ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯386 信じるべき明日のために

 もたらされた通信を傍受したのは偶然であったのか、あるいは必然であったのかは不明だが、スクリーンに映し出されたのはブルブラッドキャリア旗艦、《ゴフェル》にもたらされた宣戦布告であった。

 

 それを目にして鉄菜は重く口にする。

 

「フィフスエデン……。ブルーガーデンの忘れ形見か」

 

 レジーナは額を押さえ、なるほど、と口にする。

 

「ブルーガーデン……かつての亡国が今、牙を剥くか。しかし、まさかエデンなる特殊機構が全てを裏で操っていたなど……」

 

「私はこの情報に信を置く。ブルーガーデン国土で、対峙した事がある」

 

 鉄菜の進言にレジーナは首肯していた。

 

「我々としても敵が見えたのは大きい。でも、これは奇妙だ。全ての情報ネットを掌握したエデンが何故、我々にも察知出来る領域で宣戦布告した?」

 

 その問いかけに鉄菜は憶測を混じらせていた。

 

「……相手は全てを掌握した気でいる。それがある種、付け入る隙なのかもしれない。敵は傲岸不遜にも、私達では戦い抜く事さえも出来ないのだと、そう思っているに違いない。だから、バベルから外れた者達への宣戦も含めた」

 

「……要はこの支配に屈しないのならば、全てが敵だと、そう言っているわけか。ある意味では分かりやすくっていい」

 

 しかし、と鉄菜はこの状況を俯瞰する。フィフスエデンなる相手の真の姿、それは何重にも張り巡らされた新連邦艦隊を超えた先にある。どう考えても《バーゴイルリンク》では突破出来まい。

 

「レジーナ。《バーゴイルリンク》で《ゴフェル》に通信する。私は情報都市ソドムへと向かう途中でモリビトを受領し、そのまま戦闘に入ろう」

 

「許諾出来るとでも?」

 

 レジーナの問いかけに鉄菜は迷わず応じていた。

 

「ここで許可されないのならば、私がここで生き永らえた意味がない」

 

 強い論調にレジーナは説得を諦めたようであった。肩を竦め、頭を振る。

 

「……いつだって、戦士の信念に口は挟めない、か。いいだろう。《バーゴイルリンク》による情報都市ソドムへの出撃を許可する。ただし、条件として、ミスターサカグチとの行動を義務付けよう」

 

「……奴と、か」

 

「何か不満でも?」

 

「いや……単騎で突破は不可能だろう。必然的な判断だ」

 

 存外に冷静に事の次第を見据えられている。だが、鉄菜は一個だけ解せなかった。

 

「……フィフスエデン、貴様らの本当の目的は……何なんだ」

 

「惑星の支配とブルーガーデンの再興では?」

 

「それならば前者は既に成し得ている。後者を実行するのにはただ単にリスクが伴うが、人心を掌握したのならば難しくはない。何か……隠し立てされている気がしてならないんだ」

 

「相手の本当の目的、か。調べは?」

 

 部下に声を飛ばしたレジーナに、オペレーターは返答する。

 

「なにぶん、こちらにはタイムラグが生じています。グリフィスの作った抜け道と言っても、やはりバベルネットを越えられませんからね。相手の本当の目的とやらを察知するのには時間が……」

 

 どうしたって足りない、か。鉄菜は胸中に結び、身を翻していた。

 

「すぐにでも出る。《ゴフェル》との合流時間を考えれば、こうして策を弄する時間もないはずだ」

 

「それには納得だが、相手の戦力は圧倒的だ。これを」

 

 映し出されたのは先ほどの宣戦布告時に送信された情報都市ソドム上空の映像であった。新連邦艦隊の総力と、そして新型人機の群れ。戦力差はざっと千対一に等しい。

 

「皮肉な……。惑星の人々は操られた事にも気づかず、こうして前線に駆り出されているのか……」

 

