ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯50 飢えた獣

 一足飛びで鉄菜が飛び降りる。燐華が後を追おうとしてヒイラギの手に遮られた。

 

「駄目だ!」

 

「でも! 鉄菜!」

 

「大気汚染レベルはまだ警戒以下だが、すぐに危険域になる。シェルターに避難するしか……」

 

 ヒイラギの声を他所に燐華はその手を振り解いた。直下の地面に、鉄菜の姿はなかった。

 

 まるで一時の幻のように、鉄菜の痕跡は跡形もなく消え去っていた。残っているのは、手渡された鉄片のみ。

 

 ヒイラギが燐華の肩に手を置く。

 

「……行こう。ひょっとしたら、彼女は別の避難ルートを知っていたのかも」

 

 希望的観測が混じっているが、燐華はその言葉を信じる事にした。

 

 胸の中で誓いを立てる。

 

 ――鉄菜。また会えたのなら。今度こそ友達になろう。

 

 鉄片をぎゅっと握り締める。この時、燐華は鉄片に刻まれた刻印が淡く光ったのに気づく事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋いだ先は彩芽のオフィスだ。ちょうど午後の休憩時間だったのか、彩芽の声は落ち着いている。

 

『どうしたの、鉄菜。貴女からかけてくるなんて珍しい』

 

「緊急事態だ。ゾル国のコミューンに《バーゴイル》一機が侵入した。高威力武装でコミューン外壁を破壊。さらに自動修復を遅らせている。間違いなくこれは、――テロ行為だ」

 

 その言葉に彩芽はすぐさま端末を立ち上げ、情報網を広げる。

 

『……ルイからももたらされていない、っていう事は最新の情報ね。鉄菜、わたくしの距離からじゃどう足掻いても間に合わない。三号機は第三フェイズ実効のために宇宙に出ている。この状況下で動けるのは……』

 

 歯噛みする。自分以外、止められる人員がいない。鉄菜は学園の裏手にある湖へと辿り着いていた。

 

 アルファーを翳し、神経が額で弾けるイメージを描く。

 

 すると水を逆巻かせて銀翼の人機が出現した。《シルヴァリンク》が展開した翼で鉄菜を覆う。やるべき事を問い質すかのように。

 

 鉄菜は頷いてコックピットブロックへと飛び乗った。

 

 全天候周モニターにステータスを映し出し、次いで敵性人機との距離を概算させる。

 

「随分と遠く離れたな……速度重視の《バーゴイル》らしい手口だ。ヒットアンドアウェイ戦法で離脱軌道に入る。……だが、逃がしはしない。《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス、出る!」

 

 胴体が百八十度回転し、左腕の盾が機首を形成した。バード形態への変形を遂げた《シルヴァリンク》が風の皮膜をぶち破って一挙に敵性人機の帰投コースをなぞる。

 

 敵性人機の射程に入る前に牽制用のバルカンで相手の注意を引いた。思った通り、振り向いた相手は隙だらけである。

 

「……墜とせる」

 

 口中の呟きと共に《シルヴァリンク》が変形を果たす。盾の裏側からRソードを引き出した《シルヴァリンク》はそのままの勢いを殺さずに《バーゴイル》へと猪突した。

 

 確実に両断した、と感じ取った瞬間、《バーゴイル》の肩口に装備されている反り返った刃が通常のマニピュレーターと交代する形で展開される。

 

 両腕に大型の実体武装を装備した《バーゴイル》の剣筋がこちらの刃とぶつかり合った。リバウンド兵器が勝利するかに思われたが、敵の刃には特殊な加工が施されているようでRソードとの干渉波が激しくスパークする。

 

 そんな最中、《バーゴイル》の足が踊り上がった。

 

《シルヴァリンク》を叩き据えたのはまさかの足である。

 

「モリビトを……蹴った?」

 

 至近距離では無双を誇る《シルヴァリンク》に蹴りなどという弱点だらけの動きをしてくる。その脚部を掴み取ろうとして、上段から押し寄せてきたプレッシャーに飛び退る。

 

 ハサミのような大鎌が《シルヴァリンク》の首を刈らんと疾走したのである。

 

