ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯379 ラストミッション

「エデンが生き残っていたって言うの?」

 

 桃の詰問にタチバナは、正確にはと説明する。

 

『エデンはその失策を負われ封印されていた。ブルーガーデンの中で秘密裏にキリビトを開発していた罪を元老院より追及され、彼らはバベルの深層へと完全なる封印を施されていたはずだった。……だが、君らの戦いで元老院は消え、レギオンも消失し、そして一般の者達が触れてはならぬバベルの深層へと辿り着いてしまった』

 

「それが……バベルの詩篇……」

 

 茉莉花が怒りを宿した眼差しでタチバナを見つめる。相手は、感情の読めない機械の身体で応えていた。

 

『バベルの詩篇そのものは、君達の使っていたバベルネットワークの一部だ。それほどに珍しい代物ではない。だが、エデンはバベルの詩篇に封印の間際、取り憑き、そして雌伏の期間を過ごしたのだろう。彼らは百五十年間の静謐をよしとしていた。それに比べれば八年間など待ったうちに入らないのかもしれないが。いずれにせよ、封印を解かれたエデンがまずした事は、この世界の仕組みを知る事であった。ブルーガーデンは知っての通り独裁国家。外の情報も、中の情報も不明な青い地獄の土地。そんな場所に百五十年も構えていた連中が構築したのは盤石なるシステムであった。かつて機械天使にしたように、彼らにはノウハウがあった。洗脳のノウハウだ。だが無害を装わなければ洗脳は完遂されない。彼らはバベルの詩篇に潜み、人々をじっくりと、時間をかけて洗脳を施した。来るべ時、一斉蜂起が可能なように。不幸だったのは、バベルの詩篇が安全だと思われていた事。そしてアンヘルによる情報統制、恐怖政治は二年間のビッグバンのような情報時代の幕開けを促進させた。瞬く間に民間に広まったバベルの詩篇は中にエデンという禁断のウイルスを仕込んでいる事を察知されず、そして今も星の人々はエデンの存在を関知していない。だが、彼らはもう飼い慣らされている。エデンの存在を周知させたところで、彼らにとってしてみれば支持対象が明確になるだけだ。絶対に、エデンを裏切るような真似には出ない』

 

「見知ったような言い草だな」

 

『実際に知った。痛いほどに……というのはジョークでも使うものではないだろうが、バベルの詩篇によって洗脳された者達によって拘束され、頭を拳銃で撃ち抜かれたのでね』

 

 こめかみを示してみせたタチバナに皆が息を呑む。

 

 茉莉花は、なるほどな、と声に怒りをより滲ませていた。

 

「つまり……もう星は手遅れか」

 

『九割以上のシェアを誇るバベルの詩篇を今から無効化するのにかかる時間は何年だ? 十年、二十年? いや、百年以上かかるかもしれない。相手は確かにウイルスのような狡猾さを持っているが、それでも基本は君らが今も月面より使っているバベルそのものだ。打開の策はバベルの完全なる無力化以外にあり得ない。だが、バベルを同じシステム同士で喰らい合っても、それは永劫に決着のつかない戦いだろう』

 

「……一つ、聞かせて。宇宙にいるあなたは、何故大丈夫なの?」

 

『相手の関知が星の中に集中しているからだろう。コロニーや、資源衛星にまで伸ばすリソースがまだない。だが、今は存在していないだけだ。時間の問題だろうな』

 

 いずれは今話しているタチバナも取り込まれる。そうなった時、自分達まで芋づる式に巻き込まれれば厄介なんてものじゃない。それこそ身の破滅だ。

 

 月面だからと言って胡坐は掻けない。一刻も早く地上のバベルに手を打たなければならないだろう。

 

「……地上の通信域は汚染されている。鉄菜が通信を絶った理由はそれか」

 

 ようやく理解が及んだとして、ではどうやって地上に仕掛けると言うのだ。二年前のアンヘルとの戦いでもジリ貧であった自分達が、地上での通信の一切を封じられ、どうやって勝利出来ると言うのか。

 

 桃が歩み出てタチバナへと尋ねる。

 

「……バベルネットワークの遮断方法は? 人機開発の先駆者なら……」

 

『残念だが、それも分からないのだ。バベルはあまりにもあの星に根を張り過ぎた。もう、取り去る術は残っていない』

 

