ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

364 / 413
♯357 執行者、再臨

 不意に発せられた殺気に、鉄菜は《モリビトシンス》の盾を稼働させる。

 

「……そこか!」

 

 機動した《クリオネルディバイダー》の一基が敵のリバウンドプレッシャーを受け止める。明らかに燐華の《キリビトイザナミ》を狙った砲撃に、鉄菜は歯噛みする。

 

「……なんて事を。騙し討ちなんて!」

 

『鉄菜……?』

 

「燐華、下がれ。こいつは! 私の相手だ!」

 

 その言葉に白亜の人機が舞い降りる。掌に漆黒の瘴気を滾らせ、《トガビトコア》と銀龍の《モリビトシンス》がもつれ合う。

 

《トガビトコア》が白亜の機体に流れる黄金の血潮を散らし、こちらへと連続砲撃を浴びせかける。

 

 鉄菜は背面に連結して装備している《クリオネルディバイダー》を稼働させていた。

 

 分離した《クリオネルディバイダー》がそれぞれ回転し、三つの盾が皮膜を形成する。

 

「リバウンド――フォール!」

 

 反射したリバウンドの攻撃に、敵機は後退し、その巨体に余裕を浮かべた。

 

 鉄菜も《モリビトシンス》で相対する。

 

『……会いたかったぞ。鉄菜・ノヴァリス』

 

「……梨朱・アイアス。貴様はどうして……私の大切なものを奪おうとする? それに今もそうだ。戦う意思のない相手を狙った」

 

『戦う意思? 可笑しな事を言う。戦場に! 戦う意思のない軟弱者が、分け入るものじゃない!』

 

《トガビトコア》が両腕に漆黒のリバウンドを充填し、それを刃へと変換して斬りさばいていた。

 

 鉄菜はRシェルソードで受け止める、敵のリバウンドエネルギーの高さに剣を手離す。直後にはRシェルソードは真っ二つに引き裂かれていた。

 

「……なんて言う出力を……」

 

『貴様に勝つために、私はこの力を手に入れた。分かるか? 鉄菜・ノヴァリス。私は完璧な血続だ。バベルを掌握し、本隊を壊滅に追い込み、そして最強の敵として、貴様の前に立っている。これがどういう意味なのか、分からないわけではあるまい』

 

「……何を言わせたい」

 

『何を? 全てだ。鉄菜・ノヴァリス。私は全になった。全に対し、貴様は一でしかない。ただの一が全に敵うものか!』

 

《トガビトコア》が機体各部より黒いリバウンドの砲撃を浴びせかける。鉄菜は《モリビトシンス》を機動させ、駆け抜けさせた。銀龍の《モリビトシンス》は《クリオネルディバイダー》を操り、敵へとその扁平なる盾を奔らせる。

 

「行け! ディバイダービット!」

 

《クリオネルディバイダー》そのものを武装とした自律兵装、ディバイダービット。暗礁の宇宙を駆け抜け、敵へと追いすがるそれを、相手は放った円筒型のRブリューナクで応戦していた。

 

『迎撃しろ! Rハイブリューナク!』

 

 互いの自律兵器同士が火花を散らせ、やがて両者共に打ち砕かれていた。

 

 鉄菜はその戦局を眺め、口にする。

 

「……お前は私に勝ちたいのか?」

 

『勝ちたいのか、だと? 既に勝っている! 何を今さら!』

 

「だったら、何故私にこだわる? 私を真に絶望させたいのならば、《ゴフェル》も狙えたはずだ。何故、今の私の前に立つ!」

 

 銀龍が宇宙を奔り、《クリオネルディバイダー》の護りが敵の黒いリバウンドの怨嗟を弾き返す。

 

 相手も埒が明かないと感じたのか、後退し様に声にしていた。

 

『そのモリビト……最後の力のようだな。ブルブラッドキャリアから離反した愚か者達が構築した、最後の砦か』

 

「仲間を侮辱するな。私は、お前を撃つ」

 

