ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯343 刻む覚悟

 黄金に染まった《モリビトシンス》が瞬時に掻き消える。敵機の背後に立ち現れた刹那には、もうその首を刈らんとしていた。だが、敵影は更なる加速と反応速度で上回る。

 

 わざと重心を落とし、機体バランサーを崩して一閃を回避してみせたのだ。並大抵で出来る業ではない。震撼した鉄菜に、敵操主が嘲る。

 

『そんなものか。世界をたばかったモリビトは!』

 

 返す刀を寸前で受け止めたが、二の太刀が容赦なく叩き込まれる。思わぬ攻勢に鉄菜はたじろいでいた。今までエクステンドチャージ状態の《モリビトシンス》にここまで果敢に攻めてきた操主も人機もいなかった。

 

 いつ狩られるか分からないのに相手は全く衰えもしない。その動きに、鉄菜は覚悟を感じ取っていた。

 

 ここで死んでも本望、という鋼鉄の覚悟を。どうしてそこまで、と口走らずにはいられなかった。

 

「……お前達は、エホバについた陣営のはずだろう?」

 

『世界からは、自分達がおかしいのだと、アンヘルにも属せず、連邦にも尻尾を振れない奴隷以下だと思われている。だが、自分は違う! 違うと言いつづけてやる! この理想はかねてよりの悲願! ゾル国再興のために!』

 

 そのような瑣末事のために、ここで命のやり取りをしているのか、という疑念と共に突き立ったのは、それを貫くという怨念じみた闘魂。

 

《フェネクス》の操主は退くつもりはない。ここで退けば死だ。死するくらいならば潔いほうがいいのだと、彼女は知っている。知り尽くしている。だから、これは最後のわがままなのだろう。

 

 戦い抜くしかない。戦い抜いて、相手を殺し尽くすしか、それでしか抗いの道が拓けないのならばそうではないか。

 

 戦うしかないではないか。――以前までの自分のように。

 

 戦って、壊して、そしてその骸と屍の果てに、何を見るのかも分からずに。

 

 だから、向いているこの刃は自分そのもの。軋っているこの太刀筋は自分と同じだ。

 

 似ている、などという生易しい言葉では飾り尽くせない。

 

 これは――自分だ。

 

 その答えに至った時、鉄菜は敵の剣閃を受け止めていた。アームレイカーに手を入れたまま、静かに項垂れる。

 

「……私は、今の今まで戦いながら得るのだと、そう思い込んでいた。いや、そうに違いなければ何のために、誰のためにこの生はあるのか分からなかった。だが、今ならば言える。私は、私のために戦っていたんだ。これをエゴだと、否定もした。しかし、絶対に拭えないものがあるとすれば、それは魂と呼べるものなのだろう。それの欲する渇望。戦いへの飽くなき欲求。……それを悪だと断じるのは簡単だ。だが、そうじゃない。私は、そうじゃないんだと――ここに来てようやく分かった!」

 

 右から払った剣を敵機は受け止めるまでもなく、後退して切っ先を突きつけた。

 

『……分かるのが遅かったから? 理由がないからだって? ……そんなもの、今さらの答えだ! 林檎は死んだ! 他の者達も同様だ! それを貴様は、既に遅れている状態でも、やり直しが利くと言いたいのか!』

 

《モリビトシンス》が《フェネクス》と打ち合う。互いに譲れぬ攻防に、それぞれの思いが交錯した。

 

「やれる! やってみせる! それが私と……モリビトだ!」

 

『安い覚悟だ。その程度で《フェネクス》に――追いつけるものか!』

 

 雷撃の軌跡を刻みながら《フェネクス》が遥か向こうまで飛び立ち、急上昇する。恐らくは一太刀で決めるつもりなのだろう。

 

 鉄菜は《モリビトシンス》の握った太刀を払う。

 

 か細い剣だ。敵の全身全霊を受けるのにはあまりに足りない。

 

「……それでも、歩む事をやめないのが、ブルブラッドキャリアだ!」

 

《フェネクス》が大上段で刃を突き上げる。《モリビトシンス》は刃を腰だめに構え柄に手を添えた。

 

『居合い抜きか……。笑止!』

 

 打ち下ろされた剣筋とこちらの太刀がぶつかり合い、火花を散らせた直後、互いの剣は折れていた。

 

 全力を尽くした結果……。敗北だと言われても仕方あるまい。

 

 しかし、《フェネクス》の操主は剣を捨てこう紡いでいた。

 

『……これで満足か。エホバ』

 

 その問いかけにエホバは淡々と応じる。

 

『ああ、充分だとも』

 

「……どういう、意味だ」

 

