《ノクターンテスタメント》がアームクローを押し上げ、高出力R兵装の光軸を弾き出す。その攻撃から逃れようと上方に抜けた機体を、蜜柑の《イウディカレ》が狩っていった。トマホークビットの光芒が照り輝き、《イウディカレ》のアイカメラが赤く眩い瞬きを放つ。
『ミィだって! 鉄菜さんに報いたい! 報いなきゃ、いけないんだもの! だから! 応えて、《イウディカレ》!』
四肢を広げ、《イウディカレ》が四方八方に向けて自律兵装と照準を向ける。その射撃が最新鋭の人機であるはずの《スロウストウジャ参式》編隊を押し退けていく。
『ブルブラッドキャリアがやっている。ならば、私も礼をもって応じるまでだ。Rブリューナク、ハイブレインマニューバ!』
《イクシオンカイザ》が敵艦すれすれを掠め様にRブリューナクを大量放出し、敵艦を覆っていく。すぐさま逼塞状態に包まれた敵艦が黒煙を上げて推進力を下げていった。内部からプレッシャーライフルの光条が奔り、数機の《スロウストウジャ弐式》編隊が飛び出すも、それは既に狩人の領域である。
カグラの《イクシオンカイザ》が支持アームを押し広げ、全方位をその照準に入れた瞬間、降り注いだリバウンドの灼熱の雨にスロウストウジャ部隊が焼かれていく。辛うじてそれを逃れた機体に《イクシオンカイザ》が突き進んでいた。格闘アームを押し付け、内側より発振したプレッシャーソードで敵機を貫く。
想定された使用法ではないはずだ。それでも、彼女だって戦っている。身を削る思いで。そう思わせてくれたのは、鉄菜の復活が大きい。
「負けない、負けたくないっ! 負けられないのよ――ッ!」
《ノクターンテスタメント》が頂点の人機基部を稼働させ、Rハイメガランチャーを構える。照準補正を行い、敵艦へと狙いを定めた。
途端、敵機が散開する。
いきなり敵の包囲陣が移り変っていた。うろたえた桃に、四方八方より《スロウストウジャ参式》の番えたプレッシャーライフルの光条が突き刺さる。咄嗟のリバウンドフィールドで受けたものの、今の一撃、ともすれば取られていた。その予感に血の気が引く。
「何が……、まるで指揮系統が変わったみたいに……」
『どうやらそのようだ。全員に通達。今の今までエデンは地下採掘にバベル指揮の半分を割いていたが、それを八割方、こちらの攻防に割くように設定し直したらしい。今の今まで戦っていたのは本来の力の半分も発揮していなかった新連邦軍だ。しかし、これは……』
茉莉花が濁したのも分かる。まるで生まれ変わったかのように敵陣の動きが変わったのだ。敵の隊列が今まで考えなしのような隙だらけであったものから、少しずつだが計算ずくの戦いに変わりつつある。
その巻き添えを食ったのはラヴァーズ編隊だ。
弱小の型落ち機からまるで啄まれるように撃墜されていく。今の新連邦艦隊からしてみれば、ラヴァーズの戦闘部隊は格好の的に等しい。
「下がりなさい! モリビトと《ゴフェル》の部隊が前に出るから……!」
叫びも虚しく通信領域を滑り落ちていくのはラヴァーズの操主達の断末魔であった。一つ、また一つと確実に命が摘まれていく。
桃は拳を骨が浮くほど握り締め、コンソールを叩いていた。
「……これ以上は、やらせない! やらせて、堪るかぁーッ!」
《ノクターンテスタメント》が敵陣へと切り込む。両肩のアームクローで攻撃しようとするのをまるで予見したように後方から放たれたプレッシャーライフルの連撃が貫いていた。
粉砕した高出力アームクローが内部爆発を生み、誘爆の炎に抱かれる。
桃は激しくコックピットで揺さぶられていた。如何に《ノクターンテスタメント》のコックピットは機体下部にあるとは言え、大型出力兵器がやられればダメージは大きい。損耗率四割のステータスを視野に入れ、桃は空域を睨む。
敵包囲陣はまるで削がれた様子はなし。
やはり先ほどの意識の昂揚は、鉄菜がもたらしてくれた一時の幻なのか。自分達だけでは、この絶対の悪意に勝てるはずもないのか。
――いや、と桃はアームレイカーに指を通す。
「……まだ、負けてない。諦めない限り、負けじゃない!」
《ノクターンテスタメント》の人型基部を持ち直させ、Rハイメガランチャーを構えて後退させる。敵機への警戒の意味を込めての後ずさりはこの時、予期されていた。
瞬間的な加速を得た黄金の燐光を棚引かせる《スロウストウジャ参式》がプレッシャーソードを抜刀して《ノクターンテスタメント》基部へと仕掛ける。リバウンドコーティングが施された砲塔で受け止めたが、それでも舞う火花が収まる様子はない。
「ビートブレイクビットで……!」
おっとり刀で照準したビートブレイクビットを、援護機がすぐさま迎撃していく。ビートブレイクビット自体にはそれほど推進性能はない。一度手が割れればそこまでの武装なのだ。
加えて――桃は荒く息をついていた。今にも視界が閉ざされそうなほどに疲弊している。ビートブレイクビットの酷使と、そして実力以上の力を使い過ぎている。今の自分は枯れ果てた湖に、まだ水を通そうとしているも同義。
枯れた水源には、水は戻らない。そんな事は分かり切っている事実なのに。
歯噛みしつつ、桃は《ノクターンテスタメント》の基部を稼働させ、敵機を振りほどこうとする。打ち下ろされたプレッシャーソードの出力にRハイメガランチャーの耐久値に赤い警戒色が宿った。
