ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯399 明日へと

 軋む機体フレームに桃は声を荒らげる。敵の機動力はまるで衰えない。それどころかじわじわと押し返されているのが伝わってくる。

 

《ノクターンテスタメント》が何機目か分からない《スロウストウジャ弐式》を叩き潰し、爆風に一瞬視界を遮られた刹那であった。

 

 ライブラの《フェネクス》に《スロウストウジャ弐式》が組み付いていく。自爆しようとした敵機を桃は高出力R兵装で薙ぎ払っていた。

 

『……礼を言う気は』

 

「構わないわ。来るわよ!」

 

 スロウストウジャ編隊を率いて、新連邦の新造艦が前に出る。これまでの火力とはまるで桁違いの主砲が空域を見据えていた。

 

『あんなものを撃たれては……』

 

「困るって寸法! 撃たれる前に、狙い撃つ!」

 

《ノクターンテスタメント》を走らせようとしたが、新造艦より放たれた機体の識別に桃はうろたえていた。

 

「……新型機。《スロウストウジャ参式》……」

 

 これまでの機体でもジリ貧であったのに、新造艦の持つ戦力は最新鋭のものだ。桃は奥歯を噛み締める。

 

 ――ここまでなのか。どれほどまでに足掻いてきたとは言え、ここまでで全ての道は閉ざされると言うのか。

 

「そんなはずは……。そんなはずはないって信じたい。信じちゃ……駄目なの!」

 

 新型のプレッシャーライフルの口径はまるで規格外だ。広域射程に桃はきつく瞼を閉じようとした、その時である。

 

 高熱源関知のアラートが響き渡り、前に出ていた《スロウストウジャ参式》を一条の光芒が撃ち落としていた。

 

 その光とそして識別信号に桃は感極まりそうになってしまう。

 

「来て……くれたんだね、クロ!」

 

『鉄菜さん!』

 

 蜜柑が声を続かせ、ライブラのレジーナが応じる。

 

『あれが……新たなる希望の徒か』

 

 急接近する青いモリビトの機影に、敵機を切り裂いた《イザナギオルフェウス》より声が迸る。

 

『待ちかねたぞ! モリビト!』

 

 青い《モリビトザルヴァートルシンス》が両肩に装備した翼を思わせる武装ユニットを開く。青白い電磁波が放出され、格納されていた武装を射出していた。

 

 空間を駆け抜けるのは神速を誇る自律兵装だ。

 

 新造艦率いる《スロウストウジャ参式》編隊を、《ザルヴァートルシンス》の操るザルヴァートルビットが引き裂いていく。

 

 押し返さんと新造艦が主砲を掃射しようとするのを、エクステンドチャージの燐光を伴わせた機体が高機動を誇りつつ上方へと軌道を導かせ、そのまま巨大な斬艦刀を打ち下ろしていた。

 

 新造艦が熱波とリバウンドの斥力磁場に負けてブリッジを崩壊させる。灼熱の噴煙を巻き上げる新造艦を薙ぎ払ったのはタカフミの新型機であった。

 

「《カエルムロンドゼクウ》……」

 

『露払いはおれ達が引き受ける! そうだろう、モリビト!』

 

《カエルムロンドゼクウ》が疾走し、それに追従したのは《イザナギオルフェウス》である。

 

『……正統後継を超え、自らのオリジナルに至ったか』

 

『応よ! お前もそうだろう! 桐哉!』

 

『……捨てた名前を紡ぐんじゃないと何度言えば……。《イザナギオルフェウス》! 黄金の力を引き出せ! 零式抜刀術、奥義!』

 

《イザナギオルフェウス》が燐光を滾らせ、赤く煮え滾った二刀の柄頭を接合させた。まるで旋風のように両刀を回転させ、《イザナギオルフェウス》が戦局を切り拓いていく。

 

 その無茶苦茶な機動力は明らかに命を削っているが、桃も負けていられないと丹田に力を込めていた。

 

「ここまで来れば、出し惜しみなんて、ね。《モリビトノクターンテスタメント》!」

 

