ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯372 星の蠢動

 

 ここまで強情ならば、いずれは知らなくてはならないだろう。蜜柑は頷いていた。

 

「……いいわ。来て。まだ随分と早いけれど、茉莉花さんに会わせるから」

 

「茉莉花さんって……電子の調停者ですか? 実在したんだ……」

 

 自分が教壇で教える事柄は彼女らからしてみれば遊離しているのだろう。蜜柑は言いやっていた。

 

「色んな人達に会う事になるわ。……でも、何があったって言うの。茉莉花さんが急に呼び出すのは……珍しい話じゃないけれど」

 

 いつだって茉莉花の提言は急なものだ。今は付き添いの彼女に対して少しばかり遠慮がある。蜜柑は通路を抜け、隔壁の向こう側の格納ブロックへと踏み入れていた。網膜認証と静脈認証を通過し、重々しい隔壁が四方に開いたその時、少女候補生が感嘆の息をついていた。

 

 無理もあるまい。彼女の眼前に広がったのは、今まで教鞭の上でだけ教え込んでいた事柄そのものであった。

 

「……あれが、《ゴフェル》……」

 

 遥か下方に位置する藍色の船体に彼女は息を呑んでいた。《ゴフェル》は今となっては幻の戦艦だ。ブルブラッドキャリア本隊より離反した、希望の方舟――。

 

 格納ブロックは無重力区画であり、漂うように蜜柑は茉莉花の待つ情報区画を目指していた。その途中で少女候補生がカタパルトデッキに固定された人機を指差す。

 

「あれ、モリビトですよね? 《モリビトイドラオルガノン》……」

 

 教科書とデータベースの上だけの人機の実物に少しばかり昂揚しているようだ。蜜柑は己のかつての乗機がそのような憧れの中にあるのが少しばかりむず痒かった。

 

「そんなに大したものじゃないから」

 

 制しつつ、蜜柑は格納デッキを抜けかけて整備士達とかち合っていた。

 

「ああ、蜜柑さん。どうしたんです、その子は……」

 

 連れ歩いているのが相当奇異に映ったのだろう。蜜柑は、操主候補生で、と説明する。

 

「ちょっと見学をさせているところなんです」

 

「は、はじめましてっ!」

 

 声を張った彼女に整備士達が笑いかける。

 

「はじめまして。ですが、モリビトのスクランブルなんてかかっていませんよ?」

 

「茉莉花さんに呼ばれて。何かあるんでしょうけれど、皆目……」

 

 肩を竦めると彼らは豪快に笑っていた。

 

「茉莉花さんも結構気分屋ですからね。ひょっとすると何でもない事かも」

 

「そうだと、いいんだけれど……」

 

 どうにも何が待っているのか窺い知れない。蜜柑は彼らと別れ、情報区画へと進む道を選んでいた。

 

「……あの方々、《ゴフェル》のクルーなんですか?」

 

「ええ、そうだけれど」

 

「すごいなぁ……。伝説の人達なんだ……」

 

 彼女からしてみれば、伝説の産物か。蜜柑は通路を折れ曲がり、ようやく情報区画の重力ブロックに差し掛かっていた。

 

 カードキーを通し、暗証番号を打ち込む。開いた隔壁の向こうで情報の集約される椅子に腰かけた茉莉花が無数に浮かび上がるウィンドウを処理していた。

 

 その下の座席についているのは彼女の助手だ。

 

「美雨。三十六番の情報網から先を頼む。吾は五十番からの通し番号を確認するから」

 

「分かった。でもでも、三十七番の処理列に穴があるよ。寝てたの?」

 

「馬鹿を言え。こっちに穴があるという事は処理列の配列ミスだ。整備班に仕事を振ってやれ。ミスを直せと」

 

 茉莉花がいくつかのウィンドウを手繰っては、それらを押し出していく。蜜柑が声を投げようとすると彼女から言葉がかかった。

 

「情報開示レベルの低い操主候補生をここまで連れてくるとは、どういう了見だ、蜜柑・ミキタカ」

 

