ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯393 good-bye days

《ノクターンテスタメント》のコックピットでの最終調整に入る。嘆息をつき、いくつかのシステム障壁を突破しながら、桃はタキザワの声を通信で聞いていた。

 

『……桃・リップバーンは逃げない、か』

 

「おかしいですか?」

 

『いや、今までの君を知っていれば、その通りなのは分かる。だが、鉄菜がいない今、弱音を吐いても誰も責めない』

 

「弱音を吐けば少しでも状況が好転するのならばそうしていますけれど、そうじゃないでしょう? だったら、出来る事をするまでです。《ノクターンテスタメント》は前に出た時、ほとんどの機能がロックされていましたから、モモの使いやすいようにさせてもらいます」

 

 茉莉花が施したシステムの制御を解除し、自分専用にカスタマイズする。慣れた動作に、ふとこぼしていた。

 

「……アヤ姉も、こんな気持ちだったんでしょうか」

 

 彩芽の名前を自分が出すとは思っていなかったのだろう。タキザワは問い返していた。

 

『……八年前の殲滅戦かい?』

 

 首肯し、システムのロックを解除する。

 

「あの時……アヤ姉が時間を稼いでくれなかったら、モモ達はもっと酷い逆境に追いやられていたはずなんです。……おかしいですか。ルイとアヤ姉が共謀して、モモ達を謀っていたと分かった後でも、それでもあの時の戦いだけは、アヤ姉だって意地があったと思うんです」

 

『確かに、ブルブラッドキャリアに打撃を与えたいだけならば死を偽装する以外にも方法があった。彩芽君は……少しは君達に肩入れしていたのかもしれない。ブルブラッドキャリアが間違った道を行っていると分かっていても、後の世代の良心に……』

 

「世代の良心……ですか。でも、モモ達は、本当にアヤ姉の願う通りの人間になれたんでしょうか。だって、こうやって戦うのももしかしたらアヤ姉は、愚策だと思っているかもしれません」

 

『分からないよ、誰にも。彼岸に行ってしまった人間の思考回路なんて誰も分かりはしないんだ。ただ推し量るばかりでね。だが、君達は恥じたくないからこうして戦おうとしている。それは僕も同じだ。この格納デッキにいるとね、何人かは見知った人間の死を看取った事もあった。だがその度に思うんだ。どうして僕は生き残ってしまったんだって。本当ならあそこで僕が被弾して……死んだほうがもしかしたらみんなのためにはなったんじゃないかっ……。そんな後悔に押し潰されそうな夜がある。何年もね』

 

「意外ですね。技術顧問はそういうの、考えないんだって思ってました。合理的じゃないですし」

 

『非合理こそが人間だよ。……鉄菜は、それを知りたいのかもしれない。何で自分が、何で自分なんかが……そんな思いに押し潰されそうになった時、それでも生きるって思えるだけのエネルギーがどこから湧いてくるのか。その源泉を。それを人々はこう呼ぶんだと』

 

「……心……」

 

 鉄菜が探し求めているたった一つ。数値化出来ない、どこにもあるようでどこにもない、そんな不確かなもの。鉄菜はしかし、そのたった一つのために、今まで生き抜いてきた。どのような逆境でも戦い、抗いの刃を掲げた。その覚悟は生半可ではないはずだ。

 

 ならば自分だって中途半端で終わって堪るか。鉄菜が繋げた未来に、自分も報いたい。その隣に立っていたいのだ。

 

 それが自分の、心根から発した願い。この身を衝き動かす、エゴそのものだろう。

 

「……モモは、クロの傍に居たい。あの子が、安心して任せられる、そんな未来のために……戦い抜ければ、それでいい」

 

『答えは出たね』

 

 最後のシステムを通過し、桃は汗を拭おうとする。タキザワが押し入ってタオルと経口保水液を差し出していた。

 

 飲み干しながら汗の玉を拭く。

 

「……モモ達は、だってブルブラッドキャリア。惑星に報復の剣を向け続ける、執行者。だからクロ……あなたがいつ戻ってきてもいいように、モモ達は戦うよ。……最後の最後になってでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かり合えないものだな、とこぼした相手に、ヘイルは目線を振り向けていた。

