ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯4 もう一つのモリビト

 品評会に晒されたのは既存の人機のマイナーチェンジであった。

 

 頭部に位置するコックピットブロックへとセンサー類を結集させた鈍足の人機がスラスターの輝きを棚引かせながら標的へと突き抜ける。

 

 片腕に装備されたのは盾も兼任する長大な砲門であった。長距離の敵への攻撃を可能にする武装と、近距離の敵を排除する左腕のコマンドナイフを所持し、標的を一つ、また一つと排除していく。

 

 その度に観覧席に招かれたお歴々から感嘆の息が漏れた。拍手をこの場で一身に集めるのは乳白色の人機である。

 

 そのカタログスペックを配布された資料で見やったタチバナは、ふぅむと強い顎鬚をさすった。

 

「どうです? 博士。我が国の擁する《ナナツー参式》の性能は」

 

 横から言葉を差し挟むのはこの国の広報部に所属する男であった。《ナナツー参式》が次々と現れる標的を圧倒していくが、所詮は動かぬ敵を倒しているだけ。

 

「対古代人機相手の模擬戦にしては、少しばかり易し過ぎるな」

 

「古代人機とやり合うと言っても、どうせ相手は鈍足。こちらの射線にさえ入れば敵ではありませんよ」

 

「対人機への対策は」

 

 タチバナの問いかけに広報担当者はページを捲る。

 

「23ページをご参照ください。強化ECMを装備しており、相手のセンサーをかく乱出来ます」

 

 タチバナはページを捲りながら、《ナナツー参式》が跳ね回っているのを視野に入れた。

 

 重装備型の人機は滑空程度が関の山。空中の相手を一撃の下に排除する、というよりも、相手の攻撃を受けてでも結果的に勝てればいい、という設計思想だ。

 

「回避を視野に入れていないようだが」

 

「古代人機の砲門による攻撃は七枚の特殊装甲で完全に防御出来ます。そのデータは32ページに」

 

 ページを捲りつつ、このようなカタログは意味がないとタチバナは判ずる。

 

《ナナツー参式》を言い値で買い取ったとして、国家に貢献する人機製造とはほど遠いのだ。

 

 これならばゾル国のバーゴイル部隊のほうがマシか。

 

「どこへ行っても、《バーゴイル》か、《ナナツー》か、あるいはロンド系列の機体ばかりだな」

 

「全く新しい機体なんて存在しませんよ。これでも充分に《バーゴイル》と渡り合えます。相手に接近させなければいいんですから」

 

 近づかなければ怖くない、か。随分と後ろ向きな戦術だ、とタチバナはため息を漏らす。

 

 国家が競い合っているのは実のところ、古代人機の撃破数。対人機用の戦術など忘れられて久しい。

 

「これでは買い取りには応じられんな。来年度の機体改修を待つ、というのが現実的なプランだが」

 

「そこを何とかなりませんかね? これでも随分と改修措置を施したんです。人機研究の第一人者であるあなたのお言葉さえあれば、各国で売り歩くのにこれ以上とない売り文句になるんですよ」

 

 自分は広告塔というわけだ。タチバナは肩を竦める。自分がこの人機には価値がある、と言えばそれだけで百機は売れるか。

 

 このコミューンでは人機製造が主な生命線だ。他国のように古代人機撃破を目指しているのではない。

 

 人機を売らなければ、国民は貧困に喘ぐ。《バーゴイル》の製造ラインは確保出来たのだろう。ゾル国が主な出荷先だ。

 

 ナナツータイプはコミューン連合国、通称C連合に売るラインが出来ているものの、最新型となれば国は渋る。潤滑油として自分のような立場の人間から見たアドバイスが欲しいだけだ。

 

 畢竟、お飾り。

 

 ブローカーの売る自信がないからと言ってこちらにしわ寄せが来るのは勘弁願いたい。

 

「せっかくだが、ワシにアドバイスを乞うたところで、売れるか売れないかまでは読めんよ。どういった方針で売りたいのかをもう一度メーカーに問い合わせる事だな。あの《ナナツー》は決して悪い性能ではないが、太鼓判を押すほどではない」

 

