新連邦艦隊を抜けたところで不意に放たれた熱源警告に、鉄菜は《ザルヴァートルシンス》の機動力で上方へと逃れていた。ぐんぐんと突き進む機動性は今までのモリビトの比ではない。
まさしく次世代のモリビトである《ザルヴァートルシンス》は、《モリビトシンス》を想起させる両盾のウイングバインダーより格納された武装を保持していた。
「Rザルヴァートルソード……。これならっ!」
甲殻を思わせる剣を手にし、鉄菜は偏向する敵の砲撃を受け止めていた。
瞬間、全身より迸った白銀の息吹がリバウンドの斥力磁場を放出させる。
「リバウンド、フォール!」
反射した火線が幾何学の軌道を描き、敵へと返っていく。その思わぬ光芒に敵機――《キリビトエデン》はうろたえつつも、強力なリバウンドフィールドで減殺させていた。
『……モリビト。またしても我々の前に楯突くか……』
「お前達は……どういう目的で星の核へと至ろうとする! それは禁断の領域だ!」
古代人機が地面より回転しながら出現し、それぞれの砲門を照準する。間断のない砲撃網を掻い潜りつつ、鉄菜は《キリビトエデン》を見据えていた。
青い巨大人機が傲慢の赤い眼光でこちらを睨む。
『……人類では不可能なのだ。この星の存続と、そして隷属は! バベルの深層に封印されてハッキリと分かった。バベルネットと、そしてこの星を覆うプラネットシェル計画、そして人機! それらは我々、フィフスエデンのためにあったのだという事を! 今の脆弱なる人類ではいずれ歯止めが来る。その来たるべき時、弱き種を導くのが、我らの務め!』
四本腕の《キリビトエデン》が光背のように顕現させた武装で《ザルヴァートルシンス》を追い込もうとする。
鉄菜は機体を翻させ、両肩の翼の内側に固定された砲門より灼熱の砲撃を見舞っていた。
爆発の光がいくつも連鎖し、追いつく前に霧散していく。
「……ヒトを導くと言うのならば、何故共に歩もうとしない! お前達がただ足跡を刻みたいだけならば、それは傲慢ではないのか!」
《キリビトエデン》の伸ばした腕に鉄菜は割って入る。手にしたRザルヴァートルソードが展開し、まるで蓮のように花開いた。
直後、放出された超高密度リバウンド磁場が偏向し、敵人機のマニピュレーターを削岩機の勢いで砕いていく。
四本腕のうち、一本を潰された《キリビトエデン》が腕の内側に収納された武装を全開放し、《ザルヴァートルシンス》を囲い込もうとした。その火線の大嵐を、青と銀の機体は風圧を纏ってさらに高空べと至る。
敵の銃撃網が爆発の炎を拡散させ、《ザルヴァートルシンス》の機体を赤で彩った。
『ヒトは弱い。どこまでも、度し難いほどに。バベルの詩篇を使って、人間を二年間、よく観察したとも。だがどうにも、この弱い生命体と共に、どうやっても星を救う事は出来ないのだ。こんな風ならば、星は別個の生き物として自立したほうがよっぽどいい未来があるとも。それがプラネットシェルの最終段階……、リバウンドフィールドによる星の圧死だ!』
《キリビトエデン》の位置する場所は情報都市ソドム中枢。そこで何が行われているのか、鉄菜は意識の世界を漂った事で理解していた。
エデンはリバウンドの天蓋を使って星に棲む生命体を選別し、圧迫させて抹殺してから、その後ゆっくりと、星の核と融合を果たすつもりだ。
星の核と融合を果たした存在はそのまま星と等しくなる。
それこそが、百五十年も前の人類が思い描いた計画――プラネットシェル計画の全貌。鋼鉄の鎧である人機はそのために存在し、来るべき星の時代を生き抜く生命器具であった。
だが、百五十年前の大災害によって人々の記憶からはその真意が薄れた。結果論として、人間は星と繋がる方法を忘れ、今の平穏があった。
「……星をそんな風にして、人間を棲めなくして、ではどうする! 空白の支配者になるつもりか!」
『もっと相応しい知性体が存在する。人間よりもなお、賢く、この星を運用する知性が! それこそが我が存在ィッ! フィフスエデンだ!』
広域に放たれた敵の誘導爆雷が連鎖爆発を起こし、炎の光輪を空に咲かせながら、《ザルヴァートルシンス》を熱量で押し潰さんと迫った。
《ザルヴァートルシンス》の両翼を前に翳し、リバウンドのフィールドを形成して難を逃れるが、それでも一進一退だ。少しでも気を緩めれば敗北する。
こちらを狙い澄ますのは何も《キリビトエデン》だけではない。
地脈に働きかけられ、バベルの詩篇と同じ情報で操られた古代人機の砲撃をかわさなければならない。
彼らは星の護り手だ。そんな彼らでも、今はエデンの操り人形に過ぎない。
「人心を掌握し、ヒトを意のままに操り……そして果てには星の支配者になるだと……。許されるわけがない!」
『許す許さないではないとも! こんな大罪に塗れた星、買ってやるだけありがたいと思ってもらいたいものだ!』
《キリビトエデン》の指先より放たれたのは自律兵器であった。追尾してくる五指の兵装を《ザルヴァートルシンス》は可変させた保持武装で応じる。弾き出されたリバウンドの銃撃が打ち据えたが、その武装が不意に動きを変えた。
「……有線兵器か」
無線兵器と違い、エネルギー供給が成されているのならば、迎撃したところで最後の最後まで追い縋ってくる。そのうち一つが《ザルヴァートルシンス》へと到達した。
