ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯346 月面血戦

「驚いたな。月面はブルブラッドキャリアのバベルが占有していると思っていたが……」

 

 渡良瀬が濁したのは、現在の月面の状態が《ゴフェル》一隻に移譲されつつある不安定な盤面にあるという現実であった。まさか、本隊が下手を打ったか。あるいは、何かしらの要因が重なり、月面が手薄になったのか。

 

「いずれにせよ、わたし達の優位に物事は進んでいる。今ならば取れるぞ」

 

 愛機の状態を呼び起こす。後部に円筒状の追加武装を二基装備し、本体はまるで蛹のように丸まっている自身の機体――最強の人機、《イクシオンオメガ》。

 

 破格のスケールはかつてのキリビトタイプに相当する。その威容に《アサルトハシャ》部隊がたじろいでいるようであった。

 

 しかし、と疑問符を挟む。

 

「……本隊の《アサルトハシャ》部隊は玉砕も辞さない連中のはず。大人し過ぎるな……」

 

『いいではありませんか、渡良瀬。これより、《イクシオンアルファ》で殲滅にかかります!』

 

 シェムハザの《イクシオンアルファ》が先行し、その後に棍棒を携えた《イクシオンガンマ》が続いた。

 

『……ねぇ、渡良瀬、痛いのぉ……ッ。こんなの、こんなの……』

 

「アルマロス。敵を倒せば鎮痛剤を与えよう。今は一機でも墜とてくれ」

 

 非情なる命令に女天使は応じる。

 

『……痛くなくなるのなら。あんた達なんて、消えちゃえ!』

 

 月面に降下した《イクシオンガンマ》が棍棒を振り翳し、一機、また一機と《アサルトハシャ》を叩き潰していく。

 

 それにしても、と渡良瀬は戦局を鑑みていた。

 

 アンヘル宇宙駐在軍とグリフィスの残存兵はエホバ討伐へと向かった。自分達はその勢いからすり抜け、月面まで至ったのであるが、敵はこの程度か、と落胆を隠せない。

 

「《ゴフェル》は墜ちた。これで――」

 

 勝利だ、と紡ごうとした渡良瀬へと接近する熱源が加速して遮っていた。

 

 即座に中心に位置する本体から高出力プレッシャーソードを発振させる。巨大なアームに支持された形のプレッシャーソード発振器はこの時、一体の不明人機と打ち合っていた。

 

 干渉波のスパーク越しに声が弾ける。

 

『……てめぇ、ここで《ゴフェル》を、やらせるかよーッ!』

 

「その声紋、アイザワとか言う士官か。アンヘルを裏切った!」

 

『裏切ったんじゃねぇ、おれの意思で! こっちに付くって決めたんだよ!』

 

 目にしたのは銀色の機体である。一見してスロウストウジャベースでありながら改修が施された人機であるのが窺えた。

 

 機体参照コード、《ジーク》という名称に渡良瀬は舌打ちする。

 

「付け焼刃で!」

 

 払った大口径のアサルトライフルの銃撃を敵機は瞬間的な加速で上回っていた。《イクシオンオメガ》の背部へと即座に回り込む。

 

「大きな機体は死角が多い! その通りだと、判断するのはさすがは歴戦の猛者か! しかし! この究極の人機は!」

 

 背部センサーと予め装備されていた重火器が起動し、《ジーク》へと砲撃を浴びせた。

 

 しかし相手も高機動である馬力を利用し、そのほとんど至近に近い砲撃を回避して見せる。

 

「だとしても! 行け、Rブリューナク!」

 

 二基の円筒型バックパックが開放され、放たれたのは無数のRブリューナクであった。親機である巨大な受信機を中心にして暴風のような小型Rブリューナクが疾走する。

 

 その幾何学の軌道は自身でさえも読めない。無論、敵機に読める代物ではないはずであった。

 

 Rブリューナクの暴風に抱かれ、《ジーク》が翻弄される。

 

 その光景に渡良瀬は哄笑を上げていた。

 

「所詮は跳ね回るしか出来ない羽虫の児戯! この大天使に敵うものか!」

 

 Rブリューナクに包囲され、さしもの改修機でも限界が近いはずだ。渡良瀬は轟沈したはずの《ゴフェル》へと視線を走らせる。

 

