ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯338 月面での衝突

 リニアカタパルトから発進するなり、銃撃の雨に桃は《ナインライヴスピューパ》に制動をかけさせた。推進剤を焚き、最適な針路を取る。

 

「……ここまで敵が徹底抗戦……。これが、ブルブラッドキャリア本隊の、答えだって言うの?」

 

 だが自分が弱音を吐いてどうする。桃は丹田に力を込め、《ナインライヴス》へとRランチャーを構えさせた。リバウンド力場が行き交い、ピンク色の光軸が月面へと叩き込まれる。

 

 平時では四枚のはずの武装羽根も今は二枚にまで減っている。《モリビトシンス》を送り出す時に少しでも助けになれば、とサブ血塊炉を持たせておいたのだ。

 

 今の《ナインライヴス》は本当の性能の半分以下。それでも、やるしかなかった。桃は声を飛ばす。

 

「蜜柑! 銃座を叩いて! 砲撃にしたって照準補正が要るはず! どこかに隠れ潜んでいる《アサルトハシャ》を駆逐すれば……」

 

 戦局は巻き返せる。そう信じて桃は《ナインライヴス》を駆け抜けさせた。銃弾の雨嵐の中を掻い潜り、Rランチャーを一射するが、こちらの出力を遥かに超えた反撃の応酬に辟易する。

 

「……これが、たった一機の人機を駆逐するために……?」

 

 だとすれば《トガビトコア》の戦闘力は予測の範疇を超えている。《ナインライヴス》は緩やかに接地し、踵に備え付けられたパイルバンカーで機体を固定した。

 

「ここで出し渋りなんてするつもりないのよ! モモ達だって必死に来たんだからぁーっ!」

 

 Rランチャーとサブ血塊炉を使用した補助攻撃が銃座を融かす。それでも別の銃撃部隊が押し寄せ、全く衰える様子がない。

 

『ミィだって! ここで潰えるつもりなんて、ない!』

 

 スナイパーライフルを構えた《イドラオルガノンジェミニ》が的確に敵の位置を割り出し、照準補正機を撃破するも、銃撃のいくつかは跳ね返ってきた。

 

「リバウンドフォール機ってわけ……。本隊も必死ね」

 

《イドラオルガノンジェミニ》が小刻みに動きながら《アサルトハシャ》を炙り出す。Rランチャーの出力を最大まで引き上げ、桃は腹腔より叫んでいた。

 

「木っ端微塵に、なっちゃいなさいよーっ!」

 

 光の瀑布が押し包み、銃撃網を少しだけ緩める。その隙を桃は逃さない。パイルを爆砕し、六分の一の重力へと機体に補正をかける。

 

 駆け出した《ナインライヴス》を押し止めんと光学迷彩に身を包んでいた《アサルトハシャ》が飛び出してきた。その手には高振動ナイフが握り締められている。

 

「遅い!」

 

 Rピストルに持ち替え、桃は銃撃を浴びせる。致命傷になったのは少なかったが、それでも相手を退けさせた。

 

「プラントまで……残り……」

 

 概算値の割り出す絶望に負けないように、桃は声を張り上げていた。雄叫びが月面に木霊する。

 

「負けられないのよッ! あんた達なんかにィッ!」

 

《アサルトハシャ》が組み付き、瞬時に自爆シークエンスが構築される。桃は羽根の一枚を叩き起こし、無理やり《アサルトハシャ》の機体を仰け反らせた。その直後には爆風が機体装甲を叩いている。衝撃波に眩惑されたその時には、次なる《アサルトハシャ》の火線が咲いていた。

 

 恐らくは《ナインライヴス》をここに固定させるつもりだろう。《アサルトハシャ》部隊が光学迷彩の外套を捨て一斉に銃撃網を見舞う。桃は歯噛みしつつ、機体のステータスを視界に入れていた。

 

 ほとんど半壊状態の人機で何が出来るのか。それはしかし、やってみなければ分からない。

 

 Rランチャーを照準させ、光軸を払い敵人機の編隊を後退させていく。敵も退き時くらいは心得ているのか、まともに《ナインライヴス》の重火力とかち合おうという輩はいない。否、その必要性すらないのかもしれない。

 

 自分達は所詮、ここまで辿り着いたとは言え、敗残兵に近い。それがこうも無様に月面に陣取るとなれば、それはただの的に等しいのだろう。

 

「……それでも、諦められるわけないでしょうに!」

 

 推進剤を焚き、果敢に《ナインライヴス》は攻め立てる。高周波ナイフを引き抜いた《アサルトハシャ》が真正面から組み伏せようとする。

 

 その銀閃を《ナインライヴス》は掻い潜り、砲塔で《アサルトハシャ》の頭部コックピットを打ち据えた。重量にたわんだ頭部がひしゃげる。払い除け、次の手を講じていた《アサルトハシャ》の陣営へと割って入り、Rピストルの照準を浴びせた。

 

 銃撃が敵の手元を狂わせる。Rランチャーを残り一枚となったバインダーに保持させ、そのまま放出させつつ薙ぎ払わせた。

 

 月面が焼け、周囲の銃座に引火する。《アサルトハシャ》部隊はそれでも撤退させ許されていないのか。ライフルを手に攻める手は緩まない。

 

「……どうしてそこまで……。本隊に忠誠を誓えるって言うの!」

 