「まだ……負けていられないのに……っ!」
蜜柑の《イウディカレ》も限界に近い。トマホークビットの軌道を読まれ、回避されつつ銃撃を叩き込まれている。《イウディカレ》の推進性能もエクステンドチャージの後となれば大きく減退する。その隙を突かれ、いくつかの光条が機体を打ちのめしていた。
「蜜柑!」
『……大、丈夫……。まだ、《イウディカレ》はやれる……』
敵人機が執念深く追い縋ってくる。蜜柑は《イウディカレ》を翻し、備え付けのライフルの銃撃で相手を翻弄しようとするが、ライフルの出力値も臨界点に達しているのか、どこかその火力は心許ない。
火線の合間を縫って《スロウストウジャ参式》が確実な一打を放ってくる。《イウディカレ》の眼窩から赤い輝きが薄れ、トマホークビットが勢いをなくす。
敵艦が《ゴフェル》へと照準しながら進軍するのを、ラヴァーズ援軍とライブラの機体が止めようと奔っていた。
『行かせない! モリビトは、俺達の希望なんだ!』
『墜とさせるかよぉ……っ!』
いくつかの命が敵艦に取り付き、その機体を黄金に染め上げた。まさか、と思った直後にはバーゴイルやロンドがエクステンドチャージを用いて炉心誘拐させ、自爆の炎を滾らせていた。
全ての人機には資格がある、とゴロウは言っていたが、それはモリビトほどの耐久力や機体性能があっての話。通常人機では、すぐさま血塊炉は融点に達し、オーバーヒートを起こした機体は火達磨になるであろう。
それが分かっていないはずがないのに――。
ラヴァーズ友軍と、ライブラの機体が敵艦に取り付いては自爆を繰り返す。それでも新連邦の艦は止まらず、ましてやその命に頓着する事もない。
艦主砲が無情にも《ゴフェル》を捉えかける。
その照準軌道に人機が寄り集まり、堅牢な銃座へと攻撃を見舞っていた。銃撃が奔り、砲身を焼こうとするが、それはどれほどの火力であろうとも蚊が刺したような威力でしかない。
銃座の照準を止めるべく、無数の人機が取り付き、その膂力で押し止めようとするが、その背中へと無情なる《スロウストウジャ参式》の刃が飛ぶ。
背中を切り裂かれ、後ろから貫かれた人機が青い血潮を撒き散らして沈黙していった。
桃は叫んだ。無茶苦茶に叫び、吼え、そして敵艦へと飛びかかる。
――どうしてここまで世界は残酷なのだ。どうしてここまで世界は無情なのだ。
後退していた《ノクターンテスタメント》が急加速を得て前進したのに相手が恐れ戦いたのか、僅かに進路が保たれる。
桃は《ノクターンテスタメント》の基部を使用し、艦主砲を捻じ曲げようとした。力技だ、分かっている。こんな真似に出ても、何も意味はない。この第一射を阻止したとして、他の艦より注がれる第二射、第三射はどうやって防ぐ。どうやっても防げまい。
敵艦はまだ無限に近い手数で存在している。比して、こちらの残存戦力はたったの二隻。ラヴァーズ艦は疲弊し、ライブラ部隊もその性能を活かし切れず、スロウストウジャの凶刃に敗れ去る。
最後の最後に相手を下さんと、組み付いての自爆が実行されようとするが、その前に引き剥がされ、人機の躯体が無意味に爆ぜた。
そんな様子をこれ以上見ていられなかったのもある。
桃は《ノクターンテスタメント》の人機部位を用い、艦主砲へと発振させたRソードによる斬撃を浴びせた。炎が迸り、主砲が焼け爛れるも、それは敵の百ある手のうち、一打未満を止めただけだ。
敵艦よりミサイルが掃射され、空域を掻っ切っていく。
《イクシオンカイザ》がRブリューナクの砲爆撃で制したが、それも長くは持たないのは分かり切っていた。
既に確認出来るだけで《イクシオンカイザ》の持つRブリューナクの親機はたったの二基。親機を潰されれば子機は射出出来ない弱点を晒したためか、敵人機は格闘戦を試み、《イクシオンカイザ》の機動力を封殺する。
《イウディカレ》は一機一機に追い込まれ、ライフルによる応戦を余儀なくされていた。トマホークビットは静止し、敵へと攻撃を見舞う前に撃墜されていく。
敵陣に攻め立てていたタカフミの《カエルムロンドゼクウ》がエクステンドチャージを解除し、二刀の大型斬艦刀を払っていたが、それでも限界は生じる。
小回りが利く《スロウストウジャ参式》に、大振りな武装は逆効果だ。すぐさま懐に入られた《カエルムロンドゼクウ》が爆砕武装を投げ、敵を遠ざけようとするが、その戦術は読まれているのか、背後へと回った敵編隊にタカフミも押されている。
「……《イザナギオルフェウス》は……」
《カエルムロンドゼクウ》と共に敵を薙ぎ払っていたその姿が見られない。まさか、撃墜されたか、と思った瞬間、接近警告を騒がせた《スロウストウジャ参式》の肉薄に桃は呻いていた。
「……どうして。どうしてここまで……。世界は……っ! クロ……っ、お願い……」
斬り返し、敵の胴を割るが、その一機だけではない。眼前に展開されるは無数の人機編隊。それらを統括する《キリビトエデン》は遥か遠く、艦隊の向こう側。
今は、その向こうに行ってしまった鉄菜を信じるしかない。桃は奥歯を噛み締め、丹田に力を込めた。
「――来い!」
《ノクターンテスタメント》の眼窩に光が宿り、敵陣営へと突っ切っていった。