ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯333 見据えるべき未来

 軌道エレベーターに詰め込まれた追撃部隊の人員はやはりというべきか、ほとんどいなかった。そもそもどれほどに人を募ったところで、地上のアンヘルはほとんど総崩れ。補給さえも儘ならないのに、宇宙に上がりたがる酔狂がどこにいる。

 

 集った二十名前後の忠義を誓った兵士達はこれでも多いほうだろう。

 

 ヘイルは別室へと誘導された燐華の事を考えていた。

 

 白波瀬、あの男が燐華を戻れない場所に立ち入らせようとしている。それを止めたい気持ちはあるのに、もう心も身体も言う通りになってくれない。

 

 いくら隊長と同じ人機に乗ろうが、心の脆さまでは隠し切れないのだ。

 

 ヘイルは拳で壁へと殴りつける。どうにも行き所のない怒りが胸を占めていた。

 

「……俺は何も出来なかった。何も出来なかったって言うのかよ……」

 

 アンヘルの上級仕官がうろたえれば他の兵士にも悪影響を及ぼす。ヘイルは軌道エレベーターの一室を抜けようとして、廊下でかち合った人物に瞠目する。

 

「……あんたは」

 

「驚いたな。あの時のアンヘルの仕官か」

 

「リックベイ・サカグチ……。どうしてこんなところに……」

 

「やはり、生きていては不都合かね。わたしは」

 

 どこか憔悴し切った瞳にヘイルはかつて噛み付いた事を思い出し、頭を下げていた。

 

「……すいませんでした。無礼な事を、俺は仕出かして……」

 

「どの事かは存じ上げないが、アンヘルの流儀ならば間違いではない。貴殿が頭を下げる理由は一つもない」

 

 やめて欲しかった。こんなどん詰まりまで来たのだ。今さら憐憫など。

 

「俺は……守りたいもの一つ守れずに……ここにいるんです。隊長が死んだ。ヒイラギの奴は……あんな野郎に……。どうしたって、俺には何も出来ない。こんなところで、ただ怒りを持て余すくらいしか……!」

 

 リックベイに言ったところで解決する問題でもない。それでも、誰かに打ち明けたかった。この胸の内を。掻き毟りたくなるほどの焦燥を。

 

 今すぐに燐華の下に行かなければならない。隊長ならばきっと、白波瀬の横暴を許さないはずだ。

 

 燐華を戻れない場所まで赴かせる事はない。だというのに、自分は足が竦んでしまっている。

 

 誰かに楯突いたところで無駄なのだと、思い知っている。

 

 こんな牙を抜かれた獣など、誰が欲しているというのか。一時の上官であったタカフミも戦闘中に行方不明。そうなれば自然と誰にも頼れなくなる。

 

 どれほどに甘えていたのか、今はよく身に沁みていた。

 

 隊長の懐の深さや、タカフミの戦士としての流儀に自分は甘え切っていた。何も考えなくていいのがアンヘルの兵士なのだと、そんな情けない心情を振り翳して、義憤の兵のつもりで。

 

 卑しく弱い。自分もまた、何かを頼って生きてきた。寄る辺が欲しいのに、それを望むのは卑怯だとどこかで分かっている。

 

「……戦地において兵士の判断は何よりも重視される。君が怒るのも無理からぬ事だろう。アンヘルは撤退戦、いや、これは最早玉砕の構えだ。宇宙駐在軍に頭を押さえられている。どうしたって地上権限はうまく機能しないだろう。それでもブルブラッドキャリアを追え、エホバを討て、か。君達にはどこまでも残酷な現実がついて回るな」

 

「……リックベイ・サカグチ少佐。あなたなら、どうするんです。歴戦を潜り抜けてきた、銀狼でしょう? あなたなら、こういう時、どうするかってのは、答えを知っているんじゃ――」

 

「すまないが、ヘイル中尉、だったかな。その答えは自ら見つけ出すもの。他人に頼るものではない」

 

 分かっていても問い返した愚を改めて突きつけられる。ヘイルはどうすればいいのか、まるで分からなかった。

 

「……でも、みんな死んじまった……! こんな事になるまで、俺は気づけない愚か者だったんだ。何を信じて戦えばいいのか、分からない。アンヘルの赤の詰襟が誇りだなんて、今さら誰が保証してくれるって言うんだ……」

 

 きっとリックベイは幻滅したに違いない。現場指揮の最前線にいる兵士がこんなにも惑っているなど。

 

 彼からしてみれば失笑の一事だろう。だが、リックベイは嗤わなかった。それどころか、肩に手を置き、静かに諭す。

 

「……兵士とは常に迷いの胸中にあるもの。ついて来るといい。迷いを振り切れるか分からないが、わたしの剣を見せよう」

 

 歩み始めたリックベイにヘイルは力なく続いていた。今も上昇を続ける軌道エレベーターの格納デッキを訪れたリックベイはハンガーに固定された愛機を目にする。

 

「《スロウストウジャ弐式》の改修機を充ててくれる、と司令官は言ってくれたがね。わたしの戦場にはやはり、こいつが馴染んでいる」

 

 型落ちもいいところのナナツーであった。紫色に塗装され、エース機のアンテナが輝いている。

 

「……《ナナツ―ゼクウ》……」

 

 伝説の機体だ。それをまさか、ブルブラッドキャリアとの最終局面で目の当たりにするとは思いも寄らない。

 

「君の迷いを振り切れるのならば、それで構わない言葉はある。伊達に銀狼とおだてられてきたわけではない。人機に乗れば気の利いた言葉の一つや二つは出てくるさ。だが、それは真の意味で生きている事なのか、と問い返すのは自分であった。わたしとて、戦場の死狂いに酔ったただの死人だ。そう、死人なんだ、こんな風になっても……」

 

 リックベイはその手に視線を落としている。彼が何を思い、どうして自分に《ナナツ―ゼクウ》を見せたのかは分からない。だが、並々ならぬ覚悟だけは伝わった。リックベイもまた、このブルブラッドキャリア殲滅戦に何かを賭けている。それが何なのか解する術はもたなくとも、どこかで慮る事は出来るだろう。

 

 自分だけが死地に赴くわけではない。

 

 歴戦の兵であっても、言葉の一つだって自由ではないのだ。

 

「……何を。何を守ればいいんでしょう。俺達は。何のために、何を信じて戦えばいいんでしょうか」

 

「言っただろう? 人機に乗れば気の利いた言葉は吐けるが、今はしらふだと」

 

 リックベイは肩に手をやり、歩み去っていった。ヘイルは格納ハンガーに固定された自身の愛機を見やる。

 

《ゼノスロウストウジャ》。隊長の乗っていた機体と同じもの。だが、胸に抱いた志は、きっと違うだろう。

 

 まだ答えは出ない。それでも――。

 

「どうか、見守ってください、隊長。俺達が、間違った道に行かないように」

 

 そっと、ヘイルは敬礼をしていた。

 

 


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