ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯387 最後の罪

 バベルネットワークが接続に使った端末は百億をゆうに超える。

 

 しかし、接続完了までにかかった時間はほんの一時間にも満たない。そのような短時間で世界を制覇した存在など今の今まで存在しない、机上の空論にしてみても性質が悪かっただろう。

 

 ――しかし、それは実現する。

 

 エデンは自らに接続した全ての機器よりのリアルタイム情報を得ていた。当然、その中には海上で《イクシオンカイザ》を手に入れた《ゴフェル》の情報も、そしてここに今まさに向かおうとしているライブラの有する二機の人機の情報も入っている。

 

 だがエデンは慌てもしない。むしろ、目的の達成にはこの程度の障壁があって然るべきだとさえも感じていた。

 

 いや、感じている、というのも奇妙な物言いか。三位一体にして、この構築されたネットは既に全を超え、超越する一になろうとしている。

 

 エデンはバベルネットに接続された端末のうち、古代人機探査に用いられる端末へと己を投げ入れていた。

 

 瞬間、古代人機の血脈にエデンの意思が宿る。

 

『古代人機へのアクセスを確認。これより、惑星の中核への内部探査を開始する』

 

 エデンに侵された古代人機がそれぞれ鍵穴状の身体を屹立させ、その血筋を惑星内部へと至らせる。

 

『元々、古代人機は端末であった。惑星の真の支配のための。これを知っているのは旧元老院と、そして我々だけだ。百五十年、その永劫なる時間を生き抜いてきた一つの生命のみが辿りつける真の極地。プラネットシェルの真意。惑星を覆うリバウンドフィールドは何のためにあるのか。追放者達を永遠に近づけぬためだけではない。ましてブルブラッドの毒素を宇宙にばら撒かないためだけでも。この静謐の真なる意味とは、百五十年の時間を費やして探査された、古代人機による惑星浄化だ』

 

 そのデータはバベルの中に存在する。今、この広大なる星の中でバベルネットの本当の意味に気づけているのはエデンしかいない。

 

 古代人機はその大いなる意志をもって、人間の犯した罪悪を浄化し、贖うための遠大なるシステムであった。しかし、それを百五十年のうちに忘れ、そして惑星浄化のためのシステムを破壊する事にさえも長けてしまった人類は古代人機をただの野生を秘めた存在だと規定してしまった。そこに間違いはある。

 

 古代人機こそ、人類が最後の最後に行き着く、贖いのための方策であったのに、ヒトはその宿命を忘れて偽りの平和を是としようとしている。

 

 エデンからしてみれば度し難い。このようにシステムと一体になれる自分達こそが、星の内部核――プラネットコアにアクセスし、そして星を「造り変える」。

 

『星は、このエデンの目的通りに造り変えられなければならない。変革の時はまさしく今だ。我が大いなる目的意識こそがそれを果たす。星の人々はその生贄、犠牲となって然るべき者達だ。……だが、この目的に気づけている者がいるとすれば、それは古代人機、ひいては人機の血筋に呼応する者達、血続であろう。血続さえ排除すれば、我が宿願は成る。彼らが星の声を聞くと言うのならば、彼らさえいなくなればあとは無知蒙昧なる偽りの人類を操ればいいだけ。星を掌握するのにさして時間はかかるまい』

 

 バベルネットが人類規模での洗脳を可能にした。しかし血続だけ洗脳条件にかからないのは何も遺伝子上の乖離だけではない。彼らは来るカウンターとして、星のために用意された人間達なのだ。

 

 ゆえに彼らを滅ぼす事こそ、至上に挙げなければならない。エデンは再び指揮を振っていた。連邦艦隊の一部が血続コミューンへと移動し始める。

 

『蹂躙せよ。そして血続を滅ぼし、新たなる秩序を!』

 

 放たれた声に呼応するかのように、星の上を一機の人機が疾走する。

 

 銀翼を拡張させた人機が真っ直ぐにこちらに向けて加速してきた。その存在にエデンは歯噛みする。

 

