ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯339 残る者と進む者と

 

《イドラオルガノンジェミニ》が剣を振るい上げる。しかし、その機体は中距離から遠距離を得意とする。近接ではまるで役に立たない蜜柑の機体は弄ばれるように《トガビトコア》によって背後を取られていた。

 

 即座に後部積載ミサイルで対処したのはさすがであったが、Rフィールド装甲と多面積装装甲を併せ持つ《トガビトコア》には全弾命中してもまるで掠り傷一つない。

 

 振り返る前に、掌より発せられた稲光が《イドラオルガノンジェミニ》を拘束していた。蜜柑の悲鳴が通信網を劈く。

 

『……殺してやろう。ここで、今! 無慈悲に! そうだとも、私が、最強であり、そして唯一の血続だ! ブルブラッドキャリアの産み落とした最大の罪が、ここでお前達旧態然とした蟻共を、踏み潰す!』

 

 蜜柑はそれでも意識の一線は保っていたらしい。スナイパーライフルを誘爆させ、一瞬だけ眩惑の隙を作る。

 

 その粉塵を引き裂いて中距離武装へと持ち替えていた。《トガビトコア》の頭部コックピットを狙い澄ました銃撃はしかし、どれも弾かれるばかりだ。

 

『……Rフィールド装甲……』

 

『理解が遅いのも旧式の特徴か? それとも、これだけの戦力差を見せ付けてまだ、分からないと言うのか? ……恐るべき愚鈍さだ。ここで潰えるがいい』

 

《トガビトコア》の手が《イドラオルガノンジェミニ》の頭部を引っ掴もうとする。その手を《ナインライヴス》のRランチャーの光軸が阻んでいた。今のままでは、蜜柑は嬲り殺しにされる。それくらいならば、と桃が注意を逸らす。

 

『……同族が死ぬのを見ていられないか?』

 

「同族、なんて、乾いた言い回しね。あんたってば、本当に……つまらない女」

 

 その時、《トガビトコア》の纏っている空気が明らかに変質した。殺意が練られ、可視化されたRフィールドの装甲が浮かび上がる。

 

『……今、何と言った? つまらない、と、そう言ったのか? 私の事を、つまらないと……そう言ったな、お前は!』

 

 直後、《トガビトコア》の巨躯が消え去る。ファントムだ、と判じたその時には、敵は月面上に降り立っていた。

 

 その手が血塊炉を射抜こうと迫る。Rランチャーの砲身でギリギリ受け止め、腰に提げたRピストルで反撃しようとするのを、敵が背面より射出した自律兵装が邪魔をする。

 

『行け! Rハイブリューナク!』

 

 円筒型の形状を持つRブリューナクの改造型が宙域を縦横無尽に駆け回り、《ナインライヴス》の逃げ場をなくそうとする。桃は後退し様にRランチャーを放って距離を稼ごうとするが、敵の自律兵器はこちらの軌道を読んだかのように先回りする。

 

 舌打ちを滲ませて直角に折れ曲がった《ナインライヴス》へと、もう一機のRハイブリューナクが拡散プレッシャー砲を放っていた。

 

 桃は咄嗟にバインダーを盾にして受け切るが、それでも減殺出来なかった威力にピンク色の装甲が爛れる。

 

《ナインライヴス》のステータスが黄色から赤に塗り変わろうとしていた。

 

 このままでは、と歯噛みした瞬間、真正面から《トガビトコア》が肉迫する。砲塔を打ち下ろしたのを敵は腕を交差させて防御していた。

 

 弾けるスパーク光の向こう側から怨嗟の声が搾り出される。

 

『……つまらないと、そう言ったな、お前……! お前だけは、絶対に……ここで惨たらしく、殺す!』

 

「そう言われるのが癪だって言うんなら、もっとうまく立ち回りなさいよ! こんな風にねッ!」

 

 バインダーの内側に固定しておいた予備のRピストルが至近の銃撃を浴びせていた。さすがのRフィールド装甲でも一時的に破損するはず。確信した桃はそのままRランチャーを振り回していた。

 

「この距離でモモと撃ち合いなんて、百年早いっての――!」

 

 払い上げたRランチャーから砲撃が放たれ、敵の装甲をじりじりと熱が削っていく。もう少し、と桃が念じたその刹那であった。

 

『……私は、絶対のはずだ。血続として、最強であり唯一無二の。だからお前達出来損ないが! 私に知った風な口を利くんじゃないぞ! 《トガビトコア》!』

 

《トガビトコア》の装甲が剥離する。何が起こったのか、桃は一瞬判じかねた。しかし、これまでの戦闘経験値が即座に告げる。

 

 ――この距離は危険だ、と。

 

 制動用推進剤を全開に設定し、距離を取ろうとして《トガビトコア》の両腕より装甲が浮かび上がり、皮膜のような構造物を顕現させていた。

 

 その黄金の皮膜が一瞬だけ輝いた、その瞬間、それは巻き起こっていた。

 

《ナインライヴス》の持つ武装が一斉に融解する。融けるはずのない武装が焼け爛れ、瞬時に使い物にならなくなった。それは最も堅牢であるはずのRランチャーとて例外ではない。

 

《ナインライヴス》のピンク色の装甲が爛れ落ち、液状に成り下がる。まさか、と桃はステータスを目にして愕然としていた。

 

 敵より放たれたのは謎のエネルギー波である。システムが判別不明のままアラートを弾き出す。何が起こっているのかは分からないが、このまま《トガビトコア》と組み合っていては危険。それだけは確固とした事実。

 

 桃は《ナインライヴス》の武装を全てアクティブに設定する。

 

