ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯329 勝利者の座

「コケにされて……! 渡良瀬!」

 

 怒声が格納デッキで飛ぶ。それに渡良瀬は落ち着くように言い含めていた。

 

「あの状況……《イザナギ》が敵になればわたし達とて危うい。それは分かるはず」

 

「三機でかかれば勝てました! ハッキリしていたでしょう!」

 

「それでも、だ。それに……」

 

 浮遊した渡良瀬は無重力の中でシェムハザの肩に触れていた。

 

「《イクシオンオメガ》はまだ不完全。《イクシオンオメガ》のフルスペックモードを実行するのに、ちょうど三時間以上。UDの言葉をこちらも最大限に利用する。なに、どうせブルブラッドキャリア側に時間もなければ余裕もない。真の《イクシオンオメガ》を目にした時、彼らは後悔するだろう。あの時、戦っていたほうがマシだった、と」

 

 そう思わせられるだけの材料はある。自分の余裕にシェムハザは渋々ながら従っていた。

 

「……信頼していますよ。ここまで来たのですからね」

 

「無論だとも。宇宙駐在軍は我が手にある。いつでも最大戦力のバーゴイルとナナツー部隊、それに《スロウストウジャ弐式》編隊は出せるんだ。ブルブラッドキャリアが完全なる反抗を企てたとしても勝てる算段はある」

 

 それに、と渡良瀬はもうすぐ合流予定の地上部隊からの連絡を得ていた。

 

「レギオンの陥落、それによって生じたバベルの所有権……。ここで地上のバベルも掌握出来れば、覇権は我が手に確約される。素晴らしいじゃないか。大天使の手に、全てが落ちるのならば」

 

「……では我らアムニスは……」

 

「せいぜい《イザナギ》とUDの健闘に期待する。そして、その間に《ゴフェル》は月面へと移動を開始するはず。追うなとは言われていない。両盾のモリビトとの決着に執着しているのなら、他はどうだっていいとあそこまで言い放った」

 

 ならば、その期に乗じ、月面のバベルを手に入れる。前回は撤退戦に追い込まれたが、今回は違うはずだ。

 

 敵の最大戦力であるモリビトはUDが食い止める。空いた敵陣に突っ込めば勝利は揺るぎないだろう。

 

 渡良瀬は覚えず拳を固く握り締めていた。

 

 もうすぐだ。もうすぐ完全なる支配と勝利がこの手に入る。

 

 ならばその前の露払いくらいは任せよう。

 

《イクシオンガンマ》のコックピットより這い出たアルマロスは目に見えて疲弊していた。包帯だらけの身体を浮かし、虚空に視線を注いでいる。

 

「……あの女も限界か。いいさ、女も代わりなんていくらでもいる」

 

 それに、天使が地上と月を支配すればそれさえも些事。二つのバベルが手に入る吉兆ならばそれを静観しよう。

 

 宇宙駐在軍の司令室へと入った渡良瀬は全員のざわめきを受けていた。司令官が声を飛ばす。

 

「渡良瀬! これはどういう事か!」

 

「声を、荒らげないでいただきたい。それに他のスタッフも。別段、我らの不利に転がったわけではないのです」

 

「しかし……! 地上軍からの打診が来ている。共闘の打診だ! これでは、計画にあった宇宙駐在軍の天下は……」

 

 この男もつまらない些事を気にするものだ。先を見据えれば、まだ余裕は残っているというのに。

 

「落ち着かれる事を、お勧めします。我が方の軍備は完璧。地上軍とは言え間に合わせの戦力でしょう。宇宙ならば我々の利がある」

 

 囁きかけた渡良瀬に司令官は苦虫を噛み潰したように苦渋を露にする。

 

「……だが、今までの背信が露見すれば……」

 

「背信? アムニスに従ったのは何も背信行為ではありますまい。地上のアンヘルはもう戦力として信用出来ませんよ。頼るのはこちらのはずだ。なら、最大限まで搾り取ればいい。先の戦闘で、ブルブラッドキャリアは大きな戦力を失いました。見たでしょう? あの全翼機の捨て身の特攻を。つまり、そこまで追い込まれているのです。敵が行く末は見えている。――月面。そこで全てが決する」

 

 言い切った渡良瀬に司令官は声を潜ませる。

 

「……月面戦に向けて戦力を温存しろと?」

 

 渡良瀬は満足気に首肯する。

 

「それが正しいでしょう。敵は何も、ブルブラッドキャリアだけではない。全てが終息した時に生き延びていれば勝ちなのです。それとも……特攻で肝が冷えたクチですか?」

 

 挑発すると司令官は舌打ちを漏らしていた。

 

「……勝てるのだろうな?」

 

「無論。栄光は我々とアムニスにありますよ。地上部隊が来てもこう言えばいいのです。宇宙では我々の命令に従ってもらう、と。頭目になり得るだけのカリスマなんて、もういないはず。ここが正念場なのですよ。ここで耐えれば、絶対に」

 

「勝利が訪れる、か。渡良瀬、たばかれば貴様とて……」

 

 無事では済むまい。それは分かり切っている。だが首が飛ぶのを恐れているのは司令官の側だ。まだこちらには余力が有り余っている。

 

「毒を食らわば皿まで。お互いに持ちつ持たれつ、最後まで戦い抜きましょうよ。ねぇ、宇宙駐在軍の皆さん」

 

 言い置いて渡良瀬は司令室を後にする。そう、何も風下に立っているわけではない。自分達には今こそが追い風なのだ。

 

 全てを利用し、全てを手に入れる。

 

 ならば、少しくらいの苦渋は噛み締めてもいい。

 

「最後に勝つのはアムニスと、わたしだ」

 

 


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