ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯48 成層圏の煉獄

《モリビトノエルカルテット》の高高度飛翔能力は大気圏の厚いリバウンドフィールドの層を容易く突破する事が出来る。

 

 その飛行時間と単純な戦力を鑑みれば、《バーゴイル》など児戯に等しい。虹の裾野を眼前に入れた桃は《ノエルカルテット》の両腕を開かせた。

 

《ノエルカルテット》から発生したリバウンドフィールドの力場が干渉し合い、虹の天蓋に穴を開ける。

 

 フィールド同士が中和され、侵食された場所が融け落ちるように消滅した。

 

 無論、プラネットシェル全体から察知されないほどの小さな穴である。人機一機分通ればいいだけの抜け穴を通過し、《ノエルカルテット》は重力の投網から逃れようと推進力を底上げした。

 

 青い推進剤の光を棚引かせつつ、大型人機のシルエットが重力圏からたちまち上昇する。

 

「残り30秒ほどで、重力の手から逃れられる。……やっぱりモモ、地上はあんまり好きじゃないわ。重力が内臓に重くのしかかるみたいで」

 

 息をついた桃は合流地点への道標を全天候周モニターに表示させる。

 

 第三フェイズの要、モリビト三機の強化パーツを手に入れるための水先案内人が、三号機に与えられた使命である。

 

《インペルベイン》と《シルヴァリンク》では重力の波を超える事は出来ない。それほどの推力を可能にするのは四基の血塊炉を内側に秘めた《ノエルカルテット》だけだ。

 

 それでも四基分の血塊炉は万全というわけでもない。重力とリバウンドフィールドの中和に二基の血塊炉が悲鳴を上げていた。

 

「ロデムと、ポセイドンの血塊炉が一時的にオーバーヒートを起こしているみたいね。グランマ、調整をお願い」

 

『二匹は寝かしつけておいてあげるから、桃は回収任務に当たりな』

 

 グランマの柔らかな声に桃は安堵して合流地点へと《ノエルカルテット》を進めさせる。コース上には障害物もない。静止衛星の睨みも潜り抜けたブルブラッドキャリアのルートには危険な代物は一つもなかった。

 

「《ノエルカルテット》はこのままの推進力を維持して約二十分後にランデブーポイントにて物資を受け取る。コンテナ六基、か。随分と大荷物になるわね」

 

 あまりごてごてとした装備は好きにはなれないのだが、それもこれも他の二機を援護するという三号機の設計思想のためである。

 

 このまま眠りこけてもいいほどであったが、桃は宙域を監視した。

 

 宇宙空間で攻めてくる敵などいるはずもない。そう思っていたが、《シルヴァリンク》の事もある。追いすがってくる人間がいてもおかしくはないのだ。

 

「ま、こんな衛星軌道上になんて、いる戦力はたかが知れているわね」

 

 ロデムとポセイドンの冷却機能をオンにしている間、《ノエルカルテット》はほとんど丸裸も同然。

 

 ロプロスに任せて手荷物を受け取る算段であったが、その時、不意に桃の視界に入ってきたのはデータ上に存在しない物体であった。

 

 デブリか、と拡大映像に呼び出す。黒々とした物体は見た目はただのデブリに見えたが、切り替えたサーモグラフィーの映像内に血塊炉の反応を見つけた。

 

「ブルブラッド反応? こんな場所に?」

 

 ルートの上では敵などいない事になっている。しかし、この物体には確かに血塊炉が使用されているのだ。

 

 血塊炉を使用する人工衛星は条約で禁じられているはず。そもそも、惑星外に血塊炉を持ち出すこと自体、大きなタブーとされているのだ。

 

 桃は息を詰めて目標への距離を測った。ロプロスの射程には入っている。高出力のR兵装で叩きのめす事も可能であったが、何よりも解せないのはこの宙域に、まるで自分が来る事を予見したかのように佇む物体の謎であった。

 

 後々の禍根に繋がってはならない。桃は操縦桿を握り締め、ロプロスの翼を変形させる。

 

 砲塔がデブリの中心軸に向けて照準を開始した。

 

「……大丈夫よ、桃。あなたなら、一瞬のはず……」

 

《ノエルカルテット》の砲身がデブリを狙い澄ます。相手からは射程外だ。こちらの策敵が早かったお陰で優位を取れる。

 

 このまま、打ちのめせば、と唇を舐めた途端、下方からの照準警報に桃は肌を粟立たせた。

 