 焼け残ったRランチャーを掴み上げ、最大出力で月面の地表へと放っていた。衝撃波で自分の機体が砕け散るかもしれない、という想定も度外視しなくてはここの局面、生き残れない。

 

 半分は桃の想定通り、半分は想定外であった。

 

《トガビトコア》の射程から《ナインライヴス》は逃れる。しかし、機体の半分以上が融かされており、ほとんど大破に近い。その状態で桃は月面に機体を引きずらせていた。砂塵が舞い上がり、《ナインライヴス》の位置を一瞬だけ相手から気取られないようにする。

 

 敵が離脱する直前に放ったのであろう、リバウンドプレッシャーの高出力が赤黒い色彩を伴わせて月面を穿っていた。

 

 新たに形成されたクレーターより粉塵と、そしてデブリが浮遊する。それが結果として、桃達にこの状況からの離脱策を出させていた。

 

「蜜柑! 聞こえているわね? 今、相手は怒りで目の前でさえも見えていない。今しかないわ! プラント設備に入って新しいモリビトを接収する!」

 

 思わぬ強攻策であったのだろう。蜜柑がうろたえ声を出す。

 

『で、でもっ……。もし失敗すれば、《トガビトコア》の射程なら……』

 

 そう、もし失敗すればプラントへの出入り口を露見させる事になる。それだけではない。自分達の希望である全てが費えるのだ。新型のモリビトも、そして鉄菜のために開発されているであろう機体も。何よりも《ゴフェル》の家族を犠牲に晒す。

 

 だが、今しかなかった。

 

《トガビトコア》に勝機を見出すのは、この一刹那のみだ。

 

「勝つのよ! 蜜柑! 相打ちじゃない、勝つために、ここまで来たんだから!」

 

『でも……桃お姉ちゃんの……《ナインライヴス》は……』

 

『心配要らないわ。《ナインライヴス》はまだ動く。後で追うから先に行って。《イドラオルガノンジェミニ》じゃ相性が悪い』

 

 その言葉に宙域に位置取っていた《イドラオルガノンジェミニ》は真っ直ぐにプラントへと向かっていった。

 

 ――ああ、本当に、敵が前後不覚で撃ってくれて幸いした。

 

 桃は《ナインライヴス》のステータスを視野に入れる。

 

 もうほとんど黒塗りだ。半身は持っていかれただろうか。こんな状況で、デブリによって正確な判断が下せないからって蜜柑を先に行かせた。

 

 また、嘘をついたのだ。

 

 だが、これは状況を、足を止めるための嘘ではない。未来に繋げるための強がりだ。

 

 だからこそ――動け、と桃は念じる。《ナインライヴス》の砕けた四肢を脳裏に結び、桃は久方振りに使用する己の能力を解放させた。

 

 宇宙の常闇に漂いかけていた《ナインライヴス》のパーツが寄り集まり、不可視の力で凝縮され、付け焼刃の装甲を形作る。

 

 ひとまずは脚だ、と桃は脚部パーツを構築していた。

 

 その瞳が赤く染まり、逆巻いた人機の部品が《アサルトハシャ》、モリビトの区別なく凝固する。青い血潮が宿り脈打った脚は生物的に《ナインライヴス》を支えた。

 

 敵機が粉塵を払い、こちらを睨んだその時には、自分も相手を見据えている。

 

 不可視の力を凝縮し、そして敵血塊炉に向けて一筋に放っていた。

 

「――ビート、ブレイク」

 

 瞬間、敵機がよろめく。

 

 うまく決まったか、と安堵の息をついた直後、《トガビトコア》の纏っていた血潮の色が変位した。

 

 黄金の血潮が赤に変じ、《トガビトコア》の装甲に染み出す。罪の赤を背負った敵機が黄金と入り混じった眼窩でこちらを射程に入れていた。

 

『……桃・リップバーン。担当官の手記に、念動力を使う、と書かれていた。だがもうそれは封印し、ただの一操主として戦っている、とも記載されていたが……この局面で使うか。人機殺し……ビートブレイクという魔を。しかし、それは一回で殺せる血塊炉は限られている。しかも、一回使えば何度も使えない制限付きだ。だから、この《トガビトコア》には通じない。《トガビトコア》はサブ血塊炉も含めれば七基の血塊炉を擁している。どれを止めても、新たな血塊炉が稼動する。つまり、お前の力は無意味、だという事だ』

 

 つまり、今の一撃でメイン血塊炉は殺したが、別の血塊炉が起動した、というわけか。桃はほとんど融け落ちたRランチャーを構えさせようとする。しかし、その途中で限界が訪れた。

 

 六年間封じていたツケか。あるいはいずれにしたところで人機の底が見えたか。《ナインライヴス》からパーツが剥離する。膝をついた《ナインライヴス》を《トガビトコア》は掌を向けて照準していた。

 

『敬意を表しよう。ただの人間でありながら血続に迫るその操縦技術。そして、ここまで悪足掻きして見せた生き意地の汚さを。それがあるから、《ゴフェル》の連中はここまで来られた、か。桃・リップバーン。私にこうまでさせたのは、記憶に値する。ゆえに最大の礼を持って返し尽くそう』

 

 赤黒い瘴気が浮かび上がり、掌の上でそれが練られていく。しかし、今の《ナインライヴス》では回避どころか、反撃も出来ない。

 

 ――ああ、終わりとはこうも呆気ない。

 

 桃は項垂れていた。充分に戦った。そのはずだ。それなのに何故、まだ悔恨が滲むのだろう。もっとやれたはずだと思ってしまうのだろう。

 

「……クロ。約束、守れそうにない、や……。ゴメンね……」

 

『リバウンドプレッシャー……滅』

 

 その言葉と共に赤黒い闇が空間を薙ぎ払っていた。

 

 


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