 やはりと言うべきか、機関部への致命的な一撃は逃していた。もう少し接近してから砲撃すべきであったか、と悔恨が滲んだのも束の間、直後には砲門を《ゴフェル》へと向けていた。

 

「禍根は摘むに限る。早期に!」

 

 照準しかけて阻んだのはバックパックを備えた青いロンド系列の機体であった。ミサイルが軌道を描き、《イクシオンオメガ》へと突き刺さる。その煩わしさに渡良瀬は舌打ちを滲ませていた。

 

「羽虫が! 墜ちろォッ!」

 

 本体がアサルトライフルを握り締め、ロンド系列の機体へと銃撃で追いすがる。それでも敵機はなかなか捉えられない。

 

「モリビトでもないはずなのに……。邪魔くさいんだよ! 今さらロンドなんて! 前時代の遺物が、この大天使の道を阻んでいるんじゃないぞ!」

 

 Rブリューナクの親機の照準をそちらに向けようとした、その一瞬であった。

 

《ジーク》がRブリューナクの暴風圏を抜け、親機へと肉薄する。それを制する火線を張る前に、親機の信号が実体剣によって絶たれていた。

 

「まさか……。人間風情が!」

 

『人間だから強いんだろうが! 分からせてやるよ! おれと《ジーク》が! 零式抜刀術、七の陣! 破線の一閃!』

 

 親機を貫いた加速度のまま、《ジーク》がRブリューナクの嵐を突破し、そのまま円弧の軌道を描いて《イクシオンオメガ》へと向かおうとする。その進路を、背部バックパックより射出した誘導ミサイルが阻んでいた。ミサイルの信管から無数の散弾が発射され、《ジーク》の勢いを殺す。そのままRブリューナクが突き上げ、機体を引き裂かんとした瞬間、《ジーク》が二次加速に入る。

 

 稲光さえ纏いつかせた《ジーク》の速度に渡良瀬は瞠目する。

 

「……こいつ! まさかライジングファントムを会得していると言うのか!」

 

『人間だから、おれはお前らに、勝つ! それがおれと、瑞葉の掴み取った未来なんだ!』

 

「下等種族が何を! Rブリューナク! 包囲して突き破ってしまえ!」

 

 Rブリューナクの砲台から火線が縦横無尽に放たれていく。《ジーク》は回避行動を取るが、砲撃の籠に抱かれた形だ。このままならば消耗戦は可能であろう。

 

 問題なのは、と渡良瀬は白亜の人機が《イクシオンアルファ》を振り切ったのを視野に入れていた。

 

《イクシオンアルファ》と敵機――《トガビトコア》がぶつかり合う。その戦地からの声に渡良瀬は息を呑んでいた。

 

『この人機……! 我々は敵対する気はないと!』

 

『黙れ。私は最強の血続だ。それを阻むもの、全てが敵だ!』

 

「錯乱しているのか……。いずれにせよ、あの人機、敵に回れば厄介。シェムハザ。こちらで説得を試みたい。その人機と繋いでくれ。中継機を――」

 

 そこまで口にした瞬間、《ジーク》が重火器の暴風から逃れ出る。まさか、と渡良瀬は《イクシオンオメガ》本体に握らせていたアサルトライフルを弾かせていた。

 

「……Rブリューナクの包囲陣から自力で逃げ切れるだと!」

 

『悪いな。生半可な鍛え方は、してないものでね!』

 

《ジーク》が実体剣を掲げ、《イクシオンオメガ》へと肉薄する。舌打ち混じりに渡良瀬は《イクシオンオメガ》の保有する防御機構を発動させていた。

 

「Rフィールド、展開!」

 

 リバウンドの力場が形成され、実体剣を弾き返す。しかし、これは諸刃の剣だ。エネルギー効率が非常に悪い《イクシオンオメガ》には推奨されていないシステムである。

 

 ゆえに、持ってはいてもこの機体だけはエクステンドチャージも引き出せない。最大の火薬庫である《イクシオンオメガ》は要塞じみた火力の代わりに機動力と瞬時の切り札は捨て去った形となっている。

 

 それを突かれれば如何に最強の人機とは言え、応戦は難しくなるであろう。

 