 咄嗟に操縦桿を引いて火線を回避する。

 

「《バーゴイル》? 外延軌道のスカーレット! こんな時に……!」

 

《バーゴイルスカーレット》三機編隊が三角陣を組みつつ《ノエルカルテット》に接近してくる。

 

 今は相手取っているのも惜しいのに、と感じた直後、デブリから何かが放出された。

 

 青いカラーリングの人機であった。バイザー状の頭部形状に、シンプルな人型の機体には背面スラスターが装備されている。

 

「ブルーガーデンのロンド? 何で? 読まれていた?」

 

 機体照合のブザーが鳴り響くのと火線が開いたのは同時である。

 

 下から押し寄せてくる《バーゴイルスカーレット》とデブリから放出された《ブルーロンド》三機が一斉に《ノエルカルテット》へと攻撃の矛先を向けた。

 

 滲んだ汗が水の玉になってコックピットの中で浮かび上がる。

 

 桃は瞬時にR兵装を一射していた。ピンク色の光軸がデブリを射抜く。その時には、既に《ブルーロンド》三機は射程外に離脱していた。

 

「《バーゴイル》さえ来なければ、気づかれなかったのに……!」

 

 苦々しげに放った桃はロデムとポセイドンの血塊炉が未だにアイドリング状態の事実に震撼する。

 

 今の《ノエルカルテット》は本体の一基とロプロスの一基の計二基によるオペレーションのみ遂行可能な状態だ。

 

 常時の四基による高出力は望めない。宇宙の常闇でもがくように両手で宙域を掻く。

 

 機体を横滑りさせて下方からの銃撃を回避させた。四肢を使っての機動状態は良好。しかし、《ノエルカルテット》はその大型ゆえに動きそのものは鈍い。

 

 これでは格好の的であった。

 

 桃はロプロスの翼から伸びた砲塔を《ブルーロンド》に据え直す。

 

《ブルーロンド》が散開し、それぞれの方向から幾何学を描いて《ノエルカルテット》に肉迫しようとする。

 

 舌打ち混じりに桃は砲口からR兵装を掃射する。デブリや人工衛星を破砕しつつ、ピンク色の光軸は少しずつその出力を弱まらせていく。

 

 やはり二基の血塊炉では《ノエルカルテット》の動きの安定さえも取れない。加えてこの状況、ランデブーポイントに向かうための時間も稼がなくてはならなかった。

 

「グランマ! 《バーゴイル》とロンドを振り切ってでもポイントに向かう! 所要時間を弾き出して!」

 

『最低でも十分は必要だ。《バーゴイルスカーレット》隊は宙域戦闘に慣れている。エキスパート共を蹴散らしつつ向かうのは難しい』

 

「なんて事……」

 

 桃は呻く。《バーゴイル》だけならばまだしも《ブルーロンド》もどうにか撒かなくてはならない。

 

 それほどまでの戦力を用意するのに時間も何もかも、あまりに足りていない。

 

「どっちを蹴散らせばいい? 《ブルーロンド》はイレギュラーとは思えない。モモの《ノエルカルテット》か、あるいは他のモリビトを張っていた可能性がある」

 

 そうでなければ、あのような場所におあつらえ向きに人工衛星の偽装などしているものか。相手はモリビトが宇宙から来た事を目して、空間戦闘用の戦力をわざと惑星外に逃がしていたに違いない。

 

 ここで潰さなくては計画に支障が出る。

 

 比して《バーゴイルスカーレット》は恐らく、偶然だ。

 

 偶然に《ノエルカルテット》を索敵し、偶然に仕掛けてきた。脅威判定では《ブルーロンド》を破壊するべきだろう。

 

 だがこのような極地に、二基の血塊炉は機能不全を起こしている。《ノエルカルテット》の性能を引き出すのにはあまりにも不足していた。

 

「リバウンド兵器を使い尽くして貧血になんてなったら目も中てられないわ。《シルヴァリンク》も、《インペルベイン》の援護だって期待出来ないのに」

 

 この宇宙の常闇で味方は一人もいない。自分でどうにかするしかないのだ。桃は歯噛みしつつ《ノエルカルテット》を後退させた。

 

 無論、前進しなければ当初の目的さえも果たせない。

 

 火線が瞬く。《バーゴイルスカーレット》の銃火器は《ノエルカルテット》を含むモリビトの装甲を貫く事は、理論上出来ないはずである。

 

 しかし、動きの鈍った《ノエルカルテット》を羽交い絞めにして鹵獲する事は、別段不可能でもない。

 