直後、電撃が《ザルヴァートルシンス》へと浴びせかけられる。機器が揺さぶられ、システムが次々と切断されていった。
相手はバベルを有している。
少しでも接触を許せば、単一システムでしかない《ザルヴァートルシンス》など、児戯に等しいのだろう。
このまま、何も出来ずに撃墜されるのか、と歯噛みした瞬間、コックピットに現れた姿に鉄菜は目を見開く。
『……ホント、お人好しかもね。私も』
「……ルイ?」
どうしてここに、と問い質す前に、ルイは指先を手繰り、システムの介入を拒んでいく。少しずつ復旧していくシステムに比して、ルイの指先は蝕まれていく。黒く浸食されていくルイに鉄菜は声を上げていた。
「……やめろ。そこまでやる義理がお前には……!」
『……ないのかもね。マスターを殺したのはあんただし。でも……鉄菜・ノヴァリス。あんた、まだマスターに会えるんでしょう? 心ってものがある……人間なんだから。思い出の中で、マスターに会えるはず。……ああ、それってすっごく妬ましいし、憎たらしいんだけれどでも……。ヒトだって言う証明に、私はこうも焦がれている……』
「ルイ……。だが私は……」
『心が分からないって? ……ホントに、馬鹿なんだから。心はここって、きっちりマスターに、教わったくせに……』
ルイの投射映像の指先が確かに、胸元を触れた。その確かなる体温に鉄菜は頭を振る。
「ルイ! お前だって、生きている! 生きているんだ!」
その言葉に返答はなかった。微笑んだルイの肉体が黒く濁っていき、最後の最後には、全ての存在が黒に染まっていた。
《ザルヴァートルシンス》のシステムが復旧する。
ルイが全てを肩代わりしてくれたのだ。鉄菜は面を伏せ、何度も声にする。
「違うんだ……ルイ。私は救ってもらうほどじゃないはずなんだ。お前の……主を殺した……。それに思い出で会えるって……? それを知っている時点で、お前は私よりも、ずっと……」
『モリビトォっ! 引導を渡す!』
自律兵装が空間を奔る。瞬間、緑色に染まった眼光を滾らせ、《ザルヴァートルシンス》が刃を払っていた。
自律兵装が切り裂かれ、迎撃される。敵機を睨んだ《ザルヴァートルシンス》の双眸と鉄菜の眼差しが重なっていた。
「……許さない。お前だけは、許さない!」
『我々に、憎しみを向けるか! モリビトの執行者風情が!』
アンチブルブラッドミサイルが空域を掻っ切り、進路を阻もうとするが、鉄菜からしてみればそのような障壁、最早情報として数えるまでもなかった。
一呼吸のうちに数百のミサイルを薙ぎ払う。
刃に宿った黄金の剣閃が赤く煮え滾っていた。
『……エクステンドチャージか』
すっとRザルヴァートルソードを突き出す。同期して、背面に装備されていた無数の盾形の翼が自律機動し、剣と合体する。
「ザルヴァートル――ッ!」
色相は黄金から白銀へ。高潔なる色を纏った一閃が邪悪を砕く一筋の稲光となる。
『小賢しいッ! リバウンドフィールドで!』
直後、鉄菜はその手に携えた刃を打ち下ろしていた。
「ディバイダー――!」
接合されたディバイダービットが数百倍にまで出力を高位に昇華させ、星を叩き割る勢いの剣筋が《キリビトエデン》へと降り注いでいた。
リバウンドフィールドを両断するほどの剣閃。位相空間が飽和し、リバウンドの大規模な重力崩壊現象が《キリビトエデン》の躯体を揺さぶる。
周囲の空気が一気に熱量で灼熱に達した。
塵となって漂っていた敵の部品も、《ザルヴァートルシンス》に纏っていた風圧も何もかもを凝縮した一撃、それが世界を満たし、一条の稲妻と同義の状態となって、《キリビトエデン》を震わせる。
『こんなもので! 終われると思うな! 我らは星の真なる支配種なり!』
「支配がどうだとか、戦いがどうだとか、そんな事はどうでもいい。……私は、一握りの命だ! だったその命、枯れ果てるまで搾り尽くすのが、この鉄菜・ノヴァリスの、在り方に違いないはず!」
放出された白銀の憤怒がコミューンを割る。情報都市ソドムをも破壊のるつぼに推し包んだその一撃が完全に消え失せるまでの数秒間。地上はこれまでにない熱量に焼かれ、焦土と化した地平が青く染まり、数十キロに渡って横たわっている。
ようやく光の残滓が欠片となって消滅したその時には、《キリビトエデン》は半壊していた。
それでもまだ敵機は健在だ。動く証左のように、残った三本腕を駆動させ、《キリビトエデン》は半分が崩れ落ちた相貌でこちらを睨む。
《ザルヴァートルシンス》は出力限界まで搾ったためか、ほとんど限界領域であった。
エクステンドチャージもほとんど残っていない。血塊炉はオーバーヒートし、ステータスはレッドゾーンを超えていた。
四肢と機体そのものは残っているものの駆動させるための出力が何もかも足りていない。
満身創痍の《ザルヴァートルシンス》に《キリビトエデン》が腕を掲げ、四方八方に自律兵装をばら撒く。
手裏剣型の自律兵装は平時ならば容易く回避出来るだろう。だが、今はそのような単純な兵器でさえも避けられまい。
包囲した敵の武装が一挙に放たれ、《ザルヴァートルシンス》は無抵抗のまま、切り裂かれるかに思われた。
「……終わり、か」
呆気ないものだ。ここまで命を搾り尽くしたと言うのに、最後の最後はこうも容易い。
瞼を閉じた、その時である。
『――否。モリビトの務めを果たすのならば、貴様はまだ死ぬな』