 渡良瀬は《ジーク》を睨み据える。この宙域で、大天使に逆らう愚か者。人類という種そのものの汚点が立ちはだかる。

 

「……だが、わたしは大天使だ。殺し尽くしてくれよう。Rブリューナク!」

 

『その手は、もう見切ったァッ!』

 

 親機が中継する幾何学のRブリューナクの軌道を相手人機は予見し、推進剤を焚いて突っ切る。

 

 まさか、無傷で包囲網を突破されるとは予想だにせず、渡良瀬は絶句していた。

 

「まさか……それほどまでの使い手だと!」

 

『……騙されるんじゃねぇぜ、この世の悪意って奴。おれは! 零式を引き継いだんだからな!』

 

《ジーク》が至近距離に入る。渡良瀬は応戦のプレッシャーソードを咲かせようとして、その行動を割って入った《カエルムロンド》に阻止されていた。

 

 銃火器で弾幕を張る相手に、《イクシオンオメガ》はあまりに緩慢。渡良瀬は追い込まれていく我が身に怨嗟の言葉を放っていた。

 

「……ふざけるなよ、貴様ら。わたしは、全てを捨てた。全てを殺し、そしてこの世の天に立つべく放たれた大天使。それがこんなところで、やられるわけがないだろうが!」

 

 接近した《ジーク》の一閃が装甲に叩き込まれた瞬間、弾き返される。相手がよろめいたその隙を、黄金に染まった《イクシオンオメガ》は睥睨していた。

 

『野郎、エクステンドチャージを……』

 

「衆愚が! 天使の鉄槌を知れ!」

 

 エクステンドチャージで出力を増したプレッシャーソードを薙ぎ払う。それだけで干渉波のスパークが散り、《ジーク》と《カエルムロンド》を遠ざけていた。

 

 だが、この状態で使用するのは考慮に入れていない。渡良瀬は奥歯を噛みしめ《ジーク》へと標的を絞っていた。

 

「……ふざけるなよ。天使を前に、人が驕るんじゃないぞ!」

 

 引き出された砲門が狙いをつけたのはエクステンドチャージの余剰衝撃波で吹き飛ばされた《ジーク》であった。

 

 機体が痺れたように動きを鈍らせている。好機であった。

 

「ここで潰えろ!」

 

 砲門にエネルギーが充填されていく。凝縮されたリバウンドエネルギーがオレンジ色に逆巻き、直後、《ジーク》は完全に貫かれたように思われていた。

 

 ――その瞬間に咲いた別方向の火線がなければ。

 

 長距離射撃の光条が《イクシオンオメガ》を激震し、その照準が僅かにぶれる。

 

《ジーク》を射抜く軌跡を描いていた砲撃は遥か向こうの暗礁地帯へと突き刺さっていた。

 

 デブリが爆散し、誘爆の炎が宇宙の常闇を照らし出す。

 

「……何者!」

 

 声にした渡良瀬は接近する熱源を関知していた。その識別信号は連邦のものである。

 

「《ナナツーゼクウ》? 今さら何が出来ると言う!」

 

 長距離狙撃用のプレッシャーライフルを構えた《ナナツーゼクウ》に《イクシオンオメガ》は支持アームに固定された大型プレッシャーソードを払う。

 

 敵機体が上方に逃れ、さらに追撃の火線が舞った。

 

 エクステンドチャージ状態の《イクシオンオメガ》にとって、弱点となるのは関節部である。

 

 本体のみがエクステンドチャージの恩恵を得られるため、武装コンテナや関節部、そして追加装甲版はこの時、まさしく晒された短所と言えた。

 

《ナナツーゼクウ》が的確な狙撃で《イクシオンオメガ》を制止させようとする。その動き一つ一つに渡良瀬は苛立ちを隠せなかった。

 

「こんなところで、邪魔立てを!」

 

 サブ武装へとアクセスし、中距離連装ガトリング砲が火を噴く。《ナナツーゼクウ》は陸戦機とは思えぬ機動力で火線を避け、推進剤を焚いて《イクシオンオメガ》の機体を蹴りつける。そのまま一閃を払い、離脱したその姿に渡良瀬は拳を骨が浮くほど握り締めていた。