 相手が接近戦を恐れずにやってくれば、の話ではあったが、桃はこの状況下での判断を迫られていた。

 

 ――《ブルーロンド》か、《バーゴイル》か。どちらかに狙いを定めなければこの作戦そのものがご破算になりかねない。

 

 逡巡を浮かべたのも刹那、桃は《ブルーロンド》隊に砲身を向けていた。やはり張られている戦力のほうが厄介だと判じたのである。

 

 砲身にエネルギーを充填したその瞬間、接近警報が耳朶を打った。

 

 一機の《バーゴイルスカーレット》が銃剣形態にした武装でこちらに接近してきたのである。推進剤の青い光を棚引かせて《バーゴイルスカーレット》の一閃が《ノエルカルテット》を打ち据えた。

 

 途端に回線が開く。

 

『桐哉の……あいつの仇に!』

 

「誰の仇なんて知らないわよ! こいつ、生意気に!」

 

 合成音声を使う事も忘れ、桃は《ノエルカルテット》の手首から伸長させたRソードで鍔迫り合いを繰り広げた。

 

《シルヴァリンク》ほどの出力もない、牽制用のRソードでは遥かに耐久力の劣る《バーゴイルスカーレット》の銃剣でさえも押し戻す事は出来ない。

 

 干渉波のスパークが迸る中、相手の操主の声が弾けた。

 

『お前らさえ……ブルブラッドキャリアさえいなければ、桐哉は、あいつは苦しまずに済んだ! だからこれは、弔い合戦でもある!』

 

「わけの分からない事を!」

 

 弾き合った《ノエルカルテット》と《バーゴイルスカーレット》がお互いに後退する。そんな中、心得たように背後からロングレンジ砲を構えた《バーゴイルスカーレット》が援護射撃を浴びせてきた。

 

『宙域戦闘は連中の十八番。網にかかった獲物を逃すほど、容易くはないようだね』

 

 落ち着き払ったグランマの声音に桃は悲鳴を上げる。

 

「グランマ! ロデムとポセイドンの再生状況は?」

 

『現在六割。この状態で叩き起こすと取り返しのつかない事になりかねない』

 

 しかし、《ノエルカルテット》は包囲されているのだ。一発がどれほど豆鉄砲ほどの威力でも、何度も食らえばどうなるか分からない。

 

《ブルーロンド》隊が《ノエルカルテット》の死角に回り込む。大型人機の弱点は相手に晒す死角の多さだ。本来、その弱点は三機のサポートマシンで補完しているものの、今は操主である自分とロプロス一機分の眼しかない。

 

 桃は操縦桿を引いて交錯する火線の網を潜り抜けようとしたが、その背筋にミサイルが突き刺さった。

 

 コックピットが激震し、桃は激しくモニターに頭部を叩きつける。

 

 額が割れたのか血が滴った。

 

 浮かび上がる血の玉を視野に入れながら桃は《ノエルカルテット》を彷徨わせる。このままでは合流地点に行く事も儘ならない。

 

 それは計画の遅延を意味するだけではなく、《ノエルカルテット》と桃の存在意義さえも揺るがしかねない。

 

「……嫌、もう――」

 

 脳裏に過ぎったのは滅菌されたような白い部屋であった。

 

 三匹の動物達がそれぞれ培養液の中で浮かんでいる。

 

 ――この子がロプロス、このお魚さんがポセイドン。この子はロデム!

 

 脳内に残響する幼い声を振り解くように、桃は叫んでいた。

 

「もう、あの部屋は嫌ァッ!」

 

 木霊した叫びが空間を震わせる。

 

 途端、接近攻撃を仕掛けようとしていた《バーゴイルスカーレット》が硬直した。《ブルーロンド》の放った弾丸が中空で静止している。

 

『桃、まさか――』

 

 ハッとしたグランマの声が耳に届く前に桃は手を払っていた。

 

 その手の動きに連動して弾丸が《バーゴイルスカーレット》の装甲を叩きのめす。

 

《ブルーロンド》の放った弾丸が位相を変え、軌道を無視して《ノエルカルテット》の掌の上で踊り始めた。

 

 桃は機体の動きに呼応した指先でピンと弾く。

 

 それだけで弾丸が再び攻撃性能を帯びて《バーゴイルスカーレット》に突き刺さる。援護射撃を担当していた長距離支援機体の《バーゴイルスカーレット》がロングレンジ砲を手離した。

 

