ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯45 支配と抑圧

 整備デッキに駆け込んだ桐哉へと乱暴に整備班が声を飛ばす。

 

「おい、准尉殿が来たぞ! 《バーゴイルスカーレット》の整備急げ! 速く、スクランブル要請だ!」

 

「敵は?」

 

 尋ねた桐哉に専門スタッフが声を潜めていた。

 

「それが……ゾル国のシグナルが出ています。識別情報の上では味方機なのですが、あまりの速度で突っ込んでくるのと、何よりも通信が立て込んでいて……」

 

「おい、そこ! 曹長の《バーゴイル》はB型装備だ! 人機との戦闘になる! 絶対に基地に先制攻撃を当てさせるなよ!」

 

 専門スタッフが桐哉の《バーゴイル》から離れかける。

 

「と、とにかく、敵味方識別も無茶苦茶で……出なければならないのは確かみたいです」

 

「分かった。何分で出せる?」

 

「300セコンド以内に設定しています。先ほどの模擬戦よりペダル、軽めに設定しておきました。飛翔戦闘ではそっちのほうがいいでしょうからね」

 

「助かる」

 

 桐哉は敬礼を返し、頭部コックピットに収まった。もたらされる情報を整理しつつ、最大望遠の敵影を映し出した。

 

「これは……《バーゴイル》か?」

 

 自分達の知っている《バーゴイル》にしてはあまりに装甲が薄っぺらく、何よりも頭部形状が特殊だ。立方体のようになっている頭部には単眼センサーが備え付けられており、ゾル国の《バーゴイル》と参照してみてもシグナルに一致は見られない。

 

『オラクルの機体だ』

 

 リゼルグの吐き捨てた物言いの通信が反響する。どういう意味か、と問い返す前にタイニーの《バーゴイル》が長距離支援の装備で出撃した。

 

 両肩にミサイルポッドを装備し、メイン武装はロングレンジ砲である。こちらが先制攻撃を取れる、とタイニーは通信に吹き込んだ。

 

『射程に二機、こいつはネットで出回っているオラクルの機体だ。バーゴイルもどきの』

 

 出撃した《バーゴイルスカーレット》がすぐさま飛翔形態に移ろうとするのをリゼルグの《バーゴイル》が制する。

 

「曹長、何を……」

 

『すいませんねぇ、英雄よぉ。こっちのやり方には従ってもらうぜ。相棒と自分のほうがここでの実戦経験は長いんでね。さっきの模擬戦で勝った程度で、リーダー機を気取られちゃ堪ったもんじゃない』

 

 その言葉には素直に飲み込むしかない。ここでの実戦経験が浅いのは事実だ。

 

《バーゴイルスカーレット》がアサルトライフルを構え、接近してくる敵影を視野に入れた。

 

「バーゴイルもどきをどう落とす? 敵は簡単に落とされてくれるのか?」

 

『それも、こっちの流儀に従ってもらう』

 

 長距離砲撃がバーゴイルもどきを打ち据えようとした。しかし、バーゴイルもどきは即座に散開しタイニーの砲撃を回避する。

 

 舌打ち混じりにタイニーが次の一手に移ろうとした瞬間、ミサイルポッドが射出された。

 

 甲高い音を上げながらミサイルが降り注いでくる。ミサイルの装甲が弾け飛び、内部に充填された無数の小型の散弾を浴びせかけた。

 

 リゼルグと桐哉は瞬時に回避行動に移れたが、重装備のタイニーが僅かに遅れる。

 

 しかし《バーゴイル》は物理砲撃程度では遅れを取らないはずであった。

 

 一発や二発の散弾で行動不能にはならない。しかし、瞬間的に推進剤を焚いて味方の射線に割り込んできた機体があった。

 

 バーゴイルもどきなのには変わらないのだが、手にした武器は《ナナツー》の近接武装である。

 

 ブレードがタイニーの《バーゴイル》へと切り込まれた。

 

 無論、タイニーとて近接戦の心得がないわけではない。即座にロングレンジ砲で受け、返す刀を撃ち込もうとしたが、接近したバーゴイルもどきの剣筋には迷いなどない。

 

