「何だこれは! 何が起こっている!」
ライブラ本部に帰るなり、レジーナは声を張り上げていた。
全世界へと同時中継されたのは、先の新連邦による友軍機撃破の様子だ。各国諜報機関が動き出そうとしていた機密が、どうしてだか民間チャンネルで流れている。
「何が起こったのか……我々にもさっぱりで……。この映像資料と同時に、ネット内では騒ぎになっていますよ」
騒ぎ、と評されたのは新連邦の掲げた新たなる政策である。
レジーナは明示された画像に驚愕していた。
「新連邦の軍備増強……血続反応を持つ人類の排除……? 何だ、この無茶苦茶な政策は! これは虐殺に等しいはずだ!」
「ですが、奇妙な事にこの政策に異を唱える人々も少なく……。どうしてだか大多数がこの政策に賛成の方向性を取っているんです。加えて、迅速だ……。新連邦軍部が、血続反応の多いコミューンへと、つい十分前にスクランブルをかけました!」
「……それは」
おぞましき帰結にレジーナは口元を押さえる。部下は唾を飲み下し、その結論を口にしていた。
「ええ。既に始まっているようです。血続への排除運動が」
「そんなはずは……。そんな簡単に人心を掌握出来るはずがない! どういう事だ! 誰が扇動している!」
部下は解析に移っていたが、戸惑いを隠せない様子である。
「見つからないんですよ、それが……。確かに軍備増強とスクランブルをかけたのは上層部ですが、誰が、と言うのはないんです。むしろ、機を見計らったかのように、誰もが、一斉に、なんです……」
レジーナはよろめいていた。世界が急転直下する。今の今まで何もなかったはずの世界に、一滴の悪意の墨が落とされ、染み渡っていた。
その速度は尋常ではなく、そして誰もが疑問さえも差し挟まない。何が起こったのかを解する術を持つ人間さえもいないのだ。
「どういう理屈で……。血続の排除なんて」
レジーナの脳裏を過ったのは、かつての戦友である。彼女の辿った悲劇にレジーナは奥歯を噛み締めていた。
「林檎……お前の同族を、世界が憎んでいると言うのか……」
だがそのような帰結、許せるはずもない。レジーナは部下に命じていた。
「……スクランブル発進した新連邦の部隊を足止めする。出来るエージェントは?」
「それが……。どうしてだかみんな、この政策に反対しないんです。それどころか、素晴らしい提案だって、自ら武器を捨てて……」
何かとんでもない事が起こっている。だが、その何かを解読するだけの時間もない。
世界は一挙に転がり始めていた。最悪の想定に。
血続の排除など、誰が言いだしたわけでもないのに、示し合わせたかのごとく、皆が動く。その異様さにレジーナは目を戦慄かせる。
「希望は……ないのか」
そう、諦めを口にした、その時であった。
「失礼する」
扉を潜ってきた一人の男にレジーナは振り返る。
「……お前は……!」
「この暴動の露払い、俺に任せてもらおう」
レジーナは慎重に声を振る。
「……思想的な部分で、皆が拒んでいる。そんな状態でどうやって……」
「俺の機体だけは別の格納庫にある。整備班やスタッフが暴動を起こしても、どうにかなるようにな。ライブラが組織解体された時の、鬼札だろう、俺は」
確かに彼は新連邦による圧力がかけられた場合の切り札だ。全ての情報からシャットアウトされ、意図的にぼやかされたライブラの第一号構成員――。
「……出来るのか。たった一機で」
「一騎当千とは俺のためにある言葉だ。どのようなカラクリかは知らないが、他者を操り、そしてその心まで蝕む。そのような魔を、許しはしない。断ち切ってみせよう」
その覚悟の声音にレジーナは首肯していた。彼は恐らく、最後の一人になっても戦うつもりであろう。立ち振る舞いだけで分かる。人の世から既に足を洗った、武士の言葉だ。
「……では機体を。封印ブロック1853を開いてくれ」
命じた言葉に部下が狼狽する。
「正気ですか? あそこにあるのは、だって……」
「禁断の人機であろうとも、振るわなければそれはただのなまくらだ。ここで断ち切るべきは、このうねりであろう。貴殿に一任する」
「助かる。俺はすぐに出る。邪魔する人間は吹き飛ばしてでも」
踵を返した男に部下が声を震わせていた。
「……ライブラ構成員一号。何者なんです? 見たのも初めてだ……」
「皆には秘密にしていたからな。ライブラが破壊されるとしても、彼だけは残るように、と」
「……コードネームは?」
問いかけられてレジーナは呪われたその名を紡ぐ。
「ミスターサカグチ。そう、呼べと」