ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯325 エクステンドバースト

 見据えた先に海面より浮かび上がった《ゴフェル》の艦艇がある。《キマイラ》が接続部にケーブルを巻きつけていた。

 

『《ナインライヴス》、それに《モリビトシンス》、一時帰投せよ! 繰り返す! 一時帰投せよ!』

 

 通信に居残る声に鉄菜は応じようとして、不意に湧き起こった殺意の波に、反射的でありながら剣を振るっていた。

 

「……まさか、この距離に至るまで、気付けなかっただと……?」

 

『残心、を心得てはおらぬようだな。モリビト。その身あまりにも脆弱』

 

「……《ジーク》と交戦した機体か」

 

 口走った鉄菜へと敵人機が刀を突きつけた。

 

『《イザナギ》と呼べ。この人機、我が力、我が最大の恩讐よ!』

 

《イザナギ》が跳ね上がり、《モリビトシンス》へと斬撃を見舞う。その一閃をRシェルソードで受け止め、返す刀を払った時には、旋風のように機体を回転させた《イザナギ》が横合いへと潜り込んでいた。

 

 ――間合いを超えた?

 

 直感でRシェルソードを払った鉄菜は《モリビトシンス》の一部ステータスが赤く染まっているのを発見する。

 

 今の一瞬、斬られても何もおかしくなかった。

 

 撃墜の感触に、冷水を浴びせかけられたかのように身体が委縮する。

 

『どうした? にわか仕込みの剣筋ではあるまい。それとも、臆したか? 臆せば老いるのみよ。モリビト、その首、貰い受ける!』

 

「臆しただと……。どの口が……!」

 

 この身は既に戦い抜くためだけにある。ゆえにここでは負けられない。負けるわけにはいかない。

 

《モリビトシンス》のRシェルソードが《イザナギ》を正眼より取りにかかる。その真正面の太刀を敵はかわし、膝蹴りを打ち込んだ。よろめいた《モリビトシンス》へと刀が打ち下ろされる。

 

 一閃に対し、鉄菜はRパイルソードを掲げていた。敵人機が左腕を照準する。

 

 放たれた瞬間的な殺意に、鉄菜は《モリビトシンス》を下がらせていた。Rシェルソードの刀身で受け止めたのはパイルの一撃である。

 

 敵が左腕に装填したパイルバンカーを振るった。

 

『皮肉なものだな。お互いに片腕がうまく利かぬなど。だが、貴様と俺の勝敗、ただ単に武器の差で終わるわけがない!』

 

《イザナギ》が腕を交差させ、黄金の燐光に押し包まれる。棚引かせた閃光が網膜に焼き付いた。

 

「エクステンドチャージ……!」

 

『黄金の力! 貴様のみの力と思うな!』

 

 瞬間的に加速度を得た《イザナギ》が空間を蹴りつけ直上へと至る。その刃を《モリビトシンス》は受け流そうとして、全身のステータスに異常が走った。

 

『受け切れるなど! 思うな!』

 

 さらに下段より必殺の一撃が迫る。鉄菜は奥歯を噛みしめ、直後の激震に備えた。

 

 Rパイルソードで一閃に対処した直後、人機のフレームが引き裂かれんばかりの衝撃に見舞われる。

 

 赤く染まっていくステータスを横目に鉄菜はRパイルソードを掲げた。そのまま打ち下ろした一撃と相手の薙ぎ払いが交差する。

 

『こう着など! この戦いの一刹那に生きるのは、ただの死狂い! どれだけこの瞬間! この一瞬に賭けられるか否かだ! 貴様は賭けられるのか、モリビト! 俺との因果の決着に、その魂でさえも!』

 

「……魂……」

 

 自分は造られた存在だ。だから魂の在り処も、心の所在も分からない。

 

 ――だが、それでも。

 

 譲れない一線がある。揺るぎないものがある。

 

 今は、ここで折れてはいけない信念が、胸にあるはずだ。それを何と呼ぶのか、教えてくれる人を自分が手にかけたとしても、それは前に進むために――。

 

「私は! ここで退けない! 退くものか!」

 

『それでこそだ。我が怨敵に相応しい!』

 

 返された刃がこちらの首を狩ろうとする。鉄菜は反射的に機体を引き、その切っ先を回避し様にRパイルソードを射出する。

 

 敵人機の肩口に突き刺さったパイルが爆砕するその瞬間、敵機は接触部位をパージしていた。

 

 敵が右肩を犠牲にし、パイルを有する左手で刃を握る。

 

 思わぬ攻勢に鉄菜はうろたえた。その心の隙が明暗を分ける。

 

 敵人機が《モリビトシンス》の刃を抜け、その刀を血塊炉へと突き立てようとした。

 

 命を摘み取られる感触。確実に心の臓を射抜いたと思われた一撃。

 

 鉄菜はその一瞬を永遠より長く感じていた。

 

 ――自分の人生が終わる。それはこうも呆気なく、こうも無情。

 

 分かっていたつもりではあった。数多の戦場を潜り抜け、数多の銃弾を掻い潜ってきたこの身は。

 

 人が死ぬのは、案外、呆気ないものだ。どれほどの人間でも、どれほどの崇高なる目的があっても、それは違いない。

 

 どれほど足掻いたとしても、同じ結果になる。

 

 どれほどの戦果を挙げても、それはそこまでのどん詰まり。

 

 行き詰った可能性の行き着く先は、単純なる死に集約される。

 

 ――死? 違う。

 

 鉄菜は己の中で声を張り上げる何かを感じる。この胸を引き裂き、今にも張り裂けそうな何か。この身体の根本を揺さぶるもの。

 

 今の今までそれに目を向けていなかったのか。それとも、これは今際の際の魂の叫びか。死の瀬戸際に至って、ようやく剥がれ落ちた仮面の向こう側――魂の奥底。

 

 ヒトは誰しもそれを望み、ゆえにそれを手に入れ、ゆえにそれに絶望する。

 

 命への渇望。生への執着。魂の、渇いた叫び。

 

 己に魂が宿っているのか、それは確かめようがない。これは脳細胞の作り出す、幻なのかもしれない。幻影に縋り付くのが、ヒトなのだと、分かっている。

 

 ここにはない何か、見えない何かに手を伸ばすのが。

 

 ――しかし、それは愚かしいか?

