《ゴフェル》メインフレームよりシグナルを認証する要請が成され、茉莉花は何度目か分からない、戦局の把握に努めていた。
「……モリビト三機、シグナル不明のまま、もう十分……。これでは……」
「諦めないで。まだ、鉄菜は諦めていなかった。だからここまであの無茶苦茶な人機相手に立ち回ってきた。宙域監視は?」
「アイザワ大尉と瑞葉さんからの通信も途絶えています。……《イクシオンオメガ》を倒したところまでは観測出来るのですが……」
それ以降は不明、か。茉莉花は独自の判断を求められていた。
観測出来ない領域で、鉄菜は戦っている。それは桃も、蜜柑も同じはず。ならば、自分のやるべき事は出来得るだけこの戦いの最後の最後まで見守る事。
「……警戒を厳に。近づいてくる敵影を逃さないで。一個でも逃すと我が方の敗北となるわ」
「……待ってください。宙域を飛翔する機影を観測。こちらに真っ直ぐ向かってきます!」
来たか、と警戒を走らせた茉莉花は、直後の敵味方判別信号に虚を突かれていた。
「反応、《クリオネルディバイダー》二号機……。ニナイ艦長、遅い帰還ね……」
ブリッジのクルー達からニナイの《クリオネルディバイダー》を誘導させるように指示が成される。今の格納庫は上へ下へと騒がしい事だろう。
「ガイドビーコンを出して、艦長の帰還を。ニナイ、何か釈明は?」
ノイズの後、ニナイから声が搾られる。
『……何とか傷は浅い感じよ。……鉄菜達は?』
「《トガビトザイ》って言う無茶苦茶な人機と戦っているわ。現状、モニター不可」
その結論に彼女も唾を飲み下したのが伝わったが、やがてニナイは艦長の声で発していた。
『……宙域は分かる?』
「《モリビトシンス》の最後の信号が途絶えた場所なら。……どうする気?」
『……鉄菜は《モリビトシンス》をプラントに帰す前に、装備していた《クリオネルディバイダー》を分離させた。……必要なはずよ。あの《クリオネルディバイダー》は、誘導が可能なはず』
視線を流すとクルーは頷いていた。
「……最初の《クリオネルディバイダー》にはこちらからの遠隔操縦が可能です」
「何をするつもり?」
『……鉄菜に託すわ。最後の……力を』
そこまでで集中力を使い切ったのか、ニナイが通信窓越しに失神する。それをクルー達が慌てて誘導していた。
「二号機の誘導、急いでください!」
「格納庫のスタッフと整備班に入電! 二号機搭乗の艦長をすぐさま医療ブロックに移送!」
流れていく状況を顧みつつ、茉莉花はニナイの言葉を辿っていた。
キーを打ち、《クリオネルディバイダー》一号機を遠隔誘導する。
「茉莉花さん? でも、《モリビトシンス》がどういう状態なのか……」
「分からないから手を打っておくんでしょう。……生きていなさいよ、鉄菜。あなたのために、みんながありったけを込めた。これで……!」
エンターキーを押し、実行する。これで最後の手段は放たれていた。
直前に分離したとは言え、その余波を受けていた。
梨朱は白亜の《トガビトコア》が月面を滑るように駆け抜けるのを自覚する。最後の最後、生存本能は正しく機能したらしい。
その身から笑いが込み上げる。直後には、額を押さえ高笑いしていた。
「……これで! 私が完全なる血続となった! あの鉄菜・ノヴァリスは死んだんだ! 結果だ! 結果が全てにおいて優先されると言うのならば! 私の完全勝利は、梨朱・アイアスと言う個体の完璧さを……!」
そこで不意に赤い警戒色へと《トガビトコア》の各部が染まる。やはり、跳ね返されたエクステンドプレッシャー滅の威力は絶大。《トガビトコア》でさえも最早持たないであろう。
「……宙域を漂う人機……。どれでもいい。私の脳内ネットワークはそのまま、デブリ帯に隠しておいたバベルの一部に接続されている。どの人機でも乗りこなせる。……だがどれも」
漂うばかりの骸はどれも《アサルトハシャ》ばかり。これでは使い物にもならない。そう思った瞬間、拡大モニターが一機の浮かび上がった人機を示していた。
その姿に喜悦の笑みが宿る。
「……信じたくはないが、これも運命か。私は、まだ……戦える」
その機体へと《トガビトコア》を接近させる。背部拡張モジュールが廃されているが間違いない。
恐らくブルブラッドキャリア本隊が自分のデータバックアップのために残しておいたのだろう。灰色のカラーリングを施された自分の愛機――《モリビトセプテムライン》が誘うべき眼差しを伴わせて虚空を見据えている。
梨朱は《トガビトコア》より射出し、《セプテムライン》のコックピットへと取り付く。《トガビトコア》に残存するエネルギーを移植する事は可能だ。
「……見ていろ。鉄菜・ノヴァリス。勝利者は、この梨朱・アイアスだ」
何が巻き起こったのか、まるで分からない。分からないが、それでも鉄菜は、《モリビトシンス》の巻き上げた白銀の旋風が、全てを反射し、真なる輝きが憎悪を弾き返したのを思い返していた。
何もかも過ぎたる代物。茫漠とした意識の中で、鉄菜は瞼を開く。
《モリビトシンス》のコックピット部が焼け爛れており、気密警報が鳴り響いていた。
どうやらギリギリのところで弾き返したらしい。四肢は砕け、《モリビトシンス》の継続戦闘は不可能に思われた。
「……帰るんだ。私は……」
しかし、身体が、《モリビトシンス》は応えてくれない。いつまで経っても、この宙域を漂うばかりであった。
鉄菜はリニアシートに身を預ける。呼吸も浅くなっている。このままでは――そう感じた瞬間、視界の隅を銀翼が跳ねていた。
「あ、れは……」
暗礁の宇宙を裂く銀翼はまさしく――。