 柄頭で《バーゴイル》のコックピットを激震させる。頭部コックピットは《バーゴイル》の数少ない弱点だ。

 

 揺さぶられたタイニーの機体はまるで脳震とうを起こしたかのようによろめく。

 

 タイニーの《バーゴイル》の腹腔へと敵のバーゴイルもどきが切っ先を突き込んだ。

 

 タイニーの《バーゴイル》が痙攣し、腹部を押さえる。

 

『相棒! この野郎!』

 

 猪突しようとしたリゼルグを桐哉は咄嗟に制していた。降り注ぐ散弾は未だに止んでいない。今飛び込めば蜂の巣である。

 

「曹長! みすみす!」

 

『離せよ! 英雄野郎! ここで相棒が死ぬのを黙って見ていろっていうのか!』

 

 しかしあまりにも偶然が過ぎる。

 

 ミサイルの雨は降り止んでいない。だというのに、まるでそこだけ無風地帯のようにバーゴイルもどきには命中しないのである。

 

 自分は絶対に弾が中らない。それを理解しているかの如き動きであった。

 

 タイニーの《バーゴイル》が抵抗しようとするのをバーゴイルもどきは四肢へと浅く切り込んだ。

 

 浅い、とは言っても《バーゴイル》の各所関節の弱点を熟知した動きである。《バーゴイル》が関節部から青い血を噴き出した。

 

 バーゴイルもどきが刃を振り上げる。

 

 リゼルグが叫んで飛び込もうとする。それを阻んだのは別のバーゴイルもどきの射撃だ。

 

 桐哉も飛び込む契機を完全に失ったまま、バーゴイルもどきが打ち下ろした刃がタイニーのいるコックピットを叩き潰したのを目にしていた。

 

 頭を割られた《バーゴイル》が糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏す。

 

 リゼルグの《バーゴイル》が敵方二体を吹き飛ばさんともがいた。

 

 プラズマソードを発振させ刃を振り上げる。

 

『オラクルの偽バーゴイルがァッ!』

 

 プラズマソードの軌跡を読んだかのように二機が下がり、今しがたタイニーを絶命せしめたバーゴイルもどきがリゼルグの機体と相対した。

 

『てめぇ……! 相棒をよくも!』

 

 怒りに駆られたリゼルグがプラズマソードで猪突する。バーゴイルもどきはブレードでプラズマの刃をいなし、逆手に持ち替えたもう一方の手でナイフを振り上げた。

 

 ナイフの刃がリゼルグの《バーゴイル》の首筋を掻っ切る。

 

 人機の頚動脈は人間のそれと同じだ。コックピットに行くはずのブルブラッドが途絶えればコントロールを失う。

 

 咄嗟に習い性で飛び退ったリゼルグの《バーゴイル》であったが直後に首筋から青い血が噴き出した。

 

「ナイフに《ナナツー》のブレード……どっちも取り回しのいい武器じゃないはずなのに……」

 

 だというのにこちらの《バーゴイル》が圧倒されている。

 

 桐哉は戦場に飛び込もうとして二機の随伴機に遮られた。舌打ち混じりに桐哉は《バーゴイルスカーレット》にプラズマソードを引き出させる。

 

 刃の発振を読み切った二機が挟み撃ちの姿勢を取った。

 

 しかしこちらとて負けてはいられない。腰のホルスターに装備された小型銃を片手に桐哉は片側のバーゴイルもどきに銃弾を撃ち込んだ。

 

 バーゴイルもどきの単眼に命中し、コックピットが火の手を上げる。一体撃破、と判ずる前にもう一機が桐哉の《バーゴイルスカーレット》に飛び込んできた。

 

 まさしく突撃。機体ごと相手はこちらの戦力を潰そうとしてくる。

 

 睨み据えた桐哉はプラズマソードを手にした手首を回転させる。瞬時に逆手になった《バーゴイルスカーレット》の刃が敵機の背筋へと突き込まれた。

 

 敵の背筋を焼き払った刃にバーゴイルもどきが青い血を噴き出しながら倒れ伏す。

 

 リゼルグは、と向き直った桐哉はその視界にバーゴイルもどきに制圧されたリゼルグの《バーゴイル》を入れていた。

 

 ――まさか、敗北したのか?