 

 問うまでもないだろう。

 

「血続か」

 

 カグラは頷き、だがと愛機、《イクシオンカイザ》に取り付いた整備班を目にする。

 

「……どうしてなんだ。こいつらにとっても、私は敵のはず」

 

「そんな場合じゃないんだろうさ。ある意味では割り切りがうまい」

 

「……分からないのはそれもある。敵は敵、そうでしょう、中尉」

 

「だな。敵は敵。……俺もかつてはそう思っていた。だが、この世ってのは分からないもんなんだ。敵だと思っていた連中に助けられる事もあるし、ウザったいだけだと思っていた相手に……思慕を抱く事もある」

 

 ヘイルが首から提げたペンダントを開く。中に納まった燐華の横顔に、ここでは死ねない、と思いを新たにした。

 

「……奥方で?」

 

「血続だ。彼女もお前と同じく純正の」

 

 その言葉に少なからず衝撃を受けたのか、反応の少ないカグラが目を見開く。

 

「……それは」

 

「軍属だった。正直、最初は、さ。死んじまえばいいって思っていたんだ。どんな形でもいい。女がいたって邪魔だと。そういう思想環境下だったからな。……隠すわけじゃないが、アンヘルだった。第三小隊に所属していた」

 

「誉れの……」

 

「よせよ。実際、虐殺天使だ。アンヘルの切り拓いた時代は暗黒時代だったっていう今の認識は正しい。……だが、俺達にも意地があった。通さなければならない意地が。そのために戦い……たくさんの命が散っていった。ここにいる連中に墜とされた奴も、一人や二人じゃない」

 

 その言葉にどう返すべきか悩んだのか、カグラは言葉少なであった。

 

「……恨まないので」

 

「恨んで生き返るんならそうしている。だが、気づかされちまった。散った連中にも託したい未来があったんだと。その未来を、俺達は守らなくっちゃいけないんだ。どんだけ虐殺天使の罪が重くってもよ、それだけは生涯をかけて贖わなくっちゃいけないはずなんだ。その贖いの形が、もしかすると幸せになる事、なのかもしれないんだって、最近は思い始めた」

 

 燐華との日々、それは決して何物にも替え難い日々だ。だからそれを邪魔する連中には容赦はしない。血続を排除すると言うのならば徹底抗戦に打って出る。

 

 拳を強く握りしめたヘイルにカグラはぽつりと話しかけていた。

 

「……私は、ブルブラッド重量子爆弾、ゴルゴダの栽培地が崩壊した時に、連邦の軍人として戦っていました。あの時の事は、今でも。ハッキリと……。謎のトウジャタイプが破壊の波を止め、そしてエホバが君臨した……。私はその直前にはモリビトに墜とされていましたが、友軍の助けを待っていました。海面で、ただ待つしか出来なかった。その間に何人死んで、何人……いなくなったのかは分からず仕舞いで……。私が助かったその時には、もうアンヘルは死に体でした。血続として覚醒が確認されたのはその遥かに後ですが、胸の中にあるのは何をしてでも生き残ってやるという、意地なんです。怖かったでしょうね。ゴルゴダの青い閃光、それにモリビトと友軍機がもつれ合い、殺し合ったあの空域……決戦海域での戦闘を今でも夢に見ます。世界のこれからを決するであろう戦いは今でも私にとっては悪夢そのものなんです」

 

「……憎んでいるのか。《ゴフェル》の連中を」

 

「一面では。しかし、それ以上に恐怖を覚えたのは……人間は、死にに行くと決めれば、何の疑いもなく死ねるのだと言う、状況把握でしょうか。あの海域で何人が、生きるために抗えたでしょう? ……きっと片手で数えられる程度だったんでしょうね。何百人もいた精鋭が、次の日には五人ほどになってしまっていた……」

 

 カグラも痛みを背負って生きている。それは自分と何一つ変わるところはないだろう。

 