 明瞭に結んだ殺意に相手はせせら笑う。

 

『……撃つ、か。私も同じ気持ちだ。そうだとも! 私達は、似た者同士なんだ! 組織に造られ身勝手に利用され、そして絶望した! 何もかもを虚構の向こうに置いて、ここに佇んでいるのは鋼鉄の虚無! 何も頼るもののない、ただの殺戮マシーンだ!』

 

 殺戮マシーン。以前までならば、それに同意していたかもしれない。世界に絶望した、というのも本音のうちだ。間違ってはいない。

 

 だが、今は――。

 

 鉄菜は《キリビトイザナミ》に収まる燐華を知覚する。それに、この月面で戦い抜いたモリビトの執行者を。危険を顧みず敵の通信塔を破壊したニナイを。そして、《ゴフェル》のみんなを。

 

 だから自分は――。

 

「私とお前は、違う」

 

 その言葉に梨朱は困惑の声を発していた。

 

『違う……? 違うものか! 私とお前は、同じ殺戮機械! 殺して壊すしか出来ない、出来損ないだ!』

 

「……かつてはそうだったかもしれない。壊して、破壊して……その先に何を見出そうともしない虚無。それが私であった。だが今は! この鉄菜・ノヴァリスと言う躯体を動かすこの感情は! 心は! 決して一人のものではない! この身体に流れる血潮が破壊のためだけにあるわけがない!」

 

『繰り言を! 言葉を弄したって人造血続である過去は変わらない!』

 

《トガビトコア》が回り込み、その刃で《モリビトシンス》を引き裂こうとする。それを、翳した《クリオネルディバイダー》が受け止め、そして反射していた。

 

 敵人機が片腕をもがれ、大きく後退する。

 

「……そうかもしれない。過去は、確かに変えられないだろう。だが、未来は! いくらでも変えられる! それこそ無限に! 私は、未来に生きていたいんだ! これから先を描く、その未来のために!」

 

『綺麗ごとを! 行け! Rハイブリューナク!』

 

 敵機より自律兵装が弾き出される。それを、鉄菜は腰にマウントしたRブレイドで引き裂いていた。

 

 両手に携えた太刀が敵の怨嗟を断ち割る。

 

 その光景に、敵機が急速上昇していた。

 

「逃げるのか!」

 

『逃げる? まさか。この《トガビトコア》の本当の恐ろしさを、貴様に刻んでやるのさ。見るがいい! 月面を覆う狂気! 《モリビトルナティック》!』

 

《モリビトルナティック》最後の一機が月面を睥睨している。しかし、バベルネットワークと本隊の途切れた今、その力は存在しないはずだ。

 

「……糸の切れた人形で何をする」

 

『糸の切れた? それは、これを見てから言うんだな!』

 

 中枢部に位置する骨張ったモリビトタイプを、《トガビトコア》は粉砕する。《トガビトコア》の神経モジュールが直後、《モリビトルナティック》中枢と接続していた。

 

 思わぬ光景に鉄菜は息を呑む。

 

「……まさか」

 

《トガビトコア》を中心軸に据え、《モリビトルナティック》の全接続系が蘇っていく。十字の罪が月面を睥睨し、そして破壊の爪痕を刻もうとしていた。

 

『《トガビトコア》は元々、大型モジュールの中枢になるために開発された。無論、互換性は存在するとも。それは既存のモリビトタイプにも。そうだとも、これが最後の罪――《トガビトザイ》だ!』

 

「トガビト……ザイ……」

 

 言葉を失った鉄菜に超巨大人機、《トガビトザイ》より無数の破壊兵器が射出される。それそのものが通常人機と同サイズのRブリューナクが稼働し、超高速でこちらへと接近する。

 

 舌打ちを滲ませ、鉄菜は《クリオネルディバイダー》で応戦していた。

 

「ディバイダービット! リバウンドフォールで!」

 

『脆い!』

 

 敵機Rブリューナクが刃を顕現させ、展開したリバウンフォールごと《クリオネルディバイダー》を粉砕する。鉄菜は奥歯を噛み締め、急加速に身を委ねていた。

 