 間一髪、もし反応が遅れれば――、と鉄菜は脈動が速くなるのを感じた。

 

 ただの《バーゴイル》にしては出来過ぎている。機体照合をかける前に、通信回線が開けた。

 

『おいおい、世界を敵に回したって言っていたからどんなもんかと思えば。どうやら操主の熟練度は低いみたいだな、ルーキーよォ!』

 

 男の哄笑であった。鉄菜は《シルヴァリンク》にRソードを構え直させる。

 

 合成音声を張るべきか、と思案している間にも、相手は割り込んでくる。

 

 蒼い《バーゴイル》が太刀を振るい落とし《シルヴァリンク》へと間断のない剣筋を刻み込む。近接戦闘用の武装を持つ《シルヴァリンク》に対して実体武装での動き。さらに言えば、全くと言っていいほど恐怖心のない挙動は鉄菜には理解出来なかった。

 

 エースと銘打たれた者達を少しばかり見てきたが、彼らとて警戒心と恐れを抱いていた。その先に勝機を見出すために針の穴ほどの隙を凝視しているのである。

 

 だが、眼前の敵にはそのような集中力も、忍耐も、あるいは高尚な思考でさえも感じられない。

 

 あるのは野獣のようにこちらへと食らいつく執念。

 

 獣を相手取るのに鉄菜は手馴れていない。Rソードが防御の陣形を取った。《バーゴイル》の刃など簡単に押し返せるのに、今は鍔迫り合いを繰り広げている。

 

『弱ぇッ!』

 

 弾き返した《バーゴイル》に応じて鉄菜は機体を後退させていた。銀翼を翻し、Rソードで反撃しようとするもその時にはしっかりこちらの射程を読んでいた敵機は距離を取っていた。

 

『んな、デケェ得物で刈れると思ってんのか、マヌケ! にしても、意外だな。いや、連中分かっていてけしかけたか? 襲撃コミューンに噂のモリビト様がいるなんてよォ!』

 

 照合結果が弾き出される。その機体名に鉄菜は目を戦慄かせた。

 

「嘘、だろう……モリビト……」

 

 敵機体は明らかに《バーゴイル》だというのに。機体照合名は世界で共通規格となった識別不能人機――即ち現時点でのモリビトを示していた。

 

 しかし、その照合結果は瞬時に切り替わる。一秒と待たず結果が反転していた。

 

《バーゴイル》のカスタム機体の名称が現れる。先ほどの照合結果は誤認だったのか、とジロウに目線で問い質すが、ジロウは頭を振る。

 

『違うマジ、鉄菜。確かに今、あの人機はモリビトの照合を纏っていたマジ』

 

「だとしたらどうして……そこの人機、どうしてモリビトの名前を名乗れる!」

 

 覚えず昂ってしまった鉄菜の声音に相手が胡乱そうな声を返す。

 

『あん? 女の声だと?』

 

 しまった。合成音声にするのを忘れていた。改めて問い質そうとすると《バーゴイル》が跳ね上がった。

 

 刃が振るわれRソードと打ち合う。

 

『そうか! 笑えて来るぜ! 世界の敵は女だったか!』

 

 哄笑を上げる敵の操主に鉄菜は冷静さを取り戻しつつ、言葉を返す。

 

「問う。どうしてモリビトの名称を使っていた?」

 

『今さらかしこまっても無駄だぜ! にしても、年端もいかねぇ、ガキの声だったな、今の。案外、モリビトってのにはまだ男も知らねぇガキが乗り込んでいるのか?』

 

 鉄菜はRソードを振り抜かせた。《バーゴイル》の刃と重なり干渉波に空間が震える。

 

『そうキレんなよ、女。いや、まだガキか。だが、ガキでも関係ねぇ! 女にはみんな、ぶち込んじまえばいいだけの話だからナァ!』

 

 敵の《バーゴイル》のアイカメラがぎらついたのが窺えたような気がした。まさしく獣のように猛った《バーゴイル》が刃を《シルヴァリンク》に叩きつけてくる。

 

「……何の目的でコミューンを襲った? コミューンに対するテロは重罪のはずだ」

 

