「一度、ゆっくり話をしてみたかったですなぁ。この世最後の中立とやらと」
防護服に身を包んだユヤマは《ゴフェル》甲板へと乗り移った《ダグラーガ》へと語りかける。絶対に交わるはずのなかった点と点。それが今、ブルブラッドキャリアの志と共に、宇宙に飛び立とうとしている。
「いいんですか? 決着は」
『……エホバは空間転移の術を持っている。追ってくるのは明白だろう』
「そうではなく。《ゴフェル》を認めた、と?」
問いかけにサンゾウは淡白に応じていた。
『最後の中立とおだてられたが、結局は拙僧も人間だったという事だ。彼らの志、少しばかり眩しかった、というべきか。偶像として崇められるよりも、拙僧は人として終わりたいだけなのかもしれないが』
それだけ聞ければ充分だろう。ユヤマは《キマイラ》艦橋へと収まろうとしていた。数人の《ゴフェル》クルーが《キマイラ》の挙動を補助する。
「アタシが艦長席に座るわけには……いかないですなぁ」
空白の艦長席を横目にし、ユヤマは起動していく《キマイラ》の挙動を目にしていた。
「エクステンドチャージ起動開始」
『了解。血塊炉、火を通せ』
《キマイラ》の血塊炉に熱が通り、エクステンドチャージ実行までの時間が示される。準備も含め、十五分の待機時間。
その刹那、接近警報が劈いた。
照準勧告と共にリバウンドの光軸が艦を震わせる。ブリッジが激震し、ユヤマはよろめいた。
アンヘル艦隊から一機の巨大人機が鬼のような勢いと共に迫ってくる。随伴するのは紫の《ゼノスロウストウジャ》だ。
「敵機接近! このままでは……!」
「墜ちる、ですか。しかしそのために……」
《ゴフェル》よりピンク色のリバウンド砲が放たれた。《キリビトイザナミ》と呼ばれた機体がその攻撃を弾く。
《ゼノスロウストウジャ》が前に出てプレッシャーライフルを引き絞った。
その機体へと、上空よりリバウンドの銃撃が浴びせかけられる。
振り仰いだ《ゼノスロウストウジャ》がプレッシャーダガーを発振させるのと、舞い降りた機体が刃を振るったのは同時であった。
《モリビトシンス》が《ゼノスロウストウジャ》と激しく打ち合う。
「……やりますな。エホバは?」
「依然、動きなし。……不気味なほどに……」
「……やはりあのハイアルファー、連発は出来ないか。宇宙への追撃のために、エホバはあえて動いていない可能性がありますなぁ。この戦いを、静観すると」
《ナインライヴスピューパ》が前に出て、Rランチャーを連射する。《キリビトイザナミ》はそれらを霧散させつつ、自身の翼を四方八方に放射した。
Rブリューナクの白銀の輝きが宿り、《ナインライヴス》へと迫り来る。即席の四枚羽根を展開させた《ナインライヴス》は取り回しのいいRピストルへと持ち替えて迎撃しようとするが、Rブリューナクでさえも無慈悲に銃撃を弾き返した。
「……あの機体、全身がリバウンドフィールドですか」
コストも度外視したものだろう。《キリビトイザナミ》の巨躯が《ナインライヴス》を睥睨し、鉤爪を思わせる巨大な支持アームが伸長した。
《ナインライヴス》を押し潰さんと、その腕が叩き込まれる。波間を衝撃波だけで吹き飛ばしたその一撃を、《ナインライヴス》は耐えていた。
だが紙一重だ。少しでも四枚羽根の安定が崩れればあっという間に潰されるだろう。
「まだですか!」
声を飛ばしたユヤマにクルーが言い返す。
「せめて十分は! そうでないと炉心融解しますよ!」
十分の時間稼ぎ。そのために、二人のモリビトの執行者が命を削っている。
戦場で、互いの信念を相手にぶつけているのだ。
「……肩入れしない性分でしたが……歯がゆいですなぁ。何も出来ないというのも」
ユヤマは覚えず、骨が浮くほど拳を握り締めていた。
『モリビト! 貴様らは争いを生む権化だ! 生かしてはおけない!』
《ゼノスロウストウジャ》から飛ぶ怒声に鉄菜は雄叫びで返していた。
Rシェルソードを振るって相手を弾き、右腕を照準する。
肘から先が改良され、連装型のRパイルソードが新たに輝いた。射出された流線型のRパイルソードが《ゼノスロウストウジャ》の肩口に突き刺さる。
そのまま誘爆するかに思われたパイルを、相手は左肩ごとパージして逃れていた。
その執念も相当なもの。プレッシャーダガーが発振し、《モリビトシンス》へと肉迫する。
Rシェルソードを振るい上げ、そのまま打ち下ろした。
干渉波のスパークが散る中で、相手操主の声が弾ける。
『貴様らさえいなければ……誰も傷つかずに済んだのにィッ!』
「誰も傷つかない世界など……まやかしだ!」
打ち返したこちらの勢いを、敵機は機体を翻させて浴びせ蹴りを放つ。
『まやかしを信じさせてもくれない世界など……それこそ願い下げのはずだろうに!』
「まやかしに逃げて……その果てにあるのは虚無だろうに! 戦い、傷つくからこそ、人は次へと歩めるはず!」
『次なんてない人間だっている! 分かるまい。モリビトには……、世界を包み込むこの悪意を! 絶対の孤独と悲哀なんて!』
《ゼノスロウストウジャ》が制動用推進剤で距離を取り、プレッシャー砲を撃ち込んでくる。《モリビトシンス》を上方へと抜けさせ、鉄菜はアームレイカーを握り締めていた。
