ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯398 希望の旅路へ

 握り返すイメージを伴っていた。

 

 鉄菜は暗がりの中でずっと呼んでいた声に触れる。

 

「……結里花……」

 

 瑞葉が瞳に涙を湛え、自分の手をぎゅっと握っている。結里花が自分を見つめて微笑んでいた。

 

 命一つ――。ここに生きている、息づいている一つの命――。

 

 瑞葉が気づいたのか、覚えずと言った様子で抱き着いていた。

 

「クロナぁっ!」

 

 鉄菜は瑞葉の体温と、結里花の声を聞く。ここは、現実なのか。まだ自分は生きているのか。

 

 それを確かめる前に、リードマンが声にしていた。

 

「鉄菜……。よかった、本当に……。本当に、生きていてくれて……」

 

 それはかつての黒羽博士との約束であったのだろうか。彼も心の奥底から喜んでいるようであった。

 

 そうだ、心、と鉄菜は胸に手を当てる。

 

 脈打つ心臓。血脈の熱。どれもこれも、ただの生理現象だ。ただの、「生きているだけ」という証明。だが、それこそが、生きている、生き抜いている事実こそが、掛け替えのない、心の在り処――。

 

「そうだ、私は……。まだ生きている。生きているんだ……」

 

 起き上がり、鉄菜は通信に声を吹き込む。瑞葉が制そうとしたがリードマンはそれをやんわりと遮っていた。

 

「……行くんだね、鉄菜」

 

「ああ、私にはやるべき事があるようだ」

 

 短く返答しただけでも彼には伝わったらしい。瑞葉はそれでも納得出来ていないようであった。

 

「帰って……くるんだろうな。クロナ……」

 

 瑞葉の言葉に鉄菜は応じず、その腕に抱えられた結里花の手を握り返していた。小さな命がこうして自分の命を繋いでくれた。まだ現世に留まっていいのだと、教えてくれたのはここにあるたった一つの命。

 

 ならば報いなければならない。

 

「ミズハ。私は、行くよ」

 

 帰ってくるとは言えない。それでも瑞葉はその言葉だけでも満足してくれたのか、涙を拭っていた。

 

「……待っている。ずっと、待っているから……! 結里花が大きくなる頃には、きっと……きっと……」

 

 頷き、鉄菜はブリッジへと声を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄菜が?」

 

 困惑するニナイに茉莉花が口角を吊り上げていた。

 

「あんの馬鹿……ただでは死なないと思っていたが、タイミングというものがあるだろうに」

 

「行けるのね? 鉄菜!」

 

『心配をかけた。《ザルヴァートルシンス》は?』

 

「格納デッキへの直通はある。しかし、ぶっつけ本番だぞ。やれるのか、鉄菜」

 

 その問いかけに鉄菜は強く応じる。

 

『……私は命に救われた。ならば救うのもまた、命のはずだ』

 

 確証めいた言葉ではない。しかし、今の鉄菜を衝き動かす原動力が何なのかを窺い知る事は出来た。

 

「……まったく、六十点がいいところの答えだ。だが、行ってもらうしかない。《ザルヴァートルシンス》を稼働モードに設定! タキザワ、いつでも出せるようには」

 

『やってるさ! こっちだって!』

 

 返された言葉にニナイは固唾を呑む。

 

「……勝てるの?」

 

「確率面で言えば随分と無茶だ。今までテストさえも行ってこなかったザルヴァートルシステムを、相手の中心軸に向けて一気に使用。推奨は出来ないが、しかし……」

 

「それしか方法がない、ね」

 

「分かってきたじゃないか、艦長」

 

 軽口を返す茉莉花にブリッジを激震が見舞う。この《ゴフェル》でさえも永続的ではない。ならば一刹那の可能性にでも賭けるべきだ。

 

「いいわ。鉄菜・ノヴァリスの発進を許可します!」

 

『感謝する。ニナイ』

 

 短く応じただけだが、鉄菜の中で何かが変わったのだけはこちらも理解出来た。ならばその変革に報いる事だけが自分達に出来る最善だろう。

 

「タキザワ技術顧問! あの機体を援護として出して!」

 

