ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯359 VS《トガビトザイ》Ⅱ

 瞬く間に銀龍の機体が黄金に染まり、背面に装備した二基の《クリオネルディバイダー》が展開する。右肩のシールド《クリオネルディバイダー》と連結し、瞬時にその攻撃性能を拡大する。

 

 黄金の一撃が灼熱と憤怒の赤に染まり、右側に必殺の勢いを灯らせていた。

 

「エクステンド――ッ!」

 

『させるものか! 《トガビトザイ》、エクステンド、チャージ!』

 

 その一声に鉄菜を含め、全員が震撼する。黄金の血潮が四つの柱に行き渡り、やがて中枢部の《トガビトコア》が漆黒と赤に染まった。

 

 瘴気を帯びた《トガビトザイ》より、黒いリバウンドプレッシャーが無数に放たれる。

 

 軌道も、法則性も無視した全方位砲撃は、この時展開していた、ブルブラッドキャリア全人機の足を止めていた。

 

 月面を踏みしだいていた《ナインライヴス》が眼前に一撃を浴びせられ、足を止めたその時には、無数の光条が降り注ぐ。

 

「桃!」

 

 声にしたその時、宙域機動していた《イドラオルガノン》が笠の防御壁を張るが、その防御を無情にも貫通し、《イドラオルガノン》のフレームが爆炎に包まれる。

 

 悲鳴が通信網を劈いていた。

 

『こんなもの……クロナ!』

 

 瑞葉が何かに勘付いたように《カエルムロンド》を疾駆させ、咄嗟に前に出る。その軌道上に割り込んできた《トガビトザイ》の砲撃を瑞葉の《カエルムロンド》が受けていた。半身を潰され、煤けた機体が流れていく。

 

『野郎……。よくも瑞葉を!』

 

《ジーク》が果敢に前へと進み、その砲撃網を抜けた先に剣を突き立てようとするが、その切っ先が引き裂いたのは何もない場所であった。

 

『……熱源の眩惑……。おれの眼を……』

 

 搾られた声音に《ジーク》の背面へと無数の光条が吸い込まれるように命中する。多段攻撃を受けた《ジーク》の装甲に亀裂が走り、その内部フレームを剥き出しにした。

 

「……みんな……」

 

 放とうとしていたエクステンドディバイダーは完全に中断されていた。

 

 自分以外の全員が重篤な被害を受けた。それだけでも計算外なのに、相手はエクステンドチャージをまるで別種の領域で使用する。

 

『大型血塊炉を積んだ《モリビトルナティック》の素体と! そして究極の人機たる、《トガビトコア》の性能は《トガビトザイ》を完全なる人機へと引き上げた! 今の《トガビトザイ》が構築するリバウンドフィールドは惑星が展開するのとほぼ同等! さらに! その攻撃性能は艦隊クラスに匹敵する! これでもまだ! 希望を振り翳すか、無謀なる者達よ!』

 

 鉄菜は絶句していた。エクステンドディバイダーを用いれば、まだ逆転の目は残されていると思われていた。しかし、眼前の敵はどうだ。

 

 漆黒の瘴気を帯びた《トガビトザイ》には全ての攻撃は無効。それが歴然と分かる。それだけに、自分の持ち得る抵抗策など、まさしく羽虫の一事のように思われてしまう。

 

 携えたエクステンドディバイダーの刃など松明のようなものだ。敵は月面軌道上で燃え盛る煉獄の炎そのもの。

 

 そんな相手に、松明の刃が通用するものか。

 

 鉄菜は面を伏せていた。これで、対抗の策は潰えた。自分の刃など、ただ闇雲に死期を遠ざけるだけの抵抗――。

 

 そんなものに意味はあるのか。意義はあるのか。勝てないのか、ここで何もかもが敗北の一途を辿るのか。

 

「……私は……」

 

『焼け落ちろ! 《モリビトシンス》! エクステンドプレッシャー――滅!』

 