 ヘイルは今も改修を受ける自分の《スロウストウジャ肆式》を視野に入れていた。戦ってきたその是非を問うための、最後の戦いに赴く。

 

 これからを決めるため。これまでに報いるために。

 

 だから迷わず剣を取れる。それがどれほどまでに無謀であったとしても。

 

「……案外、馬鹿に成り果てるってのも手なのかもな。だが愚鈍になっちゃいけないのは、ハッキリしている」

 

 その言葉にカグラはフッと笑みを浮かべる。

 

「馬鹿の集まりですか、我々は」

 

「かもしれない。フィフスエデンとやらの生み出す調和こそが、これからの世を席巻するのかもな。ただ、俺達は是と言えないから、戦う。きっと、そんな単細胞なんだろうさ」

 

 そう、是と言えない。それだけの理由で構わない。きっと、ブルブラッドキャリアがこれまで数多の犠牲を踏み越えて戦ってこられたのはきっと、そんな単純な理由なのだ。

 

 今の世界に是と言えない。

 

 それだけの、たった一つ。シンプルながらに、その信念は強い。

 

 そう言えないのならば何度だって戦ってみせる。そういう気概が彼らの姿勢には透けて見えていた。

 

「……連中は強いな。戦いの面だけじゃなくって、こう……ここが」

 

 胸元を拳で叩く。カグラはそっと掌に視線を向けていた。

 

「……引き金を引くばかりの指先です。穢れている」

 

「俺だって同じだ。今さら、穢れも何もかもなかった事には出来ない。だったら、納得出来る未来のためだけに戦おうぜ。そうする事でしか、望みを得られないんなら、やるっきゃない。それがどこであったとしても同じはずなんだ」

 

「納得出来る、未来、ですか……。私は、しかし血続です。純正として、軍に利用され続けてきた。恨む気持ちもある。そんな、穢れたばかりの翼で、彼らと共に飛べるのか……それが分からない」

 

「いいんじゃないか。穢れていてもよ。それでも飛ぶってのが連中の流儀だって言うのなら、俺は従う。それに、守りたいと誓った自分に、嘘だけはつきたくないからよ」

 

 燐華を守り通す。そのためには、この戦いを勝ち残るしかない。勝ち残って、生き残って、そしてもう一度燐華に会う。

 

 そのために、世界を変える手助けをしたい。

 

 カグラは惑っていたが、やがて拳を固めていた。

 

「……私のような、破壊のために育まれた存在でも、いいのでしょうか。未来……という不確かなもののために戦っても」

 

「どう戦うのかは自由だろうさ。俺は《スロウストウジャ肆式》で出る。メビウス准尉、やるのなら覚悟は決めておいたほうがいい。これは世界との戦いだ」

 

 放ってから自分の手も震えている事に気づく。武者震いだ、と無理やり納得させようとしても無駄であった。

 

「……駄目だな。俺もまだ、ビビっちまっているなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納デッキに集まった人員は一人も欠けていなかった。

 

 その事実に、ニナイは重く頭を下げる。

 

「……本当に、ありがとう……」

 

「艦長。生き残ってから、いくらでも文句は言わせてもらいますよ」

 

 整備班の軽口に少しばかり空気が緩和される。そんな中で茉莉花が歩み出ていた。

 

「戦力差を計測したが……千対一の試算でもまだ生易しいほどだ。だが、モリビトは万全に整備してある。他の人機ももちろん……。だが生きて帰れる保証は二年前の戦いよりもなお、存在しない。これは死ににいくようなものだと、思っていただいて結構だ」

 

 しんと静まり返る。その静謐へと茉莉花は声を張っていた。

 

「だが! 我々はブルブラッドキャリア! 最後の最後まで、星の罪を直視し続けると決めた者達! 恐れるなとは言わない。逃げるなとも言わない。だが、これだけは、決して……。生きるための最善を尽くして欲しい。それだけだ」

 

 茉莉花の号令に数人が挙手敬礼する。ニナイは最後の言葉を搾っていた。

 

「行きましょうか。これが、ラストミッション――」

 

 

 


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