 責め立てる物言いに蜜柑は委縮してしまう。

 

「その……こういうのの見学も悪くないかと思って……」

 

「だからと言って開示レベルの低い人間をここに通すな。何のための多重セキュリティだ」

 

 にべもない。蜜柑は茉莉花の前では所詮、二年前より先の関係性を築けていないのだ。

 

「その……悪かった」

 

「悪かったと思うのなら、もっと早くに思え。……まったく、命令を聞かない連中ばかりで困る」

 

 小言を漏らしつつ茉莉花は情報処理に抜け目がない。すぐさま少女候補生の名前を導き出していた。

 

「あ、桔梗・イリアスです。えっと……」

 

「桔梗・イリアス。第五世代の血続だね。データベース上では訓練適性はB、操主としてよりもスタッフとしての配備が検討されている」

 

 瞬時にそらんじて見せた美雨に桔梗と言うらしい少女候補生が絶句する。茉莉花は、おいおいとほくそ笑んだ。

 

「あまり遊んでやるな、美雨。我々の手は特殊なんだ」

 

「つい癖で」

 

 てへ、と舌を出す茶目っ気の美雨だが、その実は茉莉花以上にしたたかであるのは蜜柑はよく知っている。額に手をやって呆れていると、桔梗はすごいと声にしていた。

 

「これが……あの戦いを勝ち抜いた、ブルブラッドキャリアの皆さんなんですね……!」

 

 光栄だとでも言うような論調に茉莉花は肩を竦めた。

 

「誰だ、こんな場違いなのを連れて来たのは。こっちはお前だけ来いと言ったはずだが」

 

「ごめんなさい。……でも、訓練生だって別に無関係じゃない」

 

「無関係だ。これからお前に教える事にはな。だが……ここまで来てしまったらもうしょうがない。その桔梗とやらを帰すなよ。重要機密を話す」

 

 思わぬ言葉振りに蜜柑はうろたえていた。

 

「ちょ、ちょっと待って……! 心の準備が」

 

「そんなものを用意している暇はない。美雨、スクリーンに出してくれ」

 

「はい。これが数時間前の映像」

 

 問答無用で映し出された映像は海上で人機同士の戦闘を行う連邦軍のものであった。流線型の新型機は見た事のない形状だが、そのフレーム構造の異質さはよく見知っている。

 

 あの戦いの最終局面、合い争った機体によく似ていた。

 

「イクシオンフレームの……新型?」

 

「のようだな。搭乗者のデータを端末に送るぞ。こいつを重要視しろ。どういうつもりなのか知らないが、各国諜報部がこの映像を基にして動き出そうとしている。ここに映された情報だけならば、単に新型機の配備と、そしてフレンドリーファイアなんだが……」

 

「友軍に?」

 

 映像を凝視した蜜柑が眼鏡のブリッジを上げる。新型機の放った自律兵装が後から発進した機体を貫いている。

 

 それだけならば、ただの事故で済まされそうであるが、これを茉莉花は重要だと判断したからこそここに呼んだのだろう。

 

「ただの事故じゃないって……?」

 

「まぁね。ただの事故ならば、別段これを映し出す意味もないでしょう。送った操主の経歴に目を通して」

 

「経歴……」

 

 蜜柑は送信された操主の情報を確認しかけて、不意に入ってきた人影に肩をびくりと震わせた。

 

「呼んだからには、理由があるんだろうな」

 

 不遜そうな声音と共に、鉄菜が長髪を無重力になびかせて割って入る。その姿に桔梗が目を輝かせていた。

 

「く、鉄菜さん? まさか、あの鉄菜・ノヴァリスさんですか?」

 

 桔梗の冷静さを欠いた声に鉄菜は逆に冷淡そのもので返す。

 

「誰だ。部外者を入れるな」

 

「吾が入れたんじゃない。蜜柑・ミキタカのお荷物」

 

 お荷物呼ばわりされても、桔梗はあわあわと口にしながら鉄菜へと歩み寄る。鉄菜は興味などなさげに目線を背けていた。

 