「バベルの物理破壊は? それならばまだ可能なはず……」

 

 一筋の光明のつもりで発したニナイの言葉はタチバナの沈んだ声に上塗りされる。

 

『……これでも、かね?』

 

 タチバナの繋いだのは三時間前の映像であったが、バベルを擁する情報都市、ソドムは完全に封鎖されていた。それだけではない。リバウンドフィールドが局地的に強化され、宇宙からの爆撃や質量破壊兵器を完全に封殺している。

 

 空には新開発された《ゴフェル》と同型の航空母艦が浮遊し、空域を見張る絶対の眼となっていた。

 

 新連邦の堅牢なる守り。それを突破し、全ての手段に頼らず、人機による白兵戦力のみでの介入――誰が言うわけでもなかったが、無理に決まっている。

 

 やったとしても《ゴフェル》で連邦の飛行艦隊と真正面から戦う事になるだろう。勝てるわけがないなど、分かり切った事は誰も言わなかった。

 

 茉莉花は不意に身体の力を抜き、よろめくように椅子に座り込む。ニナイが心配して声をかけていた。

 

「茉莉花……あなた……」

 

「大丈夫……とは言えないな。正直、ショックでさえあるよ。どの陣営も味方ではなく、あの星全てが敵、という状態は。八年前のブルブラッドキャリア宣戦布告の時には、布石が打たれていた。だが今はそれらが全て無効……。皮肉な事に、潰したのは自分達自身、か……」

 

 調停者もいなければ、他陣営に紛れ込んだ存在もなし。そしてバベルが敵となっている。

 

 これでどうやって戦えと言うのか。無理無謀を通り越して、既に――。

 

「……なんて事はない。もうケリはついているじゃないか。エデンの勝利だ。我々に介入する隙もなければ、バベルを完全に破壊するだけの切り札もない」

 

「……茉莉花」

 

「で、でも! モリビトを使えば!」

 

 桃の言葉に茉莉花は頭を振る。

 

「モリビトを使ったとしても、単騎戦力ではスロウストウジャで陣営を組んだ相手に敵わない。加えてバベルの位置情報の正確なところは不明……。詰んだとしか言えない……」

 

 茉莉花がここまで弱り切っているのを自分達は初めて目にしていた。だからこそ、伝わってしまう。

 

 ――深い絶望、そして敗北。

 

 戦う前から勝敗が決していたなど、まるで笑えない。月面に陣取るブルブラッドキャリアは戦闘を行う以前の問題であった。

 

「打つ手なし……。でも、そんな事を分からせるために、タチバナ博士。あなたは私達に通信を繋いだの?」

 

 蜜柑の問いかけにタチバナは無言を返す。彼女はそれでも問い返していた。

 

「何かあるんでしょう? 何か……この状況を一変出来る何かが! そうじゃないのなら、交渉にもならないはず!」

 

 確証があるのだろう。蜜柑の言葉にタチバナはようやく声を発していた。

 

『……あるとすれば、一つだけ。エデンの主義主張だ』

 

「主義……主張だと」

 

 茉莉花が顔を上げる。タチバナは仮説だが、と前置いていた。

 

『この盤石な支配に、亀裂を走らせる何かがあったから、彼らはイレギュラーな作戦を挟んだ。そうなのだと言う反証材料はないが、ある意味ではこれこそがエデンの弱点の可能性はある』

 

「イレギュラーな……作戦……。血続殲滅か」

 

 問い返した茉莉花はすぐさまコンソールへと指を滑らせていた。その指先が銀色に輝き、電子の調停者としての実力を発揮させる。

 

「茉莉花、何が……」

 

「血続と通常人類は違う! そうか、それこそが鍵だったんだ! 血続は遺伝子的に人類の進化系統樹だと思われていたが、その可能性を濃厚にすれば、エデンの張った洗脳電波に、引っかからない可能性があった!」

 

 そして、と茉莉花は言葉を継ぎ、銀色の指を弾く。

 

「もし……血続をイレギュラーとしたいのならば、先の友軍機撃破も世論の方向性を血続排除に向けるための要因だった! そう考えれば辻褄は合う! 血続の可能性こそが……人類を助け出せるたった一つの……!」

