ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯370 傭兵部隊

 訪れた自分に対して、訪問者、という体を一応は取る、というのは軍部として正しい判断なのだろうか、と疑問を浮かべてしまう。

 

 今の自分は、所詮は門外漢の扱いを受けても仕方がないと言うのに。

 

 眼前の連邦の士官は、それでも、と声を振っていた。

 

「かつての部下を無下には出来ないさ。シーア中尉……とは呼ばないほうがいいかな」

 

「感謝はしています。ですが、かつてのゾル国の復権を裏切った身。今さらの義は逆にお互いの立場を雁字搦めにするかと」

 

 その言葉に相手は深い皺に刻み込まれた笑みを浮かべていた。

 

「……よく生きていてくれた、とわたし個人は喜びたいのだがね。君の教育を請け負っていた身分だ。如何にゾル国がもう存在せず、連邦に全てが帰属した、とは言ってもだよ」

 

「今の私にとって、あなたは上官でもなければ顔見知りでもない、と言ったほうが動きやすいはずです」

 

「手厳しいな」

 

 微笑んだ士官にレジーナは用意していた質問を口にする。

 

「我々の組織に対しての理解は……」

 

「まだまだだ。そも、連邦軍が存在し、発足しているのにどうして君らのような……言ってしまえば根無し草が必要なのか、という疑問のほうが大きくってね。わたしの一存ではどうしようもない」

 

「いえ、正しいかと」

 

 レジーナは左胸の矜持を見やる。天秤の意匠が、今の自分が所属する組織の象徴であった。

 

「しかし、不可思議な宿縁もあったものだ。君がわたしの下を訪れるとは。いつか……ゾル国旗艦の中で、話した事を覚えているだろうか」

 

 そう口火を切った理由は自分も分かる。ちょうど差し掛かっていた人工の滝の光景はかつて仕えていた身分を思い起こさせた。

 

「……大義のために、ですか。ゾル国はしかし、不死鳥戦列でも不可能だった」

 

「時代の抑止力と言うべきか。いや、ここでは良心と呼ぼう。時代の良心が、ゾル国はもう必要ないのだと、判断したんだ」

 

 士官もゾル国復権を諦めた一人。思うところは同じか、とレジーナは口にしていた。

 

「……我々は、理想に生き過ぎていたのかもしれません。理想に殉じ、理想に飛ぶ。それがゾル国の……《フェネクス》の乗り手に相応しいのだと」

 

「不死鳥の乗り手は、今はもう地上を、か。しかし、今の星の状況は決して悪い未来ではないはずだ」

 

 それは結果論でしかない。エホバの理想が潰え、あの戦いが終わり、平穏が訪れていた。市民からしてみれば、それは充分過ぎるほどであろう。

 

 二年間――二年もの間、大きな戦乱は起こらなかった。無論、小競り合いや紛争は、その中でも起こってきたのだが、新連邦が発足し、少しずつ世界は調和を取り戻しつつある。それが何百年振りの、本物の平和になるかどうかは分からないが。

 

「君の所属機関に関して、兵士の理解は得られていない。こればっかりは、正直に言っておこう」

 

「いえ、理解しています。私も、自分のような立場の人間が軍部に出入りするのを快く思わない性質ですから」

 

「理解はあって助かる」

 

 その時、数人の軍士官が通り抜けて行った。自分を認めるなり、彼らはまるで忌まわしいものでも見たかのように眉根を寄せる。

 

 挙手敬礼し過ぎ去っていく彼らの言葉が耳に残響した。

 

「おい、あれって傭兵機関の……」、「また兵器の買い下げにでも来たのか。死の商人め」、「あいつらみたいなのがいるから、平和がいつまで経っても訪れないんだよ」

 

 言われるのは勝手、言うのも勝手。別段、言い返す気も起きない。レジーナは士官に導かれ、部屋へと訪れていた。

 

 ゾル国にて、《フェネクス》を操っていた時とさほど変わらぬ部屋に、レジーナは少しばかり安堵する。

 

「ここは……変わらないんですね」

 

「わたしという一個人は、あの戦いでも変わらなかった。それだけの愚かさだ」

 

「いえ、立派だと」

 

「君にそう言われるのはどこかむず痒いな」

 

 席についた士官は早速、と書類を手繰っていた。その中に天秤の意匠を施された書類を見つけ出し、提示してみせる。

 

「今回はナナツータイプと、それにトウジャの部品か。あまりいい印象はないのは、承知の上なのだね?」

 

「軍部では、我々の事をハイエナだとか、あるいは傭兵部隊と揶揄しているのは分かっております」

 

「それでも、曲げない、か」

 

「曲げればそこまでですから」

 

 レジーナの淡々とした物言いに士官は嘆息を漏らしていた。

 