 

 正規品ではないバーゴイルもどきはそれほど高性能には見えない。いくら僻地の整備すら整っていない《バーゴイル》とは言え一方的にやられるはずがないのに。

 

 リゼルグの《バーゴイル》の頭部へと刃が突きつけられている。王手であった。

 

 バーゴイルもどきが単眼をこちらへと向ける。

 

『達す。貴公らの戦力は完全に制圧した。これ以上の戦闘行為は無意味だと判断する』

 

 その声音に桐哉は震撼した。

 

「女の……声?」

 

 今しがた破壊したバーゴイルもどきから隊員が飛び出した。背筋を割っただけなので操主自体は無事である。

 

『レミィ隊長! こちらの《バーゴイル》はどうしますか?』

 

 レミィと呼ばれた隊長機が単眼を据え直す。

 

『自爆させておけ。再利用されるのは旨みがない』

 

 了解の復誦が返ると同時に桐哉は足元にすがりつくバーゴイルもどきを蹴飛ばそうとした。

 

 だが、その時には既に自爆スイッチが押されていたのだろう。至近距離で爆発したバーゴイルもどきからブルブラッドの爆風と装甲が四散し、《バーゴイルスカーレット》を叩きのめす。

 

 各所が黄色の警戒色へと塗り変わり、《バーゴイルスカーレット》単騎での生存は難しくなった。

 

「こいつ……最初からこれ狙いか……!」

 

 忌々しげに言い放った桐哉はリゼルグ機を助けようとした。操縦桿を握り締めかけて、レミィの機体から発せられた言葉に硬直する。

 

『動くなよ、英雄。動けばこいつの頭を潰す』

 

 自分の身柄が割れている? その危機感に桐哉はそれ以上進めなかった。

 

「どうして……」

 

『言っておくとすれば、貴様は思った以上に有名人だという事だ。さて、この基地の責任者に繋いでもらおうか。部下が惜しければそろそろ連絡を寄越してもいいはずだ』

 

 その言葉に応じるかのようにシーアの声が弾けた。

 

『わたしがこの基地の責任者を務める人間だ。まずは、部下を離してもらおう』

 

『応じるのには、この基地の完全なる降伏勧告を要求する』

 

『駄目だ! 分隊長!』

 

 叫んだリゼルグの機体の肩口をバーゴイルもどきのブレードが断ち切った。《バーゴイル》の腕が飛ばされ、地面に転がる。

 

『……分かった。従おう。それ以上部下を痛めつけないでもらえるか』

 

『素早い返答感謝する。では、これより我々オラクル親衛隊がこの基地を制圧する。異論はないな?』

 

 オラクルの親衛隊。その言葉に桐哉は疑問を放つ。

 

「オラクルって……ゾル国に亡命したはずじゃ……」

 

『確かに国家自体はゾル国……即ち貴公らの国に下ったが、それ全てが全てではないという事だ。オラクル親衛隊はゾル国への友好関係も含めて、貴公らと取引をしたいと考えている』

 

「取引? こんな、一方的な軍事力の介入で取引なんて」

 

『成り立たないと? だが長は賢明なようだ』

 

 単眼の見据えた先で整備デッキが開かれていくのが目に入った。その先にいたスタッフや整備班は白旗を揚げている。

 

 どれほど桐哉一人が足掻いたところで、この基地はオラクルの機体に下ったのだ。

 

 その事実に桐哉は震える。

 

「どうして……。だって亡国の《バーゴイル》なんて」

 

『だがこの場所は、本国の目も届かぬ僻地。だからこそ、あのようなものを秘匿しておくのには充分であった、というべきか』

 

「あのようなもの?」

 

 何を言っているのか分からない。しかし直後には桐哉のコックピット内をシーアに通信が響き渡っていた。

 

『クサカベ准尉。彼らに従ってくれ。どうにも連中は、この基地の意味を知っている様子だ』

 

「この基地の、意味……、分隊長、自分はしかし、こんなところで……!」

 

