ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯37 守るべきは

 モリビトタイプの演出過剰なほどの動きは僻地でも大きく伝えられていた。

 

 モニターを前にしていたリゼルグとタイニーが画面を指差して囃し立てる。

 

「おいおい、こいつは驚きだ。モリビトが独立国家に刃を向けてやがる。こりゃどこいらの英雄さんも興味がおありなんじゃないかねぇ」

 

 わざと大声で言っているのだ。気にする事ではない、と桐哉は通り抜けようとして、タイニーの一声に足を止めた。

 

「もしかして、敵国の内部からモリビトの演出でも頼まれているんじゃないのか? それこそ、英雄さんには大枚を掴まされて」

 

 桐哉が一瞥を投げる。それだけで好機だったのだろう。リゼルグの巨躯が桐哉を威圧する。

 

「何だよ? 言いたい事があるなら言いな」

 

「いや……何でもない」

 

 拳を骨が浮くほど握り締める。ここで挑発に乗ってどうする。冷静な自分を他所にタイニーが調子づく。

 

「英雄さんは牙ももがれた様子だな。言い返すのも出来ないのかよ」

 

 キッと睨みつけるとタイニーは口笛を吹いた。リゼルグがその視野を遮る。

 

「相棒が何か気に障る事言ったかよ。なぁ、英雄よぉ」

 

 何でもないで貫き通せるのにも限度がある。桐哉は歯噛みして必死に言葉を飲み込んだ。言い返すのは簡単だ。だがその後の事まで考えるとなれば軽率な発言は慎まなければならない。

 

 リゼルグはこちらが黙っているのをいい事に侮蔑の言葉を吐いた。

 

「……所詮はてめぇなんて祀り上げられただけの人間だって事だ。神輿に担がれた気分はどうよ? 英雄モリビトさんよぉ。案外、最初の戦闘だって自分がけしかけたんじゃねぇのか? 卑しい一族だな、英雄の血筋ってのはよぉ!」

 

 ――それだけは我慢ならなかった。

 

 自分が貶められるだけならばまだいい。だが翻って自分の一族まで侮辱されるのは。何よりも、妹の燐華まで嗤われているようで桐哉は拳を振り上げた。

 

 その瞬間、けたたましいガラスの破砕音が響き渡る。

 

 転げたリーザが慌てて医療器具を回収していた。

 

「すいませんっ、すいませんっ」

 

「……興が削がれた。先生よぉ、気ぃつけな。ただでさえ鈍くさい眼鏡なんだからよ」

 

「すいませんっ……」

 

 タイニーとリゼルグが立ち去っていくのを目にしながら桐哉は握り締めた拳の収めどころを彷徨わせていた。

 

 リーザは眼鏡を上げて桐哉の顔を窺う。

 

「その……怒ってます?」

 

「いえ……大丈夫です」

 

 殴りかけたのだ。大丈夫なはずがないのだが、この少女の前ではせめて毅然とした態度でいようと思っていた。自分の事をまだ嗤わないでいてくれている存在だ。

 

「実はその……立ち聞きするつもりはなかったんですけれど、リゼルグ曹長、声が大きいから……その……」

 

 聞いてしまったわけか。桐哉は後頭部を掻く。

 

「あまり気を遣われても仕方ないですし、俺の事なんて気にしないでいいですよ」

 

「でもっ、あんな言い草ないですよね。リゼルグ曹長ももうちょっと大人になればいいのに」

 

「いえ……モリビトが暴れ回っているのは事実ですし何よりも……」

 

 自分の力不足が痛感される。あの時、大気圏突入時に自分がモリビトを倒していればこのような好き勝手はさせないのに。

 

「……その、桐哉准尉には非はないですよ」

 

「いや、非はあるんです。モリビトの名前以上に、連中みたいなのがこの世界を蹂躙しているってのが」

 

 それを押し止めるのがスカーレット隊の任務であったのに、自分は何をしている。このような僻地でのうのうと暮らし、士官とじゃれ合っている暇もないのに。

 

 拳を打ち下ろすとすればそれはリゼルグにではなく、モリビトにであった。

 

 自分はどれほどまでに無力なのか、と思い知らされる。枷よりもなお、自分を苦しめるのはこの境遇であった。

 

 今すぐにでも出撃してモリビトを倒してしまえれば、この戦いは終わる。惑星は平和なまま、古代人機だけを潰せばいい、本当の平和に戻れるのに――。

 

 そのピースは持っているのに、自分には何も出来ない。歯がゆさを感じずにはいられなかった。

 

「そ、そうだっ! 准尉、機体を見に行きましょうよ!」

 