 

『だがこれは完全なる仮説だ。ワシもアンヘルの血続選抜には噛んだが、彼ら彼女らを完全に別種の人類とは断じられない部分があった。だがエデンには、その反証に足るだけの時間があまりにも少ないと、そう考えれば。洗脳の通用しない人間を炙り出すのではなく、最初から分かっている情報だけで排除する方向に持っていくのは分かる』

 

「そうだ、エデン覚醒は二年前! その二年の間にシェアを伸ばしたバベルの詩篇の洗脳プログラムにばかりかまけていたのだとすれば……出来る事は少ないはず。こちらの味方につく可能性があるとすれば、それは……」

 

 その言葉の赴く先をタチバナは紡いでいた。

 

『血続に目覚めた人類。彼らを守らなければ、星の未来はない』

 

「血続こそが……星の希望……」

 

 まるで放心したように、候補生の少女が口にする。茉莉花は必死に何かのシステムを練り上げているようであったが、何のシステムなのかはまるでニナイには分からなかった。

 

「茉莉花! 何を……」

 

「システムに対抗出来るのは、欺く事に長けたシステムだけだ。それも人心を理解し、その裏の裏さえも把握する存在……。そのシステムを今、《ゴフェル》のログからサルベージする」

 

 その言葉の先を、ニナイは察知していた。

 

「それって、まさか……」

 

「……艦長からしてみれば、苦い再会になるかもしれない。だが今は苦渋よりも、掴み取れる未来を。そのために、最短ルートを取る。来い!」

 

 エンターキーが押され、美雨が声にする。

 

「投射ビジョン構築! 躯体の情報を再生! 再現率、七十パーセント! ここに呼ぶよ!」

 

 その瞬間、情報統制室の中央部に青い色相のホログラムが浮かび上がった。やがて少女の骨格を取り、そのホログラムが人型になって瞼を上げる。

 

 ニナイは息を呑んでいた。それは他のクルー達もだろう。しかし、自分だけは絶対に、死んでも再会はないと思っていた。

 

 それだけに衝撃は大きい。

 

 分かたれたはずの道はこの時、一条の光となって、少女に覚醒を促していた。

 

「――起きろ。ルイ」

 

 カニバサミの髪留めが赤く映える銀髪をなびかせ、かつての《ゴフェル》メインコンソール――ルイが目覚める。

 

 周囲を見渡し、そして自分の掌を眺めてから、声を発していた。

 

『……どうして』

 

「もしもは常に想定しておくべきだ。バックアップデータを保存しておいた。……使う事はないと、思っていたがな」

 

『……分かっているの、あんた達。私は、マスターの望みを達成させる、その直前のルイよ?』

 

 そう、つまりは自分達を裏切るその瞬間の、ほんの前のルイ。

 

 ゆえにブルブラッドキャリアへの憎しみはひとしおだろう。そんな彼女に何をさせると言うのか。茉莉花へと、ニナイは尋ねていた。

 

「……ルイは私達を恨んでいる。そんな彼女に何を……?」

 

「分からないか、ニナイ。彼女は六年もの間、我々を欺き、そしてその一瞬に向けて準備を重ねてきた。これほどまでに今回の敵の精神性に酷似した相手もいないだろう」

 

 つまり、エデンの行動を予見するために、ルイを再生したと言うのか。言葉を失うニナイにルイはそっぽを向いた。

 

『協力すると思うの?』

 

「さぁな。だが協力しない可能性よりかは高いはずだ。お前の言う、マスターが死んだのはもう理解しているだろう。それに、我々ブルブラッドキャリアが前にしている敵も」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、ルイは今回のデータを参照する。

 

『エデン、ね。でも、もしかしたら不可能かもしれない。あんた達に勝つ方法なんてないかもしれない』

 

「それはまだ分からない。しかし、何もしないでいるよりかはマシだ」

 

 何もしないでいるよりも、今は一つでも不確定要素を消したい。その思いが届いたのか、あるいはルイはもう復讐する気はないのか、息をついて肩を竦めていた。

 

『……いいわ。憎いけれど、今回ばかりは共闘してあげる。罰を下すのはその後でいい』

 

「合理的になったじゃないか」

 

