ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯348 人獣、蘇生

 自分の担当官は六年前、あの時を境にして、もう会った事はない。あの訣別の言葉を最後に、もう会う事もないのだと思っていた。

 

 それだけに《ナインライヴス》に仕込まれていたと言う脱出機構は意外であったし、それにビートブレイクの発動まで加味出来るのは組織の中でもグランマだけだ。

 

「……守ってくれたんだ。モモを……。ありがとう、グランマ」

 

 お陰であんな場所で死なずに済んだ。桃は応急処置もそこそこに新たなる人機の足元に辿り着く。

 

 組み上げられていたのは《ナインライヴス》の後継機であった。

 

 説明の声が飛ぶ。

 

「機体のスペックは《ナインライヴス》を参考に三段階ほどアップさせてあります。機動力、出力、共に安定域に到達させるのに苦労しましたよ」

 

「ありがとう。……名前は?」

 

 紡がれた名称に桃は苦笑する。

 

「そう。それがあなたの名前なのね。いいわ、行きましょう。モモ達の戦いを、終わらせるために」

 

 コックピットブロックへと、桃は浮遊し、そして新造された操主服のバイザーを下げていた。

 

『緊急指令! プラント設備をこれよりアクティブに移行します。外部発進用リニアボルテージを稼働。繰り返します。総員、プラント全体の重力変動に備え、月面上に出現させます。リニアボルテージを最大出力に設定』

 

 プラント設備そのものが今、雌伏の期間を経て月面上に現出しようとしている。

 

 桃は操主服の気密を確かめ、袖口に装着された外部メッセージ一件を確かめていた。

 

「メッセージ? こんな時に誰?」

 

 読み込ませると、パスコードと共に音声ガイドが起動する。

 

『桃。これを聞いている頃は、お前はもう何歳なのかは分からない。私は、長い間、お前を縛り付けてきた』

 

「……グランマ」

 

 思わぬ相手の肉声に桃は困惑する。思えばグランマは生命維持装置に縛り付けられており、こうして声を聴くのは長い時間の中で二度目でしかない。

 

 一度目は、六年前のブルブラッドキャリア殲滅戦。あの時、初めて反抗し、そして生き延びた。

 

 その後、グランマがどうなったのか、意図的であったのか、それとも別の要因か、聞かされてこなかった。

 

 ゆえに、自分が彼女の声を聞くのはもうあり得ないと思い込んでいた。

 

『だが、それももう終わりだ。この機体に乗り、そしてこの操主服を身につけたという事は、お前は私の因縁からは解放された。誇りに思っていい、桃。お前は立派な、私の執行者……いいや、血の繋がった孫だよ』

 

 ぷつり、とメッセージが途切れる。それでも、桃は頬を伝う涙を止められなかった。ああ、とその言葉を何度も感じ入る。

 

「……ありがとう、グランマ。最後まで見てくれて。これまでのモモの戦いも、否定しないでくれた。だったら、これからだって……」

 

『プラント設備、月面上に出ます。重力変動値を各々、注意してください』

 

 プラント設備が月面を割り、地下層よりせり出してくる。鋼鉄の銀盤の出現に困惑した様子の《アサルトハシャ》に、桃は高空甲板に支持された愛機を佇ませていた。

 

 両腕を組み、新たなるモリビトが産声を上げる。

 

 桃色の人機。《ナインライヴス》の遺伝子を受け継ぐシルエットの機体はスクランブル発進の赤い赤色光を受けながら、背部にマウントされた大型砲撃装備を手に取る。

 

 コンソール上に表示されたのは「Rハイメガランチャー」の文字。桃はアームレイカーに指を入れ、引き金を絞っていた。

 

「……新たなるモリビトの声を聞け。――《モリビトナインライヴスリレイズ》、桃・リップバーン。殲滅行動に移行する!」

 

 直後、放たれた灼熱の砲撃が月面上に位置する《アサルトハシャ》部隊を薙ぎ払っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれは、桃か」

 

 口にした鉄菜はRシェルソードを軋らせる。視界の中には大型人機がこちらへと敵意を向けている。宇宙に上がった直後に見たイクシオンフレームの発展機であろう。

 

「邪魔立てを……。《モリビトシンス》!」

 

 弾き返し、《モリビトシンス》がRシェルライフルを構え、《イクシオンオメガ》へと銃撃を浴びせかける。どうしてだか、この戦場にはあるはずのない機影が見え隠れしていた。

 

「《ナナツーゼクウ》……。リックベイ・サカグチの機体が、何故……」

 

 疑問を手繰っている間にも敵の猛攻は止まらない。振るわれる鈍器のような勢いを持つ武装コンテナに、鉄菜は殺気が籠ったのを感じ取る。

 

「させない!」

 

 放たれた光条が武装コンテナへと引火し、内部に収容された無数のRブリューナク共々、爆発の向こう側へと追いやる。

 