 漆黒の衝撃波が《モリビトシンス》へと放たれる。バイザーを染め上げ、何もかもを虚無の向こうへと追いやる黒の波動に、《モリビトシンス》はその輝きさえも掻き消そうとしていた。

 

 何もない。

 

 何もない、暗黒。

 

 その絶望の向こうへと、希望は砕け落ちる。

 

 そう、誰もが確信したであろう。

 

 ブルブラッドキャリアの、モリビトでも勝てない――。

 

 その事実に、現実に、重く横たわるそれに――諦めしか浮かべられない。戦う事なんて、出来ない。

 

 だから、直後に響いた声に、鉄菜は咄嗟の反応が遅れていた。

 

 ――それでも、前に進むんでしょう?

 

 声の在り処へと、鉄菜は振り返る。

 

 巨大人機が推進剤を焚いて、漆黒のエネルギー波をリバウンドフィールドで弾き返そうとしていた。

 

「キリビト……イザナミ……」

 

 燐華の人機が支持アームより伸ばした巨大なプレッシャーソードを振るい上げ、雄叫びがこの絶望を上塗りする。

 

『鉄菜は! あたしが守るんだからぁっ!』

 

 思わぬ伏兵であったのだろう。梨朱も、その相手へと声を弾けさせる。

 

『何が出来る! ハイアルファーの呪縛の中にあるだけの、呪われた機体が!』

 

『出来る! 鉄菜はあたしにくれた! 未来をくれたの! だったら、今度はあたしの番! あたしが、鉄菜の未来を創る! 鉄菜がそう教えてくれた! 壊すだけじゃない、作り上げる事も出来るって!』

 

「……燐華……」

 

『……そう、だな……』

 

 反応した瑞葉の《カエルムロンド》がミサイル攻撃を《トガビトザイ》へと殺到させる。爆発の光輪が咲き、《カエルムロンド》がプレッシャーソードを発振させる。

 

 その灯火のような刃と、《トガビトザイ》の漆黒のオーラが干渉し合っていた。しかし、見るも明らかな劣勢。

 

《カエルムロンド》は今にも崩れ落ちそうである。

 

「ミズハ! やめるんだ! 《カエルムロンド》では勝てない!」

 

『……わたしも、同じだ。クロナに、希望をもらった。生きていていいのだと、機械天使じゃない、人間として……! 生きていいのだと教えてくれた! クロナはわたしに、希望をくれたんだ! 明日を生きると言う、希望を!』

 

 瑞葉と燐華が《トガビトザイ》の敵意を退ける。それでも機体は限界なのは見て取れる。《カエルムロンド》は半身を失い、《キリビトイザナミ》はその機能のほとんどを失っている。

 

 それでも、彼女らは止まらない。

 

《キリビトイザナミ》が先行し、大型プレッシャーソードをリバウンドフィールドへとぶつける。跳ね返った干渉波を、《キリビトイザナミ》は展開したリバウンドフィールドで中和しようと叫ぶ。

 

 だが、その抵抗は虚しく、《トガビトザイ》の保有するリバウンドフィールドに上塗りされていく。《キリビトイザナミ》ほどの性能を持つ人機でさえも、《トガビトザイ》の前では無力に等しい。

 

 その赤い装甲が剥離し、《キリビトイザナミ》が次々に制御を失い、支持アームが砕け落ちていく。

 

 それでも、燐華から諦めの声は出ない。

 

 新たに咲いた速射プレッシャー砲が掃射され、リバウンドフィールドを砕こうとするが、それでも堅牢なる闇の壁は消え失せるどころか、より強固となる。

 

『不可能だ! 如何に優れた血続と言っても、人機の性能が違う!』

 

『……人機の性能が違ったって……っ! あたしと鉄菜の友情は折れない! 砕けない!』

 

『わたしも、だ……。クロナはわたしに与えてくれたんだ。だったら、報いるのが正解のはず!』

 

 二人の決死の抵抗が《トガビトザイ》へと突き刺さるが、それでも《トガビトザイ》は少しも後退さえしない。

 