「そこを何とか。あなたの言葉はご自身が思っているよりもずっと貴重なんです」

 

 自分がただ一言、魅力のある人機だと言えばいいのか。それでこの広告主の男が消えてくれるのならば言ったほうが楽か。

 

 そう思いかけた、その時である。

 

 ブローカーの男の通信機に慌しい声が吹き込まれた。

 

「失礼……何だ?」

 

『コミューンに侵入した人機あり、との報告です! そちらに向かっていると……!』

 

「どこの人機だ? ゾル国か? C連合か? それとも……」

 

『固有パターンが存在しません! 新型の人機です!』

 

「新型……」

 

 呆然としたようにブローカーが呟く中、《ナナツー参式》の射線が不意に遮られた。

 

 タチバナを含め観覧席のお歴々が腰を浮かせる。

 

 新型の人機は音もなく演習場へと潜り込んでいた。

 

 肩に大出力の推進システムを保有し、背面スラスターと共に高機動を実現させているのである。

 

 肩から前方に伸びているのは連装銃か。《ナナツー参式》とほぼ同じサイズでありながら、纏っている空気が異なった。

 

 両手はグローブのような太い装甲板に包まれており、銃口が覗いていた。

 

「武器腕……どこの人機だ?」

 

 コックピット部に当たる頭部には水色の眼窩が《ナナツー参式》を睨み据えており、三つのアイサイトが標準装備されている。

 

「既存の人機に、あのような形態は存在しない」

 

 タチバナは謎の新型人機に観察眼を注いでいた。《ナナツー参式》に搭乗するテストパイロットの声が会場に反響する。

 

『どこの機体だ、お前。所属と形式番号を名乗れ』

 

《ナナツー参式》の砲門が狙いをつけているのにも関わらず、相手は微動だにしない。それを快く思わなかったのか、《ナナツー参式》が威嚇射撃を行う。

 

 砲撃が新型の足元を穿った。それでも相手は動く素振りさえもない。

 

『嘗めているのか……いや、これはチャンスかな。皆々様! 《ナナツー参式》のスペックをご覧にいれます』

 

 その言葉でこれがショーなのだと思い込んだ高官もいたようであったが、タチバナだけが違うと感じていた。

 

 あの人機は、ナナツーでは歯が立たないであろう。

 

 その予測など露ほどにも知らず、《ナナツー参式》が左腕の袖口からコマンドナイフを取り出し装備する。

 

『近接戦も可能です。このようにね!』

 

《ナナツー参式》がスラスターを全開にして新型人機へと飛び込んだ。超振動のコマンドナイフは新型人機の腕を落とさんと振り上げられたが、直後に巻き起こったのは全くの予想外の出来事であった。

 

 新型人機のグローブのような腕が裏返り、内側からクローを出現させたのである。そのクローが瞬時に熱を帯び、《ナナツー参式》のコマンドナイフを持つ腕を溶断した。

 

「なんと!」

 

 全員が色めき立つ。ブローカーも絶句していた。

 

 しかし一番に衝撃であったのは《ナナツー参式》のテストパイロットであろう。声を戦慄かせ、新型人機へと砲撃が見舞われようとする。

 

『……お前、何のつもりだ! これは』

 

 振り上げられた砲塔を新型人機の片腕から放射される銃撃が打ち破る。瞬時に砲身が融けるほどの熱量を叩き込まれた《ナナツー参式》がたたらを踏んだ間に、その鳩尾へとクローによる一撃が食い込んだ。

 

「放射熱による余剰エネルギーを、クローに集中させる事によってリバウンドに近いエネルギー波を可能にしているのか……」

 

 反重力エネルギーに近いクローの一撃に《ナナツー参式》が吹き飛ばされた。腹腔を抉られた《ナナツー参式》が無様に転がる中、新型人機が飛翔しようと背面スラスターを焚きかける。

 

 タチバナは慌てて観覧用の双眼鏡を手にしていた。

 

 人機は世界規格でコックピットの上部に機体名のマーキングが存在する。探り当てたタチバナはそれを読み取った。

 

「モリビト……だと」

 

