ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯395 一滴の命

「リバウンドフィールド発生装置、滞りなく展開中!」

 

 ブリッジで咲いた声音にニナイは問い質していた。

 

「何分持つ?」

 

「およそ、七分間は完全にR兵装を無力化出来る。その間に、モリビト二機を射出、スロウストウジャ編隊を各個撃破する」

 

 茉莉花の言葉に、半分は無茶無策以上の事だ、と分かり切っていた。どれほど困難な道でも、今はしかし歩んでいきたい。歩むべきなのだと心に誓っていた。

 

「了解したわ。《イクシオンカイザ》と、《スロウストウジャ肆式》は?」

 

「出せます! モリビトの後に!」

 

 戦力を出し渋ったところで仕方あるまい。ここで出せる戦力は全て投入し、そして相手の艦隊を押し返す。それだけしか勝ち目は存在しない。

 

『艦長。おれの《カエルムロンドゼクウ》も出せる。すぐにでも』

 

 タカフミの提言にニナイは茉莉花へと問いかけていた。

 

「大丈夫なの? 少し……特殊な兵装と聞いたけれど」

 

「使いこなせているかどうかは賭けね。でも、そういうものだったでしょう? 今までだって」

 

 違いない。ニナイは言葉を返していた。

 

「アイザワさんはそのまま《カエルムロンドゼクウ》での出撃準備を。まずはモリビト二機による敵陣への圧倒を試みる!」

 

 格納デッキへと復誦が返され、スクリーンに映し出された敵陣から攻撃の意思が宿っていた。《スロウストウジャ弐式》編隊が一斉にプレッシャーライフルを構えて銃撃を浴びせてくる。リバウンドフィールド発生装置がなければたちどころに風穴を空けられているだろう。《ゴフェル》は相手の攻撃網を押し返すように前へ前へと進んでいた。

 

「立ち向かう事だけが、私達の……」

 

「艦長! 《モリビトノクターンテスタメント》、及び、《モリビトイウディカレ》、出撃準備に移行しました! リニアボルテージに固定、いつでも!」

 

 クルーの声にニナイは号令する。

 

「了解! モリビトによる敵陣の殲滅をはかる! ……桃、行けるわね?」

 

『ここで退いている場合じゃないもの。全ての武装をアクティブに設定させてもらったわ。最後の最後まで、戦い抜く』

 

「蜜柑は? 大丈夫?」

 

 そう尋ねてしまったのは、彼女の教え子である桔梗がブリッジの一角でどこか釈然としない表情でいたからだ。説得に失敗したのか、あるいはそもそも判断が違ったのかもしれない。それでも、ここに居残ると決めた意地があるはずだ。

 

『平気。《イウディカレ》は特殊殲滅形態の実行も加味されているけれど、それで大丈夫? 茉莉花さん』

 

「ああ、今さら出し渋りをしている場合でもなくなった。全てのシステムの権限をお前達、モリビトの執行者に預ける」

 

 それだけ覚悟の戦場だという事だろう。蜜柑は通信ウィンドウ越しに頷き、桃も処理を終えていた。

 

「……せめて、送り出す側にもう少し余裕があれば、ね……」

 

「いつもの事だろう。余裕なんて、いつだってなかった」

 

 茉莉花は半球型の情報端末に入りながら、リニアシートに腰かけ、全ての情報を手繰っている。星の情報網は途切れたまま、月面とのタイムラグが発生するバベルの情報を維持し、《ゴフェル》へのリアルタイム障壁を作っている。美雨がその下準備を実行し、茉莉花の負荷を下げていた。その銀色の指先が跳ね上がり、キーを叩いている。

 

 この二人がいなければ《ゴフェル》は情報戦で今にも突き崩されているだろう。そこまで深手を負った状態にもかかわらず、戦おうとしている。抗おうとしているのだ。

 

「ライブラからの支援は?」

 

「およそ、五分後に到着予定です。……しかし、予め言われていた通り、やはり……」

 

「旧式、型落ち機での参戦になる、か。歯がゆいわね」

 

 条件として突きつけられてはいた。新連邦が軍部を掌握しているため、ライブラのような組織が用意出来るのは、所詮型落ちのみであると。それでも、共に戦ってくれる事実だけも少しはマシのはずだ。

 

「援護に入ってくれたら、こちらでも最大限の補給を。……鉄菜の容体は」

 

 最後にそれを聞いたのは少しでも希望があるかと思ったからだろう。しかし、茉莉花は頭を振る。

 