「機体? バーゴイルの事ですか?」

 

 どうして、と困惑する間にリーザが手を引く。

 

「愛機さえ整っていればいつでもモリビトなんて倒しちゃえますっ! 准尉は強いんですから!」

 

「でも、二度もモリビト迎撃に失敗して……」

 

「勝負は時の運もあるんでしょう? あたしはうまく言えないですけれど、そういう巡り合わせが悪かっただけですよぅ。大丈夫ですっ! 絶対に准尉はモリビトなんてガツンと!」

 

 拳を振るったリーザに桐哉は気圧される。

 

 何にも出来ないと自分の事を恥じていたこの少女仕官のほうが充分に強い。

 

 それに比べて自分は何と女々しい。一度や二度の敗北程度で諦めるなど。

 

「……分かりました。見に行きましょう」

 

 その言葉一つでリーザの表情が明るくなる。自分が言い出したのに一番に自信のない面持ちをしているのだ。

 

「はいっ! きっとカッコいいんでしょうね、准尉のバーゴイル!」

 

 自分も愛機を見せるのは誉れ高い。スカーレットの赤い塗装は宇宙で戦い抜いてきた歴戦の猛者の証であった。

 

 人機のデッキに向かう途中、整備班とすれ違う。彼らは桐哉を見つけるなり、リーザと見比べた。

 

「後任の先生と、……クサカベ准尉。どうして一緒なんですか」

 

「一緒じゃ駄目ですか? あたし、准尉のスカーレットを見たくって!」

 

 声を弾ませたリーザに整備班は桐哉に鋭い一瞥を投げる。

 

「……この間言った事、忘れたなんて言わないでくださいね」

 

 その言葉の意味が分からないのだろう。リーザが小首を傾げている間に整備班は通り抜けていった。

 

「何なんでしょう? 感じ悪いですねっ」

 

 人機の密集する整備ハンガーには自分の愛機以外のバーゴイルも無数に駐在している。だがどれも型落ち品だ。

 

 自分のスカーレットが一番に輝いている、はずであった。

 

 しかし、自分の固有番号があてがわれた場所に佇んでいたのは、赤い塗装が剥がされたバーゴイルであった。

 

「准尉のバーゴイルは……」

 

 首を巡らせるリーザの前で桐哉は整備班の小言を思い出していた。

 

 ――耐熱コーティングを施すほどの余裕はない。

 

 赤い塗装は徹底的に剥がされていた。一分ほどの残滓もない。黒いバーゴイルは他のバーゴイルと同じ、否、それ以上に無様であった。

 

 塗装を無理やり剥がしたのがありありと伝わるほど後の処理はいい加減なものであった。

 

 黒というよりもかすんだ灰色の姿を晒すバーゴイルは自分よりも惨めに人機の整備デッキの中で肩を縮こまらせているように映る。

 

「……すいません、先生。自分の立場をまた、忘れていました」

 

「いえっ、その……あたしこそ、何も知らずに、准尉を傷つけちゃったみたいで……」

 

 悪いのは自分のほうなのだ。だというのにリーザは今にも涙ぐみそうである。

 

 頭を振って桐哉はバーゴイルの頭部コックビットに続くタラップを駆け上がった。

 

「見てください、先生。こうやって人機ってのは動かすんです」

 

 無理やりにでも自分を鼓舞しなければ今にも崩れてしまいそうであった。

 

 リーザは涙を目元に浮かべていたが、稼動するバーゴイルの推進剤のバルブを目にして驚嘆の笑みを作った。

 

「すごいですねっ! クサカベ准尉!」

 

 その笑顔も脆く、消えてしまいそうで、桐哉は自分の顔を見せられなかった。

 

 彼女が強く耐えているのに自分が壊れてしまえばどうなる。今にも頬を伝いそうな熱を桐哉はぐっと耐えた。

 

 整備班の冷たい目線を感じ取る。それでも、リーザにだけは笑顔でいて欲しい。

 

「空中機動の時、バーゴイルはこう動くんですよ」

 

 ――自分は何をしているのだろう。不意に突き立った疑問が胸の内を黒々と染めていく。

 

 本来ならば衛星軌道上で古代人機を討ち、接近する未確認物体を破壊するのが役目のはずだ。

 

 惑星の平和と秩序を守る、選ばれし守り人。それが自分であったはずなのに……。

 

 嗚咽の声が覚えず漏れていた。リーザが表情を翳らせる。

 

「すいません。俺、強くあらなきゃいけないのに……どうしても……」

 

 どうしても耐えられなかった。

 

 整備デッキの一画に佇むバーゴイルから悔恨の声が残響していた。

 

 


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