 だがそれは六年前の自分達を見ているも同義であった。彼らには世界がないのだ。外の世界、自分達の領分など。ブルブラッドキャリアの教えが全て正しく、それ以外は全て間違っている。そう教え込まれれば、淡々と相手を処理するしかない。そういう風に出来上がってしまった者達。自分と何も変わりはしない。モリビトの執行者かそうでないかだけの違いだろう。

 

 だから、ここで引き金を引くのは躊躇わない。躊躇えば足をすくわれる。何よりも、躊躇うのは自分達の進んできた道に唾を吐くようなものだ。

 

「……許しなんて乞わないわよ。モモ達は、世界を変えるために!」

 

 しかしじりじりと追い込まれているのは事実。如何に《アサルトハシャ》の一機ごとの火力は微々たるものとは言っても、それでも重なれば相当な代物だ。勝算は……と桃は舌打ちを漏らした、その時であった。

 

 高熱源関知の報と共に、月面上を滑っていくのは赤黒いプレッシャー兵装の波であった。桃は咄嗟の習い性で機体を横っ飛びさせる。先ほどまで密集陣形を取っていた《アサルトハシャ》が塵芥に還っていた。

 

 Rランチャーを番えた《ナインライヴス》は中空に位置する敵を睥睨する。

 

「……《トガビトコア》。林檎をやった奴ね」

 

 白亜の人機は黄金の血脈を滾らせ、こちらを見据えている。驚いた事に、相手側から通信チャンネルが開かれた。広域通信のチャンネルに桃は合わせる。

 

「……何のつもり?」

 

『別段、何でもない。ただ、殺す前に、モリビトの執行者とはどういうものなのか、答えて欲しかっただけだ。今までは壊す前には聞けなかったからな』

 

 どこまでも冷たく切り詰めた声音。まるで氷のようだ、と桃は怖気を走らせていた。

 

「酔狂なのね。それとも、狂っているのはあんたのほう? 《アサルトハシャ》は味方のはずでしょう?」

 

『味方? 可笑しな事を言う。この最強の血続、梨朱・アイアスに味方など不要。目の前に横たわる全ての敵を排除する。それが私の得た答えだ』

 

「そう……。それが本隊の決定ってわけ」

 

 応じたこちらの言葉に梨朱は冷笑を返していた。

 

『……分かっていないようだな。言っておく。ブルブラッドキャリア本隊は我が手によって全滅した。今、この月面で必死に抵抗しているのは残党軍だ。本隊は、私が消し去った』

 

 今、この少女は何と言ったのだ。本隊を、消しただと?

 

「……何を言って……」

 

『お前らにはそれが出来なかった。どれだけあの連中が間違っていても、一方的に蹂躙する事も出来ない、弱者の集り。それがお前達だ。だが、私は違う。たった一人で、本隊を潰し、そして今、月面も手中に置こうとしている。これで分かったはずだ。格が違うのだと』

 

 ブルブラッドキャリア本隊の壊滅。まさか、そのような事が可能なのか。しかし、議論を重ねるよりも先に、目の前の現実がある種、物語っている。自分達が射程に入る前から戦闘を行っている月面の《アサルトハシャ》。それに他の者達も。これは一つの結論として、ブルブラッドキャリア本隊が全滅はなくとも何かあった、そう感じてもいいのだろう。

 

 だが、単騎で今まで自分達の道を幾度となく塞いできた大本が砕かれたなど、安易に想定出来ない。

 

 ゆえに、桃はここで梨朱の自作自演を疑っていた。

 

「……あんたの言葉が全てじゃない」

 

『全てじゃない、か。信じないのは勝手だ。だが、この現実を見ろ。私相手に、ブルブラッドキャリア残党軍は決死の攻防戦を敷いている。これに勝てなくば自分達に未来はないのだと。馬鹿な連中だ。もう既に永遠に未来は奪ってやったと言うのに』

 

 その言葉の節々に宿る超越者の論調に桃は鼻を鳴らしていた。

 

「……あんただって、随分と傲慢な物言いじゃない。まるで全ての王者にでもなったみたいに」

 

『全ての王者? ……間違いではないな。この《トガビトコア》には、これまでのブルブラッドキャリアの持つ全権が委譲されている。この意味を、分からないわけではあるまい?』

 

 桃は茉莉花へと秘匿通信を繋いでいた。

 

「……茉莉花。バベルのアクセス権限は?」

 

『……悔しいが、奴の言う通りだ。《トガビトコア》が全ての障壁となっている。あれが物理的にも、そしてシステムとしても最後の壁だ。だが本隊の全滅だと……? そんな事、想定出来るわけが……』

 

『想像力のない連中だな、お前らは。まぁ、ここまで《ゴフェル》という、あんな弱々しい舟で来た事だけは褒めてやる。だが、お前達に待っているのは安寧の内の死か、あるいは立ち向かって散るかのどちらかだ。潔いほうを選べ』

 

 桃が抗弁を発する前に、《トガビトコア》に飛びかかっていたのは《イドラオルガノンジェミニ》である。

 

 蜜柑の操る人機がミサイルを放出し、弾幕を張りながら《トガビトコア》へと肉迫する。

 

 敵機が掌からリバウンドによる波動を放ったのと、《イドラオルガノンジェミニ》が仮設プレッシャーソードを引き抜いたのは同時。

 

 干渉波のスパークが散り、互いの人機を青白い色彩が塗り潰す。

 

『……許さない。お前はお姉ちゃんを……林檎を殺した!』

 

『不完全な操主姉妹か。片割れでも生かしておいたのは失策だったな。あそこで死ねば、まだ面倒ではなかった』

 

『墜ちろぉっ!』

 

 


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