

 地上に出たレミィは整備デッキに佇んでいる愛機に飛び乗った。何を、と制止の声がかかる前にレミィは《デミバーゴイル》のシステムを立ち上げる。

 

「操主が死んでも動くように出来ていたのか。まさかたった一人の生贄だけで呼び起こせるとはな……」

 

《デミバーゴイル》が推進剤を焚いて整備デッキを強行突破する。

 

 直後、青い輝きが瞬いた。

 

 格納庫を二重の刃のような光が交差し、次の瞬間、その機体が空中に出現していた。

 

 青い侵食部位はそのままに、傷痕のように全身に裂傷を走らせている。

 

 漆黒の機体は内側から燻る炎を抱えたかの如く、明滅していた。力強い鼓動の炎だ。

 

「桐哉・クサカベを吸い尽くし、その生命を爆発させたか。《プライドトウジャ》!」

 

《プライドトウジャ》の眼差しが《デミバーゴイル》を睨む。その一睨みだけで《デミバーゴイル》の全身が軋みを上げた。

 

「これは……恐怖か? 人機が恐怖するなど!」

 

 この基地に配備されていたプラズマライフルを手に取り、《デミバーゴイル》に照準させる。

 

 だがその時には、《プライドトウジャ》は地表に着地していた。その速度は目測ではとてもではないが追えない。

 

 おっとり刀で照準し直した火器管制システムが《プライドトウジャ》を映し出した時には、その姿が接近していた。

 

 後退用のブースターの残光を引きつつ、《デミバーゴイル》がプラズマライフルを掃射する。

 

《プライドトウジャ》は機体の各所に銃撃を受けていた。

 

「如何に伝説の機体とは言え、百五十年前のもの! 経年劣化で衰えている人機を墜とせないわけがない!」

 

 プラズマライフルの攻撃を《プライドトウジャ》はほとんど動かずに受け止め続けている。あまりにも動きがないため、レミィは撃ち方をやめずに最大望遠でその手元を凝視した。

 

 途端、恐れが這い登ってくる。

 

「まさか……あの状況下で、助けたというのか?」

 

《プライドトウジャ》の手の中には地下で散ったかに思われたシーアを含める全員がいた。皆、生存している。

 

 その行動の意味に、レミィは操縦桿を強く握り締める。

 

「……生きているのか。桐哉・クサカベ!」

 

 プラズマライフルを捨て去り、《デミバーゴイル》に実体剣を握らせる。

 

《プライドトウジャ》に収まっている操主の反応はない。バイタルも、脳波スキャンにもかからない。

 

 データ上では死んでいるはずだ。操主もいないはずの人機である。

 

「生きているのならば、応えろ! 桐哉・クサカベ! 貴様、どうやってその禁断の人機を物にした!」

 

 剣を握り締めた《デミバーゴイル》が正眼の構えを取る。

 

 すると、通信網に割り込んできたチャンネルがあった。

 

『……簡単な、事だ。俺は、まだ死ねない』

 

 切れ切れであったが確かに桐哉の声だ。震撼すると共にレミィは口元に笑みを浮かべていた。

 

 実験は成功だ。後は操主を殺して機体だけ奪えれば、オラクル再興の要となる。

 

「そうか、死ねない、か。ならばそのシンプルな答えだけを抱いて、そのまま溺死しろ! 機体を貰い受けるぞ! 英雄!」

 

《デミバーゴイル》が推進剤の輝きを引いて直進する。相手は生身の人間を抱いている。武装は使えまいと剣を振り上げた。

 

 直後、機体が横滑りし、剣筋がぶれる。

 

 何が起こったのか、最初、レミィには理解出来なかった。しかし、その視界に大写しになった《プライドトウジャ》の型から判断する。

 

 脚部を振り上げた《プライドトウジャ》は、こちらに瞬時に接近し、機体を蹴り払った。

 

 その単純明快な答えを理解する前に、よろめいた《デミバーゴイル》の背面へと《プライドトウジャ》が立ち現れる。

 

 振り向き様の一閃を浴びせかける前に、片腕の武装がこちらの肩口を狙い澄ましていた。

 

 手首から射出された釘状の武装が《デミバーゴイル》の機体を震わせる。対応の動きを取る前に速射されたパイルバンカーが《デミバーゴイル》の腹腔を破った。

 

