《モリビトセプテムライン》の眼光に生命が宿る。梨朱はアームレイカーに入れた腕を掲げ、《セプテムライン》を稼働させていた。
「《セプテムライン》、起動。行ける……!」
起動した《セプテムライン》が浮き上がったプレッシャーライフルを手に取る。
「解除キーを打ち込み。……成功。照準、《モリビトシンス》」
《トガビトザイ》の骸共々、浮かび上がっている《モリビトシンス》の機体へと、とどめの銃撃を見舞う。
光条が《モリビトシンス》を貫き、血塊炉を完全に射抜いていた。爆発の光が拡散し、《モリビトシンス》が青い血潮を撒き散らして消えていく。
梨朱は哄笑を上げていた。
「勝った! これで私の……梨朱・アイアスの勝利だ! もう恐れるものは何もない! 私こそが、完璧な血続!」
勝利の陶酔に浸った梨朱は直後、関知網を震わせた敵影に意識を向ける。
まだ残存兵がいたか、と機体照合をかけた瞬間、その紡ぎ出された名称に震撼する。
「……まさか。まさか!」
その照合名称はモリビト――。
震えているのか。恐ろしいのか。
――否、これは原初の衝動。これは、自分のこの身体を衝き動かすもの。これは何よりも……自分の鼓動だ。
鉄菜は操縦桿を握り締め、戦闘機形態の《クリオネルディバイダー》一号機へと可変をかけさせていた。
「《クリオネルディバイダー》一号機、可変シークエンスを実行。内蔵血塊炉の識別信号を受信」
白銀の装甲が翻り、内部に格納されたとある人機を呼び起こす。背部にマウントされた翼が拡張し、青と白銀の躯体が遥か下方に位置する最後の機体を睨む。
相手は《モリビトセプテムライン》。
鉄菜は変形を果たした愛機の名前を紡ぎ上げていた。
「――《モリビトシルヴァリンク》。鉄菜・ノヴァリス――未来を切り拓く!」
腰に収納されたRソードを引き抜き、オレンジ色の刃を顕現させる。
《セプテムライン》より叫びが迸っていた。
『この……欠陥品がァーッ!』
その叫びを鉄菜の咆哮が上塗りする。《モリビトシルヴァリンク》は加速度のまま《セプテムライン》へと突っ込んでいた。
二機がもつれ合い、月面表層を流れ、粉塵を上げて突っ切っていく。それぞれが弾き合い、《シルヴァリンク》は前を行く《セプテムライン》の絞ったプレッシャーライフルの光条を肩口に受けていた。それでも止まる事はない。
鉄菜はRソードを払い《セプテムライン》へと斬りかかる。その光芒を敵機は受け止め、《シルヴァリンク》の腹腔へと膝蹴りを浴びせた。衝撃に鉄菜は息を詰め、《シルヴァリンク》をそのまま仰け反らせ、《セプテムライン》を投げ飛ばす。
月面の砦に背筋から突っ込んだ《セプテムライン》が粉塵の中で無茶苦茶にプレッシャーライフルを放っていた。
その一部が《シルヴァリンク》を掠める。それでも鉄菜は恐れどころか、退く事もない。
Rソードを発振させ、敵へと剣閃を浴びせかかる。
砂礫を裂いて現れた《セプテムライン》の手にもRソードが握られていた。
二機のRソードがそれぞれの機体を溶断させる。《セプテムライン》の切っ先が《シルヴァリンク》の頭部を引き裂き、《シルヴァリンク》の太刀が敵の肩口から腹腔まで引き裂いていた。
《シルヴァリンク》がそのまま刃を返した《セプテムライン》の腕を引っ掴み、月面に転倒させる。敵機は転倒の間際、バランサーを崩し、《シルヴァリンク》の足を払っていた。
二機共にもつれ合い、月面上で砂を巻き上げる。
《セプテムライン》が立ち上がり、溶断された箇所をさすってから、Rソードを携えた。
鉄菜は《シルヴァリンク》を立ち上がらせ、敵機を睨む。
失ったデュアルアイセンサーが内側より生命の光を携え、隻眼の《シルヴァリンク》が銀翼を拡張させた。
オレンジ色の光が逆巻き、発生した物理エネルギーが全て、Rソードの一太刀へと集約される。
突きつけ、鉄菜と《シルヴァリンク》はそのまま駆け出していた。月面を蹴り上げ、加速度に身を任せる。
満身から吼え立て、梨朱の《セプテムライン》が交錯する瞬間、その刃を奔らせていた。
――どちらの刃が決定的であったのか。どちらの太刀が決定打であったのか。
それは誰にも分からない。恐らく、最後の最後まで人機を稼働させていた、二人でさえもだろう。
《シルヴァリンク》のRソードは正確無比に血塊炉を貫いていた。
しかしながら、《セプテムライン》の切っ先もまた、《シルヴァリンク》の丹田を貫き、そして直後、爆発の輝きが霧散する。
漂う《シルヴァリンク》より、鉄菜は惑星を視界に入れていた。
熟れた果実。罪の色を湛えた星。しかしながら、全ての魂が還るべき場所。還るべき、命の河――。
涅槃の光の中に染まった宇宙を、いくつもの軌道が行き過ぎていく。
月面を数多の骸が浮遊し、それらの人機の手が虚空を掻く。
きっと誰もが、永遠を、永劫たる世界を望んでいたに違いない。
それでも永遠を得られるのはごく僅か。一握りに過ぎない。その残酷なる現実に、鉄菜の頬を涙が伝う。
六年前とは違う。この涙の行方が何なのか、彼女には分かっていた。
「――帰ろう。みんなの、ところへ」
みんなのところへ――。
明日、♯FINALとあとがきを上げます。ここまでありがとうございました。