ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯354 可能性の光

「何が起こった?」

 

 艦内に艦砲射撃を命じかけて、高官が戸惑う。白波瀬も、《モリビトシンス》より放たれる輝きに絶句していた。

 

 太陽そのものがこの暗礁の宇宙にもう一つ、訪れたかのような輝きである。その光に艦が包み込まれていく。

 

「これは……破壊兵器か? こんな輝き……まさか、ゴルゴダを……」

 

 ――違う。

 

 脳内ネットワークを震わせた声に、白波瀬は頭を抱えて蹲る。いつもは完璧な静謐に閉ざされているはずの脳内ネットワークに雑多な声が入り混じっていた。

 

 艦内クルーの困惑の叫び。高官の怒声と怒号。それだけではない、この月面で死した魂の声が、純粋なるエネルギーと化して白波瀬の身体を駆け巡る。

 

「やめろ! わたしの中に、入ってくるなぁ……っ!」

 

 呻いた白波瀬がそのまま後ずさる。それはこのブリッジの者達も例外ではないらしい。

 

「何だ? 声? 誰の声なんだ……?」

 

 拡大した白銀の太陽に、白波瀬は忌々しげに視線を投げる。

 

「あれか! あれが、その元凶か! 撃てぇ……っ。撃つんだぁ……っ!」

 

「無理だ! もう撃てない……! 声が! 純粋な声が、俺の中にぃ……っ」

 

 砲撃長のクルーが咽び泣く。白波瀬はトリガーを求めてよろめいていた。どこでもいい、引き金が必要だ。あれを撃つだけの引き金が。

 

 白銀の光が満たす空間で、白波瀬はトリガーを手に取っていた。照準は既につけてあるはず。

 

 あとは押すだけだ。引き金に指をかけて、最後のボタンを押せばいいだけ。

 

「……この不明の光……嫌な光だ、モリビトォッ! よくもわたしの……高尚なる脳内を、暴いたなァッ!」

 

 手を払い、直後、砲撃が《モリビトシンス》を射抜いたかに思われていた。

 

 しかし、その時には艦内に照準警告が走っていた。

 

 白波瀬は笑みを吊り上げる。

 

「愚かだな! 結局だ! 結局、貴様は破壊者の宿命からは逃れられなかった! 勝者は、この白波瀬だ!」

 

 高笑いの声に、冷水を浴びせたかのような冷たい殺意の声が返る。

 

『――そうか。だったら、俺が撃つぜ』

 

 ハッと現実の視界に立ち返る。艦ブリッジを狙っているのは、中破状態の《ゼノスロウストウジャ》であった。

 

 思わぬ相手に白波瀬は言葉をぶつける。

 

「き、貴様ぁ……ッ!」

 

『イラついていたところだ。ああ、でもこの光……。いい光だ。だがこの憎しみだけは、終わりにするぜ。俺の、たった一人の人間のエゴでな』

 

 向けられたプレッシャーライフルの銃口に白波瀬が罵声を浴びせる。

 

「士官風情が! わたしを殺せるとでも思ったのか!」

 

『……悪ぃ。どう足掻いたって、お前はやっぱり、生き意地が汚い、最低野郎だ。だから、俺が撃つ。それで、ケリに……してくれよ、隊長。ヒイラギ……』

 

「死ねェッ!」

 

 艦砲射撃の照準が《ゼノスロウストウジャ》を捉え、放たれたのと、眼前の機体が一発の光条を放ったのは同時であった。

 

《ゼノスロウストウジャ》の腹腔が爆ぜ、爆発の光に包まれていく。それでも、相手はその一撃に全てを込めていた。

 

 射撃が、R兵装の灼熱がブリッジを焼き払い、白波瀬の意識は煉獄の炎のその先へと消し飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一機の《ゼノスロウストウジャ》が宙域を漂う。艦砲射撃を受けた人機の操主の思惟を、鉄菜はどうしてだか脳裏に描いていた。

 

 ――そのモリビト。……お願いだ、ヒイラギを守ってやって欲しい。

 

『……ヘイル中尉……。あたし……あたしは、また……』

 

「燐華……。私が、救う。お前を、もう悲しませはしない」

 

 鉄菜は白銀の燐光を纏いつかせる《モリビトシンス》で大破した《ゼノスロウストウジャ》へと触れる。

 