『……マスターが死んだのはもう分かった。今さらあんた達を恨んでも、何かが達成されるわけでもない。それに……同期したデータの中に、マスターの遺言もある』

 

「遺言?」

 

 思わぬ言葉にニナイが問い返す。ルイは静かに語っていた。

 

『もし……自分の復讐が達成されなかった時、死に至った時にはその後のブルブラッドキャリアを見守って欲しい、それがマスターの思い。だったら、その願いには従う。それが造られた身の意義だもの』

 

 彩芽がそのような考えで復讐に至っていたとは思いも寄らない。絶句したニナイに茉莉花が言葉を継ぐ。

 

「では共闘してもらえるとして、ルイ、お前を再び《ゴフェル》メインコンソールへと登録する。モリビト三機のオペレーションも……説明するまでもないな?」

 

『任せてちょうだい。新しいモリビトの戦闘サポートはそれほど難しくないわ』

 

 消え失せたルイは《ゴフェル》へと移動したのだろう。ニナイは茉莉花へと言葉を寄越す。

 

「……大丈夫なの?」

 

「ルイが我々を憎んでいるのは確かだろう。だがそれ以上に、今は合理的に判断しているはずだ。それにブルブラッドキャリア破滅を狙うのならば、何もしなくていいはず。今のままでもこちらは詰みだ。しかし、ルイは行動した。その考えを憶測するに、彼女の中でも何かが変わったのだろう。ニナイ、心配するな。あの時の銃弾は無駄ではなかった」

 

 その言葉一つで自分の罪が赦されたような気がしていた。あの時――彩芽との戦いの最終局面、不利に転がる事は分かっていてもルイを撃った。その選択は決して間違いではなかったのだと。

 

 目頭が熱くなり、ニナイは面を伏せていた。

 

「……ありがとう」

 

「礼を言うには早いぞ、ニナイ。これでようやく、戦闘の準備の一つを整えたに過ぎない。タチバナ博士、これまでの話を統合するに、エデンは民間には姿を隠していると思っていいんだな?」

 

『ああ、それはそうだろう。洗脳プログラムとしてのエデンは完璧だ。自らの本拠地はひた隠しにして、人心を掌握する。そして操っていると言う自覚さえも持たせない。まさしく絶対者であろう』

 

「では、共通の敵は血続、というわけか。この惑星の状態を、今から崩しにかかる」

 

 茉莉花がコンソールを弾く。その行動にタチバナが疑問を発していた。

 

『何をするつもりだ?』

 

「我々、ブルブラッドキャリアにしか出来ない事。それは星の人々の憎しみを一手に背負う事だ。彼らに魔女狩りめいた事をさせるわけにはいかない。全てが終わってから、人々は罪を自覚する必要性はないからだ」

 

 その赴く先をタチバナは予見したらしい。息を呑んだのが伝わる。

 

『まさか……』

 

「総員に通達する。これより、ブルブラッドキャリアはオガワラ博士のメッセージを使い、惑星への最後の報復作戦を実行する」

 

 思わぬ言葉に全員に緊張が走った。桃が率先して声を出す。

 

「ちょ、ちょっと! そんな事をしたら余計に警戒されて……」

 

「それでいいはずだ。いずれにせよ、盤石な相手の警戒網を潜り抜けて、ソドム陥落をさせる事は不可能に近い。ならば少しでもイレギュラーを混じらせる。惑星の人々の方向性が血続排除に向かうのではなく、ブルブラッドキャリア排斥に向かえば少しは血続の人々が逃げおおせるだけの時間を作れるだろう。今足りないのは圧倒的に時間だ。だからそれを稼ぐ」

 

 まさか、そのような考えだとは思わなかったのか、桃は言葉を仕舞う。

 

 でも、と前に出たのは蜜柑だ。

 

「そんな事をしても、私達が恨まれるだけ。結局、星の人々は、憎しみを忘れられないまま……」

 

「それでいいと、吾は思うが。星の人々同士で争い合うよりかは、我々に敵意が向いたほうがまだいい。恐らくエデンの真の目的は星の住人同士で殺し合わせる事だ。血続を排除し、その後に待っているのは何だと仮定する? それはエデンというシステムの性質上、従わぬ人間を抹殺する、絶対的な支配の確立だろう。そのために人間を間引きするはず。そのような地獄になる前に、こちらが敵となる。それが最小限の被害になるはずだ」

