ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯5 戦端の奏

 リバウンドフィールドに守られた土地で生きるのに、権利は必要ない。

 

 コミューンの天蓋は今日も平和そのものの色を湛え、ブルブラッド大気から太陽光だけを得ている。

 

 享受する平和に誰も疑問など挟むまい。

 

 だからこそ、一撃が必要であった。

 

 世界を変える一撃。渾身の爆弾の華を。

 

 型落ちの《ホワイトロンド》を使うのは出先を割れさせないためだ。どこからの手先で、どこからのテロ攻撃であるのかを相手に悟らせるのは下策。

 

 特攻爆弾を所持した《ホワイトロンド》がコミューンに向けて真っ直ぐに疾走する。

 

 それを関知したのはコミューンの外壁防御についていた数機の《ナナツー》であった。

 

『達す。どこの所属の機体か』

 

 その警告を無視して《ホワイトロンド》が突っ切る。緊急用の推進剤を焚き、ブルブラッド反応炉の臨界点に達する速度でコミューンへと突っ切った。

 

 その目的が自爆だと知った時には相手の対応は既に遅い。

 

 おっとり刀でアサルトライフルを照準する《ナナツー》だが、両肩からコックピットを堅牢に防御するリアクティブアーマーが特攻目的の《ホワイトロンド》に鉄壁を約束している。

 

『相手は自爆テロリストか……。コミューン防衛装備! 式典型も全部出せ!』

 

 紅白柄で彩られた《ナナツー》までも出撃し、弾幕を張るがあまりにもその対応が遅れていた。

 

 抱えた爆弾をコミューンに向けて投擲しようとする。本来ならばブルブラッドに連動した爆弾で甚大な被害をもたらすはずであったが、小型爆弾だけでも《ナナツー》部隊の半数は減らせるだろう。

 

 そう判じて掲げかけた腕を一射した銃弾が射抜いた。

 

 爆弾に引火し、片腕が吹き飛ぶ。まさか、この距離で中てた《ナナツー》がいるのか。《ホワイトロンド》に乗る男はしかし、眼前に佇むそれが《ナナツー》ではない事に気づく。

 

 獣の形状をしたマシーンであった。四つ足で地を踏み締め、呻るような機動音を響かせている。

 

 獣型の機体など存在したか。照合にかけようとした男へと獣の機体が襲いかかった。

 

 小型爆弾で相手を引き剥がそうとするが、その牙が電磁を帯び、爆弾の信管を無効化した。

 

「強化ECM? こんな機体が何故!」

 

 電磁の牙が《ホワイトロンド》の手に噛みつく。引き千切った機体の腕からブルブラッドの青い血が迸った。

 

 両腕を失った形の《ホワイトロンド》が推進剤を焚き、相手を蹴飛ばす。しかし、くるりと身を返した獣型の機体は全くダメージなど負っていない様子であった。

 

「……何者だ」

 

 その問いかけに応じず、獣型の機体が跳ねる。両肩に装備した連装ガトリングが火を噴くもことごとくかわされていく。

 

「こんな軽快な動き……古代人機か?」

 

 しかし照合データの中にある古代人機に一致するものはない。

 

 獣型が追突し、《ホワイトロンド》が跳ね飛ばされた。防戦一方のままでは自爆は完遂出来ない。

 

 ――こうなれば、と男はブルブラッド炉心に直通する本体の爆弾を起動させた。

 

 獣型が襲ってくれば反応して爆発するであろう。

 

 しかし、先ほどまでこちらに攻撃を仕掛けてきた獣型が不意に警戒する。まさか、勘付かれたのか、とじわりと汗が滲む。

 

 このまま距離を取られていればただ自分が自爆するだけ。コミューンに打撃も与えられないままに。

 

《ホワイトロンド》に乗る男はその時、冷静な判断力を失っていた。ここで犬死にするくらいならば、相手に一撃でも報いる。

 

《ホワイトロンド》の推進剤を全開にして獣型へと猪突しようとした。

 

 その刹那、中空から銃撃が一射される。

 

《ホワイトロンド》を射抜いたのは実弾ではない。リバウンド効果を利用したプレッシャーガンであった。

 

 ピンク色の光条が《ホワイトロンド》の中核であるブルブラッド炉心を貫き、爆弾に引火する。

 

 直後には男の意識は《ホワイトロンド》の爆風と共に消し飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロデム。敵性人機の破壊を確認。ノエルのプレッシャーガンでテロリストを制圧。なーんか、こういう役回りが多い気がするなぁ。モモはいつになったら、第一フェイズ終了って言ってもらえるのか不安だよ」

 

 中空に佇むのは翼を有した人機であった。ちょうど胴体がない形であり、翼を背負い、逆関節の脚部を有している。

 

 そのあまりにも既存の設計思想からかけ離れた人機に《ナナツー》部隊が銃口を向けた。照準警報がコックピット内に鳴り響く。

 

 桃色の長髪を二つ結びにした少女はコックピット内でチョコレートを頬張っていた。

 

 あどけない双眸が眼下の《ナナツー》を見据える。

 

「ちぇっ。せっかくコミューンを守ってあげたのに、恩知らず」

 

『所属不明機に告ぐ! ただちに降下した後、投降せよ! コミューン防衛の任において、その機体を接収する権利がこちらにはある』

 

「そんなはずないでしょ。モモが子供だからって、そーいう大人の言い草ってキライ」

 

 地上でテロリスト機と交戦したサポートメカが《ナナツー》へと威嚇する。《ナナツー》のうち一機が覚えず、と言った様子で射撃した。

 

 一撃は掠めただけであったが、少女の自尊心を傷つけるのには充分であった。

 

「……もういいや。ロデム。第一フェイズでは《ノエルカルテット》の性能を見せちゃいけないんだけれど、モモの可愛いロデムに攻撃したんだから仕方ないよね。《モリビトノエルカルテット》、やられたからやり返す」

 

 紅色のデュアルアイセンサーが輝き、《ノエルカルテット》と呼ばれた機体から取り出されたのは銃口であった。

 

 地上展開するロデムを撃った《ナナツー》を照準し、一射されたのはエネルギーの凝縮体であるプレッシャーガンである。

 

 Rフィールドの弾道が肩を貫き、《ナナツー》の片腕が溶解して垂れ下がる。

 

 もう一撃、と加えようとした《ノエルカルテット》のコックピット内で警告音が響いた。

 

『それ以上の介入は第一フェイズに反する』

 

 女性の声に少女は後頭部を掻いた。

 

「……分かってる。ロデムを回収。《ノエルカルテット》はこの空域から離脱する」

 

 地上からロデムが跳躍した。頭部が胸元へと収納され、四つ足が可変し、両腕となる。

 

 胴体部へと収納したロデムは完全に一機の人機へと変形を遂げていた。

 

『合体した……だと』

 

 通信網を震わせる《ナナツー》の操主達の困惑を他所に赤と白で彩られた機体は遥か高空へと飛翔していく。

 

「せっかくコミューンを守ってもただ働き同然かぁ。これじゃ、なーんも価値ないや」

 

 コックピットの中でリニアシートに背中を預けた少女は新しい飴玉を口の中に放り込む。

 

 ガリッ、と歯で噛み締めた。

 

 


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