ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯383 サードステージ

 メインブリッジに揃い踏みした面子に桔梗はおっかなびっくりにブルブラッドキャリアの制服に袖を通した自分を顧みていた。

 

 レーダー班や解析スタッフの一人に至るまで、全員が歴戦の猛者。二年前のアンヘルとの徹底抗戦を戦い抜き、生き残った者達が声を響かせる。

 

「《ゴフェル》、全天候モニターの投影率、七十パーセントをクリア」

 

「月面に外敵反応なし。機関部に火を通せ」

 

『こちら機関部。了解、《ゴフェル》発艦準備』

 

 復誦される言葉の全てが洗練されており、桔梗は候補生でしかない身分でここにいる場違いに困惑する。

 

 その肩に手を置いたのは、なんと艦長であるニナイ本人であった。

 

 先の情報統制室でのやり取りを目にしていた桔梗は当惑する。

 

「か、艦長……」

 

 強張った声にニナイは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「そうかしこまらないで。あなたはまだ候補生なのは分かっているわ。だから、索敵と情報の統制は茉莉花と美雨に任せます。座っているだけでいいの」

 

 そう言われても、と桔梗は自らのためにあてがわれた椅子を前にしてまごつく。本当に座っていいのだろうか、と視線を返しかけて、茉莉花が手を払っていた。

 

「緊張し過ぎだ。これだから候補生と言うのは……。艦長、吾と美雨の専属情報統制リニアシートを」

 

《ゴフェル》メインブリッジには二つの球体型の椅子が位置しており、そのうち一つに茉莉花が入っていた。途端、情報網が白銀の線を描き、周囲に投影される。

 

 美雨と呼ばれた茉莉花の部下も即座に入り、その白銀の指先で情報を呼び起こす。

 

 直後、その二つの椅子に挟まれる形で立ち現れたのはホログラムの妖精だ。白銀の髪を払い、少女のビジョンを取ったメインコンソールが両手を開く。

 

 瞬時に《ゴフェル》の現状が全員に同期され、桔梗は戸惑いつつも了承の声を返していた。

 

「確認。これより《ゴフェル》を発艦させます。格納デッキに戦力は」

 

『詰めるだけ詰め込んだよ』

 

 投射画面に映し出されたのはいつか蜜柑より教えられたブルブラッドキャリアの名技術顧問の姿だ。

 

「……確か、タキザワ技術顧問……」

 

『おっ、覚えてもらって光栄だね。桔梗・イリアス候補生……だったか。言っておくと、あまり難しく構える事はない。ほとんどの動作は先輩達がやってくれる。君は……こう言うと何だが、見守っていて欲しい。その役目を帯びるのは君しかいない』

 

「ナンパするな、タキザワ。そんな場合でもないだろう。モリビト含め、全機の戦闘準備を整えておけ」

 

 表皮の下に白銀の血脈を宿らせた茉莉花の声音にタキザワは画面の向こう側で肩を竦めていた。

 

『では、そうしますかね。艦長、号令を』

 

「全システム、及びネットワークを《ゴフェル》に集中。月面によるシステム補佐、八十五パーセント」

 

「外延軌道にいるタチバナ博士のシステム補助も得られています。いつでも」

 

 全ての声を受け、ニナイが手を払う。

 

「了解。《ゴフェル》、発艦!」

 

 発艦の復誦が返り、桔梗はリバウンド力場で浮かび上がった艦を内側より体験していた。あれだけ教え込まれたが、やはり体感は違う。《ゴフェル》は濃紺の艦体を浮かび上がらせ、月面プラントを即座に飛び出していた。

 

 二年のブランクがあったとは思えない、鮮やかな発艦に息をついたのも束の間、瞬時に次なるフェイズへと事態が移行する。

 

「艦内蔵血塊炉へとエネルギーを電荷。エクステンドチャージ状態へと移行準備に入れ」

 

『エクステンドチャージまで、残り十秒』

 

 カウントダウンが成される中で桔梗は問い返していた。

 

「え、エクステンドチャージって……、まさかあの?」

 

「いちいち驚いている暇はないぞ。星に一刻も早く辿り着き、鉄菜に戦力を渡す。そのためにはエクステンドチャージを使用しなければならない。幸いにしてこの二年間、溜めに溜めた惑星産の血塊炉はある。《ゴフェル》のエクステンドチャージには間に合うだろう」

 

 落ち着き払った茉莉花に対して桔梗は身体を硬直させていた。エクステンドチャージは、確か……。

 

「対ショック姿勢に移行!」

 

 放たれた声を判ずる前に《ゴフェル》が黄金の軌跡を刻みながら月面より高速移動する。あまりの速度に舌を噛むかと思ったが、案外艦内は静かであった。どこか拍子抜けした自分に茉莉花が声を差し挟む。

