ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯353 宇宙に吹く風

 

《キリビトイザナミ》が挙動し、そのアームに支持した巨大なリバウンドの刃を顕現させる。その一閃と鉄菜は引き抜いたRシェルソードをぶつかり合わせていた。干渉波のスパーク光の瞬きの中に燐華の憎悪が見え隠れする。

 

「燐華! 私だ! 鉄菜・ノヴァリスだ!」

 

『黙れェッ! モリビトの分際で、鉄菜を侮辱してェッ!』

 

 やはり対話は不可能なのか。鉄菜は大出力のR兵装を防御しつつ、上昇する。敵人機もその巨体とはそぐわぬ速度で追いすがってくる。瞬時に巻き起こったのはRブリューナクの暴風域であった。

 

『行け! Rブリューナク!』

 

 大型のRブリューナクを軸として小型機が無数に展開する。その生み出す莫大な破壊エネルギーは推し量るまでもないだろう。

 

 だからこそ、鉄菜はこの時、視界に入る全ての対象を――照準していた。

 

「――撃ち抜け! ディバイダー、フルバースト!」

 

 盾の裏側に収納された無数の砲口よりR兵装の光条が幾何学に奔り、Rブリューナクを撃墜していく。

 

 鉄菜はその絶対の殺戮暴風圏より逃れ、《キリビトイザナミ》の至近まで迫っていた。引き抜かれた近距離用のマニピュレーター武装のプレッシャーソードとRシェルソードがぶつかる。

 

『モリビトォっ! お前は全てを壊した! 鉄菜も、にいにい様も! 先生もそうだ! ヘイル中尉だって……。お前は、どこまであたしから奪うって言うんだ!』

 

「違う! 燐華! モリビトは奪うためにあるんじゃない。壊しても、作り直せるものだってあるはずなんだ!」

 

『何を作り直すんだ! 壊れたら、それは壊れたままだろうに!』

 

 その言葉振りに、鉄菜は引き剥がされる。後退し様に、言葉を反芻していた。

 

 ――壊れれば、壊れたまま。

 

 自分と燐華の関係も、モリビトと惑星の姿も、そして今、こうして刃を突きつけ合うしか出来ない、悲しみも。 

 

 全ては壊れれば、壊れたままだと言うのか。それで世は流転すると言うのか。

 

「……違う」

 

 違わない。理屈では、何も違うものか。

 

 しかし、ここで鉄菜の紡いだのは理屈ではない言葉であった。この胸を衝き動かす衝動は、前に向かおうとする熱は決して、ただの気休めではない。少なくとも、ただ闇雲に希望を振り翳すだけの代物ではないはずであった。

 

「私は……違うと言い続ける。それが世界の姿だとしても。直視しなければならない罪そのものだとしても、それでも私は! 破壊してでも作り直す! それが、私……鉄菜・ノヴァリスの至った答えだ!」

 

 幾つもの別れがあった。絶対に分かり合えない存在とも対峙した。そして、行く末に待つ涅槃をも目にした。

 

 達観したとは言わない。理解したとも思わない。それでも、この身を焦がすのは、ただこの一刹那にのみ生きる神経では決してないのだ。

 

 戦いは、壊すだけだと思っていた。

 

 闇雲に破壊し続ければ、いずれ光明が差すとも。しかし、そうではない。壊した先に待ち続けるのは虚無ばかりだ。だが、壊した果てをどう描くかで未来は変わる。

 

 少なくともこの小さな「鉄菜・ノヴァリス」という人間の未来は大きく変わった。変わってきたはずだ。

 

 それを自らの血潮と、そして鼓動で感じる事が出来るのならば。それを確かだと思えるだけの――心があるのならば。

 

「……彩芽。ゴロウ。……それに、ジロウ。ありがとう。こんな、私に、心を与えてくれた。本当に、ありがとう……。だから今度は私が、誰かに心を与える番なんだ。誰かに、優しさを示す番なんだ!」

 

 新たに射出されたRブリューナクの旋風を、鉄菜は急加速で抜け切り、そして斬れる距離まで迫った《キリビトイザナミ》を前にして――その刃を仕舞っていた。

 

 突然に武装を解除したためであろう。

 

《キリビトイザナミ》から戸惑いが伝わる。

 

『……そんな事をしたって、償いになんてなるものか!』

 

「そうだ、だがこれは覚悟でもある。私は……友達に刃を向けたくはない」

 

 その言葉に燐華が反応したのが伝わる。友達と呼べるのは、恐らくこの宇宙で、広大な、茫漠とした世界でも、一人だけだ。

 

 燐華だけなのだ。

 

 ――だから、言葉よ、届いてくれ。

 

 ――想いよ、届いて欲しい。

 

 心の闇を払い、澱んだ殺意を拭い去って、そして本当に見据えるべき、明日へと――。

 

 そのために戦ってきた。この日まで戦い抜いてきた。全ては、武器を取るためではない。

 

 分かり合うため、心の距離を縮めるために、今日まで戦ってきたのだ。

 