「あの……八年間の報復作戦を成し遂げた鉄菜さんですか? 《モリビトシンス》の撃墜スコアは私達も訓練研修でその……何度も履修させていただいていて……」

 

 興奮した様子の桔梗に比して、鉄菜は醒めたように茉莉花へと問いかける。

 

「見せたいものがあると言っていたな。これか」

 

「事故、として処理されたけれど、この映像を惑星の中での諜報機関がこぞって入手している。奇妙だと思わないか?」

 

「ただの連邦の新型機と、その付随する事故にしては、大きく取り上げられている……。これはイクシオンフレームだな。それにスロウストウジャの新型か」

 

「目聡いな。《スロウストウジャ肆式》。参式からアップデートされた装備は少ないけれど、ガワよりも中身にこだわった機体と言える。追加武装で海中戦闘も出来るとか」

 

 蜜柑と桔梗は一瞬で蚊帳の外に追いやられた形であったが、桔梗はこちらへと振り向くなり、声を弾ませていた。

 

「凄いですっ! まさか、伝説の執行者である鉄菜さんと会わせてくれるから、教官はついて来ていいと?」

 

 期待に胸を弾ませた桔梗に蜜柑は考えなしだったとは言えず目線を逸らす。

 

「ええ、まぁ……」

 

「余計な人間を招き入れたものだ。ここは守秘義務があるのだから、その半人前の世話もきっちりしてくれ」

 

 半人前扱いを受けても、桔梗はへこむどころか、その言葉を受けた事に誇りさえ感じているようであった。

 

「はいっ! 皆さんのように、一人前になるために精進しますっ!」

 

 思わぬ反応だったのか、茉莉花は舌打ちする。

 

「……見世物じゃないんだぞ」

 

「茉莉花。操主の経歴に奇妙な点がある。純正血続、と書かれているが」

 

 蜜柑も遅れて経歴に目を通す。イクシオンフレームの操主の特記事項に「純正血続」とあった。

 

「血続……? 別段珍しくもないんじゃ? だって、アンヘルは血続の集団だった」

 

「認識が甘いな。鉄菜、お前ならば分かるだろう。これがどういう意味なのか」

 

 はかりかねていると、鉄菜は苦味を噛み締めた様子であった。

 

「……燐華・クサカベと同じ……」

 

「ああ、そういう意味で使われているのだとすれば、純正血続に特記するのも分からなくはない。しかし、タイミングがな……」

 

「タイミング?」

 

 問い返した蜜柑に茉莉花は美雨へと顎をしゃくる。美雨が呼び出したのは現状の惑星におけるパワーバランスであった。

 

「現政権……まぁつまるところ新連邦政府の融和政策が進み、軍備縮小が取られている。そんな時に、自衛のためのイクシオンフレームに純正血続。まるで何かを叩くためにこれらの事象を揃えたとも言えなくはない」

 

「意図的なものだと?」

 

「そう考えたほうが、不都合がないと言ったところだ」

 

 茉莉花の結論に蜜柑は懸念を口にする。

 

「……介入行動が必要になるの?」

 

「場合によっては備えてもらいたい。だから執行者である二人を呼んだ。桃は地上で情報収集に暇がない。もうすぐ定期連絡が来るはずだが……」

 

 その時、月面へと送信されてきたメッセージを美雨が処理する。暗号化された定期連絡は桃のものだ。

 

「桃。定期連絡、十分遅いぞ。何をやっていた」

 

『こっちも立て込んでいてね。《ナインライヴス》で逃げている途中なのよ』

 

「……モリビトを晒したのか」

 

 下策であったのだろう。茉莉花の論調に桃は応じていた。

 

『逃げるのには必要だった』

 

「言い訳はいい。《ナインライヴス》で逃げなければならないほど追い込まれた、という意味だな。……何があった?」

 

『情報収集の途中で、敵と交戦。これを撃破したけれど、相手は奇妙だった』

 

「奇妙?」

 

 一拍置き、桃は口にする。

 

『……操られているみたいだった、と言えばいいのかしら。まるで自分の意志じゃないみたいに』

 