 瞬く間に爆発に包まれた武装に《バーゴイルスカーレット》から叫びが迸った。

 

『隊長! 今のは? 《ブルーロンド》の弾丸が、こっちに偏向して……』

 

『分からん! だが、迂闊に近づくな! 今のモリビトは、何だか知らんが……』

 

 肉薄していた《バーゴイルスカーレット》はその場所から逃げる事も、ましてや進む事も出来ない事に気づいたらしい。

 

 必死にもがくが、宙域に固定化されたように機体そのものが動きを止めている。

 

 桃は面を上げた。

 

 全天候周モニターに反射したその瞳は赤く染まっている。

 

『何だか知らんが……ヤバイ!』

 

「《モリビトノエルカルテット》。サイコロジックモードに移行。全権限を桃・リップバーンの擁する《ノエルカルテット》パイルダーに集約させる」

 

 直後、《ノエルカルテット》が分離した。ロデムの構築する胴体とロプロスの接続していた背面の翼から独立したのは、肩から上だけの頭部である。

 

 武装などどこにもない。一見しただけではまるで武器を根こそぎ取り外したかに映るだろう。

 

『隊長、こいつ、武装解除したんじゃ……』

 

『いや、迂闊に近づくな。動かないんだ……何で……』

 

『今ならやれます!』

 

《バーゴイルスカーレット》が推進剤を焚いて一気にパイルダーへと接近してくる。

 

 桃はその機体を視界に収め、すっと指を差し出した。

 

 それだけで《バーゴイルスカーレット》が動きを止める。桃が指先を返すと機体の中央部に亀裂が生じた。

 

『これは……機体が何らかの力で、自壊している?』

 

 ぱっと手を開き、相手を掌握するイメージを描く。拳に変えると敵機体の四肢が固められた。

 

 束縛を受けているかのように《バーゴイルスカーレット》が痙攣する。

 

『何だ、この力……。モニター不能! 血塊炉は……完全に沈黙している? 何が……』

 

「――ビートブレイク」

 

 その言葉を紡いだ瞬間、《バーゴイルスカーレット》の血塊炉が内側から抉り出された。不可視の力が働き、青い血を噴き出す血塊炉を握り潰そうとする。

 

《バーゴイルスカーレット》が足掻くが、全身の関節部から血を滴らせていた。

 

 伸ばした腕の先に位置する武装が直後に破砕し、粉々に分解されていく。

 

 相手からしてみれば悪夢のような光景であっただろう。精密機械であるはずの人機の武器が何の力なのか分からないもので消し去られていくなど。

 

『何を……! 隊長! こいつ、何を!』

 

 操縦桿を必死で引いているのだろう。音が回線のみならず全身の神経を刺すように伝わってくる。

 

 桃は片手を払って《バーゴイルスカーレット》の頭部を引っ掴む動きをさせた。すると首の軸が外れ、頭部コックピットがひねり上げられる。

 

『地獄とはこの事か……』

 

 呻いた隊長機は部下の機体が四散していく様をまざまざと見せ付けられていた。

 

 人機の武装ではない。

 

 目には見えない何かが《バーゴイルスカーレット》を分解しているのである。

 

『桃、落ち着くんだ。その力は容易く使ってはいけない』

 

「でも、もう嫌なの! もう! あの場所だけは嫌ァッ!」

 

 叫びに相乗してバラバラに砕けた《バーゴイルスカーレット》の部品が宙域を掻っ切っていく。

 

 その速度に《ブルーロンド》隊とスカーレット隊が同時に動きを止めた。

 

 生み出されたデブリが渦を巻き、《ノエルカルテット》のパイルダー部を中心に荒々しい風圧を生み出している。

 

 隊長機にようやく取り付いた部下の機体がその場から離脱機動を取ろうとする。

 

 桃は目を見開き、片手を掲げた。

 

 その動きだけで《バーゴイルスカーレット》の表面装甲板が剥離していく。赤い塗装が引き剥がされ、薄皮を掠め取ったように塗装部品のみが漂った。

 

『何だこれは……モリビトは、悪魔なのか?』

 

 薄皮の塗装部品を蹴散らし、風圧の刃が《バーゴイルスカーレット》の頭部を射抜く。

 

 部下の機体が流れる中、隊長機が銃剣を手にこちらに向き直った。赤い矜持は剥がれ落ち、灰色の下部装甲が剥き出しになっている。

 

『モリビト……桐哉を陥れ、部下を殺し、それでもまだ収まらぬというのか。一体どこまでお前達は……我々の運命を弄ぶ!』

 

