ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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最終回『枯れたる星と、運命の花を求めて』

 百五十年も前に、人類は星の核へと既に到達していたのだ。

 

 バベルネットワークを用い、星の情報にアクセスし、取り出した命の形。それこそが人機の生命力である血塊炉。

 

 全ての人機は、星の子供なのだ。

 

 そして今、星の子たる一個の人機が、母体であるプラネットコアを前にしている。

 

 プラネットコアは《キリビトエデン》による策略により、リバウンドフィールドで圧迫されていた。

 

 フィフスエデンの画策したのは、新連邦の統一だけではない。この星そのものを支配域とする事――即ち星の掌握だ。

 

「……命の核と融合し、星の形になろうとした。だが、それは許されざる行為だ。圧死寸前の星を再生するのには、方法は一つしかない」

 

 鉄菜はシステムを起動させる。

 

 これが本当に最後の、エクステンドチャージ。

 

 黄金に染まる《ザルヴァートルシンス》に、上書きする形で最重要システムを稼働させた。

 

 最後の認証に必要なのは、現出した鍵である。

 

 鉄菜はその起動用キーをその手で回していた。

 

 瞬間、《ザルヴァートルシンス》の両翼の翼が展開する。内側より六枚の翼を開き、背部に装備されているディバイダービットが周りを包囲した。

 

《ザルヴァートルシンス》の血塊炉と直結する、機体中央部の核が現出し、そのコア表面にシステム名を刻ませる。

 

「これが私の、最後の戦い――ザルヴァートルバースト!」

 

《ザルヴァートルシンス》の機体色が白銀へと移り変わり、星の核を光が押し包んでいた。

 

 鉄菜の意識が身体より遊離し、思惟が旅立ったのはいつかの涅槃宇宙である。

 

 星の思念が行き着く場所。死を超越した、あたたかな空間。

 

 極彩色の概念銀河に漂う一つの意識。もちろん、無数の思念が自分を取り込もうとするが、それを阻んだ鎧は、モリビトの形をしていた。

 

 ――守ってくれている。

 

《ザルヴァートルシンス》の守りを得て、鉄菜は概念宇宙の果てを目指す。

 

 涅槃の宇宙を手繰った二年前には到達出来なかった、この星の行方へと。星の辿ってきた罪を、鉄菜は反芻していた。

 

 百年、二百年の時を超え、ヒトと星の紡いできた絆を確かめる。

 

 ヒトと星は共に在った。いつまでも共に在るのだと、信じていた。

 

 その絆の均衡が崩れたのは百五十年前――。

 

 リバウンドフィールドの天蓋を用い、ヒトは傲慢のままに、人機を製造した。

 

 命を、弄んだのだ。

 

 それに対する星の答えが、ブルブラッド大気汚染であった。

 

 星は人類を赦すつもりはない。このまま、時のいや果てまでも、人類を絶対に、星は赦さない。

 

 だから殺し合わせた。だからエデンの蛮行も静観していた。

 

 ヒト同士が滅ぼし合い、その果てに星まで壊してしまえば、それは赦されざる罪の地平だ。

 

 罪人達が自らの罪で傷つけ合うのは似合いの結末なのだ。

 

 ――だが、それでは星もヒトも救われないではないか。

 

 鉄菜は瞼を閉じる。

 

 自分一人の身では、星の罪を贖えない。ヒトの罪などもっとだ。

 

 だが、少しでもいい。赦してもらえないのだろうか。

 

 ほんのちょっとでも、人類は前に進もうとしている。罪を直視し、その罪と共に向かい合う未来を描こうとしているのだ。

 

 星が赦さないのならば、誰が赦せばいい? どこで手打ちにすればいいのだ。

 

 鉄菜は《ザルヴァートルシンス》と共に星の心に触れていた。

 

 そうだ、星にも心がある。自分が追い求め、そしてこの戦いの最果てに、ようやくその輪郭を掴んだ、心という代物が。

 

 星の心は純粋そのものだ。

 

 だから赦せないのだろう。

 

 鉄菜はそっと、虹色の殻の奥に眠る星の心へと、指先を伸ばし、優しく触れていた。

 

 ――赦して欲しいとは言わない。だが、まだヒトには、未来があるんだ。明日があるんだ。だから、贖えるチャンスをくれ。

 

 星の心が人の形を取り、その手を伸ばす。

 

 鉄菜の意識は、その手を躊躇いがちに握り返していた。

 

 途端、星の声が身体の奥底に残響する。

 

 星の痛み、そして向かうべき答えの標を。

 

 意識に直接刻まれる、星の意志。星はどうありたいのか。この先にあるであろう、未来を、どう描きたいのか。

 

 命の河が波打つ。

 

 星は命を育み、そして命の最果てを見た。

 

 この星から発した命ならば、選択すべきは戦いではなく――。

 

 鉄菜の意識は肉体へを戻っていた。

 

 六枚の翼を広げた《ザルヴァートルシンス》のコックピット内部は変位していた。

 

 その瞼を開く。

 

 コンソールや機械類が消え失せ、光の中に鉄菜の身体は浮かび上がっている。

 

 Rスーツは消滅し、全身に無数に走る青い文様から脈動を感じていた。

 

