通信を震わせた声音と共に真紅の人機が空域に割って入る。敵の自律兵装を叩き落した疾駆に鉄菜は声を返していた。
「……《イザナギオルフェウス》……。まさか、ここまで?」
『借りを返すためだ。あの日、生き残った生き恥をな。そして、活路を見出す。貴様らの戦いは常にその連続であったはずだ。ゆえに、この《イザナギオルフェウス》、ミスターサカグチはその未来のために、託そう!』
エクステンドチャージの黄金に染まった《イザナギオルフェウス》が襲い来る手裏剣型の兵装を刃で斬り落とす。だが、その機体も限界なのが見て取れた。
二刀あったはずの刀は最早片手のみ。そして、全身に装備されていた拡張型の推進剤のほとんどを使い果たしたのか、どこか枯れ果てたかのようなその後ろ姿に鉄菜は言葉をかけようとしていた。
「……お前は」
『何も。何も言うんじゃない、モリビト。俺は武に生き、武に死ぬだけ。そうだ、これはあの時、貴様と星の重量圏で出会ったその時から、決められていた、運命であったのだ! 俺の命は、この時のためにあった!』
エクステンドチャージの黄金を引き写し、《イザナギオルフェウス》が疾走する。伸長した《キリビトエデン》のハッキング武装を《イザナギオルフェウス》は刀で巻き込み、そのまま引きずり出していた。
その膂力と執念に、《キリビトエデン》がうろたえる。
『何なのだ……何者なのだ、貴様は!』
『ミスターサカグチ……、否、ここで名乗るべきは、仮初めに非ず……。俺の名前は桐哉、桐哉・クサカベ! ゾル国の――モリビトだ!』
《イザナギオルフェウス》が加速し、《キリビトエデン》の背後へと回る。腕に装備された牽制用の連装リバウンドバルカンを掃射しつつ、《キリビトエデン》の装備を潰していく。振り払った《キリビトエデン》の腕が《イザナギオルフェウス》を掴み取ったが、直後に巻き起こった旋風がその手を粉砕していた。
『果てろ! 雑魚が!』
《キリビトエデン》の全身から照射されたリバウンドの砲撃網に《イザナギオルフェウス》はたじろがず、ましてや退く事もない。そのままの勢いを殺さす、猪突していた。
加速に身を浸し、一太刀に全ての思念が宿ったのを鉄菜は感じ取る。
今までの執念、妄執、そして因果。何もかもを一時の刃に賭ける、死狂いなる生き方。
それが命の炎となって、一条の光と化し、《キリビトエデン》へと突っ切っていく。
最早、《キリビトエデン》も手加減はやめたらしい。全砲門を開き、稼働出来る全ての兵装を展開して《イザナギオルフェウス》を迎撃にかかる。
その弾頭のうち一つが《イザナギオルフェウス》の鎧武者の頭部へと入っていた。亀裂が走り、兜が砕け散る。
マスクと兜の下にあったのは、勇ましき双眸であった。
橙色の眼光が迸り、勇猛たるその機体が《キリビトエデン》の血塊炉へと吸い込まれるように達し、次の瞬間、全てのエネルギーが逆転した。
エクステンドチャージをギリギリまで搾り、直撃の瞬間に炉心融解させたのだ。
放出された熱量と爆発力に《キリビトエデン》の巨体が激震する。
血塊炉を砕かれた形の《キリビトエデン》がここに来て初めて、今までの超然たる佇まいから、膝を折り、腕を垂れさせていた。
――傲慢の罪をもって、さらなる災厄の大罪を斬った――。
その在り方に、鉄菜は投げるべき言葉も見当たらず、ただただ、今は散った勇者の名をそらんじるのみであった。
「……桐哉・クサカベ。それが、お前の名前……」
幾度となく道を阻んできた勇猛の討ち手はその命の一欠けらに至るまで燃やし尽くした。ならば、自分も応じるべきであろう。
命を使って、星の罪を――。
『……ただの、一人機風情で、吼えてくれる。血塊炉へのダメージはあった。だが、この《キリビトエデン》は! 血塊炉を何個積んでいると思っている! 機能不全に陥った血塊炉を捨て、別のシステムに切り替える程度、わけがない……』
しかし、その言葉に反して《キリビトエデン》が立ち上がる様子はない。何かがおかしいと相手が感じたのはあまりにも遅かった。
『……何が、起こって……』
「ルイと、桐哉がやってくれた。ルイはシステム面で貴様に取り込まれる事で、内側からの自壊システムを起動させていた。だがそれだけでは、バベルと一体化した貴様を封じるのには至らない。《イザナギオルフェウス》が捨て身で放ってくれた、この数分間の戦い。それがお前を殺す毒を、充分に回らせてくれた。私だけでは、きっと撃墜されていただろう」
全て、後になってからしか分からない。この世の決定は何もかも後回しなのだ。だから後悔する。だから、感情が拭えない。
――だから、強くは、なれない。
鉄菜は頬を伝い落ちる涙の熱を感じつつ、アームレイカーに通した指を固め、掲げていた。
《ザルヴァートルシンス》がその剣を大上段に構える。再びのエクステンドチャージが内部骨格を震わせ、モリビトの眼窩を赤く染め上げた。
今度こそ必殺の間合い。必定なる剣を振るう《ザルヴァートルシンス》に、《キリビトエデン》が吼え立てていた。
『撃つと言うのか! この世界の命運を決めるのに、決定的な間違いを犯すのだと分かっていて!』
