ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯376 戦場での再会

 操縦桿を握り締め、鉄菜は戦闘空域へと押し入っていた。

 

 既に連邦軍と会敵してもなんらおかしくはない距離にまで至っている。戦闘機モードで空域を突っ切る《バーゴイルリンク》は敵編隊の数を確認していた。

 

「数は……ざっと十五機。一個中隊か。だが……妙なのはコミューンへの攻撃は禁止されて久しいはず。何故……」

 

『戦いを覚えてしまったがゆえの悲しみマジねぇ。地上人の野蛮さには言葉もないマジ』

 

 サブロウの論調に鉄菜は言い返そうとして、会敵までの概算時間が残り数十秒にまで短縮されたのを確認する。

 

「……言い合いをしている場合でもない、か。すぐにでも敵スロウストウジャ編隊との戦闘に入る。サブロウ、データを取得してくれ。リアルタイムで敵が行動規範にしているであろうネットワークを知りたい」

 

『バベルじゃないマジか?』

 

「そうであろうが、バベルならば何故、という事を知らなければ私達が介入行動する意味もいないんだ。先遣隊としての目的を忘れるな」

 

『分かったマジよ』

 

 どこか億劫そうに処理に入るサブロウに鉄菜は思案を浮かべていた。

 

 戦いの芽が抜き取られて久しい地上で、どうして急にコミューンへの攻撃という非人道的な作戦がまかり通るのか。

 

 それを探らなければ、自分達は打ち負けるのみだ。

 

 青く煙る景色の中で、鉄菜は捉えた《スロウストウジャ参式》の部隊を見据えていた。

 

「目標確認、これより介入行動に入る」

 

 まずは牽制のバルカン砲を放つ。火線が咲き、敵の包囲網が僅かに散った。

 

『何だ? 敵影?』

 

『待ち伏せか! 血続の!』

 

 広域通信を流れた声音に鉄菜は疑問符を挟む。

 

「……血続? 何故、血続なんだ。相手は何の目的で攻撃姿勢に入ろうとしている? コミューンに至らせる前に、全滅させる。《バーゴイルリンク》を可変させ、スタンディングモードに移行。格闘戦にて各個撃破を試みる!」

 

《バーゴイルリンク》が天を目指して急上昇し、機首を折り曲げ、銀翼の内側に格納された機体を晒していた。

 

 青と銀のカラーリングを映えさせ、《バーゴイルリンク》は急転直下の加速をかける。

 

 推進剤を全開に設定し、敵との交錯の間際、プレッシャーソードを引き抜いていた。斬撃の刹那のみ、発振する省エネモードのプレッシャーソードは間合いが読まれにくい。

 

 相手の片腕を両断し、武装が宙を舞った。

 

 地表へと落下する寸前で急制動をかけて空中に位置する敵影を照準する。

 

《バーゴイルリンク》のマウントするRライフルが火を噴き、《スロウストウジャ参式》を撃墜していく。一機、また一機と戦闘不能に陥った相手はこちらを敵と断じていた。

 

『散るな! 密集陣形を伴わせて敵を一掃する! 作戦前の相手だ、出来るだけの損耗は避けろ!』

 

 広域通信に鉄菜は《バーゴイルリンク》を駆け抜けさせ、《スロウストウジャ参式》を眼前に肉薄させる。相手もプレッシャーソードを抜刀し、互いの干渉波のスパークが散った。

 

 鍔迫り合いも一瞬、《バーゴイルリンク》を横滑りさせて即座に離脱する。

 

《スロウストウジャ参式》の膂力はそれなりに折り紙つきだ。新連邦の正式採用機ならばパワー比べに持ち込まれれば押し負ける可能性が高い。

 

 ここは相手の力量を推し量りつつ、最低限の交戦だけで進軍を諦めさせる。

 

 最短ルートを模索し、鉄菜は《バーゴイルリンク》の青い疾駆で敵陣の中央に位置する隊長機を取ろうとした、その時であった。

 

 サブロウが不意に悶絶し、機械音声をコックピットで響かせる。

 

「どうした、サブロウ」

 

『……内部ストレージ破損。《バーゴイルリンク》のサポート率低下。……鉄菜、これは罠マジ……。相手の使っている、システムは……』

 

「どうした! 持ち直せ!」

 

 その命令にサブロウは応じず、不意に《バーゴイルリンク》の火器管制システムが塗り替えられていた。

 

 完全に沈黙した《バーゴイルリンク》は格好の的だ。

 

『……止まった? 敵影の静止を確認! どうしますか』

 

『構わん、撃墜しろ!』

 

《スロウストウジャ参式》編隊が統率を取り戻し、《バーゴイルリンク》へと四方八方から火線を見舞う。思わぬ攻勢に鉄菜はコックピットの中で歯噛みしていた。

 