「……強くなったものだ。放った小鳥がこうして帰ってくる事を、嬉しく思わないわけでもない。生き残ってくれた事にもね」

 

 だが、不死鳥は羽ばたかない。もう、羽ばたくだけの機会も失われてしまったのだ。その代わりの役目はきっちりと背負うべきである。

 

「しかし、この条件以上のものは出せない。連邦の事は少しでも耳にしていると思うが、軍備縮小の案も挙がっていてね。あまり君達に回すのもよくないと思われているし、こうしてやる取引も、闇取引だと言う輩もいる」

 

「私は気にしません」

 

「わたしが気にするのだよ。まぁ、それも所詮は些事だ。言わせておけばいい、くらいでちょうどいいのかもしれない」

 

「我々、ライブラには少しでも兵力が必要なのです。それは軍部の正規部品ならば少しはマシな働きも出来るというものでして」

 

「存じているよ。自治組織、ライブラ。その手腕も。……辺境コミューンの紛争地で、介入行動を行ったのが記憶に新しいか」

 

「紛争の根絶。それが我々の掲げる理念ですから」

 

 夢想していると思われるかもしれないが、そのための実行戦力はこうして得ている。かつての軍部でのパイプと、そして実績による説得力。連邦とて無視出来ない戦力にはなっているはずだ。

 

「紛争根絶、か。……獣道だな」

 

「それでも我々はやります。やり遂げてみせます。そのために、今は一つでも確かな兵力が欲しいのです。汚名が必要ならば被ります」

 

「逸るな、と言っても無駄なところか。いずれにしたところで世界の悪意を君達は直に受ける。その時に何を見据えるのか……わたしのもうろくした眼では分からない」

 

「ライブラでは、常に部下達に対して、平和を重んじるべきだと説いています。彼らはやってくれます。紛争根絶への道を」

 

「君達は分かっていても前に進む。その在り方が眩しいとさえ、思えてしまうのだよ。軍務に染まり過ぎた身としてはね。こうして祖国再生の夢を諦め、連邦の末席に名を連ねるわたしを笑うかね?」

 

「いえ、それも一つの在り方です」

 

 迷わずに応じたレジーナに士官は微笑んでいた。

 

「……本当に、真っ直ぐ育ってくれたものだ。しかし、それと交換条件は別の話でね。これも軍務の一つだ。ナナツーの部品はくれてやれるがトウジャに関しては待ったがかかっている。理由は分かるかね?」

 

「トウジャの部品が第三国へと流れています。それを軍部が、正式に認めるような調印は出来ない。つまり、第三国に流れるかもしれない事態において、我々ライブラに備品を与えるのも同じような意味合いを持つ、と」

 

「変わらず、小気味いい返事を寄越してくれる。その通りだ。知っての通りかもしれないが、第三国……辺境コミューンでも最近、トウジャタイプが跳梁跋扈している。二年前ならばまだしも、今、という事はそれだけトウジャの価値も下がってきたという事だ。市場価値の下がった商品が下へ下へと流れるのは常だとしても、あまりに早い。誰かが根回しをしているのではないか、という根も葉もない噂も立つ」

 

 そんな状態でライブラに部品を回せば、正式な場で人機の横流しが行われたと言うスキャンダルの種になる。それも加味して動きづらいのだろう。

 

「トウジャは何度か試運転しました。あれは新兵ほど先走る。少年兵やそういう問題を棚上げには出来ない、ゆゆしき事態です」

 

「言う通り、トウジャのコストパフォーマンスは凄まじい。あれ一つで過去のC連合がモリビトを駆逐せんとしたのがよく分かる。それほどまでに、よい人機なのだ。しかし、よい兵器とは言い難いな。誰でも扱えてしまう切れ味の鋭い刃は時として混乱を生む」

 

 よい兵器と悪い兵器の区別はつく。戦場をかき回す要因となるのならば、それは悪い兵器なのだ。

 

 無論、兵器にいいも悪いもナンセンスではあるのだが。

 

「……結論としてトウジャの予備パーツは渡せないと」

 

「分かってもらえないだろうか。そういう事情もある。ナナツーの余剰パーツならばいくらでも回せるんだが、正直なところ、実績と反比例して君らの組織は連邦に快く思われていない。札付きの悪党とまでは言わないが、台頭し始めた面倒な組織だとは思われているだろう」

 

「……傭兵部隊、ですか」

 

 ライブラの活動を新連邦は公には認めていないのだ。それは紛争根絶という活動方針の危うさや、その思想の下に断罪される命を鑑みれば当然と言えば当然であろう。

 

 身勝手な正義感で戦場を振り回す。その点で言えばブルブラッドキャリアと何も変わりはしない。

 

 ただし、自分達は話し合いの場は設ける。出来るだけ穏便に済むのならばそれに越した事はないからだ。

 