『……《モリビトシンス》! またも我々アムニスの邪魔をするか!』

 

「私は、こんなところで立ち止っている場合ではない! 《ゴフェル》を援護する。アイザワとか言う。食い止められるか?」

 

『任せとけ! って言いたいところだが……守りながらはちとキツイな』

 

「瑞葉を下がらせて、《ゴフェル》の守りを……」

 

『嫌だ! クロナ、私はここでアイザワと共にこいつを引き寄せる! 《ゴフェル》には、お前が言ったほうがいい』

 

 その言葉に甘えるわけではない。だが、言葉振りに宿った信念だけは本物であろう。

 

「……感謝する」

 

 今の《モリビトシンス》では足手纏いになりかねない。鉄菜は今しがた月面上に突如として出現した銀盤の基地を視界に入れていた。

 

「あれが……私達のプラント……」

 

 そしてあの場所に、新しいモリビトがある。急く心とは裏腹に、鉄菜はこの時、自分を狙い澄ます殺気を感じ取っていた。

 

 放たれた光条に敵機の機体識別を行う。

 

「……《イクシオンガンマ》」

 

『痛いのぉ……っ。あんたを殺せば、少しはマシに……。ああっ……渡良瀬ェッ!』

 

《イクシオンガンマ》が《アサルトハシャ》より奪い取ったプレッシャーライフルで狙い澄ます。鉄菜はフットペダルを踏み込み、《モリビトシンス》に加速度をかけさせた。既に先の戦闘で装甲は限界に来ている。《イクシオンガンマ》のようなパワー型の機体と打ち合えるだけの推進力は残っていない。

 

「ここは……振り切らせてもらう」

 

『させるわけ……ないでしょうに!』

 

 黄金の燐光に包まれ、《イクシオンガンマ》が跳ね上がった。接近警告と共に《イクシオンガンマ》が《モリビトシンス》へと縋り付く。

 

「……エクステンドチャージを……」

 

『ここで……墜ちろォっ!』

 

 迸った叫びに《モリビトシンス》を横ロールさせ、振り落とそうとする。それでも《イクシオンガンマ》は執念深く《モリビトシンス》の装甲に爪を立てた。

 

 リバウンドの加護を受けた爪が《モリビトシンス》の装甲版を削り取る。

 

「……諸共と言う覚悟か」

 

『鉄菜。ここで振り切らなければ要らぬ禍根を残すぞ』

 

 ゴロウの声に、分かっていても、と鉄菜は歯噛みする。最早、《モリビトシンス》に余計な戦闘をさせておくだけの力は残っていないのだ。

 

 エクステンドチャージを張れば、それだけで機体が空中分解するであろう。《モリビトシンス》と共にこのまま敵をプラントまで連れて行くわけにはいかない、と鉄菜はアームレイカーを大きく引いた。

 

 Rシェルソードで《イクシオンガンマ》の装甲を叩くが、敵機の振るい落とした棍棒の一撃に鉄菜は《モリビトシンス》ごとよろめいていた。

 

 集中も保つのには限界が来ている。如何に自分が人造血続とは言っても、スタミナまでは計算出来ない。

 

 宇宙に上がり、《イザナギ》との戦闘を経て、ここまでやってきただけでもかなり消耗しているのだ。これ以上の戦闘継続は難しいであろう。鉄菜は努めて冷静を保とうとするが、それでも流れていく状況だけは覆しようがない。

 

「……このままプラントまでの水先案内人をするわけにはいかない。ここで《イクシオンガンマ》を迎撃する」

 

『だが、鉄菜。もう《モリビトシンス》は限界だ。機体にガタが来ている』

 

「だからと言ってどうやってこいつを引き剥がす? 生半可な覚悟では、こいつをどうにか出来るわけが――」

 

『方法は一つだけある』

 

 ゴロウのその言葉に鉄菜は問い返していた。

 

「本当か?」

 

『装甲の一部を剥離させ、敵機と共に分離する。直後に爆破し、敵人機を強制離脱。さらに、こちらの加速にも一役買ってもらおう』

 

 ゴロウの練った作戦はこの事態では最善と言える。しかし、と鉄菜は渋っていた。

 

「……剥離するだけの装甲もない。余分な武装は《イザナギ》戦で消耗した。後がないんだ……」

 

 こんな状況では、と鉄菜は《モリビトシンス》を上昇させる。それでも、《イクシオンガンマ》は爪を立て、装甲版を砕いた。このまま消耗戦に持ち込んでも、相手は追いすがるだろう。どうすれば、と堂々巡りの思考に達した鉄菜へと、ゴロウが切り込んでいた。

 

『分離しても全く問題のない部位が存在する』

 

「そんなもの……」

 

 うろたえた鉄菜の眼前にもたらされたのは、《クリオネルディバイダー》の装甲分離プログラムであった。確かに《クリオネルディバイダー》は《モリビトシンス》の追加武装。ここで切り離しても何の障害もない。しかし、それは――。