「何が起こった……? サブロウのネットワークはそう容易く浸食されるはずがない。何か……決定的な何かが起こったのか。再起動までの試算は……三十秒? 遅過ぎる!」

 

 その間に狙い撃ちにされてしまう。鉄菜はサブロウのシステムサポートを物理切断し、《バーゴイルリンク》単体での敵部隊への対抗策に移ろうとした。

 

 サブロウと接続されているメインコンソールを切断しかけて、不意にヘッドアップディスプレイに映し出された映像に、鉄菜は瞠目する。

 

 禿頭の男のビジョンが三つ、背中合わせになって投影されていた。

 

 まさか、ウイルスか、と構えた矢先、響き渡った声が鉄菜を睨む。

 

『……そうか。八年前に我が国の機械天使と共に、あの楽園を破壊した、ブルブラッドキャリアの尖兵』

 

 まさか相手は自分を知っているのか。硬直した鉄菜は激震する機体に奥歯を噛み締める。

 

《スロウストウジャ参式》編隊は距離を取り、プレッシャーライフルによる中距離射撃で《バーゴイルリンク》を迎撃しようとしている。

 

 これではそう遠くなく、撃墜の憂き目に遭うだろう。

 

「……システムの持ち直しだけでももう十秒……。ここまでか……」

 

 プレッシャーライフルの光条が《バーゴイルリンク》のコックピットを照準する。終わりに瞼を閉じた、その時であった。

 

 関知されたのは急速接近する高熱源だ。

 

 思わぬアラートに目を開いた瞬間、プレッシャーライフルの一撃を防いだ機影を鉄菜は視界に入れていた。

 

 真紅の装甲に鎧武者のような特異な頭部形状を持つ痩身の人機。それが《バーゴイルリンク》の眼前で屹立し、敵の攻撃を防ぎ切っている。

 

「……お前は」

 

 振り返った不明人機がデュアルアイの眼窩を煌めかせていた。

 

『助けたつもりはない。だが、借りは返させてもらう』

 

 その声音に鉄菜は息を呑む。

 

「その声は……まさか」

 

『行くぞ。俺の新たなる刃、《イザナギオルフェウス》。敵部隊を殲滅する!』

 

 腰より刀を抜刀し、《イザナギオルフェウス》と呼ばれた機体が跳ね上がる。その尋常ならざる速度に相手が困惑を浮かべた時には、数機を巻き込んで刃が振るわれていた。

 

 腕を寸断し、脚部を崩す。

 

 完全に相手の無力化を心得た太刀筋に敵の隊長機が声を荒らげる。

 

『不明人機、だと……。そのバーゴイルの味方か!』

 

『勘違いをするな。俺は、誰の味方でもない』

 

《イザナギオルフェウス》へとプレッシャーライフルによる一斉掃射が放たれるが、その弾道の軌跡を超えた速度で痩身の人機は相手の間合いへと潜り込んでいた。

 

 敵が近接兵装へと持ち替えるまでの刹那の合間に、既に攻撃は完遂している。

 

 振るわれた太刀がプレッシャーライフルを折り、敵人機の血塊炉を打ち破っていた。

 

 その立ち振る舞いに迷いはない。どこまでも冷徹に、さらに言えば洗練された戦闘術には感嘆さえある。

 

『狙え! 狙えば当たる!』

 

『狙えば、だと。それはどうかな』

 

 雷撃を身に纏わせ、《イザナギオルフェウス》が掻き消えた。その姿を敵部隊が視認する前に、頭部コックピットを刃が切り裂き、振るった剣閃が速射モードに切り替えたプレッシャーライフルを両断していた。R兵装独特のオゾン臭気と誘爆が辺りを満たす。刀を払った《イザナギオルフェウス》に連邦部隊は困惑していた。

 

『何故だ……所属を明らかにしろ!』

 

『所属、か。自治部隊ライブラ所属の構成員だ』

 

『ライブラ……傭兵の!』

 

『そう渾名するのは勝手だが、ここでは貴様らの敵となる。俺に刃を向けるのならばな』

 

 切っ先を突きつけた《イザナギオルフェウス》に勝てないと判断したのか、隊長機が撤退を指示する。

 

『……覚えておけ。連邦への離反と見なす』

 

『そちらも、非人道的な作戦を取った事を後悔する。今一度俺の前に立つのなら容赦はしない。断ち切る』

 

『……スロウストウジャ中隊、撤退準備。作戦は中断する』

 

『しかし、隊長! みすみす……』

 

『いい。ここでの戦略的撤退は加味されて然るものだ。上も満足する戦いを得られない以上は、ここでの退却も止む無し。しかし貴様、その太刀筋といい操縦技術といい、只者ではないな。勿体ないとすれば、ここで敵となる事だ。名前くらいは聞いておこうか』