『いいが……調整に時間がかかり過ぎている。まともな働きになるかどうかは……』

 

 その言葉を遮ったのはタカフミの怒声であった。

 

『いつまで! こんなところで煮え切らない調整なんかやらせる気だ! おれも出るぜ、艦長! 守りたいものを守れなくって何が漢だよ!』

 

 その言葉に茉莉花へと視線を送る。彼女は情報を繰り、発進シークエンスを練っていた。

 

「《カエルムロンドゼクウ》、出撃準備へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ゴフェル》甲板が開き、内側からせり上がったのは腕を組んだ青い疾駆であった。両肩に保持されているのは紺碧の大剣である。翼のように大剣を担いだ新型機は戦場を見据えていた。

 

 その視界と同期したタカフミが最終調整レベルを振り、コックピットの中でタキザワの声を聞く。

 

『言っておくが、推奨は出来ないんだ! その機体はまだバランサーに重大な欠陥を抱えていて――』

 

「要は、墜ちる前に、墜とせばいいんだろ? 簡単な話だ!」

 

 拳を作り、タカフミはアームレイカーに腕を入れていた。血続ではない自分に対してこのシステムは補助の意味合いしかないが、それでもこの規格外の機体を動かすのには役立つはず。

 

 両肩の大剣にリバウンドの斥力が発生する。浮かび上がった機体が赤色光のランプを照り受けながら背部にマウントされた電源ケーブルを引っ張っていた。

 

「《カエルムロンドゼクウ》。タカフミ・アイザワ! 出陣するぜ!」

 

 主の声を受け、《カエルムロンドゼクウ》が推進剤の尾を引いて飛び立つ。しかし、両肩の大剣のあまりの重量にバランサーが早速異常値を示していた。

 

《スロウストウジャ弐式》が肉薄し、プレッシャーソードを引き抜く。

 

「んなろぉっ!」

 

 声と共に肩口から剣がスライドされ、マニピュレーターが保持していた。

 

 片手剣の大きさに留まらない、機体の背丈ほどもある大剣を《カエルムロンドゼクウ》は振るう。生み出したリバウンドの風圧だけで敵機が揺らめいた。

 

「鍔迫り合いには最適って事かよ。行くぜ!」

 

 打ち上げて加速度のままに敵機へと振るい落とす。その一閃に相手は防御の姿勢を取ったが、リバウンドの力場と圧倒的重量を誇る大剣の一撃が機体を一刀両断していた。

 

 スパーク光を散らせる敵機を蹴り上げ、《カエルムロンドゼクウ》が躍り上がる。

 

 すぐさま敵編隊がプレッシャーライフルの一斉掃射を絞っていた。大剣の刀身で受け止め、剣の表層に広がった風圧にタカフミは声にする。

 

「決めるぜ。リバウンド――フォール!」

 

 リバウンド斥力磁場が発生し、敵のプレッシャー兵器が一挙に跳ね返される。その反撃に際して敵陣営が僅かに崩れた。

 

 その隙を見逃さず、タカフミは吼え立てる。

 

「《ゴフェル》! おれが道を切り拓く! 必要なもんは今のうちに射出しろ!」

 

『了解。《イウディカレ》、応答出来ますか!』

 

『今手一杯!』

 

 応じた蜜柑にタキザワが声を発する。

 

『《イウディカレ》の専用拡張パーツだ! 受け取ってくれ!』

 

 リニアボルテージ主砲に乗せられた《イウディカレ》の拡張パーツが射出される。電磁を纏いつかせたそれを、《イウディカレ》が急上昇して掴み取っていた。

 

『これは……盾?』

 

 亀甲型の盾を一対、《イウディカレ》が脇に装備する。

 

『Rシェルビットだ! 攻防一体の武装となる!』

 

《イウディカレ》が六角形のRシェルビットを翳し、敵スロウストウジャの攻撃を前にして構える。

 

 放たれたプレッシャーライフルを武装が弾き、瞬時にリバウンドの斥力が発生していた。

 

『――いける。リバウンド、フォール!』

 

 反射時、六角形の武装の端より拡張武装が引き出される。

 

 瞬間、跳ね返った射撃の軌跡が幾何学の軌道を描き、単なる反射に留まらない動きで敵陣営を焼き尽くしていく。

 

