《トガビトコア》を射線に入れた桃は腹腔より叫んでいた。
「リターンマッチと行こうかしら! 《トガビトコア》!」
Rハイメガランチャーを振るい上げ、《トガビトコア》を照準する。敵機は白亜の機体に滾らせた黄金の血脈で急加速する。
ファントムの途上でも軌道は読める。桃は《ナインライヴスリレイズ》を猪突させていた。その先にいた《トガビトコア》と砲身でぶつかり合わせる。
砲塔に仕込まれたリバウンド装甲が敵の掌より顕現する高出力リバウンドソードと干渉波を散らせていた。
その火花の向こう側より、声が発せられる。
『……生きていたとは』
「殺したつもりだった? 案外、しつこいのよっ!」
薙ぎ払ったRハイメガランチャーを《トガビトコア》は瞬時に張ったリバウンドの皮膜で受け切る。
後退した敵機に《ナインライヴスリレイズ》が持ち替えたRピストルで迫る。敵人機は負けじと月面を蹴り付け、そして掌より禍々しい黒の瘴気を浮かべていた。
その黒とRピストルの銃撃が交錯する。敵の機体も順応性が高いが、今の《ナインライヴス》は劇的だ。劇的に、違う。
先ほどまでの劣勢など、まるで埒外とでも言うように《ナインライヴスリレイズ》は踊るように《トガビトコア》の射程に入り、その至近距離でRピストルの引き金を絞っていた。
敵機が後退してその弾痕を確かめる。
『……もう少し高出力であったのなら、やられていたと言いたいのか!』
「物分りはいいほうが嫌われないわよ? それとも、まだやる?」
《トガビトコア》はしかし、ここでの優先順位を理解しているのか、飛び退り《ゴフェル》方面へと向かった。その飛翔を桃は逃さない。
「逃がすかっ!」
逃亡の途にある《トガビトコア》を追撃しかけた《ナインライヴス》はしかし、その進路を一機の人機に遮られていた。
棍棒を振るい上げた狂気の人機が、《ナインライヴス》へと激しくぶつかり合う。
『……痛い……痛いのよぉ……っ……。渡良瀬ぇ……っ! 助けて……ぇ』
弾かれた形で月面の土を踏んだ《ナインライヴス》はその人機と対峙する。
「……《イクシオンガンマ》。鉄菜を追っていた奴……」
『痛いって……言っているのにぃ……っ!』
姿勢を沈め、敵機が雷撃のファントムへと至る。その加速度と執念に桃は、ここで出し惜しみすれば負けると判断していた。
「……《トガビトコア》を追わないといけないってのに。あんたの相手なんて、している場合じゃないってのよ!」
Rピストルの持ち手部分で殴りつけ、人機の脳震とうを狙ったが敵人機は持ち堪え浴びせ蹴りを見舞う。
「……タフってわけ」
『これ以上痛いのなら……全部壊れちゃえーッ!』
《イクシオンガンマ》の肩に内蔵された拡散リバウンド粒子砲が発動し、《ナインライヴス》をその場に縫い止める。
桃は《ゴフェル》へと通信を打っていた。
「……こちら、桃・リップバーン! 《ナインライヴスリレイズ》は《イクシオンガンマ》に抑えられている! そっちに《トガビトコア》が向かったわ! 恐らく、轟沈する気でしょう。でもこっちは、手が……」
敵が棍棒を振るい上げる。桃はRピストルを交差させてその一撃を制していた。
「……回らない。何とかして、残存兵力で……」
『何とかって言ってもこっちも出せるものは全部出しているのよ。ニナイもいない、それに瑞葉とアイザワは《イクシオンオメガ》の相手に付きっ切り……。今、艦を守れる兵力は……』
絶望的に紡がれた声音に桃は奥歯を噛み締め、《ナインライヴス》を飛ばせようとする。しかし、それを相手の執念が抑え込ませた。
棍棒の応酬に桃は苦味を噛み締める。
「こんなところで……あんたの相手に時間取っている場合じゃない! 手間取るなんて、モモらしくないのよ!」
可変した四枚羽根がそれぞれ持ち上がり、内部に搭載した血塊炉に火が灯っていた。
それぞれの高出力が黄金の輝きを宿し、そして《ナインライヴスリレイズ》の躯体を瞬時に飛翔させる。その加速度に対して、敵機は機体を反らせ、バネの要領で加速を得ていた。
『ファントム!』
舌打ち混じりに、桃は言葉を発する。
「ファントム!」
逃げ切るためのこちらのファントムに敵機の追撃が咲く。空間を結びつけるように火花が散り、銃撃網が《イクシオンガンマ》を捉えようとする。
しかし、高速機動の中では敵を正確に捕捉出来ない。そのぶれた照準の隙を逃さず、敵はこちらへと飛び込んでいた。
至近距離で左腕をひねり上げられる。《ナインライヴス》の手からRピストルが落ちていた。
『この距離なら……逃げられなぁい……。潰れちゃえ!』
「冗談じゃない! こんなところで死ねないのよ! ウイングバインダー!」
