ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯347 反撃開始

 声の響き渡る戦場で、《ゴフェル》ブリッジは判断を迫られていた。

 

「機関部直撃は免れたものの、航行維持は不可能です! 月面に不時着するしか!」

 

 だが、それは苦渋の決断であるはずだ。月面に縫い止められれば《アサルトハシャ》だけではない。追いすがるアムニスからも逃げおおせる事は出来ないだろう。

 

 茉莉花は歯噛みし、対空砲撃を叫んでいた。

 

「接近させれば容易に読み負けるわ! ここは敵人機に近づかせないで!」

 

「高熱源探知! 敵機は……《イクシオンアルファ》!」

 

 こんな時に、と茉莉花は応戦の手段をひねり出そうとする。

 

 コンソールに表示されたキーを叩き、《ゴフェル》の現時点での対応策を練り上げる前に、敵人機がRランチャーを構えていた。

 

「長距離砲撃、来ます! 《ゴフェル》機関部を照準! 逃げられません!」

 

「万事休すか……!」

 

 覚えず、そう呟く。ここまで来て、応戦の手はないのか。逆転の目はないのか。

 

 ニナイが身体を張って占有地のアクセスポイントを破壊してくれたのに、月面を掌握してもアムニスからの襲撃までは予見出来なかった。

 

 これは単純な読み負けか。それとも、ここまでの運命だと言うのか。

 

 ――否、断じて否のはずである。

 

「こんなところで終わるんなら、みんなとっくにさじを投げているわよ……。対空砲撃を止めないで! 少しでも敵の照準を逸らす!」

 

「しかし! 敵は精密狙撃モードに入っています! 人機を撃墜するのには……!」

 

「それでも、よ。《イクシオンアルファ》撃墜が絶望的でも、先を促すの! そうでなければ、みんな、何のために……」

 

 拳を握り締め、これまでの足掻きを反芻する。何のために、桃は単騎で《トガビトコア》と戦い、ニナイは《クリオネルディバイダー》で出たと言うのか。

 

 全ては希望を繋ぐためだ。

 

 それなのに、絶望してどうする。こんな時に、諦めだけ潔くって、どうする。

 

「諦めない。諦めて――堪るかァッ!」

 

 その声と共に敵機の砲撃が見舞われる。オレンジ色の光軸が《ゴフェル》へと真っ直ぐに放たれていた。

 

 跳ね返すだけの武装もなければ、人機もない。何もかも、希望は潰えていた。

 

 だからなのだろうか。

 

 ――その瞬間、月面の地下層より高速出撃した一機の人機を、誰も関知出来なかったのは。

 

 それは《イクシオンアルファ》の砲撃を弾き返し、そして物理エネルギーを霧散させた。

 

 思わぬ伏兵に敵操主から通信が飛ぶ。

 

『……その人機、何者だ』

 

 茉莉花も拡大スクリーンにその人機を映し出していた。

 

 前面に張り出した菱形の笠のような防御機構。そして、その下で輝くオレンジ色の眼光。

 

 アイサイトセンサーがその人機の名称を告げていた。笠の防御機構を引き剥がし、その人機は《イクシオンアルファ》へと突撃する。

 

 思わぬ加速度に敵機もうろたえたのか、反応が一拍遅れていた。その一瞬の隙を逃さず、振るわれたのは緑色のリバウンド刃である。

 

 斧の形状に保たれたリバウンド刃を回転させ、その人機は笠の機構をまるで羽根のように後部に変形させていた。

 

「……モリビト」

 

 茉莉花は照合された機体名称に言葉を継ぐ。

 

「モリビト――《イドラオルガノン》」

 

 新たな装甲を得た《イドラオルガノン》がリバウンドトマホークを回転軸で払い、《イクシオンアルファ》のプレッシャーソードとぶつかり合う。

 

『貴様は……!』

 

『――守る。守るために、この力を手に入れた。ミィと、《モリビトイドラオルガノンアモー》は!』

 

《イドラオルガノンアモー》と呼称された人機が《イクシオンアルファ》と激しく打ち合い、相手を後退させる。

 

 直後に通信が回復していた。

 

「……艦長のお陰で、通信状態が。ニナイ、無事か!」

 

『何とか、ね……。あれは、蜜柑……なの?』

 

「そのようだな。新たなるモリビトを得たようだ。あれが、新しい力の一端……」

 

 感じ入ったように目にする茉莉花は、高機動の翼を広げた《イドラオルガノンアモー》の戦いぶりに言葉を失っていた。

 

 近接戦を挑み、そして中距離でも銃火器で応戦するその機体は、まるで……。

 

「まるで全盛期の《イドラオルガノン》だ……」

 

 クルーの発した声に茉莉花は放心する。

 

「ああ……。ミキタカ姉妹がまるで、両方乗っているかのような……」

 

『それも当然ですよ。こっちは二人併せてのオペレーションを予定していたんですから』

 

 プラント設備から接続されたスタッフの声に、茉莉花は通信を確かめていた。

 

「新しいモリビトの建造、ご苦労だった。……だが、桃は……」

 

 苦渋を噛み締めた直後、スタッフは、ああ、それなら、と声を発する。

 

 スクリーンに映し出されたのは、脱出ポッドによって保護された桃であった。

 

 思わぬ光景にブリッジのクルー達は全員、言葉を失う。

 

「桃さんが……生きていた……」

 

『《ナインライヴス》に予め搭載されていた防衛機構のようです。桃さんが、ビートブレイクを使用する事態にまで追い込まれた時のみ、発動する脱出機構であったみたいで』

 

 それを、《ナインライヴス》建造より予見していた人物は一人しかいないであろう。茉莉花はその人物の名を紡いでいた。

 

「グランマ……。桃の担当官が……?」

 

 桃よりその人物像は意図的にぼかされていたがいい印象ではなかったはずだ。それなのに、《ナインライヴス》にもしもの事があった時まで考えられるのは彼女しかいない。

 

『……奇跡的でしたよ。月面で《アサルトハシャ》の動きが沈静化しなかったら、見つけ出せなかったでしょう』

 

 ある意味ではニナイの勇気ある行動もこの状況に貢献したという事なのだろう。茉莉花は言葉を振っていた。

 

「桃を、新たなモリビトに搭乗させて欲しい。出来るか?」

 

『……出来るかじゃなくって、やれ、でしょ。あんたらしくない』

 

 憎まれ口を叩くだけの余力はあるらしい。茉莉花は的確に告げる。

 

「《ゴフェル》はほとんど足を潰されたも同義。この地点からは動けない。蜜柑が《イクシオンアルファ》を抑えてくれているが、それも時間稼ぎだろう。新しいモリビトでスクランブル。頼むぞ」

 

『言われなくっても……。でも、まさかグランマが……』

 

 桃からしてみれば想定外の出来事なのかもしれない。それでも、自分達からしてみれば奇跡的な事態だ。

 

「感傷にふけっている場合ではない。敵はすぐそこまで迫っている」

 

『分かっているわ。新しい《ナインライヴス》で出る』

 

「それが聞けただけでもよかった。《ゴフェル》総員に告ぐ! ……反撃を開始するぞ」

 

 


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