 

 相手の詰問に《イザナギオルフェウス》の操主は応じていた。

 

『あえて言おう。コードネームは、サカグチ。ミスターサカグチの名を取っている』

 

『……面妖な。伝説の操主の名を戴くなど。だが覚えておこう』

 

 敵人機がスモークを焚き、一機ずつこの空域を逃れていく。潔い退き際に鉄菜は《バーゴイルリンク》をゆっくりと降下させていた。

 

 システムバグを受けサブロウは恐らく使い物にならない。先ほどから電子音声を響かせ、何度も痙攣している。

 

 舌打ち混じりに有線ケーブルを切り、サブロウのシステムをスタンドアローンに設定する。

 

 そこでようやく、サブロウが声にしていた。

 

『……危なかったマジ。初期化されるかと思ったマジよ』

 

「どういう事だ。バベルネットワークへと一時的にアクセスしただけであそこまでの打撃を受けた。これは……私達の思っている以上の事なのか」

 

『それは俺が説明しよう』

 

 降下してくる《イザナギオルフェウス》にサブロウが警戒を浮かべた。

 

『鉄菜! この相手は……!』

 

「ああ、間違いない。《イザナギ》の発展機……」

 

『《イザナギオルフェウス》だ。そして、その人機、その太刀筋、間違いない。ブルブラッドキャリアの、青いモリビトの操主』

 

『鉄菜、ばれているマジ。どうして……』

 

「顔見知りだからだろう。そうでなくとも戦い方だけで分かる」

 

 落ち着き払った鉄菜は《バーゴイルリンク》のコックピットを開け放ち、相手と向かい合っていた。

 

《イザナギオルフェウス》のコックピットが開け放たれ、操主服に身を包んだ男が現れる。彼は迷いなくヘルメットのロックを外し、濃霧の中で対峙した。

 

 顔に走った一条の傷跡。そして殺意の塊のような眼光は変わりなく自分を射抜いている。

 

 その眼光に鉄菜は返答していた。

 

「燐華の……兄だな」

 

「名と身分は捨てた。今はミスターサカグチの名を取っている」

 

 あの時――二年前の戦いで対峙した時と同じく、厳めしい声音のまま、サカグチはこちらを睨んでいる。清算出来ない恨みがあるに違いない相手はしかし、ここでは刃を向けなかった。

 

 ヘルメットの気密を確かめ、サカグチは声にする。

 

「来い。ライブラが貴様に必要な事を教える」

 

「ライブラ……」

 

「二年前の戦いの後に結成された自治組織だ。俺もそこに所属している」

 

《イザナギオルフェウス》が稼働し、静かに浮かび上がる。先導する相手にサブロウが警戒を示していた。

 

『危ないマジよ』

 

「いや……この地上で、現状のままいればいずれにせよ遠からず撃墜される。今の《バーゴイルリンク》のシステムは補助がまったくない。この状態で攻め入られれば、確実に打ち負けるだろう」

 

『それは……鉄菜がネットワークから切り離すから』

 

「そうしなければお前は浸食されていたし、この《バーゴイルリンク》はもっと手痛い打撃を受けていたはずだ。最低限のシステム補助だけで《イザナギオルフェウス》に続く。今は、一つでも確定情報が欲しい。ならば如何に修羅の道であっても渡りに船は最大限に利用する」

 

『……そこまで割り切れないマジ。それに、ネットに繋いでいない状態では、月面のブルブラッドキャリアに連絡も……』

 

「だから、その手はずを整えるために今は《イザナギオルフェウス》を利用するまでだ。相手もそれを望んでいる」

 

 迷いのない声音にサブロウはそれ以上の議論を打ち切っていた。

 

『……知らないマジよ』

 

「いずれにしたところで、相手の出端を挫いたまでは作戦行動のうちだ。ここから先は出たとこ勝負なのには変わらない」

 

『……相変わらず、冷静だな。モリビトの操主』

 

「そちらも変わりないようだ。私を撃つ事など容易いだろう」

 

『今は、その時ではない。ゆえに俺は、水先案内人くらいは務めよう。貴様らは知らなければならない。今、星で何が起こっているのか。何が、この惑星を支配しようとしているのか』

 

 先ほどのビジョンを思い返す。三つの禿頭の男達。そして紡がれた言葉が意味するところ。

 

 それは振り払ったはずの呪縛であろう。

 

「……まだ、星の原罪は変わらず、か」

 

『ともすれば、これは最後の罪なのかもしれない。ヒトは罪を贖えるのか。その最後の機会がこの戦いなのだとすれば……』

 

 鉄菜はブルブラッド濃霧の中、《バーゴイルリンク》を追従させていた。

 

 


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