 

「……今ので、墜とせていたって言いたいのか! 貴様は!」

 

『……通告する。これ以上の戦火を広げる事はない。ブルブラッドキャリアへの戦闘介入よりも、今はエホバ陣営の抑止に回るべし』

 

 弾けた相手操主の声に渡良瀬は手を払う。

 

「馬鹿な! ブルブラッドキャリア殲滅が第一条件である!」

 

『それは宇宙駐在軍の考えだな。わたしはアンヘル上層部と、そして現状の戦力を鑑みて言っているのだ。ここで貴重な人機を失うわけにはいかん』

 

「それが驕りだと、言っている! Rブリューナク!」

 

 機動したRブリューナクが包囲陣を敷き、《ナナツーゼクウ》を追い込もうとする。しかし、敵機はまるで型落ちであるなど思わせぬ機動力で回避機動を取った。

 

 宙域を駆け抜ける機体は伝説の謳い文句をそのままに、紫色の機体を映えさせる。

 

 ブレードアンテナを煌めかせた《ナナツーゼクウ》がプレッシャーライフルを一射した。《イクシオンオメガ》の装甲へと突き刺さり、外部装甲が剥離する。

 

『渡良瀬! 援護を!』

 

「邪魔をするな! わたしが……この大天使が、たった三機の通常人機に追い込まれるだと……? そんな事実、あってはならない。現実にして堪るものか! 武装コンテナをパージする!」

 

 二基の円筒型武装コンテナが分離し、《イクシオンオメガ》の本体から離れていく。

 

 その異様なる光景に、相手も狼狽したようだ。

 

『武器を自ら手離すだと?』

 

「貴様らを撃墜するのに、こんな事までする必要はないと思っていたが、認識が甘かったようだ。これより、《イクシオンオメガ》を殲滅形態へと、移行する!」

 

 円筒型武装コンテナに一つ目のアイセンサーが顕現する。そのカメラの捉えた映像が渡良瀬の脳内へと直接叩き込まれていた。

 

 調停者としての脳内ネットワーク技術を最大に利用した、遠隔操作型武装――。

 

「《イクシオンオメガ》、エクスターミネートモード! この状態ではエクステンドチャージは!」

 

 黄金が染み渡り、二基の武装コンテナに宿る。その加速度を敵機は予見する前に実感していた。

 

 振るわれるのはまさしく黄金の鉄槌。

 

 それそのものが遠隔武装と化した武装コンテナが三機の人機を翻弄する。速度はエクステンドチャージを施された人機そのものでありながら、武装コンテナとしての役割を正確に実行する。

 

『接近すれば……!』

 

『よせ! それほど甘くはないぞ!』

 

 弾けた声に《ジーク》の操主は困惑していた。

 

『少佐……? どうしてこの戦場に?』

 

『話は後だ、アイザワ少尉。この敵はまずい。わたしとしてはこれも戦力の一つとして、アンヘル残存隊に加わるように説得するつもりであったのだが……。ここまでなれば、最早止むなしとする』

 

「喋るなぁッ! 煩わしいィッ!」

 

 調停者であるシステムを実行しているせいか、宙域の通信を拾い上げてしまう。武装コンテナより新たなRブリューナクの親機が放出され、再び自律兵装の包囲陣が敵へと屹立する。

 

《ジーク》の操主は舌打ちを滲ませていた。

 

『こんなの……どうやって勝てって……』

 

「そうさ、勝てはしない! 勝者はこの大天使、ミカエルだ!」

 

 勝利者の愉悦が満たしたその時――砲撃が武装コンテナのうち一基を貫いていた。

 

 その熱源と機体照合に渡良瀬はハッと息を呑む。

 

「まさか……」

 

 高出力R兵装の光条がエクステンドチャージの途上にある装甲を打ち据える。応戦の火花を咲かせる前に、敵機は躍り上がり、その刃を軋らせていた。

 

 振るい上げた実体剣の放つ殺気に渡良瀬は忌々しげに声にする。

 

「追いついてきたか……! 《モリビトシンス》!」

 

 怨嗟の声音に敵人機――《モリビトシンス》は三つ目のアイサイトを煌めかせていた。

 

 


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