ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯342 戦意を抱いて

 ハッと目を開き、鉄菜は大写しになった自分の人機の名を口にしていた。

 

 三つのアイサイト。そして両肩の盾。ここまで戦い抜いた愛機の装甲はそこいらがリバウンドの熱で爛れている。

 

「……《モリビトシンス》……」

 

『気づいたようだな』

 

 拡張されたその声と共に《モリビトシンス》へと刃が突きつけられた。思わぬ相手に鉄菜は自身が別の人機の手の上にある事を認識するまで時間がかかってしまう。

 

「……《フェネクス》……」

 

『覚えてもらい光栄だが、貴様は許せん。林檎を殺した……』

 

「言い訳をするつもりはない。林檎・ミキタカは私が殺したようなものだ」

 

『……やはり、貴様……』

 

『そこまでだ。二人とも。ここで殺し合いは一番に意味がないと、分かっているはずだ』

 

 仲裁した声の主に鉄菜は機体を振り仰いだ。まさかここで出くわすとは思ってもみない。その機体の名を、鉄菜は忌々しげに呟く。

 

「《モリビト……クォヴァディス》……。何故だ。何故、ここで私を殺さない?」

 

 帰結した疑問に《クォヴァディス》に搭乗するエホバが応じていた。

 

『その必要がないから、と言って差し支えないと思うが』

 

「差し支えがない? 地上でお前達は私達と敵対していた。リバウンドフィールドを強化したのもお前の仕業だ」

 

『許して欲しい……とは言うつもりはない。何人も死んだんだからね。だが、ここで君を助けるのは、義理のようなものだと思っていただきたい』

 

「義理……?」

 

 意味が分からず、鉄菜が問い返すと、エホバは迷いのない口調で返答する。

 

『彼女を……殺さないでくれた。それだけだ』

 

 その意味するところを鉄菜は理解し、そして嫌悪の声を発する。

 

「……お前が誘導しただろうに。燐華を、人機に!」

 

 内奥から発した怒りにエホバは静かに対応する。

 

『そうかもしれない。あれも、僕の罪だ。だから、罰は受けなければならない。ハイアルファー【クオリアオブパープル】。あれは厄介な代物だ。対象の認識を捩じ曲げ、そして精神を瓦解させる。しかし《キリビトイザナミ》には最適だろう。ただの操主では、あれは操れないはずだ。それは僕が隠し続けてきた、彼女の秘密に由来している』

 

「秘密? 燐華に何を仕込んだ!」

 

『何も仕込んじゃいない。逆だ。最初から仕込まれていた。彼女は免疫系の疾病だと、コミューンには判断されていたが、それは違う。彼女にとって、ろ過された無毒の大気は逆に毒だったんだ。有害の青い濃霧の中でも、通常通りに生きられるよう、身体が進化していたのだからね』

 

「……何を……何を言っている?」

 

『全てだ。鉄菜・ノヴァリス。全てだとも。燐華・クサカベ。彼女に関する、ね。彼女は元々人機の血に呼応するようになっていた、人類の正当進化系、そして最初の……適合者だ。ここまで言えば、君も分かるだろう? 自分がそうなのだから。青い濃霧の中でも平然と生きられる、強化された存在』

 

 まさか、と鉄菜は目を戦慄かせる。

 

「そんな……そんな事が……」

 

 一拍置き、エホバは答えを口にしていた。

 

『燐華・クサカベは百五十年間、僕が探し求めて最初の……純粋血続であった。他にももちろん、血続反応のある人間はいたのだがね、彼女ほどではなかった。ブルブラッド濃霧の中でも平然と生きられ、適応し、そして人機の血に呼応する。あれほどの適合率は彼女だけだろう。だからこそ、守りたかった。失われれば僕の百五十年は水泡に帰したからね』

 

「……そんな理由で、お前は、燐華を戦場にやったのか? 燐華に、戻れない道を強いたと言うのか! 答えろ! エホバ!」

 

 エホバはすぐには答えなかった。いや、答えるだけの口を持ちながらあえて黙っているのか。それがいずれにせよ、鉄菜からしてみれば許せなかった。

 

 ――どうして。燐華は、戦う人間ではないはずだ。

 

『……そんな甘い戯れ言を、モリビトの操主から聞く事になるとはな』

 

 応じていたのは《フェネクス》の操主である。その言葉を諌める前に、言葉が継がれた。

 

『自分が尊敬していたのは林檎・ミキタカという、彼女の生き様だ。決してモリビトに、ではないのがハッキリしたよ。少なくとも林檎には貫ける意志があった。こんなところで言葉繰りをしているくらいならば、今すぐにでも飛び出すだけの……無鉄砲と言ってもいいが、あれが自分にはなかった。だから、心を通わせられた。青いモリビトの操主。どれほど崇高か、どれほど強いのかは知らないが、どっちにしたって貴様とて見殺しだ。このまま、燐華とか言う少女が死んでいくのを何もせずに見ていくしかない』

 

「違う! 私は……燐華にしてやりたい。こんな人生でいいものか!」

 

『そう吼えるだけならば馬鹿でも出来る。本当に我々と戦い抜く覚悟があるのか、確かめてみろ』

 