《スロウストウジャ参式》がプレッシャーソードを引き抜いて襲いかかる。それを受け止めたのは高出力R兵装を今まで放っていた巨大なるアームクローであった。そのアームクローの基部が持ち上がり、ピラミッド型の頂点が可変を果たす。

 

 ピラミッドの頂点部位に現出したのは人型であった。両肩にアームクローを有した新たなる人機が《ノクターンテスタメント》の機首として産声を上げたのだ。

 

「《モリビトノクターンテスタメント》、エクスターミネートモード! この状態ならっ! エクステンドチャージ!」

 

 アームクローが敵機を押し返し、人型部位がアームクロー内部に格納されていたRハイメガランチャーを保持する。

 

 ゴーグル型の眼窩が狙いを定め、直後敵兵を蒸発させる一撃が放たれていた。

 

 黄金の火力を振り払い、《ノクターンテスタメント》がリバウンド浮力を得て、敵艦へと突っ込む。

 

 アームクロー内部より煮え滾ったリバウンドの刃が顕現し、爪のように敵艦へと食い込んでいた。人型部位が砲塔を艦へとゼロ距離に据える。

 

「吹き飛んじゃえー――ッ!」

 

 敵艦を貫通した砲撃軸が振り払われ、連邦艦を融かしていく。灼熱に抱かれた風を纏い、《ノクターンテスタメント》が周囲に砲撃を浴びせかけていた。

 

 赤く染まった戦場を駆け抜けるのは紫色のカラーリングを誇る《イウディカレ》である。

 

『ミィだって、鉄菜さんの未来を、信じているんだからっ!』

 

 追い縋ってくる《スロウストウジャ参式》に向けて、《イウディカレ》が盾の自律武装を展開させる。

 

 内部に収納されていたのは《イドラオルガノン》と同じ頭部を持つモリビトであった。蜜柑はヘッドアップディスプレイに表示された新たなる武装のステータスを確認する。

 

『《イドラオルガノントリプレット》! 敵機を迎撃する!』

 

 可変したRシェルビットが《イドラオルガノン》へと可変を果たし、それぞれに入力された自律システムを稼働させ、《スロウストウジャ参式》と組み合う。

 

 片方の《イドラオルガノン》は射撃で敵機を迎撃し、もう片方はRトマホークによる格闘戦術で敵陣を斬りさばいていった。

 

 その合間を縫うように《イウディカレ》が黄金の光に包まれる。

 

『《モリビトイウディカレ》! エクスターミネートモード! 行って! トマホークビット!』

 

《イウディカレ》のアイカメラが赤く照り輝き、四方八方、全方位に向けて残存するトマホークビットを放射していた。格闘戦術の火花が散り、敵機を叩き割っていく。

 

 蜜柑の駆る《イウディカレ》本体へと仕掛ける敵機もいたが、それらを蜜柑はライフルによる精密狙撃と、そして肉薄した相手には容赦のない格闘戦術で応じていた。ライフル下部より発振させたリバウンド刃が敵の首を刈る。

 

「負けてられないんだから! モモ達はァッ!」

 

《ノクターンテスタメント》が敵艦に取り付く。艦主砲がこちらを捉えかけて、その砲撃を中断させたのは《イクシオンカイザ》のRブリューナクであった。親機がそのまま主砲を重量で叩き潰す。

 

『貸しは貸しだ』

 

「……返すわよ。生き残って、ね」

 

《ノクターンテスタメント》の砲撃が敵艦を沈め、機体の四肢を開かせる。スライドしたミサイル格納部より、数百を超えるアンチブルブラッドミサイルが放たれ、敵艦の動きを大きく鈍らせた。

 

「クロ! 行って! 《キリビトエデン》のところへ!」

 

 背後からの接近警告を払ったのは《スロウストウジャ肆式》である。プレッシャーソードで打ち合うヘイルが声を搾っていた。

 

『お前が、希望だって言うのなら、俺達は通す! 通させてもらう!』

 

