ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯345 前に進む勇気を

「蜜柑からの定期連絡は!」

 

 声を張ったニナイは《ゴフェル》甲板へと突き刺さった砲撃によろめいていた。クルーから返答が飛ぶ。

 

「依然としてシグナルは停止状態です! ですが、最後に通信があった地域から憶測するに《イドラオルガノン》はプラントへと赴けたのだと……」

 

「今は、信じるしかない、か……」

 

 桃の状態が不明なままの現状、蜜柑だけが頼れるモリビトの執行者であったが、それでもギリギリの均衡だ。

 

 先ほどから《ゴフェル》へと狙いを定められ、火線から逃れる事も出来ず、月面の《アサルトハシャ》部隊より集中砲火を浴びている。

 

 このままでは轟沈もそう遠い話ではない。

 

「ニナイ。現状の艦内では出せる戦力にも限りがあるわ。撤退戦を続けても旨味はないわよ」

 

 茉莉花の声に分かっていても、ここで縫い止められている現実に歯噛みしていた。

 

「……せめて、鉄菜の位置さえ分かれば……」

 

《モリビトシンス》の位置情報も不明なまま。今のままでは如何にプラントを目指したところで、完全なる勝利は難しい。

 

《ジーク》が宙域を駆け抜け、実体剣で《トガビトコア》と打ち合う。干渉波のスパーク光が散る中で《カエルムロンド》が援護の銃撃を張っていた。

 

 近づかせない方策ならばある、と断じただけはあって、二機とも連携は密である。その二機でも《ゴフェル》に近づかせないのが関の山。

 

 このままでは、消耗を続けるのみであった。

 

「茉莉花! どうにかして、月面に取り付けない?」

 

「無茶を言う……。今新しいコンソールを開いた! これで月面のシステム占有率は四十五パーセント! ようやく、情報戦では上回りかけている。でも……妙、なのよね……」

 

 彼女が疑問を挟むとは、ニナイも言葉にしていた。

 

「妙、と言うのは、バベルね?」

 

「ええ。バベルネットワークがあれば《ゴフェル》からの介入を全て拒めるはずなのよ。それなのに、吾にここまでの介入行動を許した。その時点で、バベルを保有する戦力らしくない。もっと言えば、本隊らしくない」

 

 自分達の知るブルブラッドキャリア本隊ならば、ここで情報的な優位でさえも許さないはず。それなのに、どうしてだか相手から戦意が凪いでいるような気さえもしてくる。

 

 それが気のせいではないのなら、今付け入るべきは――。

 

「……茉莉花。ちょっと無茶かもしれないけれど、中継機を飛ばすわ」

 

「中継機って……まさか予備の《クリオネルディバイダー》を? 誰が操縦するの」

 

 その問いかけにニナイは身を翻していた。全員の制止の声が飛ぶ。

 

「待ちなさい、艦長!」

 

「そうです! 艦長がここから離れてしまえば……!」

 

「逆転の目も出ないって? でも、待ち続けるだけは苦痛なのよ。それに、二人とも《トガビトコア》相手によくやってくれている。せめて、その手助けはしたいのよ」

 

「艦長の出て行ってまともな戦術が出来ると思っているの! 戻りなさい、ニナイ!」

 

 激しい声を浴びせる茉莉花にニナイは微笑んでいた。

 

「……後は頼むわ、茉莉花。私の出来る事をしたい。せめて、鉄菜が戻ってくるまでは……」

 

 茉莉花は苦渋を噛みしめ、一つの問いを重ねていた。

 

「……一つだけ。死ににいくんじゃ、ないわよね?」

 

 それはこのブリッジにいるクルー全員分の問いであったのだろう。ニナイはサムズアップを寄越していた。

 

「大丈夫。私は、死ぬつもりはないわ。あなた達と共に、未来を掴む。まだ、諦めてはいないもの」

 

「……その言葉が聞けて少しは安心した。でも、早く戻ってくるのね。艦長の椅子を奪っちゃうんだから」

 

 その強がりはせめてもの手向けであったのだろう。茉莉花の背中に何か言いかけて、ニナイはブリッジを後にしていた。

 

 激震する《ゴフェル》の廊下を進み、格納庫まで出た時、整備士からの抑止の声が飛ぶ。

 

「艦長! 出させるなんて!」

 

「《クリオネルディバイダー》が一機、あったわよね? 中継機として飛ぶ」

 

「許可出来るものか!」

 

 前を阻んだタキザワにニナイは言葉を搾っていた。

 

「……私に出来る事ならしたいのよ」

 