『知ってんよぉ! てめぇなんかより何年も生きてんだからよ! いいか? 今のは火種作りだ。コミューン一つに風穴開ける。それ一つだけじゃ、大した事はねぇかもな。でも、それがモリビトだったどうなる?』

 

 その言葉に鉄菜はハッとする。恐れが這い登ってきて操縦桿を握る手に力が篭った。

 

「……ブルブラッドキャリア全体への敵愾心の増長……。お前は、何だ? 何のために、そのような事を」

 

 何もしなくともブルブラッドキャリアは敵視されている。それを憎悪で水増しするような事を相手はやってのけたのだ。

 

『何のため? んなの、決まってらぁ。戦争をするためだよ』

 

「戦争、だと……」

 

 敵の《バーゴイル》が刃を突きつける。蒼い《バーゴイル》は敵意の眼差しを伴わせて《シルヴァリンク》を睨んだ。

 

『小さい戦争じゃ、ちょうど感じなくなってきたところだったんだ。感謝してるぜ、連中にはよォ! ……ただまぁ、命でツケを払わされるってのは、いまいち面白くはなかったがな』

 

 眼前の敵は何者なのだ。戦争など、誰も望んではいないはずなのに。

 

 水面下では、確かにゾル国とC連合は敵対している。ブルーガーデンの事も面白いとは思っていないだろう。その発端になりかけたのがオラクルの独立だ。今、その火種も収まるべきところに収まった、と考えていた矢先だったというのに。

 

 このような事をゾル国のコミューンで仕出かしたのがモリビトとなれば、モリビトは対象を選ばないテロリストとされてしまう。

 

 無差別テロなど一番に望んではいない。

 

「……お前は、ブルブラッドキャリアの思想を、足蹴にしようというのか」

 

『そこまで考えちゃいないさ。オレは戦争屋だからな』

 

「戦争屋……傭兵の事か」

 

『どうとでも言い換えりゃいい。ようは、てめぇらみたいなのがいい食い扶持になるって話だ。まさかモリビトの識別信号を使ったら本物が釣れるなんて思っちゃいなかったがな!』

 

 狂ったように嗤う敵操主に鉄菜は胸の内に何かが燻っていくのを感じ取っていた。

 

 今まで感じた何物とも違う。形容出来ないが、今、この場で相手を斬らなければ収まらない感情であった。

 

「……許さない」

 

『ああ? 何だって?』

 

「私は、お前を許さない」

 

 相手を許容出来ない、という感情が黒々とした墨になって鉄菜の思考を満たしていく。

 

 殺意、敵意がない混ぜになった脳裏で導き出したのはシンプルな答えだ。

 

 ――私はお前を殺したい。

 

 Rソードを発振させ、《シルヴァリンク》の眼窩に鉄菜の感情が灯る。銀翼を拡張させた《シルヴァリンク》の動きは通常の《バーゴイル》では追えるはずもないほどの速度であった。

 

 だが、敵の《バーゴイル》は容易くその剣先を跳び越えていく。まるで数秒前からその動きが見えていたかのようであった。

 

「弾道予測か?」

 

『バカが! んなもん、使うまでもねぇ! 気づいてねぇのか? てめぇの動き、スカスカだ。手に取るように分かるぜ。死にかけの傷病兵が必死に足掻いて最後に引き金を引く動きと同じだ。見え見えなのに、本人はマジに必死なヤツだ! つまるところ、てめぇ、その青いモリビトを使いこなせてねぇのよ!』

 

《シルヴァリンク》の胸元を《バーゴイル》の脚部が叩き据える。またしても蹴り。そのようなもの、避ければいいだけのはずなのに、敵の動きについていけない。ただの《バーゴイル》の動きにしてはあまりにキレがある。

 

 機体照合のデータベース参照の間にも状況が動いた。

 

《シルヴァリンク》を上昇させ、Rソードで両断しようとするのを敵の《バーゴイル》は刃をハサミのように交差させて防御する。

 

 実体剣の強度など、とRソードの出力を上げようとしたところで、敵機体が跳ね上がる。交差した点を始点として、軽業のように《シルヴァリンク》を跳び越えてみせたのである。

 

 背面を取られる前に薙ぎ払う、とRソードで横滑りさせようとするが、敵人機はこちらの射線に入ってこない。

 

