撃墜の数が多ければいいというものではない。
鉄菜は何機目なのか分からない《デミバーゴイル》を切り裂いた。プラズマソードの剣筋が背後に迫る。咄嗟に盾のリバウンド効果を利用して即座に反転し、《デミバーゴイル》の横っ面に回り込んだ。
その機体へと黄昏の刃が入り、火花を散らせる。
「思っていたよりも安価で量産出来るのか。バーゴイルのガワだけを模した機体だからかもしれないな」
『気をつけるマジ、鉄菜。相手は一応、バーゴイルマジよ』
「言われなくても」
プラズマソードの剣先が《シルヴァリンク》を両断しようとする。習い性で回避した鉄菜はRソードの剣術で返答した。
「そんな剣じゃ、私は落とせない」
単眼のコックピットにRソードが突き刺さる。これで終わりか、と鉄菜が力を抜いた瞬間、地の底から接近警報が鳴り響いた。
どこから、と視線を巡らせた鉄菜に衝撃が浴びせかけられる。
現れた機体はコミューンの地下から上がってきたのだ。
見た目は細身のバーゴイルの改造機に思われたが、特徴的なのは腕が四本ある事であった。
うち二本は武器腕であり、《インペルベイン》に似た武装が施されている。
「……いわゆる、ゲテモノ、か。どう来る?」
機体名を参照すると《アサルトバーゴイル》という名称が出てきた。《アサルトバーゴイル》は両腕にライフルを構えそれぞれの照準を《シルヴァリンク》に合わせた。
直後、空気を割る銃撃が木霊する。
《シルヴァリンク》は素早く機動して回避するも、その銃撃網はビルを容易く薙ぎ払っていった。
最早、身も世もないのだろう。モリビトを倒す事しか考えていない機体であった。
ビルの陰に身を潜め、《シルヴァリンク》の武装を確認させる。
「ステータス、問題なし。Rソード出力、リバウンドフォール推進力、共に正常。問題なのはどうやってあの機体に飛び込むか、だが……」
《アサルトバーゴイル》は銃弾が尽きるまでビルへと無差別攻撃を放ち続ける。やがて弾切れを起こし、ライフルが空撃ちをした。
今だ、と踊り上がった《シルヴァリンク》は《アサルトバーゴイル》が腰から装備した新たなガトリング銃をその視野に入れていた。
ガトリングの砲塔が回転し、噴き上がった火線が《シルヴァリンク》の機影を射抜いたかに思われた。
しかし、《シルヴァリンク》は健在であった。否、正しい意味で言えば、その機体から湧き上がったオレンジの物理出力波が全ての攻撃を弾いていた。
「アンシーリーコート……。使うつもりはないって言うのに……」
忌々しげに口にした鉄菜がRソードを跳ね上がらせる。
このまま《アサルトバーゴイル》の頭部を断ち割る、と振るわれた一閃であったが、《アサルトバーゴイル》はガトリング砲を犠牲にする事でその一撃を免れた。
着地した《シルヴァリンク》がRソードを突き上げて《アサルトバーゴイル》の胴体を貫き破ろうとする。
《アサルトバーゴイル》の武器腕から牽制のバルカン砲が放たれるも《シルヴァリンク》の装甲を叩き割るにはあまりに威力不足だ。
「――取った」
Rソードが《アサルトバーゴイル》の腹腔へと吸い込まれるように突き刺さる。血塊炉が内側から焼け爛れ、《アサルトバーゴイル》は四肢の関節部からショートした青い血潮を噴き上がらせた。
内部から沸騰するブルブラッドを迸らせる《アサルトバーゴイル》へと、《シルヴァリンク》がRソードを薙ぎ払う。
胴体が生き別れとなった《アサルトバーゴイル》がビルを倒壊させた。
上半身は逆さ吊りの形となって地面に激突したため、操主は即死だろう。
下半身がビルを巻き込み、人々が恐慌に駆られて外に飛び出していた。
この状況では動き辛いはずだ。相手方も、市民を犠牲にしたくないのならこちらと同じ気持ちのはず。
おっとり刀の《ナナツー》部隊が小銃を仕舞うようにハンドサインを組んだ。
ここでの射撃は旨みがないはずだ。前衛の《デミバーゴイル》部隊はほぼ全滅。これ以上の損害を出してもオラクルからしてみれば何のパフォーマンスにもならない。