 モリビトの名を冠する人機がスラスター出力だけで飛翔し、直上を目指す。しかし、真上はコミューンを保護するドーム部だ。

 

 どうする気だ、と緊張を走らせたタチバナが目にしたのは、瞬間的な銃撃の熱量によって即座にドームの天蓋を割ってみせた新型人機の攻撃性能である。

 

 ドームが割れ、ブルブラッド大気が逆巻く。

 

 全員が所持していたマスクで鼻と口を塞ぐ中、タチバナだけが呆けたようにその行方を見送っていた。

 

「モリビト……まさかその名を冠する人機を、この時代に目にするなど」

 

 内壁が自己修復し、ブルブラッド大気を遮る。ブローカーが声を弾けさせた。

 

「外壁防衛の《ナナツー》を出撃させろ! あの新型を逃がすな!」

 

 悪態をつくブローカーを他所にタチバナは確信を得たように笑みを浮かべていた。

 

「あれが、モリビトか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃コードを受け取った迷彩色の《ナナツー》が地下区画より地上へと出たその時には、既に離脱軌道に入っていた。

 

 通信網が《ナナツー》の操主達の声を拾い上げる。

 

『逃がすな! あの人機を墜とせ!』

 

《ナナツー弐式》の所持するロングレンジライフルの火線がこちらを狙い澄まそうとする。どれも当てずっぽうで射線に入るまでもなかったが、自分の役目はこのコミューンにおける新型人機の披露会を妨害する事だ。

 

 その役割には当然、既存の人機を圧倒する事も含まれている。

 

「色々と、損な役回りねっ!」

 

 翻った灰色と緑色を基調とした人機は、両手に装備した武器腕を起動させる。

 

「両肩の照準器をオートマチックに移行。射線内の相手を圧倒する。食らえ! アルベリッヒレイン!」

 

 銃火器の雨が《ナナツー》へと掃射される。装甲を溶解させた《ナナツー》が一機、また一機と倒れていく。

 

『怯むな! 向こうとて実体弾だ!』

 

「怯んでくれるとありがたいんだけれど、わたくしのこの人機の性能を見せるには打ってつけね。その命知らずが」

 

 発射した熱量をそのままに両手の銃火器を仕舞い込み、内側から溶断クローを出現させる。

 

 背面スラスターと両肩の補助推進剤を用い、一気に迫ったこちらに相手の人機が圧倒されたのが伝わった。

 

「そんなへっぴり腰で! わたくしの《インペルベイン》は落とせない!」

 

 溶断クローが人機のブルブラッド反応炉が結集する鳩尾へと食い込み、一機ずつその稼動を奪っていく。

 

 こちらに中距離戦用のアサルトライフルを向けかけていた《ナナツー》が照準に躊躇いを見せた。その隙を逃さず、足裏に装備したリバウンドブーツで機動する。

 

 幾何学の軌道を描いて肉迫した《インペルベイン》に《ナナツー弐式》のうろたえ気味な射撃は命中しなかった。

 

 溶断クローが腹腔を抉り、他の機体からの一斉掃射を盾にしたその機体が受け止める。煽られたように《ナナツー》の機体が嬲られた。

 

「味方ごと倒すって寸法は嫌いじゃないけれど、でもこの場合じゃ、相討ちみたいなものよ」

 

《ナナツー弐式》を盾にしたまま、《インペルベイン》が他の《ナナツー》へと猪突をかける。攻撃を彷徨わせた相手へと盾にした《ナナツー》を放り投げ、すぐ傍に位置する別の《ナナツー》の両腕を焼き切った。

 

『た、退避! 退避ー!』

 

《ナナツー》部隊が逃げ腰になっていく。今はまだ、その勢力を追うほどの段階ではない。

 

「第一フェイズクリア。《モリビトインペルベイン》。この戦域を離脱する」

 

 リバウンドブーツを用い、踊るように《インペルベイン》はコミューンを後にした。

 

 転がっているのは《ナナツー》の骸だ。ブルブラッドの濃紺の大気がすぐさまその装甲を錆びさせていく。

 

「相変わらず、地上って好きになれないわ。《インペルベイン》、とっとと終わらせるわよ」

 

 


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