 だから……。

 

「燐華。もう憎しみ合うのはやめにしよう。もう、そんなものを頼って戦ったって、いい事なんて一つもない」

 

『くろ、な……。違う、鉄菜は死んだ! あの日に死んだんだ! あたしの周りは、みんなそう! みんな、居なくなっちゃう! 鉄菜も、にいにい様も、隊長も、ヒイラギ先生も……、ヘイル中尉だって……。みんな、みんな! 死んじゃったんだ! だって言うのに、ここであたしが止まっちゃったら、顔向け出来ない……。みんなに、どんな顔で会えばいいのか、分からないよ……ぉ』

 

「誇りある形で会えばいい。お前はもう充分に戦い抜いた。だから、そんな大きな殻に籠らなくっていいんだ。燐華、私はもういい。だから、お前にもあるべき形が訪れて欲しい」

 

『鉄菜ぁ……ぅ』

 

 分かってくれれば。否、分かり合えれば。

 

 この気持ちが少しでも届いたのならば。燐華の凍り切った心を、少しでも温められるのなら。自分の命を、分け与える。

 

 それでこそ、命の灯火は誰かに宿るのだ。

 

 心を分け合えれば、きっと少しは――。

 

 その時であった。アンヘル司令艦の主砲が《キリビトイザナミ》を狙い澄ましたのを、視界に入れたのは。

 

「やめろ――!」

 

 全てが遅い。アンヘル司令艦ががら空きの《キリビトイザナミ》へと砲撃を浴びせかける。その衝撃波に燐華が呻いたのが窺えた。

 

「何でなんだ……。仲間同士で!」

 

『仲間とは心外だな、鉄菜・ノヴァリス』

 

 不意に繋がった通信域に鉄菜は苦々しく返す。

 

「貴様……調停者か」

 

『少しでも慈悲があるのならば、ここで燐華・ヒイラギは殺せ。我が方でもただのデカブツを生かしておくのも惜しい。制圧戦に使えないのなら、ここでモリビトによる撃墜が、彼女にとっても本望であろう』

 

「お前は……。お前はァッ!」

 

『おっと、動いていいのかな? 我々を殺せば、彼女の憎しみは増長される。ハイアルファー【クオリアオブパープル】。精神を浸食するハイアルファーだ。彼女の憎しみはまた、《キリビトイザナミ》を強くする。そうなれば、月面だけで済むかな? 惑星にだってその矛先は向けられかねない。そこまで膨れ上がった憎悪を、如何にして止める? 止めようもない! 人造血続風情が、止められるものか!』

 

 哄笑に、鉄菜は奥歯を噛み締める。今は、この敵が何よりも――許せない。

 

 しかし、手は出せなかった。ここで燐華を救うために艦を破壊しても、それは彼女の中の憎しみを増大させるだけ。もう戻れなくするために、自分が弓を引くなんて耐えられそうにない。

 

 ようやく、ここまで戻ってきてくれたのに。それでも、燐華には足りないと言うのか。溝は、埋められないと言うのか。

 

 項垂れた鉄菜へと衝撃が向けられる。アンヘル艦は容赦する気はないらしい。ここで、《キリビトイザナミ》を刺激し、あわよくば自分も撃墜する。

 

 だが、手は出せない。もう燐華に刃は向けないと誓った。ならば、彼女が仲間だと認識している相手にも、だ。

 

 いたぶるように、砲撃とミサイル網が《モリビトシンス》を叩く。防御の一点だけで、鉄菜は耐え忍んでいた。

 

『壊れろ! 壊れてしまえ! 出来損ないの血続に、完全でありながら、精神の瓦解した血続! どっちも不揃いだ! 不揃い同士、仲良くあの世で――!』

 

 艦主砲が自分を照準する。燐華に、自分を守る理由はない。それどころか、彼女は仲間だと思っていた相手から撃たれたショックがあるはずだ。

 

 動けない。何も、出来ない。

 

 本当に、何も――出来ないまま、終わるのか?

 

 こんなところで。何者にもなれずに。きっかけをようやく掴んだのに。分かり合える何かを、ようやく理解しかけたのに。

 

 それなのに、終わる。無情にも、終焉は訪れる。

 

 そんな、現実。不条理な、この世界そのもの。

 

 ――そんなもののために、貴女は戦っているの? 鉄菜。

 

 不意に脳裏を結んだ声に、鉄菜は面を上げる。

 

 間断のない砲撃に、銃爆撃。それでも、自分は生きている。生きているのだ。

 

「……そうだ。私は、こんな場所で終わるために、この力を手に入れたんじゃない。……彩芽が教えてくれた! ゴロウが! ジロウが! 私にはついている! だから、恐怖する事はない。恐れるべきものも、何も! 応えろ、《モリビトシンス》! 私の意志に!」

 

 絶望を退けるだけの、心の力を――。

 

 その刹那、鉄菜の視界に飛び込んできたのは、白銀の黎明であった。

 

 


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