『……ブルブラッドキャリアの操主。鉄菜・ノヴァリス……』

 

 新連邦艦隊へとバーゴイルの改修機が可変し、銃撃を浴びせる。出撃した《スロウストウジャ弐式》編隊が追従した真紅の人機に断ち切られていく。

 

『《プライドトウジャ》の改造機か。忌むべき人機が何を!』

 

 真紅の機体と銀翼の青き機体が連邦艦を追い込み、人機一個中隊を押し戻していく。その圧倒的な戦闘力にエデンはやはりと口にする。

 

『我らの弊害は、貴様らであったか。ブルブラッドキャリア!』

 

 だが、と新たに艦隊より《スロウストウジャ弐式》部隊を寄越す。今度は中隊レベルを三つ。さすがに突破は出来まい。

 

 虫のように密集陣形を取った新連邦艦隊を前に《バーゴイルリンク》と呼称されし機体が四方八方より銃撃を受け止める。如何に機動力に優れた人機でも全方位からの悪意はさばけまい。

 

 その銀翼に翳りが見えた。その瞬間であった。

 

 情報都市ソドムに攻め入るもう一つの影を関知する。振り返った瞬間、加速度を上げて射出された人機にエデンは瞠目していた。

 

『あれが……データにあったモリビトか』

 

 確か《モリビトシンス》と言う。《モリビトシンス》が武装を内側に仕舞い込み、殻のように機体を保護しながら《バーゴイルリンク》と相対速度を合わせる。

 

『重力下で乗り換えるつもりか! 無謀な事を!』

 

 そのような暇は与えない。スロウストウジャ編隊を操り、エデンは《モリビトシンス》を撃墜しようとするが、それを阻んだのは新たに咲いた火線であった。

 

 流線型の機体と、スロウストウジャの最新鋭機が連邦艦隊に牙を剥く。

 

『《イクシオンカイザ》と《スロウストウジャ肆式》!』

 

《イクシオンカイザ》が自律兵装を稼働させ、スロウストウジャ部隊の注目を集める。《スロウストウジャ肆式》が稼働し、背部マウントされたバックパックより砲撃を浴びせていた。

 

 高出力R兵装を操り、新連邦の持つ兵力を押し上げていく。

 

《イクシオンカイザ》が友軍機の攻撃を引き受けている間に、《バーゴイルリンク》は《モリビトシンス》と速度を合わせ、内蔵されたハンガーで合体していた。その合間を鉄菜・ノヴァリスが行き過ぎ、《モリビトシンス》の眼窩に緑色の生命の輝きが宿る。

 

『あれが……レギオンを追い込み、アムニスの企みを破壊した、人機。《モリビトシンス》か!』

 

 軽んじたわけではない。むしろ、総攻撃が必要な相手であろう。

 

 手繰ったスロウストウジャの武装網を《モリビトシンス》は白銀の風を纏いつかせながら回避し、片腕に装備したパイル型の剣で打ち破っていく。

 

 一機、また一機と戦力が削がれ、エデンは焦燥に駆られていた。

 

『まさか、ここまでとはな。《モリビトシンス》、それに鉄菜・ノヴァリス! あの時逃した不実をここで呪うとは! どうやら貴様と我々は決着をつけなければならないようだ!』

 

 エデンは己の制御端末一部を載せた躯体へと移行させる。情報都市ソドムの天蓋を引き裂いて現れたのはあの落日の時を髣髴とさせる濃紺の巨体であった。

 

 四本の腕を有した巨大人機が赤い眼光を滾らせる。その四つ目が空域で逆らう反逆者達を睨んでいた。

 

『再び! 貴様と相対するとは! これを運命と呼ばず何と呼ぶ! そうであろう、我が戦闘用の身体、《キリビトエデン》!』

 

 その声を引き受けた《キリビトエデン》は全方向へと火線を軋らせていた。湾曲するR兵装の光軸が《モリビトシンス》を追い込まんとする。

 

 こちらの敵意に《モリビトシンス》が応じていた。

 

『それが貴様の正体か。フィフスエデン!』

 

 


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