『降伏するのがどれほどに屈辱なのかは理解している。しかし、本国から遠く離れたこの場所にすぐさま増援を呼ぶのも不可能。今は、従うほかない』

 

 歯噛みした桐哉の機体のすぐ脇をバーゴイルもどきが通り抜けていく。たった一機だ。今、自分が犠牲になる覚悟で臨めば勝てるかもしれない。

 

 過ぎった考えに桐哉は熟考する前に行動に移していた。

 

 操縦桿を引いてプラズマソードをその無防備な背中に浴びせかけようとする。

 

 だが次の瞬間。訪れたのはプラズマソードがロストした、という表示であった。

 

 桐哉は瞠目する。

 

 こちらの太刀筋に対し、相手が放った手はたった一つだ。

 

 ブレードで振り向きもせず、桐哉の《バーゴイルスカーレット》の手首を落としていた。

 

 まさか、と震撼した桐哉へと即座に二の太刀が浴びせかけられる。

 

 習い性で飛び退った《バーゴイルスカーレット》であったが、全身が先ほどの自爆で軋みを上げているせいか反応が遅れた。

 

《バーゴイルスカーレット》の額が割られ、コックピットが剥き出しになる。

 

 桐哉はパイロットスーツの与圧のお陰でブルブラッドの洗礼からは逃れたが、それでも全身からどっと噴き出した嫌な汗からは逃れられなかった。

 

 ――この感覚は何だ?

 

 今までの敵とは違う。相手は《バーゴイル》の姿を模しただけの機体のはずなのに、こちらの《バーゴイルスカーレット》以上の戦力を予感させた。

 

『つまらない機体だな。元々は空間戦闘用なのだろうが、陸戦にしたせいで様々な恩恵を無駄にしている』

 

 図星の言葉に桐哉は肩を荒立たせる。呼吸が乱れ、こちらの集中力が解けかける。相手が腕を振り上げた瞬間、シーアの通信が割って入った。

 

『オラクル親衛隊諸君。それ以上の攻撃は無意味だ。もし、その機体を落とした場合、我々は君達の命令を聞く前に自決するだろう』

 

 迫った実体剣の太刀が視界に大写しになる。バーゴイルもどきはその一声で踵を返した。

 

『賢明な指揮官で助かったな』

 

 バーゴイルもどきと生き延びたもう一人が整備デッキへと入っていく。桐哉は《バーゴイルスカーレット》のコックピットで項垂れていた。

 

 今、殺されてもおかしくはなかった。

 

 鼓動が爆発しそうであった。桐哉はバーゴイルもどきが整備デッキに佇む予備の《バーゴイル》を打ちのめしていくのを目にしていた。

 

 予備の機体さえも破壊され、僻地のこの場所は完全にオラクルの占領下に置かれてしまった。

 

 バーゴイルもどきのコックピットから一人の操主が歩み出てくる。

 

 パイロットスーツに身を包んだ背の高い操主であった。細身なのとシルエットで女性であるのが窺える。

 

「オラクル親衛隊による制圧任務は完了。指揮官殿。貴公に問い質したいのは他でもない。この場所に眠る古の人機に関して、だ」

 

 ――古の人機?

 

 その言葉に疑問符を挟んだ桐哉に比してシーアは冷静であった。

 

『やはり、それか。どこで耳に入れた?』

 

「情報は光の速さに等しい。オラクルにもたらされた《デミバーゴイル》の搬入時に、口の軽い者がいてな。その人間からの情報だ。だが、無論の事、それは恐らくゾル国内部でも秘中の秘。だからこそ、亡国の徒である我々は最後の希望としてその噂話にすがった」

 

 シーアは全てを理解したかのように首肯し、桐哉へと一瞥を投げる。

 

『准尉、申し訳ない。ここはもう戦場になった』

 

 音を立てて崩れていくのが分かった。自分の信じていたもの、保障されていた平和が。

 

 偽りではなかったにせよ、こんな場所でも自分は居場所を追われる。

 

 我が物顔で整備デッキへと入っていくレミィと親衛隊の隊員達に対し、リゼルグと自分はあまりにも無力であった。

 

 


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