「その当人は?」

 

『昏倒させたけれど、身につけていたものにそれっぽい受信機はなし。だから、操ろうにもそれらしいものもないのよ』

 

「受信機なしで、人間を操るだと……? 可能なのか」

 

『あ、一つだけ。どうしてだか、その相手は端末を握り締めていたわ』

 

 桃の言葉に茉莉花は美雨へと探りを入れさせる。

 

「美雨。端末のOS割り出し。五分でやれ」

 

「やるけれど、でもでも、それで相手は倒したんでしょ。じゃあ、もういいんじゃ?」

 

『それが、そうでもない。襲われる直前に拾い上げた情報を送信するわ。これを』

 

 その情報が解凍され、映し出された瞬間、全員が息を呑んでいた。

 

「……まさか。また、これか……」

 

『また? どういう事?』

 

 茉莉花は投射画面に映し出された、海上での事故を目にし、額に手をやる。

 

「……各国諜報機関が何故だかこの映像を探っている。今の惑星では、この映像が重要視されているんだ。どうしてなのか、まるで不明だが」

 

『こぞって、この映像を解析しているって?』

 

「冗談ならばまだマシなのだがな。冗談でも何でもない。この映像に、何かがある。だからこそ、惑星の人々の関心が集まりつつあるのだろう」

 

 目頭を揉んだ茉莉花に桃は応じていた。

 

『……星の内側で何かが起こりつつあるって?』

 

「覚悟はしておいたほうがいいかもしれないな。《ナインライヴス》がその場合は尖兵になる。せいぜい、かき回されるなよ。こちらからのリアルタイムでの解析情報を送る。場合によってはモリビトの介入行動も検討しなければならないかもしれない」

 

 モリビトの出撃が二年ぶりに決議される。その事態を蜜柑は重く見ていた。ブルブラッドキャリアと惑星側の平穏がここに来て破られるのか。

 

「桃。それは最終手段だ。出来るだけモリビトでの戦いは避けるようにはしたい」

 

 鉄菜の言葉に桃が不安を述べていた。

 

『クロ……。でも、情報がこうして誰かの手によるものだとすれば、懸念事項はあるわね。……グリフィスは壊滅させたはずだけれど』

 

 二年前の戦いにおいて自分達に協力した勢力、グリフィス。その残党はほとんど解散したはずだ。それでもまだ居残っている可能性はあった。

 

「バベルネットワークはこちらの手にある。情報操作は難しいはずだが、今回の一件は少しきな臭い。警戒体制のまま、ブルブラッドキャリアはモリビトによる介入さえも視野に入れる」

 

 茉莉花の厳しい判断に蜜柑は言葉もなくしていた。それが確かに現段階では最も合理的だ。しかし、それは戦いを加味すると言う意味である。

 

 二年間。人機の引き金を引かずに済んだこの手がまた再び、舞い戻ると言うのか。モリビトの執行者として。

 

 それは決して祝福されたものではないのは、容易に窺えた。

 

『……ギリギリまで粘るわ。クロと蜜柑は、最悪の想定も浮かべておいて。茉莉花は出来るだけ戦闘にならない選択肢を頼みたいのだけれど……』

 

「それは当然だ。戦闘になれば、また惑星との緊張状態に逆戻り。我々ブルブラッドキャリアはあくまで現政権の融和政策には介入しないし、それなりに理解を示している。そのスタンスは崩すつもりはない」

 

『それが聞けて安心した。《ナインライヴス》で潜伏する。もしもの時には一番に出るから、そこまで肩肘を張らないで』

 

「戦闘行為は推奨されないが、それでも警戒は怠らないでくれ。どうにも今回の映像と情報……何者かの作為的な意図を感じずにはいられない……」

 

 茉莉花がそう言うのならばこれがただの偶然ではないのは間違いないのだろう。桃の通信が切られ、鉄菜が茉莉花の座る椅子に手をやっていた。

 

「茉莉花。私も外周警護に出たほうがいいか」

 

「あまり先走らないで。《バーゴイルリンク》じゃ、逆効果よ。今は待機。でも、いざという時は意外と早く来るかもしれない」

 

