ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯382 愛すべき親友へ

 テレビが映し出す映像はどれも混迷を極めている。

 

 どの局が映すのも、巡洋艦を強行突破する新型人機とスロウストウジャの新鋭機の脱走であった。

 

 まるで全ての罪悪のように、彼らが糾弾される。

 

『ご覧ください! 火の手を上げる我らの連邦艦を! これも血続による攻撃と判断し、我々はその容疑者と思しき二人の人物を指名手配する事に致しました。政府の下した決定では、この二名は軍籍を既に剥奪されており、反政府組織への繋がりも目されています』

 

 映し出された見知った姿に、燐華はテレビのリモコンを取り落としていた。

 

「嘘……ヘイル……」

 

 女性操主の顔写真の横に自分の伴侶が映るなど誰が想像出来ようか。燐華は緊急回線に通信を吹き込もうとして、端末に届いた個人メールを確認していた。

 

「この暗号番号……鉄菜?」

 

 今までの送信先とは違う場所より鉄菜のアドレスで送信されたメールメッセージがある。燐華はそれを開き、そして言葉にしていた。

 

「〝燐華、このメッセージを読んでいる頃、恐らく世界は混迷に陥っているはずだ。だからこそ、二つだけ大切な事を言っておく。一つは、信用に足る人間を訪ね、そしてその場所で出来るだけ動かないようにしていろ。それが安全策だ。もう一つは……絶対とは言えなのだが……私がこの状況をどうにかする。それまで待っていてくれ。信じなくってもいい。このメッセージを、馬鹿馬鹿しいと一蹴しても構わない。だが、星が最後の罪を前にして、怖気付いているのならば、私は剣を取る。戦わなければならない〟……鉄菜……」

 

 どうしてそこまで非情なる言葉を連ねられるのだろう。彼女はいつだって、誰よりも傷つきやすいのに、真っ先に傷つく場所に行ってしまう。二年前だってそうだ。自分は鉄菜にたくさんの酷い言葉を投げてしまった。心配もかけただろう。それでも、鉄菜は信じ抜いてくれた、自分を。だが鉄菜は決して、自分を信じろとは言わない。いつだって、信じるべきは己にあると教えてくれる。

 

 メッセージの続きを、燐華は読み取っていた。

 

「……〝信じるべきが分からない場合は隠れているといい。この混乱は、直に終息する。それまで……苦しい時間が続くかもしれない。だが私は戦う。戦わなければならない。平和を願い、勝ち取るため、私は……鉄菜・ノヴァリスとして出来る事を全うしよう。燐華、お前にはお前の生き方がある。迷わずに進め〟……どうしてっ……。どうして、あたしの大切な人達は、みんな遠くに……。鉄菜……」

 

 ヘイルも兄も、隊長も。それに鉄菜まで。本当に遠くに行ってしまいそうで。自分の足場なんてすぐに瓦解してしまいそうで怖くなる。この二年間でようやく確立した己にすぐに亀裂が入ってしまいそうだ。

 

 それでも、鉄菜は待っていてくれと言ってくれた。彼女はきっと、戦い抜く。最後の最後になっても。自分一人だけになったとしても。それでも、争いの先にある光を目指して。

 

「でも……っ、あたしは鉄菜に、そんなになって欲しくない……。そこまでして、平和って必要なの……鉄菜ぁ……っ」

 

 自分勝手なわがままだろう。だが問わずにはいられなかった。

 

 自分を切り売りするような真似をしてまで、平和なんて願って欲しくない。勝ち取って欲しくない。誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて紛い物のはずだ。

 

 それでも、鉄菜を止める言葉を、自分は一つも持たない。

 

 だから、このメッセージに返せるだけの自己もない。

 

 ただ、自然と指先はキーを打っていた。返事を書かなければ、という感情。この機会を逃せば、きっと鉄菜は遠くに行ってしまう。今度こそ手の届かない場所に。だから、これはそんな場所に行ってしまった鉄菜の、灯火になりたい自分の願いだ。願いだけが、祈りだけが、鉄菜の暗黒に閉ざされた道筋を照らす光になるはずなのだ。

 

 燐華はゆっくりと返信を打っていた。

 

「待っている……。ずっと待っているから。鉄菜、必ず帰ってきて。あたしは……どんなに世界が酷い事になっても絶対に、鉄菜の味方だよ……」

 

 帰ってきて、なんて酷い言い草だったかもしれない。鉄菜からしてみれば帰路なんて考えていない戦いだろう。それでも、帰ってきて欲しかった。全て終わって、戦いなんて遠い出来事になったまだ見ぬ未来の地平で待っている――今は、それを伝えるのが精一杯。

 

 燐華は送信した後に、咽び泣いていた。また、鉄菜を失うかもしれない。それでも、送り出す言葉があれば、今度こそきっと、本当に再会出来る。だったら、ずっと待っている。待ち続けている。

 

 この罪の地平で、自分はこの世の果てでもずっと……。

 

 送信メッセージに即座に返信が来た。

 

「〝ああ、帰ってくる。お前は、私の無二の友達と呼べる存在だからだ〟……鉄菜、あたし、待っている。ずっと、待っているから……!」

 

 このコミューンがいつまでも平穏とも限らない。もしかすると、一瞬後には炎に包まれているかもしれない。

 

 それでも、終わりかけた世界で最後の最後に、友人に手向けられる言葉を送れただけで自分はきっと幸運だ。

 

 白い窓辺を風が吹きつけ、カーテンをなびかせる。

 

 この穏やかであたたかい風を、きっと鉄菜はまた巻き起こしてくれるはずだから。

 

 


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