 血塊炉へのダメージにレッドゾーンの警告がコックピットに響く。

 

「一度下した相手に敗北など!」

 

 歯噛みしたレミィは実体剣を振り上げ、《プライドトウジャ》へと猪突する。

 

《プライドトウジャ》が脚部からも同じく釘の武装を発射し、その反動で踊り上がった。

 

 実体剣が斬りさばいたのは釘の中心。

 

 高空に飛翔した《プライドトウジャ》が片腕からパイルバンカーを発射し《デミバーゴイル》の肘関節部を砕いた。

 

 実体剣を握った腕が回転しながら宙を舞う。

 

 青い血を撒き散らした《デミバーゴイル》は満身創痍の体であった。

 

 中に収まるレミィも息を切らしている。

 

「やられるわけには……いかない。死ぬわけにいかないのは、こちらも同じだ!」

 

 飛翔した《デミバーゴイル》は即座に離脱軌道に移ろうとする。ここでの敗走は敗北ではない。

 

 いずれ来るオラクル再建のために一度だけ逃げに徹するまでだ。

 

 冷徹な思考が飛翔速度を上げさせ、《プライドトウジャ》の射程圏外へと躍り出る。

 

 雲を切って高度限界近くに至る。レッドゾーンに達したパーツを分離させ、ようやく射線から逃れた。その事に、レミィは安堵する。

 

 項垂れて汗を拭った。

 

「ここまで……来れば、もう追って来られまい……」

 

 青く染まった大気が周囲を埋め尽くしている。汚染された雲海を見やり、レミィは離脱コースを取ろうとした。

 

「いくらでも伝手はある。オラクルが真に敗北する日は来ない。《プライドトウジャ》を抱いたこの基地を売れば、ゾル国内でも立場は得られよう。今は、ただ逃げて……」

 

 言いかけた刹那、釘状の武器が《デミバーゴイル》の腹腔を貫いた。

 

 まさか、と目を戦慄かせたレミィの視界に映ったのはこちらを精密狙撃する《プライドトウジャ》の姿であった。

 

 片腕を振り上げ、第二射が頭部コックピットを照準する。

 

 レミィはこの際になって、哄笑を上げていた。

 

「素晴らしいぞ! 《プライドトウジャ》! その力、我が国家の礎に相応しい! 是非とも貰い受けに――」

 

『喧しいぞ』

 

 その言葉がレミィの思考に焼け付いた最後の言葉となった。

 

《デミバーゴイル》のコックピットをパイルバンカーが貫通し、糸が切れた人形のように機体は急下降した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 信じられない、とシーアは口にしていた。

 

《デミバーゴイル》を破壊せしめた機体の能力以上に、《プライドトウジャ》に打ち勝った桐哉の精神力に、である。

 

 仰ぎ見た数人の視線を受け止めた《プライドトウジャ》から音声が発せられた。

 

『申し訳ありません、シーア分隊長。ちょっと今は、敬礼が出来そうにもない、です』

 

 切れ切れに聞こえてくる桐哉の声音にシーアは挙手敬礼を送った。送り続けた。彼の勇気とその力に、敬服の念しかない。

 

「すまなかった……! わたしが力不足のせいで……」

 

『謝らないで……ください。この力があれば、自分は……』

 

 そこから先の言葉が霧散する。青く染まった大気の中、新たな息吹を得た太古の人機は静かに屹立し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神経を無茶苦茶に穢された。

 

 思考はただ敵を倒すその一事にのみ向けられていた。その残りカスのような思考の中でシーア達を助けられたのは恐らく最後の奇跡だろう。

 

 桐哉は拷問機械に抱かれたコックピットの中で赤く警戒色に塗り固められたステータスを見やる。

 

 満身創痍なのは同じだ。

 

《プライドトウジャ》は自分の最後の一滴までを吸い尽くし、責務を果たさせてくれた。

 

 それだけが、今の桐哉に分かる結果だ。

 

「謝らないで、ください……。これで、俺は、モリビトに届く。この力があれば、きっと、あのモリビトだって……」

 

 倒せる。そう口にしようとして、意識は闇に没した。

 

 


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