「私は、モリビトならば、この状況を打開出来ると考えている」

 

「しかし、恐れを知らぬ戦士は時として恐慌に駆られた者達よりもなお性質が悪いぞ。どれほどの絶望を突きつけても行動してくる」

 

「それは私も同じだ。絶望を退ける勇気を持って、戦い抜こう」

 

 レジーナは手を払う。

 

「出来るだけ優位を突ける時間は作ろう。後は、出たとこ勝負になるが」

 

「充分だ」

 

 返答し、鉄菜は管制室を後にしていた。格納デッキには既に《バーゴイルリンク》が整備され、万全の状態で出撃姿勢に入っている。

 

 タラップを降りようとした鉄菜を制したのはサカグチであった。

 

 相貌に刻まれた深い傷痕は、彼自身の重く沈殿する怨嗟そのもののようでもある。

 

 その眼差しから鉄菜は決して逃れなかった。

 

「……行くのか」

 

「ああ。私にはこの戦いを終わらせる義務がある」

 

「それはブルブラッドキャリアとして、か」

 

「私はモリビトの執行者だ。世界が間違った方向に行くと言うのならば、剣を取る責任がある」

 

 こちらの言葉に相手はフッと笑みを浮かべていた。自嘲気味にサカグチは口にする。

 

「義務、責任、か……。だが貴様は、それだけで戦うのではないはずだ。あの時……累乗の星々を俺に見せたのは、何もそんな雁字搦めの神経だけではないはず。本当に最後まで戦うと誓うのならば、そんな安い言葉で清算されない何かを生み出してみせろ。そうでなければ、俺は貴様を撃つ」

 

 伊達でも酔狂でもない。サカグチは心の奥底から、自分が道を踏み誤れば撃つと言っているのだ。それは長年の因縁によるものか。あるいは、好敵手と断じた相手が堕ちていく様など見たくはないからか。

 

 いずれにしたところで、サカグチと自分は決して相容れない。

 

 だがそれでこそ、恐らくは分かり合えるのだろう。相容れないと言う関係でさえも、一つの意義がある。

 

「……援護は任せる。私はモリビトを受け取る」

 

「構わんさ。万全でない相手を墜とすなど、それほどつまらない事もあるまい」

 

 道を譲ったサカグチに鉄菜は一瞥さえも向けず、《バーゴイルリンク》の機首へと飛び乗っていた。

 

『鉄菜……何とかシステム復旧は出来たマジけれど……地上の全ネットに干渉出来ないのは痛いマジよ。グリフィスの抜け道だけにローカル通信を設定しているマジが、これじゃブルブラッドキャリアの通信も……』

 

 助けも得られない中でモリビトを受け取る。恐らくは無謀に映っているだろう。それでも、鉄菜は曲げてはならない意地を見据えていた。

 

「ライブラの腕利きが援護してくれている。私は自分を信じて、モリビトを受け取り、一気に戦局を覆してみせる」

 

『口で言うのは容易いマジが……、相手の総力を観たマジ? あれは……八年前の殲滅戦よりももっと……』

 

 突破不可能に映るのだろう。その判断も何ら間違ってはいない。しかし、自分はここにいる。ここにいて、間違いを間違いなのだと断ずるだけの意思があるのならば、抗ってみせよう。最後の最後まで。

 

 どれほど生き意地が汚くとも、それがモリビトの執行者。それがブルブラッドキャリアだ。

 

《バーゴイルリンク》が戦闘機形態のまま、カタパルトへと移送される。射出準備が成され、鉄菜は丹田より声を発していた。

 

「鉄菜・ノヴァリス。《バーゴイルリンク》! 出る!」

 

 銀翼を拡張させ、《バーゴイルリンク》が空を駆ける。追従する真紅の《イザナギオルフェウス》と共に、鉄菜は漆黒に沈んだ最後の戦場へと赴いていた。

 

 


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