「……分かり合えないのか。こんな、世界のどん詰まりになっても、人は……」
接近警報が劈き、鉄菜はこの空域を狙い澄ます数基の自律兵装の翼を視野に入れる。
Rブリューナク。燐華の憎しみの刃が、白銀の輝きを帯びて殺意の切っ先と化す。
《モリビトシンス》が疾駆し、その憎しみの照準を回避した。だが、《ゼノスロウストウジャ》が追いすがる。
プレッシャーダガーの剣術が機体へと降りかかった。Rシェルソードで受け、火花散る視界で鉄菜は相対する。
それ相応の怨嗟で受けるしかないのか。戦いには、憎しみばかりで。
――否。鉄菜は頭を振る。
断じて否のはず。それだけだとすれば、人はどこまで行っても分かり合えないだけの茫漠とした悲しみがあるだけだ。
「《モリビトシンス》……、Rブリューナクを撃墜する!」
背後より襲いかかったRブリューナクの穂先へと、Rパイルソードが射出される。相殺し、互いに爆発の光が拡散した。最早この空域はブルブラッドの密室に等しい。紺碧の大気は濃く穢れ、人機の血潮で満ち満ちている。
コックピットの中で呼吸するだけでもその濃度に吐き気がするほどに、戦場は罪に塗れ果てていた。《ゼノスロウストウジャ》の振りかぶった一閃を、《モリビトシンス》は海面を背にして受け流す。リバウンドの圧力が白波を立たせ、海水が一気に蒸発した。
『奪われたんだ、何もかも! 貴様らに! ならば、俺達こそが、報復の刃を向けるのに相応しいはず!』
《ゼノスロウストウジャ》の殺意は本物だ。しかしどこかで割り切れていないのか、その太刀筋には微細ながら迷いが見られる。
その迷いの刃を掻い潜り、《モリビトシンス》がゼロ距離でウイングスラスターを前面に展開する。
「リバウンド、フォール!」
発せられたリバウンドの斥力が《ゼノスロウストウジャ》の前面装甲を引き剥がした。しかし、相手はその程度では折れない。
片腕を伸ばし、《モリビトシンス》の盾を掴む。
「何だと!」
『……墜ちるのならば、貴様も道連れに!』
『クロ! そいつ、撃つ! 離れて!』
《ナインライヴス》がRランチャーを照準する。砲撃が《ゼノスロウストウジャ》の下半身を融かした。
それでも執念と言うべきか、その手は剥がれない。
『逃がす……かよ……ぉ! モリビト……!』
「押し通る!」
Rパイルソードで敵人機の腕を寸断する。つんのめった機体がそのまま海面へと激突した。
『ヘイル中尉! モリビトォッ! お前らは、どこまでェッ!』
Rブリューナクの機動速度が明らかに変異する。瞬間的な加速度を得たRブリューナクはまるで自律兵器というよりも――。
「一つ一つに、意思が宿ったみたいに……。遠隔操縦の域じゃ……」
残り七基のRブリューナクが幾何学の軌道を描く。それも今まで見た比ではない。立体的にこちらを追い詰める機動力に、鉄菜はRシェルライフルで弾幕を張った。
それでもまるで手が読まれているかのようにRブリューナクは弾丸を回避し、直上に回る。
舌打ち混じりにRシェルライフルを一射し、出来るだけ距離を稼ごうとしたところで不意打ち気味の照準警告が劈いた。
「……あの《ゼノスロウストウジャ》……、まだ生きて……」
通信網に焼き付いたのは執念の一事。
『モリビト……、貴様らを……俺達が……』
眼前の《キリビトイザナミ》がRブリューナクを背後へと回り込ませる。それと海面で手を伸ばす《ゼノスロウストウジャ》のプレッシャー砲が《モリビトシンス》を絡め取った。
その二つの砲撃が機体を挟み込もうとした刹那、警笛がコックピットを劈いた。
『鉄菜! 《ゴフェル》はこれより上昇機動に入る! 《キマイラ》の牽引で……宇宙まで……』
「準備が整ったか。なら、私はここで死ねない」
機体循環パイプに負荷をかけ、瞬発力を得た《モリビトシンス》が跳ね上がった。
『ファントムか……!』
苦々しげに放たれた言葉に、鉄菜はRシェルライフルによる銃撃を海面へと浴びせる。
白波が舞い、死に体の《ゼノスロウストウジャ》の弾幕を制した。
『ヘイル中尉! モリビトぉッ! ここで、貴様を墜とす! 何もかもを犠牲にしたのは、お前らのせいだ!』
《キリビトイザナミ》が片腕を伸長させた。三角錐の腕にリバウンドの効力が宿り、巨大な矢じり型の武装が《モリビトシンス》を押し潰さんと迫った。
「燐華! 聞け! 私は、何も裏切ったつもりはない! 言い訳する気も……。だから、呑まれるな! 世界を本当に変えたいのならば……!」
『戯言を吐くなぁっ! 散れぇっ! モリビトぉッ!』
《キリビトイザナミ》の膂力に《モリビトシンス》の装甲が震える。空中分解寸前の機体へと、鉄菜はさらに過負荷を生じさせた。
跳ね上がった《モリビトシンス》がRパイルソードを射出する。敵人機の片腕に突き刺さり、基部から爆砕した。
さすがにその攻撃は想定外であったのか、その巨躯が身じろぎする。
今だけが好機であった。《モリビトシンス》が機体を反転させ、離脱挙動に移る。
その背へと声が投げられた。怨嗟の声だ。
『待て! 戦えぇっ! 戦って、殺してやる! 殺してやる、……モリビトぉっ……!』
声に嗚咽が混じっている。燐華の精神は恐らくはもう臨界点を迎えているのだろう。
その声に、何も応じられないのが今は歯がゆい。
「……すまない。だが私には、やるべき事が」