《イザナギオルフェウス》と《カエルムロンドゼクウ》が黄金の軌跡を描いて敵艦へと猪突し、その剣戟で敵陣営を叩き落していく。咆哮が相乗し、二つの機体がまるで踊るように交差していた。

 

 鉄菜は任せてもいいと判断したのか、《ザルヴァートルシンス》の進路を《キリビトエデン》に据える。

 

『……桃、蜜柑。それにみんな。私は、行く』

 

 言葉少ななのは相変わらずの悪癖か。それも諌めてやらなければならないな、と桃は感じて苦笑していた。

 

「……また、クロと会えるって信じているから。だからっ! モモ達は折れない! こんなところで、折れてしまうような、やわな絆じゃない!」

 

《スロウストウジャ参式》を率いる敵艦の包囲陣は一方向だけではない。別方向より来る陣営が《ゴフェル》へと砲撃を向けようとしたのを新たなる火線が遮っていた。海中よりリバウンドの磁場を弾かせて浮上した未確認の艦艇に桃は瞠目する。その識別信号は二年前に確認したものであった。

 

「ラヴァーズ旗艦……《ビッグナナツー》、ですって?」

 

 あり得ない、と判じた桃であったが、その艦首にて腕を組んでこちらを見据える黄金の機体は二年前と変わらぬ威容を放っている。

 

「モリビト……《ダグラーガ》……。宇宙での殲滅戦の後、確か行方不明になったって……」

 

『達す。こちらラヴァーズ残党軍。我が名は《ダグラーガ》。この世最後の中立である。これより、ブルブラッドキャリア艦、《ゴフェル》の援護に入る。異論はないな』

 

 重々しいその声音もまさしく世界最後の中立を名乗るに相応しい人物――サンゾウのものであったが、まさか生きていたなどにわかには信じ難かった。

 

《ゴフェル》より通信が繋ぎ直される。

 

『……こちら《ゴフェル》艦長、ニナイ。……生きて、いられたのなら……』

 

 何故、今まで、と継ぎかけた言葉の穂をサンゾウは制していた。

 

『生きていては、禍根を残す身と言うものがある。あの戦いで、エホバは己の責を問い質し、そして禊を行った。拙僧にもそれが必要だと判じ、あえて身を隠し、活動を行ってこなかった。その間、血が流れようとも、静観の構えでいるつもりであったが、この戦い、人類の全てを賭してでも、勝たなければならないであろう。ならば、我々は戦力として、貴君らに下る』

 

《ビッグナナツー》艦艇が浮かび上がる。リバウンド力場を得たかつての旧式艦は主砲を新連邦艦隊へと向けていた。《ビッグナナツー》の艦砲射撃と敵艦の砲撃が交錯する。光が螺旋を描いてぶつかり合う中で、《ダグラーガ》は宙へと舞い上がり、《スロウストウジャ参式》へと果敢に攻め立てる。その勢いは衰えてはいない。錫杖を振るい上げ、最新鋭の武装と鍔迫り合いを繰り広げるのは間違いようもなく、世界最後の中立の姿だ。

 

『フィフスエデン。その志、翳が差したものだと我が方は推測する。ゆえに、貴君らに賛同は出来ない。新連邦艦隊、来るのならば来い。ここにいるのは、ただの命一つ、しかして世界最後の中立を名乗る事を許された、たった一つの灯火なり!』

 

 錫杖を払い《スロウストウジャ参式》を叩きのめす。その一撃に迷いはない。彼の行動に感化されたのか、《ビッグナナツー》より旧式人機が飛び立っていた。

 

 バーゴイル、ナナツー、ロンドの区別なく空域を駆け抜け、最新型であるはずのスロウストウジャに追い縋る。その一手では無論、間に合わぬ実力もあったが、この場を制圧する空気が僅かに変位したのだけは桃にも伝わっていた。

 

「……勝てる。いいや、勝つ!」

 

 鉄菜が行ったのだ。ならば自分達は、せめてその背中に恥じぬように戦い抜きたい。

 


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