「出来る事と出来ない事がある! ……確かに現状、バベルの影響下が少ない。中継機を飛ばすのは有効だ。この盤面を覆せるからね。でも看過出来ない!」

 

 譲れない眼差しをしたタキザワに、ニナイは真正面から言い放っていた。

 

「……もう、待つだけは懲り懲りなの」

 

「……それでも、艦長が出てどうする?」

 

「局面をどうにか出来るのなら、艦長であろうと何者であろうと出るわ。それだけの事よ」

 

「今までは待てた。そうだろう?」

 

 その言葉振りにニナイは頭を振る。

 

「……もうラストチャンスなの。これで勝てなければ、私達は一生勝てない。何者に勝つんじゃない。この運命そのものに打ち克つのよ」

 

 それだけが造られた身分で出来る抵抗であろう。タキザワもそれを受け取ったのか、苦渋を噛みしめていた。

 

「……君は鉄菜や桃にはなれないんだぞ」

 

「分かっているわ。でも、戦いを上から見ているだけじゃ見えないものもある。鉄菜が帰ってくるまでだけでいい。中継機を飛ばさせて」

 

 こちらの覚悟が曲がらないのだと悟ったのか、タキザワは通していた。《クリオネルディバイダー》の二番機は既にキャノピーが開いており、操主を待ちわびている。

 

 乗り込んで真っ先にキャノピーを閉め、そして息をついていた。

 

 先ほどから鼓動は爆発しそうなほどになっている。操主として戦うのはほとんど初めてと言ってもいい。マニュアルには目を通しているものの、今の今まで前線には出た事がない。

 

 それでも、強がりを引っ込める気はなかった。何よりも、ここで退けば自分は一生後悔する。それが分かったからだ。

 

 いくつかのシークエンスをスキップさせ、ニナイは操縦桿を握り締める。操舵の方法は戦闘機のそれとさほど変わらないはずだ。

 

 もっとも、人機が繁栄して戦闘機の役目など哨戒機以上が与えられなくなって久しいが、それでも今の自分に人機操主をやれと言うよりかはマシなはず。

 

 ニナイは深呼吸を三つで整え、そして丹田に力を込めていた。

 

《クリオネルディバイダー》の扁平な機体がリニアボルテージへと移送され、そのまま電磁加速器へとかけられる。

 

 幾度となく送り出してきたカタパルトに固定され、ニナイは操主服に袖を通していた。

 

 バイザーを下げ、最終点検の後に声を発する。

 

「《クリオネルディバイダー》、ニナイ機! 中継任務を帯びて発進する!」

 

 胃の腑へとかかる重圧を帯びて《クリオネルディバイダー》が加速する。ニナイは操縦桿を必死に握り締め、茉莉花の誘導に従った。

 

『いい? 艦長。現時点での保有戦力で月面全体を俯瞰するのは難しい。でも、その一点さえどうにかしてくれれば吾の能力で月面を掌握する。そうすれば《アサルトハシャ》からの火線だけでも無効化出来る』

 

 茉莉花の声を受けている間にも《アサルトハシャ》からの銃撃が飛ぶ。ニナイは《クリオネルディバイダー》に急速制動をかけさせ、そのまま急上昇した。今にもブラックアウトしそうな意識の中でニナイは月面を駆け抜ける。

 

 茉莉花よりミニマップが送信された。そのマップの赤く塗られた地点は月面の衛星情報を一手に担う情報拠点だ。

 

『……もし、バベルネットワークが存在していても、今は意味を成さないのなら、ここを撃てば《アサルトハシャ》同士のリンクを解ける。そうすれば、今は不明シグナルの桃・リップバーンの位置を探れるかもしれない』

 

 そうだ。今は桃の無事を確かめるためにも、このミッションだけはこなさなければならない。

 

 ニナイはフットペダルを踏み込み、《クリオネルディバイダー》に加速をかけさせる。推進剤が焚かれ、《アサルトハシャ》の支配する空域を突っ切ろうとした。

 

《アサルトハシャ》の一機が取り付き、コマンドナイフを振り翳す。

 

「そんなもの!」

 

《クリオネルディバイダー》の携行火器が発動し、火を噴いた。バルカン砲が《アサルトハシャ》の頭部コックピットを砕き、そのまま機体が振り切られる。

 

 今、一つの命を摘んだ――その重みにニナイは押し潰されそうになってしまう。

 

 それでも、この重みと苦さを今までモリビトの執行者達は抱えて生きてきたのだ。ならば、自分だって、と腹腔に力を入れていた。

 