間違い。そうなのかもしれない。フィフスエデンの支配が、ともすれば人類を統合する、一つの答えであった可能性はある。
だが、自分はその解答にどうしても是と言えない。
そのような平和は必要ない。
「……私は、ただ私個人の感情で、剣を振るう。ルイと桐哉・クサカベの作ってくれた好機を無駄に出来るものか。ここで――全てを断ち切る」
敵を討つための最後のエクステンドチャージが内蔵フレームを揺さぶり、血脈を宿らせ黄金に染め上げていく。
《キリビトエデン》はほぼ死に体であったが、それでも最後の足掻きを放っていた。
光背のように展開した全方位武装を照射し、《ザルヴァートルシンス》の太刀筋を掻き消そうとする。
『墜ちろ! モリビト!』
「私はここでは死ねない。死ねない理由が出来た。だから――届け! 真ザルヴァートルディバイダー――ッ、ソード!」
ディバイダービットを接合させ、連鎖した剣が赤く煮え滾り、その光芒を鉄菜は打ち下ろしていた。
高密度の剣閃が迸り、《キリビトエデン》の機体を照らす。《キリビトエデン》が赤い眼窩を瞬かせ、怨嗟の声を放つ。
『モリビトがぁっ! 我々の世界を拒むと言うのか!』
「私達は世界に是非を問い続けてきた。これも今までの世界の結果だ。だから、ここにいる! こうして刃を振るうのは、私の意思だ!」
心に迷いのない太刀筋を。
光の刃が《キリビトエデン》の頭部に入り、そのまま巨大なるその機体を一刀両断した。
電磁が走り、スパーク光を散らせた敵機がよろめく。その巨躯が傾ぎ、次の瞬間、声が通信網に焼きつく。
『……きっと、後悔する。鉄菜・ノヴァリス……』
《キリビトエデン》が完全に沈黙する。鉄菜は肩で息をしながら、新連邦艦隊へと視線を振り向け、ローカル通信域に尋ね返していた。
「……止まったか?」
《キリビトエデン》を倒したのだ。操られていた新連邦の人々は止まるはずである。しかし、返答は予想外であった。
『止まっていない! 新連邦は依然といて侵攻してくるぞ、鉄菜!』
まさか、と言う思いと、やはり、という感情がない交ぜになっていた。《キリビトエデン》を倒した程度では終わらないだろう。
それはどこかで得心していた。
相手はバベルを使い、人々の深層意識への刷り込みを行った。そう容易く溶ける洗脳ならば、こんな諍いは起こらないはずだ。
鉄菜は《キリビトエデン》が閉ざしていたバベルへと続く階層状の入り口を発見する。
周囲の古代人機が静謐に包まれた戦場を見据えていた。
これから先、何を行うべきなのか。何を示すべきなのかを問い質すかのように。
一拍の覚悟の後に、鉄菜は言葉を返す。
「……《ゴフェル》へ。これより情報都市ソドムへと、《ザルヴァートルシンス》は侵入し、バベルネットワークへの介入を行う」
その言葉の意味するところを判じたのだろう。茉莉花の声が迸った。
『……バベルへの介入だと……? システム補助もなしにどうやってやるって言うんだ!』
「手はある。ザルヴァートルシステムがまだ……」
この機体のみに組み込まれている救済のシステム。それさえ使えれば、エデンが圧死まで追い込んだこの星の運命を変えられるはずだ。
しかし、茉莉花はそう簡単に承服しなかった。
『……お前は、《キリビトエデン》を倒した。フィフスエデンは壊滅したんだ! それだけじゃ……駄目だって言うのか……』
「……エデンは確かに倒した。だが、これでは動乱は収まらない。殺し尽くす事でのみ、人々は終わりの到来を感じ取れる。……でもそんな終わりじゃ、駄目なんだ。だから私は……行く」
砲撃し、バベルへの直通ルートを取る。入りかけた直前、声が通信網を震わせていた。
『鉄菜! ……本当にそれで、いいんだな?』
最後の問いかけであろう。鉄菜は迷わなかった。
「ああ。……この星を、私は救いたい。大切な人達がいるんだ。死んで欲しくない、大切な者達の未来を、守りたい。だから、みんなとは……さよならをしないといけない」
『……分かった。行け、鉄菜。《ザルヴァートルシンス》と共に』
そこで通信は途切れた。鉄菜は息を詰め、すり鉢状に形成されているバベルへと侵入する。
まるで逆さの尖塔だ。階層を下れば下るほどに、狭くなっていく。
その階層ごとにシステムが張り巡らされているのが窺えた。極彩色に彩られたシステムを降りていく。
バベルネットワークは遥か下方の、星の核に近い部分を掠めている。
開けた視界に飛び込んできたのは、青い血潮の運河である。
「……命の河……」
星が育んできたブルブラッドの河川。命の源。
古代人機が遊泳し、広大な空間を流れていく。ここに至っては重力無重力の楔も関係がない。
バベルによる浸食はさらに奥へと続いており、掘り進められた道筋にはところどころに禁じられた人機の化石があった。
いつの時代、いつの世で産まれた人機なのかは不明なまま、化石人機達が手を伸ばしている。
その因果の果て、全ての軌跡の向こう側に、星の核は存在した。
「……これが、プラネットコア……」
次回、最終回。12月31日21時更新。