『ほざけ! 梨朱・アイアス! 《トガビトザイ》! 踏み潰す!』
敵の十字より放たれたのはリバウンドの砲撃であった。幾何学の軌道を描くリバウンド砲を三機のモリビトは散開し、それぞれの機動を描く。
《ナインライヴス》が砲撃を返し、リバウンドフィールドにひずみをもたらした。
その一瞬の隙を突き、《イドラオルガノン》が跳ね上がる。砲撃網に負けない加速度を見せつけ、アンチブルブラッド兵装を焚いて照準をかく乱させた。
リバウンドフィールドへと飛び込み、虹色の皮膜をRトマホークで無理やりこじ開けていく。
『小癪な! 狙い撃つ!』
中央に位置する《トガビトコア》が腕を振るい上げ、漆黒のリバウンドプレッシャーを放っていた。
無防備な《イドラオルガノン》を保護したのは鉄菜の操る《クリオネルディバイダー》の盾である。
三つの盾が三角の軸を描き、それぞれ流転してエネルギーを反射させる。
「リバウンド、フォール!」
弾き返した相手の攻撃が内部で誘爆し、リバウンドフィールドが緩んだその一瞬。
鉄菜は導かれるように《イドラオルガノン》の開けた穴より分け入っていた。
銀龍の《モリビトシンス》を《トガビトザイ》はその至近距離で追い込もうとする。
『近ければ勝てるとでも! 愚かしい判断だ!』
《トガビトザイ》の十字の装甲が展開し、それぞれが赤く煮え滾った。瞬間、《モリビトシンス》を保護する《クリオネルディバイダー》が灼熱に抱かれて溶解していく。触れていないのに粉砕される《クリオネルディバイダー》を分離し、鉄菜は周囲に咲く爆発の光輪の中でアームレイカーを引いていた。
《モリビトシンス》がRブレイドを両手に《トガビトザイ》へと肉薄する。それを《トガビトザイ》は偏向したリバウンドの砲撃で阻もうとした。
「それでも!」
Rブレイドで砲撃へと真正面からぶつかる。二本の剣が弾け飛び、砕けたのを確認もせず、次なる武装へと手をかけていた。
マウントされたRシェルソードを引き抜き、至近距離で可変させRシェルライフルによる銃撃を浴びせかける。リバウンドフィールドの守りのない敵機が中枢部の腕を翳し、リバウンドプレッシャーを放っていた。
ぶつかり合ったエネルギー同士が干渉波を散らせ、四散する。その煮え滾るエネルギーの瀑布に抱かれて《モリビトシンス》は次なる武装を手にしていた。
《クリオネルディバイダー》の一基の裏側に固定されていたRパイルソードを右腕に装着し、無数のパイルを射出する。撃ち込まれたパイルよりリバウンドの効力が発生し、装甲を剥離させていく。その状況に梨朱の声が弾けていた。
『させるか! 攻撃の実行前に粉砕する!』
さらなる熱線攻撃が放たれ、《モリビトシンス》を保護する《クリオネルディバイダー》が一基、また一基と使用不可能に晒される。鉄菜は丹田に力を込め、一息に刃を払っていた。
「だとしても!」
Rパイルソードが敵の一部装甲を引き裂き、その勢いのまま離脱挙動に入る。敵機の十字の背面より無数の幾何学軌道のリバウンド砲撃が《モリビトシンス》へと殺到した。
『撃墜してやる!』
『させないっ! 《イドラオルガノンアモー》!』
割って入った《イドラオルガノン》が笠の形状の防御壁を展開し、敵の砲撃を弾き返す。しかし、いくつかは跳ね返せなかったのか、《イドラオルガノン》の推力が急速に下がっていく。
それを見逃す相手ではない。即座に下部から回ってきたRブリューナクが《イドラオルガノン》へと突き刺さりかける。
しかし、それを阻んだのは《ナインライヴス》の放った砲撃であった。極太の光軸がRブリューナクを塵芥に還す。
『邪魔をするなァッ!』
無数の自律稼働兵器とリバウンドの砲撃が月面を焦土に変える。《ナインライヴス》はエクステンドチャージを張りつつ、正確無比に《トガビトザイ》の装甲を撃ち抜いていた。何重にも隔てられた装甲版を粉砕し、誘爆の光が連鎖する。
『邪魔をするなってのなら、モモ達だって同じ! ここで時間なんて、かけてられないのよォっ!』
『《イドラオルガノンアモー》! このままリバウンドフィールド発生装置を破壊する!』
アンチブルブラッドミサイルが再び尾を引いて直進する。それを《トガビトザイ》はRブリューナクの発したリバウンドの斥力磁場で分散させていた。それぞれ照準機能を失ったミサイルが暗礁宙域に散る。
「……ミサイルのロックオンを外した……」
鉄菜は銀龍の《モリビトシンス》を繰りつつ、次なる一手を模索していた。
敵は鉄壁のリバウンドフィールドに保護され、さらに何重にも渡る多面装甲版を有している。近づくものには容赦のないRブリューナクの高機動全方位攻撃。そして、中距離、遠距離でもリバウンド砲撃網による減殺しない威力の攻撃が可能。