『羽虫が、砕けろォッ! ハイリバウンド――プレス!』

 

 直後、リバウンドで何倍にも増幅した重力磁場が形成され、二機を網に捉えていた。《キリビトイザナミ》と《カエルムロンド》が重力の投網にかけられ、月面へと激突する。

 

 鉄菜は見ていられなかった。覚えず視線を逸らす。

 

『どうだ! 鉄菜・ノヴァリス! これが貴様を信じた連中の末路だ! やはり完璧なる血続の証はこの梨朱・アイアスにこそ輝く!』

 

『……完璧だとか、偽物だとか……。そんなもの……どうだって……いい……っ!』

 

 燐華の搾り出した声に梨朱が攻撃の手を強める。

 

 何倍にも増幅させた重力が《キリビトイザナミ》の装甲を砕き、粉砕し、踏みしだく。重力磁場が血塊炉を打ち抜いたのか、青い血潮が舞い上がっていた。

 

「もう……いい……。戦わないでくれ、燐華……瑞葉……。私は、何でもない……。ただの、人造血続であっただけの……」

 

『そんな事は……ない!』

 

《カエルムロンド》は半身どころか、ほぼ全ての駆動系に異常を来しているはずだ。それでも立ち上がった瑞葉の人機を、まるで羽虫を払うかのように、《トガビトザイ》は吹き飛ばしていた。

 

 重力の槌が《カエルムロンド》を月面に滑らせる。

 

《カエルムロンド》から勢いが失せ、漂うばかりの骸となっていた。鉄菜は慌てて向かおうとして、《ジーク》が《カエルムロンド》を抱える。

 

『……馬鹿野郎……。クロナ! お前、今までブルブラッドキャリアを……! 全員を引っ張ってきたんだろうが! だったら、最後の最後まで諦めんな! お前に光を見た連中がここまで気張ってんだろうが! おれ達の足掻きを、無駄だってせせら笑う奴なんて、ぶっ飛ばしちまえ!』

 

《ジーク》は実体剣を振るい上げ、リバウンドフィールドを突き崩さんと斬りかかるが、重力磁場が無情にもその機体を分解させる。

 

『無敵の人機だ! 《トガビトザイ》こそが、無知蒙昧なる人々を支配し、惑星さえも次の段階に進めさせる! そのために! 貴様らは邪魔なのだ! 前時代の遺物が、吼えるんじゃない!』

 

 灼熱の砲撃が《ジーク》を捉えていた。月面に叩きつけられた《ジーク》は基となった《スロウストウジャ是式》のフレーム構造が覗いている。

 

『……無知、無謀、か……。そういうの、おれには似合っているからよ。別段、絶望もしねぇんだ。だが……連中を嗤うってのは許せないぜ。それは! おれの愛する人まで、嗤うって事だからだ!』

 

 跳ね上がった《ジーク》を《トガビトザイ》はRブリューナクを稼働させ、真正面から突っ切る。

 

 半身を裂かれた《ジーク》より叫びが迸っていた。

 

『諦めんな! クロナ! ここまで来たんなら、最後の最後まで、醜くても足掻いて――!』

 

『喧しい。愚かな人類が』

 

 上方より挟み込むように放たれたRブリューナクが《ジーク》の装甲を射抜き、血塊炉を打ち砕いていた。血潮が舞い、《ジーク》より力が凪いでいく。

 

「……タカフミ・アイザワ……。私は……」

 

 この場で対抗可能なのは《モリビトシンス》ただ一機のみ。しかしながら、勝利のビジョンがまるで描けない。

 

 戦い抜き、最後の最後に勝ち取れるとは限らない。

 

 六年前のように、何もない空虚をこの胸に抱くだけかもしれない。

 

 それでも前に進めと言うのか。それでも、抗い続けろと言うのか。最後の最後、本当の諦めが追いつくまで。追い縋ってくるまで。その時まで命を燃やし続けろと。

 