退くか、と《シルヴァリンク》へと後退機動を促しかけて鉄菜は照準警告がコックピットを打ち鳴らした事にハッとする。
咄嗟に横っ飛びした《シルヴァリンク》を狙い放たれた弾道はコミューンの内部からではなかった。
外気と内側を隔てる隔壁の向こうから放たれたのだ。
偽装鏡面の空を引き裂き、《シルヴァリンク》を狙い澄ました一撃はただものではない。
『空に穴が……』
通信回線にオラクル軍部の人々の困惑が見え隠れする。空に開いた穴の先にいたのは青い紺碧の大気をその身に引き移したかのような機体であった。
ゴーグル型のアイカメラがこちらへと狙撃の睥睨を送っている。
一機ではなかった。無数の機体が空を砕き、大気を逆巻かせる。背面に装備した飛行補助兵装をパージさせて、青い機体が降り立った。
外壁が自動修復機能を構築して再生させていく天蓋をその人機の持つ射撃武器の一射がまたしても打ち砕く。
最前列に一機、後衛に三機ついていた。
その機体と肩口の国旗には見覚えがある。
「ブルーガーデンの……ロンド系列……」
どうしてこの戦局に? その疑問が氷解される前に、前を務めていた《ブルーロンド》の機体が跳ね上がった。
明らかに敵意を持った機体が狙撃用のライフルを構えたままこちらに肉迫する。
狙撃用のロングレンジライフルの銃身を用いて《シルヴァリンク》の装甲を叩きのめそうとしてきた。
理解に苦しむ戦法に鉄菜は歯噛みしつつ《シルヴァリンク》で対応させる。横薙ぎされたRソードの一閃が狙撃ライフルを溶断した。
それでも相手には下がる気など微塵にもないようだ。《ブルーロンド》がそれほど強固ではない脚部で《シルヴァリンク》を激しく蹴りつける。
叩きつけられる度にあちらが損耗しているのにも関わらず、相手にはそのような事は瑣末だとでも言うように機体のパワーを度外視した機動を繰り返した。
「打ってくるほうが不利なのに……どういう事なんだ」
リバウンドの効力を得た《シルヴァリンク》が射線を潜り抜け、Rソードで《ブルーロンド》の腕を奪おうとする。
その瞬間、まるで時が凍ったかのように相手が瞬時に判断を変えて距離を取った。
――こちらの動きが見えている? 違う、あれは感覚しているんだ。
鉄菜ははっきりと操縦桿を握り締めた上でそう結論付ける。
第六感かあるいはそれに類する何かで直感めいたものを底上げしている。長持ちする戦い方ではなかった。
いや、そもそも長持ちさせる気などないのかもしれない。
後衛の三機はほとんど棒立ちだ。射撃武器は持っているものの分け入る術を知らないようであった。
鉄菜は眼前の《ブルーロンド》がプラズマソードを握り締めたところで首裏に汗をじわりと掻いている事を意識する。
――圧倒されている?
モリビトを操る自分にそのような及び腰は許されないはずだ。
鉄菜は《シルヴァリンク》の構えを正し、改めて相手を観察した。
何度も蹴りつけてきた脚部装甲は抉れ、狙撃銃は叩き折れたために捨てている。
背面に狙撃のために必要であった高出力のラジエーターを装備していたが、それさえも今は捨て去っていた。
ほとんど相手は丸腰だ。
人機同士の戦闘において白兵戦にすらならない。プラズマソードなどリバウンドの効力の前では折れ曲がってしまう事だろう。
だが、それでも鉄菜は油断ならない敵だと判断した。
この人機と操主には恐れがない。恐怖が一欠片でもあればその挙動に迷いが生まれ、隙が生じるものだ。
相対する《ブルーロンド》には今、ここで死んでもいいとさえ感じているであろう潔さが漂っている。
「おかしい……プラズマソードなんて、脅威判定にも上がらないはずなのに……」
鉄菜は自分の下す脅威判定に困惑する。
――相手はBプラス以上の脅威だ。
どうしてそう思ったのかは分からない。説明しようにも自分の中に存在しない感情が導き出した答えだ。
だからなのか、鉄菜はRソードの出力を僅かに上げた。
平時ならば不必要なほどの出力は逆に仇となる。しかし死さえも覚悟のうちに入れた相手に対して、鉄菜はこちらも覚悟を呑む必要があると決断していた。
「……何者なんだ、お前は」