《フェネクス》が《モリビトシンス》をしゃくる。やるのならば実力で、という事であろう。《クォヴァディス》よりエホバの声が注がれていた。

 

『気をつけなよ。連邦の手はすぐ傍まで迫っている。ここでの判定は僕が下す。いたずらに戦力を減らす事はない』

 

『仰せのままに。エホバ。モリビト、自分は世界に絶望した。このような場所、守る価値などないのだと、そう思った。だがな、林檎と出会って変わったんだ。自分に価値を見出すのは自分自身。それは、林檎の精一杯の強がりであったのかもしれない。それでも! 彼女はその生き方を曲げなかった。それが自分には眩く思えたんだ!』

 

 林檎の自分が知らない一面であろう。もちろん、分かっている。林檎とて、ただ闇雲に嫉妬心に駆られて戦ったわけではないという事くらいは。林檎は自分の意思で、自分で裏切ると決めたのだ。それがどれほどに勇気のある覚悟であったのか、窺い知る事も出来ない。

 

 だが、自分は、《ゴフェル》のために。ブルブラッドキャリアのために世界を変える道を選んだ。今さらこの道筋を違えるつもりもない。

 

 鉄菜は頚部コックピットより《モリビトシンス》へと搭乗する。システムコンソールのゴロウが忠言を漏らす。

 

『……気をつけるといい、鉄菜。あの《フェネクス》、相当な使い手だ。今のところ負けなしと言ってもいい。殊に、《モリビトシンス》とは格闘兵装で被る部分も大きい。下手に距離を詰めれば相手の思うつぼだぞ』

 

「分かっている。だが分かっていても」

 

『戦い抜く、か。君らしくていい』

 

 アームレイカーを引き、鉄菜は《モリビトシンス》の武装を確かめかけて、《フェネクス》の投げた直刀を受け取っていた。

 

『二刀流が真髄。しかし、ここではフラットに実力をはかる』

 

「……上等」

 

《モリビトシンス》の手に刀を握らせ、鉄菜は機体を仰け反らせた。

 

 瞬時のファントム。初手からの勢いに相手も気圧されたかに思われたが、射程に《フェネクス》はいなかった。

 

 どこへ、と首をめぐらせる前に劈いた接近警告に鉄菜は咄嗟に天上を振り仰ぐ。大写しになった《フェネクス》の刃に応戦の銀閃を咲かせていた。

 

 互いに後退し、次なる一手のために推進剤を焚く。加速度を得た二機がもつれ合い、それぞれの肩口へと狙い澄ました。

 

 その一閃でさえも読み切っていたのか、弾かれ合い、距離が離れる。

 

 今の《モリビトシンス》にまともな遠距離牽制武装はない。しかし、《フェネクス》は袖口にガトリングを仕込んでいた。弾幕が張られ、視界を遮られた一瞬。

 

 横合いに潜り込んでいた《フェネクス》が下段より払い上げる。その一撃を返し様、浴びせ蹴りを見舞っていた。

 

 蹴りが血塊炉付近を捉えるがそれも相手の思索には浮かんだらしい。掴み上げ、そのまま膂力で振り回される。慌てて制動用推進剤を焚いたのも束の間、直後には組み付く角度から《フェネクス》が攻撃を浴びせかかった。

 

 まったく迷いのない殺意。そして、絶対に倒すと決めているからこそ、モリビトの弱点を熟知している。

 

 ここまでの相手はそうそういないだろう。先の《イザナギ》戦よりもなお濃い戦闘密度に鉄菜は肩を荒立たせていた。

 

 思えば、《イザナギ》戦からそのまま《キリビトイザナミ》との苛烈なる戦闘。集中力と体力がどれほどあっても足りない。

 

 かといって一度でもそれを切らせば残っているのは死のみ。鉄菜はフットペダルを踏み込み、《フェネクス》へと攻勢に移った。

 

 刃を振るい落とし、その痩躯を叩き割らんとする。《フェネクス》は刃を薙ぎ払い、その一撃をいなした後に、急接近してきた。

 

 軽い人機がゆえに、加速と減速はお手の物。しかもフレーム構造はバーゴイルの発展形。だからこそ、動きが容易には読めない。トウジャとの戦闘には慣れたが、いざ旧式機との対峙となれば別の脳を使わなければならない。

 

 曲芸師のように《フェネクス》は踊り上がり、《モリビトシンス》の肩口を蹴って、わざと離脱してみせた。

 

「……踏み台に……!」

 

『熱くなるな、鉄菜。相手の思うつぼだ』

 

 分かっている。分かっているが、ここで退けばそれこそエホバから真意を聞けないままだ。

 

「……ゴロウ。ここで撤退戦、あるいは手を抜けば、確かにこれから先の戦いでは優位に運ぶ。うまく行けばエホバの首も手に入る。一石二鳥かもしれない」

 

『鉄菜……?』

 

「だが私は! この相手に手加減は無用と判断する! 絶対に、手を抜いてはならない。それは相手操主への侮辱だ! だから、ここで出せる手は出し尽くす!」

 

『まさか……鉄菜!』

 

 ゴロウが制する前に、鉄菜はパスコードを打ち込んでいた。

 

「エクステンド、チャージ!」

 

 


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