《バーゴイルスカーレット》が駆け抜ける。銃剣が突き出された猪突の構えに桃は手を振るう。

 

 その一動作で《バーゴイルスカーレット》が胴体から折れ曲がった。不可視の力に背骨を砕かれた《バーゴイルスカーレット》が苦悶する。

 

『まだ……まだっ!』

 

 銃剣が火を噴く前に桃は拳を握り締めた。銃口が折れ曲がり、明後日の方向を弾丸が射抜く。

 

『まだだ……この身が朽ち果てようとも……、モリビト、お前だけは!』

 

 推進剤を全開にした《バーゴイルスカーレット》の最後の猛攻に桃はきつく目を瞑った。

 

 瞬間、《バーゴイルスカーレット》が粉砕する。

 

 目には見えない壁にぶち当たったかのように、機体が粉々に砕け散っていた。《ブルーロンド》隊は恐れを成したのか、手を振るい離脱機動に入る。

 

 逃がさない、と桃が意識の投網を振るいかけてグランマの声が差し込んできた。

 

『桃! 目を覚ましな!』

 

 ハッと我に帰った桃は周囲を人機の部品が渦巻いている事に気づく。同時に、力を使ってしまった悔恨が滲み出てきた。

 

「……また、あの力を使ってしまったのね。弱いモモは……」

 

『計画を捩じ曲げてしまった。でも、まだ間に合う。桃、合流地点に向かえば』

 

 そうだ。まだ引き返せる。桃はパイルダーを《ノエルカルテット》の本体へと合体させた。

 

《ノエルカルテット》の全身の血塊炉が復活している。パイルダーを引き離したのが功を奏したのかどうかは不明だが、今の推進力ならば全開でランデブーポイントに向かう事が可能であった。

 

 青い煌きの推進剤を焚いて《ノエルカルテット》が常闇を抜けていく。何かがあるのだと悟ったのか、《ブルーロンド》がおっとり刀で銃撃を浴びせるが、反り返った《ノエルカルテット》は脚部からミサイルを射出させた。

 

 爆風と炎の壁が《ブルーロンド》を引き剥がす。

 

 その隙に《ノエルカルテット》は合流地点までの距離と時間を概算させた。

 

「あと三分……間に合え!」

 

 両翼のスラスターを開いた《ノエルカルテット》が合流地点に到達する。途端、接近警報が耳朶を打った。

 

 それと同時に開いたのは《ノエルカルテット》への合体要請である。桃は《ノエルカルテット》より合体用のガイドビーコンを出す。

 

 赤い線が幾重にも張り巡らされ、《ノエルカルテット》へと真っ直ぐに向かってくる影を見据えた。

 

 コンテナが青い推進剤の光を棚引かせながら突入してくる。恐らくは無人。《ノエルカルテット》が回収しなければ大気圏で自爆するように設計されているはずだ。

 

《ノエルカルテット》のガイドビーコンの網にかかったコンテナが推力を落とし、そのまま抱かれる形で片道用のスラスターを廃棄させる。

 

「……回収完了。任務は遂行したわ」

 

 六基のコンテナは全て《ノエルカルテット》に回収された。しかし、思わぬ弱点を晒した結果になってしまった。

 

 ブルーガーデンのロンド部隊。逃がしてしまったのが悔やまれる。

 

「……グランマ。やっぱりモモ、逃れられないのかな。どれだけ振る舞っていてもやっぱり、過去からは」

 

『そんな事ないよ、桃』

 

 優しく諭すグランマであったが、自分のこの力を疎ましく感じている者達が封殺のために用意したサポートAIであるという事実は消せないのだ。

 

 ロデムも、ロプロスも、ポセイドンも。全てはこの力を使わせないためのものである。

 

「……第三フェイズへの移行準備は完了した。このまま惑星へと降りる。クロやアヤ姉に伝えないと」

 

 この力の事は、と彷徨わせていた事柄に桃はぎゅっと拳を握る。

 

「グランマ。この力の事は、言わないでいい?」

 

『桃の好きなようにしなさい』

 

 今はまだ、鉄菜にも彩芽にも知って欲しくない。

 

 身勝手な理屈には違いないが、これも自分の意思だ。

 

 ――あの日、モリビトの操主になると決めた日から。ずっと胸に抱いている志なのだ。

 

 虹の裾野を広げる惑星へと、《ノエルカルテット》は静かに降下していった。

 

 


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