まさに機動要塞。鉄菜は装備のほとんどを失った《モリビトシンス》の武装を確かめる。
「……《クリオネルディバイダー》は残り、両肩の一基ずつ、背面装備が三基……。脚部装備が二基……。リバウンドフォールには三基が最低限必要……。あまり不用意には近づけないが……」
それでも消耗戦を続けれこちらが不利なのだけは明らかだ。鉄菜はぐっと奥歯を噛み、《モリビトシンス》の機体を翻させた。
三つのアイサイトが《トガビトザイ》をその緑色の眼光で睨む。それに対して、《トガビトザイ》は赤く煮え滾った眼差しで応じていた。
『《トガビトザイ》は無敵の人機だ! 倒す事は不可能!』
『その不可能を……やってのけようじゃない!』
桃が《ナインライヴス》で月面の砂礫を巻き上げながらRハイメガランチャーを速射した。その一撃を弾いたリバウンドフィールドの発生源はそれぞれ四つの点に分類されている。
十字の各々の端にリバウンドフィールド発生装置が組み込まれているのは分かるのだが、仕掛けるのにはそれ相応の覚悟が必要だろう。
「エクステンドディバイダーなら……リバウンドフィールド発生装置を破壊出来る。だが、それには構えの時間が……」
しかもエクステンドディバイダーは諸刃の剣。エクステンドチャージを使用すれば、それなりのロスが発生する。
《モリビトシンス》がリバウンドフィールドを超えて肉薄出来るのはそう多くないだろう。それでも、立ち向かわなければならない。使命感が、鉄菜の身体を衝き動かしていた。アームレイカーに差した指に力を入れ、フットペダルを踏み込む。
加速度に抱かれた《モリビトシンス》は銀龍の装いを見せつけ、《トガビトザイ》へと突き進む。
すかさず放たれたRブリューナクを、《イドラオルガノン》がRトマホークで割っていた。しかしその背面へと小型Rブリューナクが高速で迫る。
瞬時に振り返って応戦したのは《イドラオルガノン》の副次武装である外部装甲だ。
鎧のように着込まれている副次武装が裏返り、瞬発的な火力を誇る。
小型Rブリューナクは炎に包まれたが、いくつかはその銃撃を抜けた。《イドラオルガノン》の背筋へとRブリューナクが突き刺さり、爆風を拡張させる。
「……蜜柑・ミキタカ!」
『……ミィは、大丈夫。まだ、やれます。鉄菜さんは、エクステンドディバイダーの準備を! ミィと桃お姉ちゃんが時間を稼ぎます!』
『……そうは言っても、相手のスタミナ切れが期待出来ない以上、こっちも土壇場だけれどね。いいわ。クロ! エクステンドディバイダーでリバウンドフィールド発生装置を! それしか突き崩す手はない!』
再び放たれた光軸が《トガビトザイ》へと撃ち込まれかけて、虹色の皮膜に防がれる。
やはり今のままでは盤面は覆らない。
エクステンドディバイダーを使うしかないのか――。そう感じた矢先、咲いた火線に鉄菜は瞠目していた。
「あれは……」
『クロナ! これより援護に入る!』
瑞葉の《カエルムロンド》とそれに伴って、タカフミの《ジーク》が射線に入る。《トガビトザイ》は薙ぎ払おうと、十字の側面を灼熱に染め上げた。
『今さら応援など! 一掃する!』
放たれた砲撃にタカフミは《ジーク》の姿勢を沈ませ、瞬時に射線から逃れる。雷撃のファントムが実行され、幾何学軌道を描いて追尾する相手の攻撃を掻い潜っていた。
『これが世界の悪意だって言うんなら、おれ達だって応戦するぜ! 《ジーク》、見せつけてやる! 零式抜刀術!』
『小賢しいィッ!』
《トガビトザイ》が再び灼熱のフィールドを発生させる。至近距離に近づいた敵を溶断する悪夢の領域だ。鉄菜は声を振りかけようとして、タカフミの《ジーク》がリバウンドフィールドを突破した事に呆然としていた。
「リバウンドフィールドを……」
加速度で突破したのではない。展開されていた虹色の皮膜を、《ジーク》はその太刀で――両断していた。
真っ二つに割られたリバウンドフィールドの隙間より、《ジーク》が跳ね上がり、その剣筋を突き立てる。
完全なるゼロ距離まで到達した《ジーク》に梨朱も困惑の声を振り絞っていた。
『貴様……何者だ……!』
『何者でもねぇよ。ただの……生きているだけの人間だ! 零式抜刀術、八の陣! 怒号、粉砕の図!』
剣の突き立った部位より敵人機の装甲が遊離し、亀裂が走る。思わぬ攻撃に狼狽したのか、《トガビトザイ》はRブリューナクを無数に射出し、《ジーク》を狙い澄ましていた。
Rブリューナクより放たれる無数の光条を、しかし、《ジーク》は即座に後退し、回避していく。
「……タカフミ・アイザワ。その実力、本物と言うわけか」
『ぼうっとすんな! クロナ! やるんだろ?』
振り向けられた声に鉄菜は息を詰め、コンソールに起動キーを呼び起こしていた。
「エクステンドチャージ、起動!」