ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯331 赴く前に

「……クロナ」

 

 執行者には別の命令が充てられる。その理由も分かるし、口を挟む気はない。だが、鉄菜が傷つくのならば話は別であった。

 

 桃が叫び、蜜柑が何かを口にしている。

 

 ただならぬ気配を帯びていたが、自分は招かれざる存在。ここでは規定された行動以上の事は出来ない。

 

「心配か? 瑞葉」

 

 タカフミの言葉に瑞葉は素直に頷いていた。眼前で《カエルムロンド》の追加武装の説明をするタキザワは、やれやれと首を振る。

 

「こっちだって真面目に聞いてもらわないと困るんだが……」

 

「すまない、タキザワ。だが、クロナがどうしても……」

 

「心配なのは分かるさ。僕だってあっちに加わりたい。だがね、君達を生還させろ、とのお達しだ。いくら《ジーク》と《カエルムロンド》がそれなりの人機だからって数で押されればそこまで。地上でだってあれだけの《ブラックロンド》の応酬があった。恐らくは宇宙でも、エホバは追ってくるだろう。あのまま静観、なんていう冗談はないはずだ」

 

「エホバ……。しかし、わたし達は本当にこれでよかったのだろうか。世界に背く、覚悟はしていたつもりだ。それでも……クロナだけにあんな道を強いるなんて」

 

「酷かい? だがね、鉄菜は戦い抜くだろう。六年前もそうだった。彼女に何があったのか、僕は桃の言葉とログでしか知らないが、それでも窺い知れるのは、報復作戦実行時にはまるで抜き身の刃のようだった彼女が、いくつもの戦いを経て、人間を獲得していった、という事だ。……本人は否定するかもしれないけれどね」

 

「クロナは充分に人間だ。……わたしなんかより、よっぽど……」

 

「それでも、本人はまだ分からないのだろうね。人間とは何なのか、人としての証明は……小難しく考えるものでもないと思うけれど。だって、月面でハッキリした。造物主を気取っていたが僕らも似たようなものだった、って事が」

 

 月での本隊によるあの傲慢な言葉は今でも耳にこびりついている。あのようなものに衝き動かされ、彼らは今の今まで惑星への報復を第一条件に掲げていたのか。

 

 それを、ニナイという艦長は突き返した。造られたが、それがどうした、とノーを言い張った。

 

 その勇気には感服するしかない。自分はブルーガーデンにいた頃から、根本では変わっていないのかもしれない。誰かの指示の下にいるのは楽だ。何も考えずに引き金さえ引けていれば、どれほどに精神を磨耗せずに済むか。

 

 しかし、鉄菜はそうではないのだと知っている。もう、鉄菜は兵器なんかでは決してないのだ。

 

 命ある、他人の傷みが分かるだけの、人間だ。

 

「……どれほど言葉を弄しても、鉄菜にはまだ届かないのかもしれない。だが、これだけは言える。いつかは届く。だから、僕らはこうして、《モリビトシンス》を整備している。最善の状態で鉄菜には戦ってもらいたい。どれほど頼って、情けない存在だと言われようとも、それだけは譲れない一線だ」

 

「瑞葉。おれも大方の気持ちはタキザワさんと同感だ。クロナがどれほどの痛みを抱えているのか、それは分からないし、口出ししたって仕方ねぇ。それでも、おれ達に出来るのは、クロナの帰ってくる場所を、きっちり守る事なんじゃないか? そのために、こうして《ジーク》と《カエルムロンド》の説明をしてくれているんだろ?」

 

 タキザワが肩をすくめる。

 

「いいところを全部言うな、君は」

 

「よく言われる」

 

 互いに笑みを交し合う。もしかすると二人は似た者同士なのかもしれないと瑞葉は思い始めていた。

 

「クロナの……帰ってくる場所……」

 

「この《ゴフェル》が……なんて大層な事は言えないよ。僕だってまだ確証は持てないさ。それでも、前に進むのならばその道に栄光があったほうがいい。そのほうが、もっと希望が持てる」

 

「希望……」

 

 誰にも教わってこなかった言葉だ。リックベイでさえも容易にはその言葉を吐かなかった。タカフミからこの六年間で僅かにこの胸に積み重ねてくれた代物でもある。

 

 希望、明日への原動力、未来――。

 

 どうとでも言い換えられるが、その志す先にあるのは歩みを止めない事に尽きるのだろう。

 

 鉄菜が歩みを止めないのならば自分はせめてその背中を、ずっと見つめていたい。

 

 彼女が作り出す明日を、自分も見てみたい。どれほどに身勝手でも。どれほどに力がなくてもいつかは、鉄菜と同じ景色が見られるはずだ。

 

 そうだと信じていたかった。

 

「わたしは、生きて帰る。そしてクロナの帰る場所を……守りたい。ともすればブルーガーデン兵なんて、そんな資格はないのかもしれないが」

 

「そんな事はないだろう。鉄菜は君の事をしっかりと考えている。だからこそのこの編成だ。しっかり頭に叩き込んでくれよ。そうでないと、僕らもおじゃんだ」

 

 少しおちゃらけたところのあるこの技術主任は少しでも場を明るくしようと思っているのだろう。

 

 瑞葉は微笑む事は出来なかったが、今は確かなぬくもりを感じていた。

 

 握り締めたタカフミの手。その大きな手が自分の手を包み込んでいる。こんなにも安息が得られるなんて思いもしなかった。

 

 戦場の女神は、時に残酷だが、時折奇跡を垣間見させる。

 

 きっとこの瞬間は、そのような産物なのだろう。奇跡の一刹那。きっと永遠に比べれば僅かな時間。ほんの少しの平穏。 

 

 それでも構わない。自分がここにいていいのならば、そんなものに縋っても、今はいいと思えていた。

 

「さて。二人とも、よく説明を聞いてくれよ。とちったらパーなんだからね」

 

「お互い様だろ。整備、きっちり頼むぜ」

 

 タカフミとタキザワが拳を突き合わせる。どうにもこちらの友情はいまいち掴みかねる、と瑞葉は小首を傾げた。

 

 


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