ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯396 志は老いず

《イザナギオルフェウス》が刃を翻し、《スロウストウジャ弐式》の胴を割る。それだけに留まらず、背後に迫った敵影の振るい落としたプレッシャーソードを掻い潜り、その腹腔へと蹴りを浴びせていた。よろめいた敵機を実体剣が両断する。

 

「……これで、少しは……」

 

 空域を駆け抜けるモリビト二機を視野に入れつつ、サカグチは振り返り様に一閃を浴びせ込んでいた。敵陣は下がる気配は毛頭ない。こちらがスタミナ切れを起こせば、すぐにでも戦局は移り変わる。

 

 そうでなくとも、元々どだい無理な戦力差だ。少しでも不利に転がれば、即座に終わりは訪れるであろう。

 

《スロウストウジャ弐式》がそれぞれ距離を取ってプレッシャーライフルを掃射する。《イザナギオルフェウス》は姿勢を沈め、加速度に身を任せていた。一瞬で躍り上がり、その太刀が敵を寸断する。大破させた敵を蹴り上げ、足掛かりとしてさらに高空へと進んだ。

 

 それでも、敵の本丸である《キリビトエデン》は遥かに遠い。一度撤退したツケはそれなりに高いと言うわけだ。

 

「……苦々しいな。これほどの激戦に身を置いても、まだ遠いとは」

 

 襲いかかった敵機を払い落とし、次なる敵へと飛びかかろうとして不意打ちのプレッシャーバズーカによる砲撃が《イザナギオルフェウス》を襲う。

 

 ギリギリで機体をロールさせて回避し、反撃の太刀を見舞おうとした瞬間、後ろから羽交い絞めにされた。

 

 組み付かれれば如何に格闘に秀でた機体でも僅かなロスが生じる。《イザナギオルフェウス》が背後の敵へと肘打ちを極め、瞬時に払い上げたその時には相手の照準に入っていた。

 

「……一発は食らうか」

 

 それでも、機動力に問題がなければ、と甘んじて受けようとした、その時である。

 

 不意に咲いた火線が敵機を打ち据えていた。思わぬ援護の先にいたのはバーゴイルの編隊であった。

 

 それぞれプレッシャーガンを保持し、統率された動きを見せる。黄金に塗装されたその機体から所属を明らかにするまでもなかった。

 

「……間に合ってくれたか」

 

『これは貸しだぞ、サカグチ』

 

 繋がれたレジーナの声はこの空域にあった。まさか、とサカグチはバーゴイル編隊を飛び越え、高機動に身を浸す黄金の機体を視野に入れる。

 

 二刀を振るい上げ、敵機を恐れ知らずに踏み越える様は、まさしく鬼神。不死鳥の機体が翻り、敵影を裂いていく。

 

「バーゴイル……《フェネクス》か」

 

 自らに禁じたはずの戦いを、レジーナは解き放ったのだ。それほどの戦闘でもある。サカグチは推進剤の尾を引いて肉薄した敵機の頭部を裏拳で打ち据え、刃を薙ぎ払っていた。生き別れになった敵機を蹴って、《イザナギオルフェウス》が敵陣の中央を睨む。

 

 機体を仰け反らせ、全身の循環パイプを軋ませていた。

 

「ファントム!」

 

 光の速度に達した機体が敵陣の中央へと刃を軋らせる。無数の爆風が連鎖し、スロウストウジャを駆逐していく。しかし、それでもすぐに合間を縫うようにして、敵陣は修復を始めていた。

 

 数秒間の敵の気鋭を削ぐ事すら難しい戦局。これまでにない、高密度の戦い。

 

「……忘れがたきは、この戦いでさえも俯瞰する悪がいると言う事実。それを討たなければ終わる事はない」

 

 そう、敵の中心軸はダメージすら負っていないのだ。艦隊より砲撃が見舞われ、《イザナギオルフェウス》は回避し様に後方へと声を投げる。

 

「スロウストウジャとやり合おうとするな。あれだけでも一騎当千の戦力に近い。狙うのならば艦隊だ! 性能に自信のない機体は艦へと射撃を優先させろ!」

 

 まさかこのようにして大軍を指揮するとは思いも寄らない。最早、この身はただ朽ちるだけだと思っていただけに、サカグチは笑みを刻んでいた。

 