 

 星の人々を救うために、自ら泥を被る。二年前のアンヘル戦よりなお色濃い、憎まれるためだけの戦い。

 

 恨まれ、その末に待っているのが完全なる無理解だとしても、それでも刃を取る。その覚悟があるのならば――。

 

「……星の人々を憎んで戦うのじゃない。彼らを救い出すための、最後の報復作戦……」

 

「矛盾はしている。それくらいは分かっているさ。だが、それでも戦い抜く。それがブルブラッドキャリアだ……とでも、鉄菜ならば言うだろうな」

 

 ここにいない鉄菜に全員が思いを馳せたのが分かった。鉄菜ならばどうするか。汚名を被ってでも彼女は戦い抜くだろう。どれほどに残酷な運命が待っていても、それでも前を向く事だけはやめなかった鉄菜ならば。

 

「……皆の意見は自由だ。この策に乗らない、というのも充分に。だが、吾は《ゴフェル》を伴い、宣戦布告をしようと思う。反対の人間は……まぁこの場で手を挙げてくれ。最大限に尊重し、安全な場所まで誘導しよう」

 

 その言葉が月面全土に響き渡る。カメラに映し出されたブルブラッドキャリアの人々は誰も手を挙げなかった。それを確認し、茉莉花は声にする。

 

「……理解を感謝する」

 

 茉莉花はオガワラ博士の声明文を作り上げようとする。その間、タチバナが感嘆したように口にしていた。

 

『……君達は、いつもそうなのか。このような土壇場での戦いを、ずっと強いられてきたのか』

 

「今さらの意見だ、タチバナ博士。あなたはどうする? 宇宙で静観を決め込んでいてもいい」

 

 その意見にタチバナは、いやと頭を振る。

 

『こちらで出来る事があれば要請してくれ。出来得る限りの助力を行う』

 

「では地上の見張りを頼む。現状、月面からよりその惑星軌道のほうが受信速度が速い。相手の動きを観てもらいたい」

 

『了解した。……しかし、強いのだな、君達は。このような絶望的宣告をもたらしたのはワシなのに、それでも、なお抗おうとする』

 

「ちょっとした絶望でいちいち気を落としていたらここまで来られなかった。それに、こっちには諦めの悪い人間達が揃っているのでね」

 

 桃が歩み出て茉莉花へと言葉を振る。

 

「茉莉花。新しいモリビトの実戦データを早めに取ったほうがいい」

 

「同意見だ。すぐにでも慣れるために乗ってくれ。《ゴフェル》出立の時間は今からカウントダウンを開始する。その時に乗り遅れないようにな」

 

 桃が身を翻す。その背中を蜜柑も追おうとして、桃が候補生を顎でしゃくった。

 

「教官としての立場を全うしなさい。今回の戦い、本当に逃げ場はない」

 

 それだけ言い置いて桃は立ち去ってしまう。ニナイは蜜柑を注視していたが、やがて彼女は候補生を伴って情報統制室を後にしていた。

 

「一つ聞きたいんだが、おれの人機もあるんだよな?」

 

 今まで黙していたタカフミの質問に茉莉花は応じる。

 

「黙っていたからいなくなったのかと思っていたが」

 

「難しい話苦手なんだよ、単純に。おれは人機で戦う事くらいしか出来ない。所詮、駒のつもりで扱ってくれ」

 

「安心しろ。専用人機を用意してある。格納部に異動してくれ」

 

「助かる。……ああ、そうだ、ガキンチョ」

 

「茉莉花だ。何か用がまだあるのか」

 

「いや、ちょっとな。無理し過ぎんな。以上」

 

 それだけ言い置いて去って行ったタカフミに茉莉花はフッと笑みを浮かべる。

 

「……あんな馬鹿にまで心配をかけさせるのだから、吾も落ちたものだ。だが、この場所は悪くはない。ああ、悪くはないとも」

 

 そう口にしながら、茉莉花は必死に情報を練り上げる。ニナイは言葉に覚悟を滲ませていた。

 

「再び、私達の是非を問うのね。ブルブラッドキャリアとして」

 

「ああ、ニナイ。これが《ゴフェル》艦長としての――ラストミッションだ」

 

 


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