 瞬間、爆発の光が収縮し、血塊炉の破壊状況が巻き戻されていった。頭部コックピットまで破壊が至っていなかったのが不幸中の幸いか。操主は完全に自分が撃墜されたと思い込んでいたのか、胡乱そうな声を放つ。

 

『……俺は……生きている?』

 

『ヘイル中尉! よかった……。本当によかった……!』

 

《キリビトイザナミ》から邪悪な思念が放出された。悪魔の威容を持つ影が《キリビトイザナミ》に取り憑いている。その残滓を鉄菜は正確に見切っていた。

 

「……あれがハイアルファーの怨念か。《モリビトシンス》、斬るぞ」

 

 Rシェルソードを携え、鉄菜はフットペダルを踏み込む。加速度に晒された《モリビトシンス》が悪魔のシルエットへと追いすがり、その剣閃を薙ぎ払っていた。

 

 怨嗟の声を宇宙に響かせ、怨念が粉砕される。

 

《キリビトイザナミ》から敵意が凪いでいた。これも、《モリビトシンス》から流れ出る白銀の輝きのお陰なのだろうか。

 

「この光は……《モリビトシンス》より発生しているのか? それとも……何か別の……」

 

 物理エネルギーではない。何か、人間の発生させるものではない、別種の輝きがこの時、月面を満たしていた。

 

 銀龍の《モリビトシンス》は光を棚引かせて《キリビトイザナミ》を誘うかのように手を差し伸べる。

 

 触れたマニピュレーターがそのまま手の体温となり、燐華の鼓動を伝えた。

 

 ――ああ、生きている。この場所に、息づいている。

 

 接触回線が開き、燐華の面持ちを鉄菜は確かめていた。どこか憑き物が落ちたかのように、彼女は目を見開き、こちらを見据えていたが、やがてその頬を大粒の涙が伝っていた。

 

『……鉄菜。もう一度、あたしを救ってくれたんだね。あの時と、同じように』

 

 あの学園での出来事か。全て遠い過去のように思えるが、燐華からしてみれあの時点から時は止まったままだったのだろう。

 

 あの時、自分がバーゴイルシザーを追わなければ。いや、そもそも出会わなければ。そのような詮無い考えばかりが浮かぶ中で、鉄菜はここで再び出会えた喜びを形にしようとしていた。

 

 だが、うまく言葉が出ない。

 

 感情を伝える術を、まだ自分は知らない。

 

 だから出来るだけ柔らかな声で。彩芽や、ジロウとゴロウがやってくれたように、自分もまた、一人の人間の背中を押そう。

 

 もう、過去を顧みなくていいのだと、少しでも思えるのならば。それはきっと前進ではないか。たとえ時の大局に捉えれば微々たる歩みでも、それでも歩みを止めないのが。人間としての証だろう。

 

「燐華。……もう覆い隠す事は何もない。私はブルブラッドキャリアの執行者であり、《モリビトシンス》の操主だ」

 

 それは疑いようのない事実。今までならば燐華はその現実から目を逸らしていただろう。しかし、この時、涙ながらに燐華は頷いていた。

 

『うん……。鉄菜、お願いがあるの。……この世界を、変えて……』

 

 それは誰もが願う事であろう。叶いはしないとは分かっていても、それでも願い続けるしかない。それがヒトであり、この罪の果実で棲む、人間の営み。

 

 今までならば憎んでいたかもしれないそれを、今は純粋に、理解出来る。そして、次の段階へと進める事が出来る。

 

 鉄菜は首肯し、燐華と《キリビトイザナミ》から手を離していた。

 

 やらなければならない事がある。成し遂げなければならない事がある。それはきっと、自分でしか出来ない。

 

「私にしか、出来ない事がある。だからまだ、燐華、お前とは一緒に行けない」

 

 ううん、と燐華は頭を振る。

 

『鉄菜は、頑張り屋さんだから。行って、そして、出来れば、無事に帰ってきて』

 

 誰もが望む。自分に、帰ってきて欲しいと。そう願われても、今までならば約束は出来なかった。

 

 だが、この時、鉄菜は燐華の相貌に約束していた。

 

 ――守れないかもしれない。全てが滑り落ち、意味を成さないかもしれない。それでもなお、祈る事だけが、願う事だけが人間の特権だ。

 

「……約束する。私は、帰ってくる。そのために、今は剣を取ろう」

 

 機体を翻し、鉄菜は向かう。

 

 ――家族を、《ゴフェル》のみんなを助ける。

 

 そのためなら、今は何にでも成れる気がした。

 

 


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