 

「……びくつき過ぎだ。エクステンドチャージも解析されて久しい。艦体レベルとなればそれなりに安定していてもおかしくないだろう」

 

「……でも、教えていただいた情報では……」

 

「エクステンドチャージにはそれなりの負荷がかかる、か? ……まぁ、一世代前の情報を教えるのは悪い事ではないが、実戦には持ち込まないほうがいい。これから先は、教本で教え込まれた以上の事が待ち構えている」

 

 その言葉に問い返す前に、《ゴフェル》は既に惑星軌道へと辿り着いていた。恐ろしいまでの加速であるはずなのに、振動もましてや加速度もほとんど感じなかった。

 

 それどころか事態は次の段階に入る。

 

「重力下に入ります。減速開始」

 

『減速開始、耐熱フィルムを構築。リバウンドフィールドを展開し、惑星圏内へと突入軌道に入る』

 

 ブリッジが赤く染まり、瞬時に惑星の重力圏に包まれていく。

 

「これが……大気圏の熱……」

 

「惑星の手痛い歓迎だ。リバウンドフィールドを張っているからほとんど抵抗はゼロのはずなんだが、それでも、だな」

 

 成層圏を抜け、虹の皮膜を突破した《ゴフェル》の底面カメラが映し出していたのは青い海原であった。濃紺の霧が地表を包み込んでいる。

 

「ブルブラッド大気……教わった通りの……」

 

 いや、それ以上だろう。想像以上の濃霧に桔梗は息を呑んでいた。

 

 生物の生存を許さない、惑星の功罪。罪の証がこうして眼前に突きつけられればそれだけ緊張も高まってくる。

 

「ポイントに到着後、鉄菜の合流を待つ。……何とかここまでは、邪魔が入らなかったわね」

 

 ニナイの言葉に茉莉花が情報を手繰る。リアルタイムで送られてくるのは月面からのバックアップだ。今の惑星の情報を一つでも仕入れれば、すぐさま汚染される。それが分かっている以上、星の現状を把握する術は外延軌道に位置するタチバナを介してのみしかない。

 

「……不幸中の幸いであったのは、タチバナ博士の使っている躯体が我々、ブルブラッドキャリアの使用している物と同一であった事だな。これでタイムロスは極めて減殺される」

 

「博士からの情報は?」

 

 問い返した直後、熱源センサーに反応が見られた。ブザーが鳴り響き、戦闘警告が艦内に木霊する。

 

「熱源関知! スロウストウジャと……これは……。艦長! スロウストウジャの新鋭機と、全くの新型を検知! この反応は、イクシオンフレームです!」

 

 ニナイはその報告にスクリーンに映し出された二機を睨んでいた。桔梗も海面を白波を立たせつつ疾走する二機を見据える。

 

「……スロウストウジャの新型……それにあれって……」

 

「……早速当たりを引いたってわけ。幸先がいいんだか悪いんだか」

 

 ニナイのぼやきに茉莉花が情報統制リニアシートより声を張る。

 

「向こうは敵が網にかかったとでも思っているかもしれないな。案外……タチバナも人が悪い。ともすれば相手の機動ルートを逆算してポイントを誘導させたか」

 

「いずれにしたって応戦は避けられそうにないわね。格納部へと伝令! タキザワ技術顧問に、モリビトの出撃準備を要請して!」

 

「とっくに要請している。受諾待ちだ」

 

『……出来れば損耗は最小限にしたい』

 

「それも分かるけれど、相手も惑星の新型よ。手加減は難しいわ」

 

 ニナイの判断にタキザワは重く頷いていた。

 

『……《ノクターンテスタメント》と、《イウディカレ》の出撃シークエンスに入る。全く新しい出撃配置だ。茉莉花にシステム面での補助を頼みたい』

 

「任せておけ。美雨、分かっているな?」

 

「うんっ。《モリビトノクターンテスタメント》、及び《モリビトイウディカレ》の出撃シークエンスを呼び出し! 艦リニアボルテージの出力を上昇!」

 

 教えられていないモリビトの名前に、桔梗は困惑していた。

 

「ま、待ってください。《ノクターンテスタメント》? 《イウディカレ》? そんなの、事前には……」

 

「当たり前でしょう。切り札の情報を候補生に渡すと思う?」

 

 悪びれもしない茉莉花に代わり、ニナイが申し訳なさそうに声にする。

 

「……私達の切り札。最後の希望なのよ。モリビトの執行者達は新たなるステージへと移行する」

 

「新たなる、ステージ……」

 

 繰り返した桔梗は格納デッキより出撃位置に移送される新型人機をモニター越しに目にしていた。

 

「これが……ブルブラッドキャリアの、切り札……」

 

 


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