「……皮肉な。俺にまた、戦うだけの気概をくれたのもモリビトなど。……進め! 撤退は全てが終わってからだ!」

 

 叫びつつ、サカグチは思案する。

 

 ――全てが終わる。それはいつになるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《イクシオンカイザ》が周囲に展開するスロウストウジャ部隊に向けて、自律兵装を放つ。

 

「行け! Rブリューナク!」

 

 親機のRブリューナクより無数の子機が放たれ、敵陣を斬りさばいていくが、それでも圧倒的に手数が足りない。

 

 自律兵装を掻い潜り、スロウストウジャがプレッシャーソードを引き抜いていた。《イクシオンカイザ》も格闘兵装へと持ち替え、鍔迫り合いを繰り広げるも、後方よりの照準警告に回避行動が出来ない。

 

 その間を埋めたのはヘイルの《スロウストウジャ肆式》であった。

 

 構えた新型プレッシャーライフルが放射された直後に拡散し、敵の気勢を削ぐ。

 

『……ブルブラッドキャリアに改修されるなんて思っても見なかったが……現状況ではこの性能がベストだな』

 

 銃身より煙が棚引き、ヘイルの人機が構え直す。新たに咲いた火線の光軸が敵陣を引き裂いていく。しかし、それでも全体の一パーセントも削る事は出来ていない。

 

《イクシオンカイザ》がRブリューナクを繰り、その性能で圧倒しようとするが、敵はまるで磁石のように一斉に退き、攻撃を命中させてくれない。

 

「……まるで群体ですね。当たってくれないなんて……」

 

『《イクシオンカイザ》の性能は新連邦政府のものだ。解析済みでもおかしくはない、なっ!』

 

 一射したプレッシャーライフルの光条が敵機を撃ち抜く。《スロウストウジャ肆式》が跳ね上がり、X字に固定された高機動用の推進剤を焚かせていた。

 

『行くぞ、ファントム!』

 

 残像を引きつつ《スロウストウジャ肆式》が加速度に入り、プレッシャーソードを居合抜きする。軌道上にあった敵陣に僅かな穴が生じていた。

 

『メビウス准尉!』

 

「分かって、います!」

 

 自律兵装が割って入り、敵の陣営の修復率を下げようとする。しかし申し訳程度にしかならないのは分かり切っていた。

 

 平時ならば無敵を誇るRブリューナクの嵐も、敵が統率された存在であれば容易く突破出来るであろう。

 

 親機が粉砕され、Rブリューナクの勢いが弱まる。

 

「まさか、こんなに早く、Rブリューナクが使い物にならなくなるなんて……」

 

『それだけ敵も必死なんだ。俺達は、活路を見出すために!』

 

 雄叫びを上げたヘイルが引き抜いたプレッシャーソードで敵機と打ち合う。しかし、性能面ではほぼ互角に等しい。《スロウストウジャ弐式》はその剣戟をさばき、直上に位置する別の機体が銃撃を番える。

 

「させないっ!」

 

 放たれたRブリューナクの波がヘイル機へと突き刺さろうとしたプレッシャーの銃撃を飲み込む。そのまま跳ね上がる速度を伴わせてRブリューナクの暴風が敵陣を叩き伏せていく。

 

「これで……少しは……」

 

 直後、熱源警告と共に艦砲射撃がRブリューナクの発生させた辻風を消し飛ばしていた。

 

 そうだ、相手にはまだ戦艦がある。それも一隻や二隻ではない。

 

「……星の持ち得る、全ての戦力が敵になっている……。それがこんな絶望なんて……」

 

『泣き言を言っている暇なんて、あるかッ!』

 

 ヘイルが相手の剣を弾き返し、そのまま胴を断ち割る。それでも即座に別の機体が《スロウストウジャ肆式》に組み付いていた。

 

 敵機が黄金に染まる。まさか、と息を呑んだ直後には爆炎が包み込んでいた。

 

「ヘイル中尉!」

 

 爆風を引き裂き、ヘイルの《スロウストウジャ肆式》が立ち現れる。ギリギリで直撃は免れたものの、相手の戦術に戦慄していた。

 

『自爆、か……。確かに有効かもな、無限の手数って言うんじゃ……!』

 