「……不可能だ。意識不明のまま。《ザルヴァートルシンス》は出せない」

 

 やはり、期待してはいけないのか。ニナイは奥歯を噛み締め、その答えを飲み下していた。

 

「……これより、《ゴフェル》は新連邦艦隊へと攻め込み、フィフスエデンを殲滅します!」

 

 その言葉に全員の了承が返る。今は、それだけを寄る辺にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カタパルトデッキへと移行。《モリビトノクターンテスタメント》、出撃位置オーケー。リニアボルテージ上昇。発進タイミングを、桃・リップバーンに譲渡します』

 

「了解。これでも最大限、か」

 

 猪の威容を持つ巨大なモリビトが僅かに浮き上がる。リバウンド力場を得た《モリビトノクターンテスタメント》が発進準備を完了させた。

 

「桃・リップバーン! 《モリビトノクターンテスタメント》、出る!」

 

 身体にかかるGと共に巨躯のモリビトが解き放たれる。リバウンド力場を展開させ、三角錐の巨体が滑るように戦場を駆け抜ける。

 

 早速襲いかかってきた《スロウストウジャ弐式》編隊に、桃はピラミッド型の中腹部に固定されていた高出力R兵装アームを挙動させていた。

 

 丸太のように太い、R兵装の腕が敵人機を掴み上げ、そのまま強大な膂力を発揮して押し潰さんとする。

 

 相手の人機がプレッシャーソードを引き抜いていた。その一閃が叩き込まれるも、《ノクターンテスタメント》の装甲が弾き返す。

 

「悪いわね! Rフィールド装甲なのよ!」

 

 アームクローが《スロウストウジャ弐式》を中腹部より叩き潰し、機体より放たれた一つ目のビットがそれぞれ襲い来るスロウストウジャ編隊を睨み据えた。

 

 眼差しと同期し、桃の赤い瞳を読み取った兵装が瞬く。

 

「ビートブレイクビット、起動!」

 

 血塊炉の機能を叩き潰されたスロウストウジャ部隊が、まるで虚脱したように落下する。これで終わらせられればどれほど楽だろう。相手の陣営はしかし、まるで恐れ知らずだ。どれだけ撃墜されても、それでもこちらへと立ち向かってくる。

 

「……怖いもの知らずの兵ってのは、これだから……っ!」

 

 蜜柑の《イウディカレ》が空間を疾走し、その流線型の推進部を全開に稼働させる。

 

『……ミィだって、大人しくしているばかりじゃ……ない!』

 

《イウディカレ》の強みは重力下でも空間戦闘並みの加速力を維持出来る事だ。駆け抜けた《イウディカレ》が閃光を発し、すれ違った敵機が瞬く間に寸断される。《イウディカレ》の操る自律兵装が音もなく空間を奔り、敵影を掻っ切っていった。

 

「あれが……蜜柑のトマホークビットか。負けてられないわね。《ノクターンテスタメント》!」

 

 声にして、ビートブレイクビットを挙動させる。しかし、こちらのビットそのものに防御性能はない。それを早くも看破したのか、敵機は距離を取って射撃姿勢に入る。

 

 無論、その程度の弱点で赴くための足を止めるほど、モリビトは容易くはない。

 

 巨大なるアームクローが開かれ、内側に充填されたのはリバウンドエネルギーの束であった。粒子束が偏向し、凝固し、それそのものを破壊の瀑布とする。

 

「出力の先に、飛んで行っちゃえーっ!」

 

 叫びと共に放たれた高出力R兵装の波が敵陣を突っ切る。《ノクターンテスタメント》の巨体より放たれたR兵装の出力は艦隊砲撃並みだ。それぞれの光の軌跡さえも居残しつつ、残留する粒子放出に敵陣が震えたのが窺えた。

 

「それで……ビビってくれるんなら楽なんだけれど……」

 

 そうもいくまい。敵影がさらに第二陣、第三陣、と踏み入ってくる。その時、空間を奔ったのは流星のような軌跡を刻む高機動人機であった。真紅の機体が幾何学上に空を駆け、両手に保持する刀で敵陣を押し上げていく。

 

「……《イザナギオルフェウス》……。ミスターサカグチか」

 

 信用なるかと言えば微妙であるが、彼もまた鉄菜に因縁のある人間。何か思うところもあるはずだ、と自身に言い聞かせ、桃は前方を塞ぐ幾千の敵を見据えていた。

 

「……さぁ、合戦と行こうかしら、ねっ!」

 

 


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