 

「誰が、《クリオネルディバイダー》を分離させ、敵人機を引き剥がすまで管理するんだ。操主のいない戦闘機など、狙い撃ちにされるだけだぞ」

 

『そうだ。だから――我々が引き受けよう』

 

 直後、分離シークエンスが実行され、鉄菜は狼狽する。まさか、と息を呑んだ時、既に背部マウントされた《クリオネルディバイダー》は可変し、《モリビトシンス》よりいつでもパージ出来るように設定されていた。

 

「ゴロウ? お前が担うと言うのか……」

 

『それしかないだろう。《イクシオンガンマ》を引き受ける』

 

「馬鹿な……。人機には勝てない!」

 

『勝つのではない。一瞬だけでも気を逸らせればそれでいい。その隙に、君はプラント設備へといち早く入り、そして新たなるモリビトを手に入れろ。今の《モリビトシンス》よりかはマシなはずだ』

 

 それは、その通りだろう。ゴロウの意見に異論を挟む余地はない。それどころか、現状の最適解に思える。しかし、それを容認は出来ない。

 

 ここで認めてしまえば、六年前の別離の再現になってしまう。

 

「……拒否する。《クリオネルディバイダー》だけを相手にくれてやるような真似は容認出来ない」

 

『……それは建前だろう。鉄菜、君は以前のシステムAI、ジロウとの別れが繰り返されるのを嫌悪している。いや、純粋に拒んでいる、と言ったほうが正しいか』

 

「そこまで分かっているのなら……。何でそんな真似に出る」

 

 一拍の逡巡を挟んだ後に、ゴロウは応じていた。

 

『……何でなのだろうな。我々にも分からないんだ。今この瞬間、我々旧態然とした元老院の生存よりも、君と言う一個人の生存が優先されるべきだと、どうして思えるのか。……その結論は言うまでもないだろう』

 

 赴く先を予見して、鉄菜は顔を悲痛に歪めていた。

 

「……分かっていて行くのか? どうしてみんな、私より先に分かってしまう? どうしてみんな……分かった上で行くと言うんだ……。確かにあの場所はあたたかい。そう……あったかい場所だった。でもそれは! この世からさじを投げるのとは違うのだと! 私は言いたいんだ! そう……この胸の焦燥感は何だ……。どうして、もっと合理的になれない……」

 

 自分でも不明な感覚にゴロウは迷わず口にしていた。

 

『――それが心なのではないのか? 鉄菜・ノヴァリス』

 

 ハッと面を上げたその時、《クリオネルディバイダー》は分離していた。もう、届かない。そう思っても、鉄菜は振り返っていた。

 

「ゴロウ! お前は――!」

 

『さらばだ、鉄菜・ノヴァリス。また会えるのならば、違う形で……』

 

 その言葉の先を、《イクシオンガンマ》の暴力が叩き落していた。

 

 戦闘機形態へと可変した《クリオネルディバイダー》の機首を《イクシオンガンマ》が熱を滾らせた棍棒で打ちのめす。

 

 機首に組み込まれていた操縦系統はあれで破壊されてしまっただろう。もちろん、そのシステムAIである、ゴロウも……。

 

「ゴロウ……、お前には分かったのか? 心の赴く先が。その……答えが。なら……私は……」

 

『墜ちろォッ!』

 

 叫びが迸り、《モリビトシンス》へとかかりそうになったのを、鉄菜は振り切るように推進剤を全開にしていた。《クリオネルディバイダー》を外した分、一時的でありながら推力が増している。

 

 その背中を、ゴロウの声が押し出してくれているような気がした。もちろん、非科学的だ。彼は元老院ネットワーク。個性なんてあるはずがない。だと言うのに、この胸に刻みつけられた別れの記憶は、ジロウを失った時、そして彩芽を失った時と同じく――。

 

「……分かった。鉄菜・ノヴァリス。《モリビトシンス》! プラント設備へと突撃する!」

 

 きりもみながら、鉄菜は《モリビトシンス》と共にプラント基地へと押し入っていた。直後、発生したリバウンドの皮膜が《イクシオンガンマ》の追撃を妨げる。

 

 鉄菜は眼前に展開されたネットが《モリビトシンス》の機体を支えているのを目にしていた。

 

 整備スタッフが取り付き、《モリビトシンス》を即座に地下層に存在する点検基地へと納入する。

 

『……よく、帰ってくれました。《モリビトシンス》と……鉄菜さん』

 

 鉄菜はしばらく顔を上げられなかった。それを窺おうとしたスタッフを声で制する。

 

「頼むから……今だけは……。すまない、今だけは、私を……」

 

 ――人間として、一人で泣かせてくれ。

 

 その願いが焦土に染まる月面を貫いていた。

 

 


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