ウイングバインダーが内側に格納した血塊炉の純粋エネルギーを放出し、その熱量で《イクシオンガンマ》を焼き尽くそうとする。それでも、敵は離れない。恐るべき執念の形に、桃が奥歯を噛み締めた、その時であった。
一条のR兵装の銃撃が、《イクシオンガンマ》を打ち据える。距離を取った敵機に、桃はハッと振り返っていた。
プラント基地のスクランブル出撃機構より、一機の人機が佇み、そしてその武装を番えている。
「……青と、銀のモリビト……」
銃口の向かう先が《イクシオンガンマ》を照準し、その銃撃が相手を引き剥がしていた。通信網に舌打ちが混じる。
「まさか……クロ?」
肩口に装備した両盾を翼のように展開し、そして、背部には新たなる形の《クリオネルディバイダー》が装備されていた。その扁平なる盾の機体より、さらに数珠繋ぎに盾が繋がっている。
まるで龍のような威容を持つその機体は、リバウンド力場を得て浮き上がっていた。
銀翼の羽ばたきが月面にあり得るはずのない辻風を生み出し、そして今、確かなる意思を持った三つ目のアイセンサーが煌めいた。
Rシェルライフルの銃撃に《イクシオンガンマ》が後退して離れていく。
よくよく目を凝らせば、その肩口の両盾も新造されている。小型化した《クリオネルディバイダー》そのものを、直接装備しているのだ。
「クロ……あんた、その機体……」
『《モリビトシンスカエルラドラグーン》。遅れてすまない、桃』
「……もうっ。遅いってのよ」
軽口を叩き、鉄菜の新たなるモリビトが睨んだ先を見据える。
それは、月面に突如として現れた司令艦と、そして巨大人機である。
「……行くんだよね」
『《ゴフェル》の守りについてもいい』
「ううん……。クロは行って。行って、決着をつける義務がある。《トガビトコア》はモモが引き付けるから、その間に」
『……すまない』
言葉少なな鉄菜はいつも以上に悲しみを背負っているようであった。まるで永遠の離別を今しがた体感したかのような、その声音の寂しさ。
「……クロ。でも一個だけ。また、約束しよ? ――必ず帰ってくる事」
六年前には、無駄だと分かりつつも互いに交わした約束。それを今回も、鉄菜は守ってくれるようであった。
『……ああ。私は全ての決着をつけて、必ず帰る。みんなの……家族のいる場所へ』
――家族。その言葉が鉄菜の口から出たのが一瞬信じられなかったが、ああ、そうか、と桃は納得する。
鉄菜もまた、強くなったのだ。
だから、こうして肩を並べられる。
こうして、戦場でも信じ合える。
「約束だからね」
『承知した。《モリビトシンス》、鉄菜・ノヴァリス。迎撃行動に入る!』
互いに背中を預け、二機のモリビトは常闇を疾走した。
「新しいモリビトだと?」
もたらされた情報に、白波瀬は困惑を隠せなかった。《キリビトイザナミ》へと真っ直ぐに向かってくるのはまるで銀龍。青いカラーリングを引き写した、新たなるモリビトの影に、高官より勘繰りが飛ぶ。
「まさか……この土壇場で新型機だと……。白波瀬、貴様……」
「……予想は出来ました。月面にプラント設備があるのならば。ですが、勝てますよ。《キリビトイザナミ》なら、勝てます」
「……繰り言に付き合っている場合ではない。勝てる勝てないの事項は別として、査問会議が必要そうだな」
そんなもの、無事に帰れればの話であろう。あのモリビトに乗っている操主は、解析するまでもなく分かる。
「……執行者、鉄菜・ノヴァリス……」
その因果な名前を、白波瀬は紡ぎ、奥歯を噛み締める。
幾度となく計画を破綻に導き、そして今もまた、自分のもたらす恩恵を拒む、最悪の存在。ここで消しておかなければ禍根が残るであろう。
白波瀬は脳内ネットワークに声を発していた。
――出番だよ、燐華。こわいのがやってくる。それを破壊してくれ。相手は、モリビトだ。
その声に燐華の今にも瓦解しそうな思惟が応じる。
――こわいの……ううん、モリビト。そう、モリビトは――敵。
断じた神経がハイアルファー機と一体化し、《キリビトイザナミ》が吼え立てて銀龍のモリビトと交戦に入る。
それを目にして、高官は口にしていた。
「飼い慣らしているようではあるが勝てなければ捨てろ。あんな図体ばかり大きい人機は邪魔だ」
これだから、連邦の高官の頭の固さには辟易する。
しかし、それに関しては同感であった。
「ええ、いずれは戦争をもっとクリーンなものとしましょう。そのために、この月面戦線、勝たねばならぬのです」
勝たなければ、それこそ犬死であろう。
その予感に白波瀬は人知れず戦慄いていた。