ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯344 手に出来る力を

 プラント設備まで辿り着けたのは僥倖であったのだろう。

 

 ほとんど半壊状態の《イドラオルガノン》に、スタッフ達が取り付いて早速始めたのは、移植作業であった。

 

 コックピットから這い出た蜜柑は思わぬ行動に瞠目する。

 

「修復してくれるんじゃ……」

 

「こんなになっているんじゃ直せませんよ! 待っていてください。今、新しいモリビトフレームへと移植します。血塊炉さえ無事ならば、移植は三十分もかかりません!」

 

「三十分……」

 

 その隔たりが決定的になるかもしれない時間だ。蜜柑は急かしていた。

 

「十分で頼みます」

 

「……了解。《イドラオルガノン》の次世代フレームへと移植開始! 血塊炉内蔵フレームを取り外します!」

 

 巨大アームが血塊炉を中破した《イドラオルガノン》から取り外す。その瞬間、まるで砂礫のように《イドラオルガノン》の機体は傾いでいた。

 

 もう限界以上まで酷使したせいであろう。蜜柑は崩れ落ちる愛機を眺め、スタッフの声を接触回線に聞く。

 

「……他のモリビトは?」

 

「……桃お姉ちゃんは月面上で《トガビトコア》と交戦。これは、どうなっているんですか? 《トガビトコア》はあくまでブルブラッドキャリア本隊の戦力のはず、それがどうしてあんな真似を……」

 

 あんな真似、と濁したのは月面で展開されていた総力戦だ。どうして本隊の戦力同士が潰し合っているのか。その疑念にスタッフは声を潜めていた。

 

 端末を差し出し、蜜柑に起動させるように促す。

 

「……つい三時間前のものです」

 

 映し出されたのはブルブラッドキャリア本隊の位置情報と思われていた資源衛星が不意に爆発の光に包まれた光景であった。デブリを突っ切り、一機の巨大人機が宙域を駆け抜けていく。

 

 その白亜の機体に、蜜柑は絶句していた。

 

「……まさか、本隊は……!」

 

「はい。我々月面スタッフは、本隊はもう壊滅状態にあるのだと推定します。だからこそ、月面に隠されていた《アサルトハシャ》部隊がああやって《トガビトコア》へと攻撃を見舞っている、と推測すれば……」

 

 あり得ない、と蜜柑は頭を振る。自分達が敵だと思っていた相手がもう存在しないなど。

 

「でも……だとすれば何故? 《トガビトコア》は自らを育んだ相手に、弓を引いた事に……」

 

「事実、その通りなのかもしれませんね。あの操主の事は分かりませんが、どういう意図があったにせよ、今の月面部隊は総崩れですよ。彼らとて撤退戦です。アンヘル部隊と惑星の軍隊が攻めて来れば恐らくは集団自決を迫られるとしか……」

 

 思わぬ言葉振りに蜜柑は声を張り上げていた。

 

「でもそんな! ……そうだ、ミィ達から、彼らに働きかける事は? このプラント設備に誘導して……」

 

 自分の生ぬるい提言にスタッフは強く首を横に振った。

 

「駄目です。それは、《ゴフェル》のクルーとニナイ艦長を裏切ります。何よりも、茉莉花さんに我々はこう言われたのです。死んでもこのプラントだけは死守しろって。それは多分、希望を繋ぐためだと思うんです」

 

「希望……」

 

 スタッフは現時点での月面の勢力図を呼び出す。《アサルトハシャ》は月面基地上で戦闘を行っているものの、それでも戦力はたかが知れている。

 

 今は、それよりも暴走している《トガビトコア》と、そして向かってくる惑星の残存戦力であろう。

 

 高熱源が多数、月面に向けて放たれているのを俯瞰図で目にしていた。

 

「……月面が惑星の手に落ちれば、それこそこれまでの意味がありません。我々はモリビトの最新フレームを、最大の功績を持って執行者に届ける。それがきっと……我々に出来る唯一の……」

 

 言葉を濁したスタッフに蜜柑は拳を握り締めていた。ここに至っても、まだ自分は待つ事しか出来ないのか。その歯がゆさに蜜柑は通信機器へと手を伸ばす。

 

「《ゴフェル》へと連絡する! そうしないと、この撤退戦に巻き込まれてしまう!」

 

 通信チャンネルを繋げようとした蜜柑を、スタッフは静かに制していた。

 

「それもいけません。プラント位置を本隊の《アサルトハシャ》に報せるようなものです。今は、《モリビトイドラオルガノン》の新型機を、執行者であるあなた方が無事に手に出来るまで、守り通すのみ」

 

「でもそんなの! 戦いじゃない!」

 

「自惚れないでいただきたいのは! 我々とて……辛い選択だという事です」

 

 搾り出したかのような声音は彼らが月面に取り残された孤独なる時間を物語っているかのようであった。そうだ、彼らは《ゴフェル》より未来を託され、そしてそれを実行するためだけに月面で黙々とモリビトの新型機を組んできた。その間、何が起ころうとも静観して。それはきっと、生半可な覚悟では決してない。

 

 それを自分は知らずとは言え踏みにじっていた。

 

 蜜柑は、でも、と声を滲ませる。

 

「……それでも、何も出来ないの?」

 

「……これは不確定情報なのであまり伝えたくはなかったのですが」

 

 スタッフが携行端末より呼び出したのは、数日前の月面戦闘であった。あの時、《モリビトシンス》が完成し、そしてこちらの陣営を助け出した。

 

 その時に《モリビトセプテムライン》が辿ったであろう、偽装ルートである。確かあの時点では月面にバベルがあったはずだ。

 

 しかし、バベルは本隊に奪われ、依然として苦しい戦いを強いられてきた。

 

 そういえば、と蜜柑は思い返す。

 

「本隊が破壊されたのなら、バベルも?」

 

「そこなんですが、この偽装ルートをご覧ください。恐らく、まだバベルは現存しています。この暗礁地帯のどこかに……」

 

 月面よりほど近いデブリ密集帯にバベルが存在すると言うのか。蜜柑は問い返していた。

 

「どこなのか、分かる?」

 

「正確には不明です。しかし、《イドラオルガノン》が出撃可能になれば、月面の《アサルトハシャ》の追っ手を振り切って、いち早くバベルに辿りつけます。それだけの性能ですよ。《モリビトイドラオルガノンアモー》は」

 

 ――《イドラオルガノンアモー》。新たなるモリビトの鼓動に、蜜柑は固唾を呑んでいた。

 

 


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