 さらに高高度を取り、両肩に装備されたパイルバンカーを射出した。

 

 パイルバンカーのワイヤーが《シルヴァリンク》の盾に纏いつく。

 

 瞬間、青い電流がのたうった。鉄菜は咄嗟にリバウンドの盾を使用する。

 

 跳ね返された電流が青く輝き、大気を焼き切った。もし直に受け止めていれば片腕くらいは持っていかれただろう。あるいはコックピットに多大なダメージを負っていたか。

 

 敵の正体も掴めないのに、相手が実力者である事だけは身体が理解している。戦闘に昂った精神が敵人機の性能を精査していた。

 

「脅威判定……Aプラス」

 

 ここに来て初めての判定であった。脅威判定Aなど滅多に使わない。この惑星では使う事などないかもしれないとさえ思っていた。

 

 敵の操主はふんと鼻を鳴らす。

 

『何だ? そうやって敵の強さをはかってるのか? 随分と、まぁ』

 

 操主がほくそ笑んだのが伝わった。鉄菜は身構える。

 

「何が、可笑しい?」

 

『そりゃあ、おかしいさ。だってよぉ、そのやり方、そっくりだ。オレが敵に対してやるのとよ。敵のランクがどれくらいで、こいつがどれほどの価値を持っているのかっていうのはな、戦争屋稼業にピッタリの頭なんだよ。ガキかと思いきや、何だ、オレと同じにおいがするぜ』

 

 ――戦争屋と同じ。その言葉に鉄菜は考えるより先に行動していた。

 

 白熱化した思考で鉄菜はRソードを突き上げさせ、銀翼を展開する。纏いついた黄昏色のエネルギーフィールドが殺気を滾らせた。

 

「取り消せ……今の言葉」

 

『キレんなよ。褒めてるんだぜ? 状況判断の出来る、いい操主だってな』

 

「取り消せと言っている!」

 

 番えた力場が矢のように軋み、直後に一点に放たれた。

 

「――唸れ! 銀翼の、アンシーリーコート!」

 

 一点突破の勢いを伴わせた斬撃に敵の《バーゴイル》が咄嗟の判断だったのか、刃の腕を突き出す。

 

 接触した直後には、その腕を根元からパージしていた。

 

 極限の熱によって溶断された漆黒の刃が分解され、雲散霧消する。

 

 アンシーリーコートをかわされた、という悔恨よりもなお深く鉄菜の胸に残ったのは、打ち漏らした、という屈辱であった。 

 

 殺すつもりで放った一撃を前に、戦争屋を自称する男は笑い声を上げる。

 

『……今のはビビッたぜ。ちょっぴしな。なるほどねぇ、こういう妙な兵器がついているから、各国のお偉いさん方はモリビトを敵視してんのか』

 

 両腕を失った《バーゴイル》はさらに高空を目指して飛翔する。

 

 腕を失った分重量が減ったためだろう。敵の上昇速度に《シルヴァリンク》はついていけなかった。アンシーリーコートを放ったためか、今の《シルヴァリンク》の出力ではどう足掻いても《バーゴイル》に追いつけない。

 

 敵も分かっているのか、これ以上深追いするなどという馬鹿な真似はしなかった。

 

『今は、逃げに徹しさせてもらう。ただ、また会う事があるかもなぁ、モリビトの嬢ちゃん。その時は可愛がってやるよ』

 

「待て! 逃げるな、戦え!」

 

 そのような安い挑発が届く相手でもない。《バーゴイル》は高高度に位置してすぐさま飛び去ってしまった。

 

 追う手立てはない。バード形態に変形しても《バーゴイル》の足には追いつけないだろう。

 

 鉄菜は操縦桿を拳で叩きつけた。

 

 自らの矜持が汚れたからだけではない。自分だけではなく、ブルブラッドキャリア全員が貶められたような感覚に陥ったからだ。

 

『鉄菜……、追わないのは正解マジ。あれにはまだ隠し玉があるマジよ。その余裕を感じるマジ。それと、機体照合データを』

 

 モニターに表示された機体名は何重にも偽装されていたが、ようやく割り出せたらしい。途中、桃の《ノエルカルテット》も中継したお陰で電子戦では辛勝を収めた結果だ。

 