「……覚悟はしておこう」

 

 立ち去る間際、桔梗が鉄菜へと言葉を投げる。

 

「あ、あのっ! 鉄菜・ノヴァリスさん……」

 

「何だ。用があるのならば手短にしろ」

 

 棘が含んでいるわけではない。鉄菜の素がこれなのはもう分かり切っているのだが、桔梗からしてみればその冷淡な態度には及び腰になってしまったらしい。

 

「いえ、その……。頑張ってください」

 

「他人事ではない。ここで情報を受け取ったんだ。蜜柑、この候補生をクルーに推薦してくれ。そうじゃないと情報が錯綜する」

 

 まだ訓練生身分である桔梗を《ゴフェル》の予備クルーにしろと言うのか。それはさすがに、と濁した蜜柑であったが茉莉花も賛同する。

 

「それは吾もそう思う。連れて来たのだから責任は取りなさい」

 

「でも……まだ操主としても未熟で……」

 

「別に人機に乗って前線に出ろと言っているわけじゃない。ただ、得た情報を闇雲に他の候補生に流されるのは困ると言うだけの話だ。今は、一手でも間違えるわけにはいかない。一人加えるだけで状況を整理出来るのならば、それに越した事はないだろう」

 

 鉄菜はそう言い置いて去って行った。蜜柑は所在なさげな桔梗へと言葉を投げる。

 

「……思った以上の展開になったみたいね」

 

「その……私が《ゴフェル》のクルーに、なっていいんですか?」

 

「別におかしな話じゃないだろう。候補生はいずれ《ゴフェル》のクルーになるように訓練されているはずだ」

 

 それでも、彼女らに教え込むのは自分の役目だ。鉄菜や茉莉花が保証してはくれない。

 

「……こっちの問題なので、一度下がっていい?」

 

「ああ、好きにしろ。どっちにせよ、一旦の情報の整理が欲しい。美雨、リアルタイム監視を厳にして情報網の整理。バベルネットワークへのアクセス」

 

「了解っ。バベルへのアクセスを許諾」

 

 瞬間、美雨の腕を伝う銀色の血脈に蜜柑は息を呑んでいた。調停者としての性能。自分では与り知らぬその能力。

 

 茉莉花は声を振り向けないという事は、今は自分達の踏み入る領域ではないという事だろう。蜜柑は桔梗へと言葉を振っていた。

 

「……行きましょう」

 

 桔梗は情報区画を出るまで無言であったが、やがて充分に離れたと見るや声を放っていた。

 

「……教官。あれが鉄菜・ノヴァリスさんと……桃・リップバーンさんなんですね。伝説の操主……」

 

 無論、否定するわけではない。しかし、彼女らがそのような憧れで飾り立てられるのをよしとしているわけもないのだ。

 

「桔梗・イリアスさん。あそこで見聞きした事は……」

 

「もちろん、言いませんよ。でも、これはよかったと思うべきなんでしょうか? だって、《ゴフェル》の予備クルーに選ばれると言うのは……」

 

 結果論とはいえ、桔梗を戻れない道に赴かせてしまった。その後悔がないわけではない。

 

 しかし、彼女はどこか昂揚しているようでもあった。

 

 予備クルーとは言え、憧れの《ゴフェル》での勤務に心が躍っているのであろう。

 

 蜜柑は、警句を言うわけではなかったが、それでも言わずにはいられなかった。

 

「……そんなにいいものではないわ。戦いなんて」

 

「何でですか? 教官は、だって戦ったんですよね? 二年前に執行者として。だったら、ブルブラッドキャリアとしてこのまま腐るわけではないというのは喜ばしいのでは」

 

 実戦を知らない彼女は何が失われるのかを理解していないのだ。戦いの中で摩耗していく心も。

 

 だが、桔梗の心に泥をつけるわけにもいかない。自分はあくまで教官なのだ。

 

「……そういうわけでもない、というのが本当のところなのよ」

 

 それ以上の事は、今はまだ言えなかった。

 

 


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