 これこそが、星の罪を直視し、未来を見据える命そのもの――。

 

 白銀の躯体が、その名前を紡ぎ出す。

 

「――真機、《モリビトザルヴァートルシンスエクステンド》」

 

 純然たる命の塊となった《ザルヴァートルシンス》が穏やかな白銀の光を湛えさせて命の河を浮遊する。

 

 プラネットコアはもう収まっていた。

 

 星の崩壊はもう起こらないだろう。星の罪を引き写した《ザルヴァートルシンス》と鉄菜が光を携えたまま、バベルを上昇する。

 

「……分かったんだ。みんな。星を救うのは、罪の証を得るのは……難しい話じゃない。示さなければならない。これからの未来永劫、ヒトが星に対して、やらなければならない贖いを。その贖いの答えは――モリビト」

 

 急上昇した《ザルヴァートルシンス》が一条の光と化して《キリビトエデン》の骸を超え、空を抱いて四肢を開く。

 

 全ての武装を捨てた六翼のモリビトが放ったあたたかな光が、白銀の旋風となって、星の地平を吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……何が起こった!』

 

 突然に敵の動きが鈍る。桃はほとんど大破状態の《ノクターンテスタメント》より、鉄菜の放った光を目にしていた。

 

「これが……浄罪の輝き……」

 

『鉄菜さんが……やったの……?』

 

 蜜柑が《イウディカレ》に搭乗したまま問い質す。自律兵装の《イドラオルガノン》が破壊され、今まさに敵機の銃撃網が狙い澄まさんとしていたところであった。

 

 放心のまま、二人のモリビトの執行者は鉄菜の輝きに視界を戦慄かせる。

 

《ゴフェル》ブリッジにて、茉莉花が息をついていた。

 

「……鉄菜。お前が最後に得たのは……」

 

 艦長席により立ち上がったニナイが、ああ、と涙を流す。

 

「……鉄菜。やったのね」

 

 涙目に染み入るような、それは突き抜ける眩さを持った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コミューンの天蓋を誰もが指差す。

 

 その避難民の中で、燐華は空を仰いでいた。

 

 予感はあった。しかし、それを目にした時、確信に変わった。

 

「……鉄菜。見せてくれたんだね。あなたの……心の色は……」

 

 それは罪の虹の空を払い、真実の色に染め上げる。

 

 百五十年の罪の楔より解き放たれ、星は、突き抜けるような青空を見せていた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 青い花園を少女が駆け抜ける。

 

 それを追いながら、彼女は広域のラジオ通信を聴いていた。

 

『罪の虹であるリバウンドフィールドが払われ、そしてブルブラッド大気下で人類が生きられるようになって早二十五年が経とうとしています。今、国際宇宙ステーションより、星の記憶を閉じ込めたカプセルを外宇宙へと放とうとするロケットへのカウントダウンが始まりました! 罪なる星を離れ、この星の辿ってきた罪の歴史をようやく、他の知性体に語れるようになったのです。なお、新連邦より調査団に加えられる人機である、《モリビトスターゲイザー》の配備は完了しており、操主候補として選出された、響耶・クサカベ調査団長を中心としたメンバーが――』

 

「お母さん! 見て、こんなに咲いているよ!」

 

 青い花の咲く場所はかつて罪なる星の証であった。

 

 だが、今は次世代の息吹がこうして戯れられる。本当の意味での花園であった。

 

 ――ここは楽園のほんの片隅なのかもしれない。

 

 青空を仰いだ女性は、母より何度も伝え聞いた一人の少女の話を思い返す。

 

 星に青空を取り戻した、真なる人間。全ての罪の証を引き写し、星を守った「モリビト」。

 

 その名前を、何度も聞いた。

 

 愛おしい者を決して忘れないように。その名前を永遠にするかのように。

 

「ねぇねぇ! あなたは誰? ここの子供?」

 

 いつの間にか、娘は一人の少女と向かい合っていた。

 

 その少女は、この寒空の下、裸体であったが、全身に青い文様を走らせている。

 

 漆黒の長髪を風になびかせ、紫色の瞳孔が周囲を見渡す。

 

 ――きっと、逢えるさ。

 

 母親の言葉が思い出される。白く輝く息を吐いて、彼女は言葉を失っていた。

 

 否、言葉なんて最初から要らないのだ。

 

 もう、知っている。きっと、生まれる前から知っていたのだ。

 

「あなたのお名前は? あたしは瑠璃葉!」

 

 ルリハ……、と掠れたような声を少女は返してから、自分を見据える。

 

 その瞳に、彼女は応じていた。

 

「……とても長い時間、あなたとまた逢える日を待っていた気がするわ。こうして、青い花園で、逢えるのを……」

 

 少女は一輪の青い花を詰み、それを差し出す。

 

 瑠璃葉はそれを受け取って笑顔を咲かせていた。

 

「くれるの? ありがとう! ねぇ、あなたのお名前は?」

 

 その問いかけに少女は返答する。

 

 それはきっと、時を超えて約束された邂逅――。

 

 ――私はクロナ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジンキ・エクステンドSins END

 




あとがきを上げます。これまでありがとうございました。

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