『試した、と言うと言い回しが悪くなるが、僕は君がきっと、燐華を助け出してくれる事を信じている。だからこそ、こうしてお願いに来たんだ』

 

「お願い……? 立ち塞がる相手は全て敵ではなかったのか?」

 

 エホバは一拍置いて、そうかもね、と自身を納得させる。

 

『《クォヴァディス》を操り、レギオンを陥落させそして今、月面も手中に置こうとしている。これは……対外的にも悪だろう。だが誰かが罪を背負わなければ、世界はそのままなんだ。よくもならないし、悪くもならない。……そう、停滞だよ。停滞と言うものは人間の歴史の歩みを幾度となく止めてきた。そんなものに期待するくらいならば僕は前に進みたい。間違っていても前に』

 

 エホバは前進の道を選び続けてきたというのか。その代償が自分で罪を背負う事であり、そして燐華の犠牲――。だが、それでも鉄菜は許せなかった。どうしたって、この男は犠牲を犠牲としか見ていいない。

 

 生け贄の仔羊は捧げられるべきであったと。間違いを是として、前進するのが人類だと。

 

「……それも一つの在り方だろう。私には、それを完全否定するだけの反証材料がない。確かに、それはその通りだ。だが、私は燐華を助けたい。これが自分のエゴだと分かっていても、それでも……」

 

『助けたい、か。僕は君達を友人として、そしてあの学園での日々を大事なものとして進めたい。それは願いではある。だが、現実は重く横たわるんだ。君がどれほど罪を背負い、そしてどれほど燐華の事を想ってくれていても、もう賽は投げられた。どうする事も出来ないし、なかった事には出来ない』

 

 なかった事には出来ない、か。それは間違いないだろう。燐華は自分をモリビトとして、ブルブラッドキャリアとして憎むはずだ。その憎悪を止めるのは誰にも出来ない。

 

 あの日々に亀裂を走らせたのは自分でもある。

 

 だから、立ち塞がるのもまた、この胸を突き動かす何か。名状し難い何かなのだ。

 

「《フェネクス》の操主、それにエホバ。私は行く。そうしなければならないはずだ」

 

『ここで待機していれば、しかし全滅は防げる。ブルブラッドキャリアを、自分は許せないままだ。林檎の事だって割り切れていない。……貴様を、今すぐに斬り殺せればどれほどいいか。だが、貴様も武人なのだと知った。武人の道は同じく武人ならば阻めない。ゆえにこそ、自分はエホバの側につく。モリビトの操主、今は殺さん。だから行け』

 

 これもまた、一つの邂逅だろう。鉄菜は《モリビトシンス》の機体を翻していた。

 

 月面を目指し、拾われた命一つで赴く。最後の戦場に向けて。

 

「……感謝する」

 

『いいさ。僕らも信じたいだけなんだ。きっと、未来と言うものを』

 

 彼らの投げた未来と、自分の掴んだ未来。それは恐らく、微妙に異なるものだろう。だからこそ、自分の掌にある鼓動一つを信じられる。エホバの切り拓く未来が輝くのか、自分の掴んだ未来が輝くのか――。

 

 それはきっと、結果だけだ。結果だけが何よりも優先される。結果だけが、明確に像を結ぶ。

 

『……熱源を多数関知。行こう、みんな。エホバに星の未来は託されている』

 

 向かってくるのはグリフィス陣営と、そして残存アンヘル兵達。彼らもまた帰る場所を奪われ、そして今も略奪の途にある。

 

 どこに向かうのか。変えるべき場所などこの世にもう存在しないのか。

 

 その問いかけを、《クォヴァディス》は受け止めるつもりであろう。

 

 ――ヒトはどこから来て、どこに行くと言うのか。

 

 その疑問の結果となるために。ただそれだけを睨んで。だがそれは、問いかけに問いかけを重ねるだけの無為な行為に思えるかもしれない。

 

 それでも、進み続け、歩み続け、そして罪を背負い続ける。

 

 この男の生き方もまた苛烈。ゆえに、鉄菜はもうエホバに関わるつもりもなかった。彼に味方するわけでもなければ敵対もしない。

 

 ただ、純然たる事実として互いに「在る」事を認識し合えただけだ。

 

 それがともすれば、人と人が分かり合えると言う――。

 

「……いや、希望を見過ぎか」

 

 エホバが率いる部隊がアンヘル残存部隊と衝突するのにさほど時間はかかるまい。鉄菜は《モリビトシンス》を月面へと駆け抜けさせた。

 

 その道を阻むものは何であろうと構わない。

 

 今は、押し通す。この命一つで。

 

「それが……モリビトだ」

 

 


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