 少しでも勝てなければエクステンドチャージを有効活用した自爆で相手を追い込む。そんな敵に自分達は勝利出来るのか。

 

 そのような思索が脳裏を掠めたのも一瞬、加速してきた敵スロウストウジャに《イクシオンカイザ》の支持アームの格闘兵装で応じていた。

 

「……勝つ。勝つしか……ない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周辺空域は真っ青に染まっている。

 

 ブルブラッドの生み出す高密度の霧だ。朽ちた骸の数だけ、濃霧は視界を閉ざす。

 

「こんなのじゃ……有視界戦闘なんて……」

 

 泣き言を言いかけたのも一瞬、上空より襲いかかってきた敵陣に蜜柑は《イウディカレ》を傾がせていた。

 

「行って! トマホークビット!」

 

 格闘兵装を滾らせた自律兵器が空域を滑走し、敵機を叩き割っていく。それでも相手の勢いは殺された様子はない。

 

 蜜柑はブリッジに問い質す。

 

「敵の損耗率を!」

 

『相手の損耗率、ほとんどゼロパーセント! おかしい……モリビトと全勢力が押し返しているはずなのに……』

 

 それでも削り切れていないのが実情か。蜜柑は流線型のシルエットを持つ《イウディカレ》を上空に向けて駆け抜けさせる。重力の投網を無視して稼働出来る《イウディカレ》の軌道性能は瞬時に戦闘空域の直上に至り、蜜柑はアームレイカーを払っていた。

 

「ここから狙えば!」

 

 精密狙撃モードに移行させ、《キリビトエデン》を狙い撃とうとする。しかし、それを察知した敵陣が密集陣形を取り、瞬時に視野を閉ざした。

 

「……厄介な」

 

 トマホークビットを片手で調整しつつ、自身の機体に降り注ぐ敵意を払っていく。踏み込んできた敵機をライフルの直下に装備した格闘兵装で薙ぎ払い、可変させたライフルで敵の頭部コックピットを射抜いていた。

 

 爆風が散り、青い血潮が舞う戦場で《イウディカレ》が火線を咲かせつつ敵を押し込もうとする。

 

 それでも相手が追いすがってくる。機関部を狙った相手の銃撃網を《イウディカレ》が加速して回避していた。

 

「……性能上は全く衰えていないってのが、本当に面倒!」

 

 急加速と急制動を繰り返し、《イウディカレ》は相手の照準を掻い潜りながら銃撃を見舞う。敵機の肩口を射抜き、よろめいた相手の血塊炉をトマホークビットが引き裂いていた。

 

「……何機墜としたのか……数える事も出来ない……」

 

 肩を荒立たせ、蜜柑は久方振りにモリビトの執行者に戻ったブランクを再確認する。ただでさえ今までと違う集中力を要するモリビトだ。構えた両腕のライフルが敵影を捉え、そのまま速射モードに設定した銃撃が敵陣を打ち据える。

 

 しかし、瞬時に返す銃撃が応戦し、《イウディカレ》を降下させ様に翻させる。

 

「攻めさせてもくれないのね……。せめて、《キリビトエデン》を追い込めれば……」

 

 だが敵の本丸はほぼノーダメージ。しかも、中心に至るためには艦隊レベルの敵を押し返さなければならない。

 

 それにはモリビトだけの戦力では不可能だ。

 

《キリビトエデン》が四本の腕を振るい上げ、それぞれが練り上げたリバウンドプレッシャーを放射する。

 

《イウディカレ》は辛うじて回避行動を取れたが、他の機体の面倒までは見られない。加速度をかけ、アームレイカーにかかる重圧を振り払う。

 

「ファントム……!」

 

 前方に位置する敵機を見据え、フットペダルを踏み込んでいた。両腕のライフルを格闘兵装に移行させ、そのまま敵を掻っ捌く。

 

 爆風に呑まれそうになりながら、《イウディカレ》が直上を目指した。

 

 その進路を敵機の群れが押し包まんとする。

 

 雄叫びを上げつつ、蜜柑はアームレイカーを引いていた。

 

 格闘兵装が発振し、前方の敵の頭部を割る。その勢いを殺さず、噴煙を上げるスロウストウジャを振り回し、銃撃を周囲に浴びせかけていた。

 

「負けていられないんだからっ! ミィだって!」

 

 


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