「《バーゴイルシザー》……」

 

『操主名までは不明マジね。今の声紋データを取っておくマジから、桃・リップバーンの三号機に繋いで調べてもらうマジか?』

 

「頼む」

 

 その言葉にジロウは嘆息のようなものを漏らした。

 

『……あまりのめり込む相手じゃないマジよ。鉄菜の最終目的からしてみれば、一番の遠回りのような相手マジ。傭兵なんて』

 

「でも、私は奴を取り逃がした私を、多分一番に許せない」

 

 ここでの敗北は自分にとって大きな痛手だ。一度でもモリビトの名前を取った相手に黒星など。

 

『気にする事じゃないマジ。戦争屋のやり口マジよ。ああやって言葉巧みに人を操って、そうやって自壊させる。それが目的の、短絡的な挑発マジ。受け取るだけ無駄マジ』

 

「分かっている。頭では」

 

 怜悧な思考ではあのような相手、手に取るだけ無駄なのは理解している。だが、心の奥底ががなり立てて、蹴り上げているのだ。

 

 ――あいつを許すな。絶対に殺せ、と。

 

 今は、心の声に従う事にした。相手を目にして直感的に浮かんだ感情は大切にしろと教えられた事がある。

 

 教えてくれた人の名前は、相変わらず思い出せなかったが。

 

『《シルヴァリンク》の損壊自体は軽微マジ。あのコミューンに戻るマジか?』

 

「いや、モリビトを目撃された可能性がある。戻るのは得策ではない」

 

『でも、鉄菜は、あの女の子に随分と執心していたマジ』

 

「……彩芽・サギサカや桃・リップバーンの事を言うようになったのか? 私は燐華・クサカベに何の感慨も抱いていない。あの少女が生きようと死のうと勝手な事だ」

 

 燐華がどのように生きても彼女の自由だ。ただ、あまりに選択肢が少ない生き方をしていたから選択肢を増やしてやったまでの事。

 

 ただの気紛れだろう。これまでも、これからも。

 

 自分という設計された存在に「気紛れ」という概念が存在した事自体が驚きであったが、それも人間らしさを追及するために必要な要素だったのだろう。

 

 自分という単なる組織のパーツに、気紛れを要求した人間のせいだ。そのせいで、引っ込みのつかない感情ばかり溢れてくる。

 

 燐華をどうしたいのかなど自分には関係ないではないか。彼女の生き方は彼女だけのものだ。

 

 そう断じかけて、手渡したアルファーの欠片を思い返す。

 

 あの少女に力などない。だがアルファー一個で変えられるものもあるのかもしれない。

 

『そうマジかぁ? 鉄菜、何だかんだでお人好しだからマジ』

 

「うるさい。目的以上の会話は許していないぞ」

 

『分かっているマジよ。機械相手に喧嘩なんて馬鹿らしいマジ』

 

 軽くあしらったジロウに言い返す前に、鉄菜は《シルヴァリンク》を反転させた。衛星軌道からでも撮影されれば面倒だ。今は身を隠すほかない。

 

「また、私は倒し切れなかったんだな」

 

『敵はエース級マジ。そう何度も倒させてはくれないマジよ』

 

「でも、私の役目なんて《シルヴァリンク》に乗って、戦うだけなのに」

 

 面を伏せた鉄菜にジロウが嘆息を漏らす。

 

『……燐華の言っていた事みたいに、ただの女の子に、成りたかったマジか?』

 

 ハッとして鉄菜はジロウの背中を見やる。丸まったアルマジロの背筋が今はどこか遠く映る。

 

「何を言って……私はブルブラッドキャリアだ。モリビトの操主なんだ。だから……あの世界では生きていけない」

 

『人類がコミューンという殻に篭らなければ生きていけないのと同じマジね』

 

「どういう……」

 

『知らないマジ。自分で考えればいいマジよ』

 

 その素っ気ない返答に鉄菜は面食らった。システムAIにそこまでの性能は求めていないはずである。いや、それより以前に――。

 

 自分は、自分で考えた事など、今まであったのか、と問い返していた。

 


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