『これは……』

 

『リバウンドフォールに僅かながら自走効果を付けた! エクステンドチャージにも対応している!』

 

 叫んだタキザワにタカフミは、おいおいと声にする。

 

「ちょっくらやり過ぎ……、っと!」

 

 横合いから斬りかかっていた相手を制し、タカフミは両手に二刀を保持する。それそのものが標準人機クラスの巨大さを持つ大剣をタカフミはまるで軽業師のように操った。

 

 片方を逆手に返し、もう片方の手で敵の頭部を割る。

 

 すかさず払った一閃が敵人機の血塊炉を叩き割っていた。

 

「やり過ぎって事もないか。追い込まれているんだもんな。……ブリッジへ! 何分持たせりゃいい?」

 

『最大三分だ! 《ザルヴァートルシンス》の水先案内人を頼む!』

 

 茉莉花の叫びにタカフミは頷く。

 

「オーケー……。んじゃ、まぁ! やるだけの事はやってみせるか! そうだろう、《カエルムロンドゼクウ》!」

 

 両腕に保持していた大剣を接合させる。刀身だけで通常人機を軽く凌駕する大きさを誇る弩級の大剣を《カエルムロンドゼクウ》は全身の膂力を引き上げて握り締めていた。

 

 大剣そのものに血塊炉が宿っており、その保有数は《カエルムロンドゼクウ》本体と合わせれば四つに相当する。

 

「この剣そのものが、人機みたいなもんだ。行くぜ、師を超えたおれの、新たなる剣術……。――零式斬艦術、参る!」

 

 大剣――斬艦刀に血脈が宿り、迫り来る敵を規模の違う剣で斬りさばきながら《カエルムロンドゼクウ》の機体が黄金に染め上がる。

 

「エクステンドチャージ!」

 

 金色の剣筋を引き、《カエルムロンドゼクウ》が一挙に加速し、敵艦へと躍り上がる。甲板を踏みしだき、その剣を払っていた。

 

 斬艦刀がその名に恥じぬ威力を発揮し、位相空間をリバウンドの反重力でたわませながら、艦ブリッジを焼き払う。

 

《カエルムロンドゼクウ》からしてみれば、斬艦刀も加速に貢献する推進剤の一つ。斬艦刀そのものから放たれる血塊炉の瞬きが機体を導き、敵艦を一隻、また一隻と沈めていく。

 

 払い上げた一閃に燐光が纏いつき、同心円状に放たれた斬艦刀の波紋が艦隊を叩き潰していく。

 

 噴煙と炎が上がる中でタカフミは叫んでいた。

 

「道は作ったぜ! 行け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を受け、鉄菜は格納デッキに収まるタキザワと目線を合わせる。

 

「……行くんだね、鉄菜」

 

「ああ。私には報いるべき命がある。それに従うまでだ」

 

「……心ではなく、命に報いる、か。実に君らしい、答えだ」

 

 拳を突き合わせ、鉄菜は格納デッキに収まっている人機へと導かれる。

 

「これが……私の望んできた、《モリビトザルヴァートルシンス》……」

 

 中枢部に据えられたコックピットに乗り込むとアームレイカーとリニアシートが一体化した新たな機構が自動的に自分へと最適化したコックピット環境を与える。

 

 浮かび上がったヘッドアップディスプレイのステータスを目にし、鉄菜はアームレイカーに腕を入れていた。

 

 フットペダルを踏み込む形で保持し、真正面を見据える。

 

 格納デッキより《ザルヴァートルシンス》が移送されていく。

 

『リニアボルテージに固定。出力を1300に設定。射出タイミングを、鉄菜・ノヴァリスに譲渡します』

 

 全てのシステムが明け渡されたのを確認し、鉄菜は腹腔より声にしていた。

 

「了解。《モリビトザルヴァートルシンス》。鉄菜・ノヴァリス。出る!」

 

 両肩の翼が展開し、射出と同時に揚力を得ていた。リバウンドの斥力磁場が発生し、機体を制御させる。

 

 デュアルアイセンサーに緑色の輝きが宿り、最後のモリビトが今、方舟より放たれた。

 

 


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