ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯362 帰還

《モリビトセプテムライン》の眼光に生命が宿る。梨朱はアームレイカーに入れた腕を掲げ、《セプテムライン》を稼働させていた。

 

「《セプテムライン》、起動。行ける……!」

 

 起動した《セプテムライン》が浮き上がったプレッシャーライフルを手に取る。

 

「解除キーを打ち込み。……成功。照準、《モリビトシンス》」

 

《トガビトザイ》の骸共々、浮かび上がっている《モリビトシンス》の機体へと、とどめの銃撃を見舞う。

 

 光条が《モリビトシンス》を貫き、血塊炉を完全に射抜いていた。爆発の光が拡散し、《モリビトシンス》が青い血潮を撒き散らして消えていく。

 

 梨朱は哄笑を上げていた。

 

「勝った! これで私の……梨朱・アイアスの勝利だ! もう恐れるものは何もない! 私こそが、完璧な血続!」

 

 勝利の陶酔に浸った梨朱は直後、関知網を震わせた敵影に意識を向ける。

 

 まだ残存兵がいたか、と機体照合をかけた瞬間、その紡ぎ出された名称に震撼する。

 

「……まさか。まさか!」

 

 その照合名称はモリビト――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えているのか。恐ろしいのか。

 

 ――否、これは原初の衝動。これは、自分のこの身体を衝き動かすもの。これは何よりも……自分の鼓動だ。

 

 鉄菜は操縦桿を握り締め、戦闘機形態の《クリオネルディバイダー》一号機へと可変をかけさせていた。

 

「《クリオネルディバイダー》一号機、可変シークエンスを実行。内蔵血塊炉の識別信号を受信」

 

 白銀の装甲が翻り、内部に格納されたとある人機を呼び起こす。背部にマウントされた翼が拡張し、青と白銀の躯体が遥か下方に位置する最後の機体を睨む。

 

 相手は《モリビトセプテムライン》。

 

 鉄菜は変形を果たした愛機の名前を紡ぎ上げていた。

 

「――《モリビトシルヴァリンク》。鉄菜・ノヴァリス――未来を切り拓く!」

 

 腰に収納されたRソードを引き抜き、オレンジ色の刃を顕現させる。

 

《セプテムライン》より叫びが迸っていた。

 

『この……欠陥品がァーッ!』

 

 その叫びを鉄菜の咆哮が上塗りする。《モリビトシルヴァリンク》は加速度のまま《セプテムライン》へと突っ込んでいた。

 

 二機がもつれ合い、月面表層を流れ、粉塵を上げて突っ切っていく。それぞれが弾き合い、《シルヴァリンク》は前を行く《セプテムライン》の絞ったプレッシャーライフルの光条を肩口に受けていた。それでも止まる事はない。

 

 鉄菜はRソードを払い《セプテムライン》へと斬りかかる。その光芒を敵機は受け止め、《シルヴァリンク》の腹腔へと膝蹴りを浴びせた。衝撃に鉄菜は息を詰め、《シルヴァリンク》をそのまま仰け反らせ、《セプテムライン》を投げ飛ばす。

 

 月面の砦に背筋から突っ込んだ《セプテムライン》が粉塵の中で無茶苦茶にプレッシャーライフルを放っていた。

 

 その一部が《シルヴァリンク》を掠める。それでも鉄菜は恐れどころか、退く事もない。

 

 Rソードを発振させ、敵へと剣閃を浴びせかかる。

 

 砂礫を裂いて現れた《セプテムライン》の手にもRソードが握られていた。

 

 二機のRソードがそれぞれの機体を溶断させる。《セプテムライン》の切っ先が《シルヴァリンク》の頭部を引き裂き、《シルヴァリンク》の太刀が敵の肩口から腹腔まで引き裂いていた。

 

《シルヴァリンク》がそのまま刃を返した《セプテムライン》の腕を引っ掴み、月面に転倒させる。敵機は転倒の間際、バランサーを崩し、《シルヴァリンク》の足を払っていた。

 

 二機共にもつれ合い、月面上で砂を巻き上げる。

 

《セプテムライン》が立ち上がり、溶断された箇所をさすってから、Rソードを携えた。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》を立ち上がらせ、敵機を睨む。

 

 失ったデュアルアイセンサーが内側より生命の光を携え、隻眼の《シルヴァリンク》が銀翼を拡張させた。

 

 オレンジ色の光が逆巻き、発生した物理エネルギーが全て、Rソードの一太刀へと集約される。

 

 突きつけ、鉄菜と《シルヴァリンク》はそのまま駆け出していた。月面を蹴り上げ、加速度に身を任せる。

 

 満身から吼え立て、梨朱の《セプテムライン》が交錯する瞬間、その刃を奔らせていた。

 

 ――どちらの刃が決定的であったのか。どちらの太刀が決定打であったのか。

 

 それは誰にも分からない。恐らく、最後の最後まで人機を稼働させていた、二人でさえもだろう。

 

《シルヴァリンク》のRソードは正確無比に血塊炉を貫いていた。

 

 しかしながら、《セプテムライン》の切っ先もまた、《シルヴァリンク》の丹田を貫き、そして直後、爆発の輝きが霧散する。

 

 漂う《シルヴァリンク》より、鉄菜は惑星を視界に入れていた。

 

 熟れた果実。罪の色を湛えた星。しかしながら、全ての魂が還るべき場所。還るべき、命の河――。

 

 涅槃の光の中に染まった宇宙を、いくつもの軌道が行き過ぎていく。

 

 月面を数多の骸が浮遊し、それらの人機の手が虚空を掻く。

 

 きっと誰もが、永遠を、永劫たる世界を望んでいたに違いない。

 

 それでも永遠を得られるのはごく僅か。一握りに過ぎない。その残酷なる現実に、鉄菜の頬を涙が伝う。

 

 六年前とは違う。この涙の行方が何なのか、彼女には分かっていた。

 

「――帰ろう。みんなの、ところへ」

 

 みんなのところへ――。

 

 




明日、♯FINALとあとがきを上げます。ここまでありがとうございました。

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