 戦地介入の際にも一度は停戦勧告を流してから、介入するのがルールであった。

 

 それは徹底されているはずなのだが、やはりと言うべきかいい印象はないらしい。

 

「ライブラがどのような理念の上に成り立っているのか、わたしは理解しているつもりだ。だが、皆が皆、そうではないと言うのは分かってくれ。人間は、そこまで物分りがよくはない」

 

 物分りがよければあるいは、ではあったが。レジーナは踵を揃え、返礼する。

 

「失礼します」

 

「シーア君」

 

 背中に呼びかけられた声にレジーナは足を止めていた。士官は咳払いする。

 

「……軍服より、そちらのほうが似合っている。これはお世辞ではない」

 

 自分が袖を通しているのは、薄緑色のスーツであった。確かに、士官の前ではかつて軍服以外は見せなかったな、とレジーナは慣れないタイトスカートを指で弾く。

 

「……馴染みませんよ。どうにも」

 

 それだけ言い置いて、レジーナは立ち去っていた。端末へとリアルタイム情報が飛び込んでくる。その中にいくつかの気になる情報を見出し、ライブラ本部に詰めているスタッフへと繋いでいた。

 

『どうしました? 指揮官』

 

「気になる情報を見つけた。数時間前に、連邦巡洋艦で事故が起きている。人機による事故だ。調べられるか?」

 

『待ってください……。おかしいですね。閲覧権限が一時的に引き上げられていて……。今、その情報にアクセス出来ません』

 

 アクセス不能。その事実にレジーナは習い性の言葉を走らせる。

 

「バベルの詩篇を使わずに、やって欲しい」

 

『いつもの手ですね。そっちで試してみましょうか』

 

 バベルの詩篇。それはこの二年間でオープンソースになった情報源の一つだ。誰のどのような端末からでも、認証さえ得られればブルブラッドの濃霧に阻害されず、さらに距離も時間も関係なくいつでも最良の状態で何もかもを手に出来る双方向情報ネットワーク媒体――それがバベルの詩篇である。

 

 しかしながら、レジーナはそのネットワークを使う事に懐疑的であった。バベルの詩篇の前には誰もが同じだ。だからこそ、あえてバベルの詩篇を用いない情報ネットを構築し、時間がかかってもそちらで探り出すようにしていた。

 

 スタッフが声を漏らす。

 

『バベルの詩篇の側では連邦の情報の隔壁が機能していますが、それ以外だと手薄にもほどがありますね。どうやら暴走事故だったようです。スロウストウジャの友軍機が撃墜……これを』

 

 端末に表示された映像には新型人機が海上で自律兵器を用いて他の人機を圧倒する様子が映し出されていた。

 

 巡洋艦からの映像だろう。画質はクリアだ。

 

 自律兵装が空間を奔り、トウジャを迎撃する。その様子は敵味方の識別が判然としないのならば正しい判断のように思えるが、しかし、すぐ傍に控えているのは最新鋭の連邦艦。当然、敵味方信号が混在したなどあるはずもない。

 

「……意図的、なのか……」

 

『何のために……』

 

「暴走事故自体はそれほど珍しいとは思えないのだが……この新型機の操主を探れるか?」

 

『もう探っていますよ。連邦所属、カグラ・メビウス准尉。女性。それとこれは……。ちょっと驚きですね。准尉士官レベルなのに、秘匿権限は上位です。どういう事なんだ……?』

 

 さらに調べを進めるスタッフにレジーナは言いやる。

 

「深く潜り過ぎるなよ。勘付かれる」

 

『そんなヘマはやりませんよ、っと! ……出ました。送信します。二十秒後に抽出ファイルを削除しますので、保存して保護してください』

 

 なかなかに無茶をやる、と思いながらレジーナは送信されたデータに添付された資料を開いていた。目を通すと、驚愕の事実が並べ立てられている。

 

「……純正血続、セカンドステージ? 血続と言えば、アンヘルか」

 

『アンヘルの構成員全員が血続って言う、人機操縦に長けた人間達だったってあれですか。結構、眉唾ですけれど、血続って言うものに対する理解はまだ世間では薄いですね。……血続研究は今一つ進んでいない分野でして』

 

 レジーナは周囲へと視線を配る。ここでする話ではなさそうだ。

 

「帰還してから、後は聞こう。どうにもきな臭いな」

 

『ええ。まずい事に首を突っ込む前に退散したいところなんですが、これはもしかすると当たりを引きましたか?』

 

「墓穴の間違いかもしれない。自分はこれよりライブラ本部に帰還する。下手に動くなよ。……何かが、起こり始めている」

 

 その予感にレジーナは空を仰いだ。コミューンの天蓋に塞がれた空が重く垂れこめていた。

 


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