「だが、私は……。どうあればいいんだ。みんなの期待通りになんてなれない。こんなにも無力なんて……」

 

『……今さらでしょ、クロ。あんた、鈍いから。自分の痛みに鈍い子だから、分かんないかもね。でも、モモ達は間違いなく、そんなあんただからついて来られた。ここまで来られたのは、クロのお陰なの。だから、モモ達はぁっ!』

 

 Rハイメガランチャーを構えた《ナインライヴス》を《トガビトザイ》より無数のRブリューナクが放射され、その射線を遠ざけていく。

 

 リバウンドの銃撃網の嵐が《ナインライヴス》の精密砲撃を阻もうと奔った。《ナインライヴス》は装甲を砕かれ、内部骨格を震わされても、それでもなお、照準をぶれさせない。

 

 その砲門は真っ直ぐに、《トガビトザイ》を睨んでいた。

 

『砕けェーッ!』

 

 放たれた最大出力のRハイメガランチャーの光軸は、《トガビトザイ》に突き刺さった瞬間には霧散している。

 

 恐らく、現状の最大火力。それがこうもあっさりと返されていた。しかし、《ナインライヴス》からは諦めが窺える様子はない。この距離での砲撃が通用しないと見るや、即座に踵の照準固定器を解除し、浮き上がって四枚羽根を稼働させる。

 

 Rブリューナクの猛攻を跳ね返し、四枚羽根に仕込んだRランチャーを矢継ぎ早に放っていた。

 

 それでも応戦し切れていない。Rブリューナクが機体へと突っ込み、そのままの勢いを殺さずに自爆した。

 

《ナインライヴス》のピンク色の装甲がひしゃげ、煤けて月面軌道に浮遊する。

 

「……桃……」

 

『クロ……。分かっている、はずよね……。あんたの、探していた、心は、もうすぐそこに……』

 

 追撃のRブリューナクを阻んだのはRトマホークを回転させた《イドラオルガノン》である。

 

 笠の防御兵装と追加装甲を剥がして身軽になった《イドラオルガノン》が襲い来るRブリューナクを次々と叩き割っていく。

 

『鉄菜さんは……ミィにも教えてくれました。絶望を退ける……勇気を。後悔を踏み越えて、前に進む背中を。その覚悟を、最後の最後まで笑えないと言わせてください。……どうか、ミィに林檎の分まで、勇気を……』

 

 Rトマホークの出力が低下し、その一瞬の隙をついてRブリューナクが《イドラオルガノン》の半身を打ち砕いていた。

 

 まるで啄むかのように、Rブリューナクの猛攻が《イドラオルガノン》の装甲を食い尽くし、その機体から力を奪っていく。

 

 浮遊するばかりになった残存戦力に、誰もが絶望するかに思われた。

 

 だが、《イドラオルガノン》はマニピュレーターを動かし、《ナインライヴス》も戦闘不能に思えるのに、Rハイメガランチャーを構えようとする。

 

 二人とも、最早限界を超えている。

 

 それなのに、戦いに赴く事に一切の躊躇いはない。

 

「……桃。燐華、ミズハ……。蜜柑、タカフミ。……ニナイ。茉莉花……。みんなが私に、どうしてそんなに見てくれているんだ。私が、何をしたって言うんだ……。ただしゃにむに前を見続けていただけの愚か者だ。ただ前しか見えないだけの……猪突していただけの人造血続だ。それなのに、お前達は……」

 

 こんな自分にも価値があると。それでも前を向く意義があるのだと。そう教えてくれたのは紛れもない――みんなのほうだ。

 

 彼らが紡ぎ出した物語こそが、真に価値がある。自分は、その手助けをしただけ。恐らくは、端役でしかない。

 

 それでも、彼らは自分に光を見た。

 

 それならば、希望は前に進めなければならない。絶望を退け、闇を払い、暗黒を打ち砕くだけの勇気を。

 

 その希望の灯火を、この手に――。

 

 ――だから――。


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