 

 違う、と鉄菜は確信する。それだけは違うと断言出来る。

 

 ヒトは、愚かしくとも、間違って見えたとしても生存に縋り付くべきだ。生きる事を諦めてまで、死を達観してまで己の平穏を確約するべきじゃない。

 

 それはヒトを辞めている行為だ。断じて、「人生」とは呼ばない。

 

 だから――。

 

《モリビトシンス》が空いた片手で敵の切っ先を握る。血塊炉に突き刺さる寸前で、その剣筋が止まった。

 

『……生に執着するか。貴様は今の今まで、死をばら撒いてきたのだぞ? ならば、瀬戸際は潔くあれ』

 

「ああ、私も、そう思っていた。終わる時は呆気ない。終わる時は、誰でも来る。死は、追いかけてくるんじゃない。すぐ傍にあるんだ。見えないようにしているだけで、誰しも、すぐそこに」

 

『それが分かっていて……涅槃に至れて何故、ここで刃を止める? もしや貴様、まだブルブラッドキャリアには……モリビトには価値があると思っているのか。ここまで世界を掻き乱し、ヒトを狂わせ、何もかもを奪ってきた。許されざる背信、許されざる罪悪だ。その罪の形を見れぬものに、生きる意味など』

 

 罪の形。それがある意味では《キリビトイザナミ》であり、目の前の《イザナギ》でもある。だが、自分は……この血潮の流れる「鉄菜・ノヴァリス」という自分は――。

 

「私は、ここでは終われない。終わるわけには、いかなくなった」

 

『それは意地か? それとも、単なる生き意地の汚さか』

 

「どちらでもいい。私は、……どっちでもいいんだ。崇高に飾り立てたって、この身体を震わせるものは、同じ……」

 

 そう、死にたければアームレイカーから手を離せばいい。死んでもいいのならば今すぐに力を緩めればいい。

 

 しかし、ここにいる自分は。数多の罪を重ねてきた自分自身は。

 

「私は……ここで死ねない。死ぬのには、惜しい理由が出来た。死んで堪るかという、声が私の喉元から出ようとしている。これが……生きていたいのだと、願う事なんだ」

 

『願いだと? それを押し潰してきたのが、貴様らの業だ! モリビト!』

 

 払われた剣筋が右手を寸断する。黄金の光を棚引かせて《イザナギ》が大上段に掲げた剣を打ち下ろした。

 

 とどめの一撃のつもりであろう。

 

 その刃に宿った殺意は本物だ。本物の拒絶。本物の憎悪。そして――本物の闘志。

 

 ならば応じるべきだろう。最大の力をもって、自分も。願いを形にするのはいつだって胸に宿した志だ。炎なのだ。

 

 煉獄の灼熱ではない。そのような地獄から生まれ出でたものではなく、ヒトの生まれながらに持つ、純粋なる生存本能。

 

 それが心に炎として燻ぶる。炎として燃え盛る。熱に衝き動かされ、鉄菜はRパイルソードを敵の剣圧に返した。

 

 剣と剣が互いの信念となってぶつかり合い、干渉波のスパークを散らせる。

 

『貴様は俺から全てを奪った! 俺だけじゃない、何もかも! 地上の人々から希望を!』

 

「希望がないから絶望を振り翳すだと? それが諦めでないと、誰が言い切れる!」

 

 払った剣を敵機は刀で打ち返す。

 

『言えないさ。だが、だからこそ俺が立つ。貴様の前に。恩讐の討ち手として!』

 

「それは、人々の願いを勝手に背負っただけだ! 歪めたのはお前だって同じのはず!」

 

『歪めただと……? ……ああ、そうだろうさ。俺は歪んでいる。もう、ここに在る人間ではない。ゆえに、我が名はシビト――UDである。かつての名前を捨てた、真の死者を前にして、貴様はどう断じる? どう終わらせるつもりだ!』

 

 太刀筋が《モリビトシンス》を斜に割ろうとする。その一閃へと鉄菜は断ち割られたはずの左手を翳した。

 

「負けない、負けたくない。負けられないんだ! だから、私に力を貸せ! 《モリビトシンス》!」

 

 瞬間、コンソールに文字が浮かび上がる。それを鉄菜は昂揚した意識のままに読み取っていた。

 

「……エクステンドバースト」

 

 紡がれた名前に、敵の一閃が《モリビトシンス》を断ち割った。

 

『勝った! 俺の勝利だ! モリビト!』

 

 しかし、直後《モリビトシンス》の像が揺らめく。靄のように形状をなくした《モリビトシンス》が、直後敵機の背後へと瞬間的に位相を変えていた。

 

『小手先の技など!』

 

 敵が刃を払う。しかし、《モリビトシンス》の像を相手は捉える事が出来ない。

 

『……まやかしか』

 

「違う」

 

 鉄菜はアームレイカーに入れた拳を握り締める。違う、この力は決して小手先でも、ましてやただの現象でもない。

 

「《モリビトシンス》、私の願いに、応じてくれたか」

 

 白銀の像を引き移した《モリビトシンス》が敵の太刀を受け止める。浮かび上がったビジョンが《モリビトシンス》の機体を補強した。

 


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