《アサルトハシャ》の銃撃に臆しそうになりながらも、それでも加速をやめず、占有地に向けて突き進む。

 

《クリオネルディバイダー》の一部が破損し、注意色のアラートが響き渡る。それでも、としゃにむに加速させ、《アサルトハシャ》の攻撃網を抜けんとニナイは叫んでいた。

 

「届けぇーッ!」

 

《アサルトハシャ》が《クリオネルディバイダー》の機首を砕き、コックピット周辺が警戒色に赤く塗りたくられる。爆発の光が網膜に焼き付き、減殺フィルターでも殺し切れない光の渦に、ニナイは今まで感じた事のない恐怖が覆い尽くす。

 

 それでも進む。進まないと言う選択肢はない。

 

「……そうでしょう。彩芽……。鉄菜……」

 

 占有地までの距離が迫る。アンテナが視界に入り、重火器へとアクセスしようとして、そのアクセスキーが無効化されている事に気づいた。

 

 相手の中継地点に位置しているのは電子妨害の機能を持つ中型の《アサルトハシャ》である。今の今まで光学迷彩の外套を纏い身を隠していたのだ。

 

 その機体がこちらへと長距離砲で照準する。ロックオンの警告が響く中でニナイは負けじと手動で火器系統へとアクセスしていた。

 

 手動火器によるマニュアル照準では、所詮操主としての訓練を受けていない自分では命中するかどうかは五分五分以下だ。

 

 それでも、ここで撃たなければ何の意義がある? 何のためにここまで来た?

 

「……私は、撃つ!」

 

 操縦桿に装備された火器管制のトリガーを引こうとして、相手からの銃撃が《クリオネルディバイダー》の下部を射抜く。瞬く間に火炎に彩られた機体が警戒色に染まっていく中で、ニナイは咆哮していた。

 

「当たれーッ!」

 

 重火器から実体弾が弾き出され、その弾丸が電波妨害の《アサルトハシャ》の追加武装を打ち抜いていた。

 

 敵機がよろめいた瞬間、《クリオネルディバイダー》が占有地へと雪崩れ込むように到達する。

 

 刹那、爆撃装置の信管を抜いていた。

 

 予め登録されていた《クリオネルディバイダー》の爆撃装備へと電源が宿り、占有地を爆破する。

 

 月面より砂礫が舞い上がり、眼前の景色を染め上げていた。泥のように滑る砂塵が《クリオネルディバイダー》の機首に降り注ぐ。

 

 ニナイは緊急用のエアバックにヘルメットをぶつける形で一瞬だけ気を失っていた。

 

 持ち直した意識で、ニナイは占有地を確認する。

 

 爆撃された地点からは黒煙が上がっていた。

 

 ノイズ塗れの通信にニナイは吹き込む。

 

「……作戦成功。これで……」

 

『ええ、ニナイ。これで、吾の情報網を用いれば!』

 

 茉莉花の言葉と共に月面に水を打ったかのような静寂が降り立つ。

 

《アサルトハシャ》部隊が惑い、銃火器を彷徨わせていた。

 

 バベルネットワークに頼っていた照準火器や信号が全て無効化されたのだ。この状態では友軍機同士でも同士討ちがあり得る。

 

《アサルトハシャ》からの火線が消え、《トガビトコア》と打ち合う《ジーク》から声が迸る。

 

『お膳立ては整った、か! 行くぜ!』

 

《トガビトコア》が後退し様に、その掌に黒き光芒を溜めた、その時であった。

 

 新たなる火線が《ゴフェル》を激震する。

 

「後部から?」

 

 思わぬ方向からの砲撃に《ゴフェル》が傾ぎ、そのまま月面へと黒煙を上げながらゆっくりと降下していく。

 

 ニナイは《クリオネルディバイダー》を稼働させようとしたが、やはりと言うべきか、ほとんど撃墜に近い状態の機体はすぐには動いてくれない。

 

 コンソールを殴りつけ、ニナイは声にしていた。

 

「一体、何者が……」

 

『――告げる。月面のブルブラッドキャリアへと。我が名は大天使ミカエル。貴様らを討ちに来た、最後の使徒である』

 

 思わぬ宣告とその言葉の主にニナイは息を呑んでいた。

 

「アムニス……? まさか、こんなタイミングでだって言うの?」

 

 自分が艦を離れている間にまさかアムニスと会敵するなど。ニナイは何度も《クリオネルディバイダー》を起動させようとして、赤い警告のポップアップが浮かび上がるのみであった。

 

 ――何も出来ない。

 

 その現実にただ歯噛みしていた。

 

 


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