「ライジング、ファントム!」

 

 雷撃のファントムで一気に距離を離そうとするが、敵の自律兵装はさらに加速を続ける。

 

 追いつかれる、と思ったその瞬間であった。

 

『Rハイメガランチャー!』

 

 黄金の光軸が自律兵器を叩き落す。

 

 鉄菜がハッと目を見開いた時、月面で踏ん張る《ナインライヴス》が視野に入っていた。

 

「桃……」

 

『クロ。言ったでしょ? 必ず帰って来てって。その約束果たさせるのに、あんただけで置いとけないもの』

 

 言いやった桃は砲撃の矛先を《トガビトザイ》へと向ける。しかし、放たれた砲撃を《トガビトザイ》はリバウンドフィールドで弾いていた。通信網に舌打ちが混じる。

 

『簡単には陥落しないか』

 

「桃……、敵は相当な脅威となった。《トガビトザイ》……。どうやって攻略すればいいのか、まるで……」

 

『分からないって? でも、案外、モモ達も諦め悪いのよ』

 

「……どういう……」

 

 その言葉を問いただす前に《トガビトザイ》の背後より跳躍した機影があった。敵機が反応して反撃する前に、アンチブルブラッドミサイルが敵を濃霧の中に落とし込む。

 

『……小手先で!』

 

『小手先で結構! ミィ達は、それで生き残ってきたんだから!』

 

《イドラオルガノン》がRトマホークを顕現させ、《トガビトザイ》へと突き進む。リバウンドフィールドに阻まれたものの、その攻撃は相手の神経を逆撫でしたらしい。放たれた自律兵装を《イドラオルガノン》は加速度で振り払おうとする。

 

『遅い! Rブリューナクは追いつく!』

 

『そう? だったら、砕いちゃえばいい! そうでしょ、林檎!』

 

 一転して制動をかけ、相対速度を利用してRトマホークで自律兵装を打ち砕く。その勇猛果敢さは自分の知っている蜜柑とは異なっていた。

 

 まるで、まだ――失ったはずの林檎が同乗しているかのようだ。

 

「……ミキタカ姉妹は……」

 

『蜜柑も乗り越えたってわけでしょうね。《イドラオルガノン》! 敵を振り切って来られる?』

 

 追撃のRブリューナクを発振させた刃で粉砕し、《イドラオルガノン》が弾頭を放出しながら、細かく推進剤を焚いて、機体を地面に滑らせる。

 

 思わぬ形で集結したモリビト三機に鉄菜は《トガビトザイ》を睨み上げる。

 

 その視線を感じ取ったのか、梨朱が応じていた。

 

『……何だ、貴様ら。弱者が寄り集まって……!』

 

「違う! 私達は、一人じゃない。それが今! ハッキリと分かった!」

 

『そう……モモ達は、ブルブラッドキャリア。世界を変えるために、刃を取ると決めた存在。そして!』

 

『今も戦える……戦い抜いて見せる! それが、ミィ達なのよ! 半端な気持ちで、世界に刃を突きつけたわけじゃない! ミィ達は、何度だって立ち上がる!』

 

「それがモリビトの――執行者。私達だ!」

 

 結んだ決意に梨朱が歯を軋らせたのを鉄菜は感じ取った。

 

『……そんな安い代物。安い人間達が、この梨朱・アイアスを! 止められるものか!』

 

「絆を容易いのだと、脆いのだと規定するのは勝手だ。だが、私達は、行ける! この先に。未来に向けて! だから!」

 

『《モリビトナインライヴスリレイズ》! 桃・リップバーン!』

 

『《モリビトイドラオルガノンアモー》! 蜜柑・ミキタカ!』

 

 二人の声に続き、鉄菜は名乗っていた。

 

「……《モリビトシンスカエルラドラグーン》。鉄菜・ノヴァリス。《トガビトザイ》を……脅威判定、SSSと断定し、迎撃する!」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。